過去ログ - 提督「グラーフ・ツェッペリン、割り箸を割る」
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2: ◆zrW7aiInT6[saga]
2016/08/13(土) 01:39:14.89 ID:IPF1yQGEO
露地の石畳にはまだ青い単葉が散らばっていた。秩序を愛好するグラーフ・ツェッペリンが一度掃除しようとした時には、このエリアを半ばなし崩し的に管理している鳳翔に止められたことがあった。

「ここは落ち葉があるべきところなのです」と言って、枝を揺さぶり更に五六枚の葉を散らしてよしとする鳳翔をグラーフ・ツェッペリンは呆然と眺めたものだった。

露地の先には小さな庵があった。本当に小さくいくら敷地が狭いからといっても、もう少し大きく出来たのではないか。古びて傾いた屋根は廃線となったバス停留所を彷彿とさせた。
以下略



3:名無しNIPPER[saga]
2016/08/13(土) 01:39:51.45 ID:IPF1yQGEO
水平ではなく斜めに切れてしまい、切り口は箸を取り出すには不十分の大きさになった。

仕方ないので、紐通しの要領でビニールをしわ寄せて割り箸の天で袋を突き破る。

白樺材の割り箸は天から先まで切り込みの筋が一本通っている元禄型であった。
以下略



4:名無しNIPPER[saga]
2016/08/13(土) 01:40:42.74 ID:IPF1yQGEO
すると、彼女の目には割り箸が粘性と割裂性と相反する性質を持つ矛盾体の様相を呈してきた。

グラーフ・ツェッペリンはこの瞬間、ドイツ的な弁証法の精神を割り箸に見て取ったのだ。

グラーフ・ツェッペリンは集中した。何も大げさなことはない。艦娘として生まれて間もない彼女の意識にとって価値の階梯はいまだ脆弱なのだから。
以下略



5:名無しNIPPER[saga]
2016/08/13(土) 01:41:14.93 ID:IPF1yQGEO
「割り箸が手元にある」という単純に存在を示唆する事実命題から「それゆえ割り箸を割る」という行為はただちに帰結として導出され得ないはずだ。

行為を導出するにはその主体が動機や目的を持っていなければならない。例えば「雨が降っている。だから傘を持って行こう」という場合には主体が「雨に濡れたくない」と思っているのが前提されているように。

例外的に「熱湯に触れたため、手を引っ込めた」という反射の場合では、事実と行為は一体となり、第三項的な意志前提は必要ではない。
以下略



6:名無しNIPPER[saga]
2016/08/13(土) 01:41:44.85 ID:IPF1yQGEO
割り箸というその道具存在的な性質がグラーフ・ツェッペリンを行為に導いたというのも無理があるだろう。
 確かに割り箸は割られることをその可能性として大きく持っている。つまり、割り箸は「割る」という行為をグラーフ・ツェッペリンにアフォーダンス、提供しているのだ。

可能な平行世界を集めて比較することが出来るのなら、グラーフ・ツェッペリンが「窓を割る」世界の総数より「割り箸を割る」世界の総数の方が圧倒的に多いだろう。

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7:名無しNIPPER[saga]
2016/08/13(土) 01:42:17.79 ID:IPF1yQGEO
まず、割り箸から。この割り箸が「割る」行為を特別促す構造なのではないか。提督もよく好意薬やら仮死薬やらよく分からないものを用いて遊んでいる。思わず割りたくなるような割り箸を渡してくることもありうることかもしれない。

叩いたり転がしたりしてみる。ただの割り箸である。香りは。無臭。色彩も特筆すべき点なし。いくら観察しても、それはただの割り箸であった。そもそも思わず割りたくなる割り箸なんてどんな酔狂だ。

では、グラーフ・ツェッペリンの精神構造に問題があるのか。割り箸それ自体は普通なのだから、もしグラーフ・ツェッペリンに特別関心を起こさせるものがあるなら、それは「提督から渡された」という条件となるだろう。
以下略



8:名無しNIPPER[saga]
2016/08/13(土) 01:42:45.04 ID:IPF1yQGEO
これでグラーフ・ツェッペリンが割り箸を割ろうとした不可解さは解消された。しかし、グラーフ・ツェッペリンは、この単純な事態を結論するまでに余りに無駄なプロセスを踏んでいることに違和感を覚えた。

いったいこれはどういうことだ。結局、割り箸を割る行為の根拠は己自身のアドミラルへの好意だったのだから、最初の内省の段階で真っ先に気付く、もしくは少なくとも予感しても良かったのではないか。

何らかの心的防衛が働き、本心に気付かせるのを遅らせたとも考えにくい。グラーフ・ツェッペリンは現にアドミラルへの好意を何の抵抗もなく自然に受け入れている。
以下略



9:名無しNIPPER[saga]
2016/08/13(土) 01:43:28.80 ID:IPF1yQGEO
これはグラーフ・ツェッペリンの憶測に過ぎない。しかし、もし本当にグラーフ・ツェッペリンのアドミラルへの好意が機械運命論的に決定されているのだとするのならば。

するのならば。いったい。どうするというのだ。グラーフ・ツェッペリンは困惑した。それは自由への困惑だったのかもしれない。

自由。スピノザ的に言うなら、それは力学的法則に支配されるこの世界に存在しない。人間がAかBかと選べると考えるのは錯覚なのだ。ただし自由は人間が己を決定論的世界にあるのだと認めたときに生まれるのだという。
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10:名無しNIPPER[saga]
2016/08/13(土) 01:44:19.13 ID:IPF1yQGEO
単純な感情面では、グラーフ・ツェッペリンは恋する乙女に過ぎない。しかし、いまや自由な精神に開かれたグラーフ・ツェッペリンにとって、その役を熱演するには心的抵抗が強い。

グラーフ・ツェッペリンは割り箸を指先で転がした。食事のためやら掃除のためやらといったあらゆる目的の連関から外れ、ただそこに物体としてだけある割り箸。

恋する乙女の呪縛から自由を獲得したグラーフ・ツェッペリンもまた単なる物体であった。恋する乙女としてその内を生きていた時、その生の目的は「アドミラルの歓心を買う」などと用意されていた。
以下略



11:名無しNIPPER[saga]
2016/08/13(土) 01:44:47.88 ID:IPF1yQGEO
グラーフ・ツェッペリンがいまだ視野狭窄にもアドミラルへの感情に振り回されていた時、そこにはグラーフ・ツェッペリンという存在の意味は確かに充足されていた。

日常生活にアドミラルへの好意という軸があったからこそ、一つ一つの事象や好意に評価や意味を与えることが出来ていた。しかし、いまやそれは崩壊している。

端的に言えば、存在の意味を喪失していた。食事のない場所で引き裂かれようとした割り箸がその存在の意味を喪失するように、グラーフ・ツェッペリンも作為的運命への自覚に基づく自由によって己の存在の意味を見失ったのだ。
以下略



12:名無しNIPPER[saga]
2016/08/13(土) 01:45:28.60 ID:IPF1yQGEO
「艦娘が艦娘として最高のパフォーマンスを実現するために」という目的の下で艦娘を設計したはずの大本営が提督への好意を備え付けたのならば、答えは当然「そうであるべき」となる。

これにてグラーフ・ツェッペリンはこれまで通り恋する乙女であり続けるという決定を行うのだろうか。否。それはできない。

以前グラーフ・ツェッペリンがまだ素朴に「恋する乙女」だった頃、それは無目的な「恋する乙女」であり純粋目的であった。しかし、いまや「恋する乙女」は「艦娘としての兵器価値」という目的を達成するための手段に堕している。
以下略



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