過去ログ - 提督「グラーフ・ツェッペリン、割り箸を割る」
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14:名無しNIPPER[saga]
2016/08/13(土) 01:46:46.98 ID:IPF1yQGEO
「しかし、操作を受けているのは今ある現在だ。金剛のようにお気楽に問題を放棄できない」「私はお気楽デスカ?」「さあな」。金剛はカップを回し、グラーフ・ツェッペリンは割り箸の先を割らない程度に開いては離した。

「英国経験論では『今日まで太陽が東から昇ったという事実は明日も太陽が東から昇ることの根拠とはなりえない』と主張しマース」

「なんだ出し抜けに」
以下略



15:名無しNIPPER[saga]
2016/08/13(土) 01:47:17.33 ID:IPF1yQGEO
これが差異だった。数多の戦場を駆け巡り予期せぬ死により現実の海へと沈んだ者と雌伏の内に目的のため自ら死を選び理想の海に沈む者との差異。どちらが上か下かという価値の階梯とは無関係な差異。

金剛には愛の内で生ききる強い情熱があった。たとい己の感情に距離を置いたとしても再びその内へと戻っていける生命力があった。グラーフ・ツェッペリンはそこまで感情を前傾させることは自分にはできないと直感した。

金剛は紅茶の波頭が夕焼けを反射しているのに気付くと、「そろそろ提督の執務が終わる時間デース!」と立ち上がり夕日の向こうに走り去っていった。「嵐のようだな」。
以下略



16:名無しNIPPER[saga]
2016/08/13(土) 01:48:07.90 ID:IPF1yQGEO
「諦めか。確かに金剛のような押しの強い艦娘を前にすれば意志も挫けるか」「諦めですか?」「なんだ」「いえ、意外な言葉だったもので」「ということは、鳳翔は諦めていないと」。グラーフ・ツェッペリンの言葉に鳳翔は少し思案顔をした。

「いえ、そうですね。諦めるという言葉はなんらかの理想を断念することでしょう? 人が「諦める」という時、己が何らかの理想を持っていることを認めているわけです」。鳳翔は草庵に上がり込んだ。

「そうだな。そして今の場合理想とは「アドミラルと交際する」などとなるだろう」。
以下略



17:名無しNIPPER[saga]
2016/08/13(土) 01:48:41.26 ID:IPF1yQGEO
「金剛さんは現にある己全ての感情に従い、グラーフ・ツェッペリンさんは「本来的な感情」に従おうとする。グラーフ・ツェッペリンさんは金剛さんに共感しきれないようですが、二人とも感情を行為の主要因にしうるという点では一致しています」

「鳳翔は感情に従わないと言うのか。理性的だと自負しているということか」「理屈っぽいのはどうも苦手です。どちらかというとそれはあなたの領分なのではないでしょうか」。グラーフ・ツェッペリンは鳳翔に勧められたので割り箸を脇に置き茶を飲んだ。

「ええと、何と言えば。欲を持っていて、なおかつそれが実現できる環境であったとしても、その感情に従う必要もないと感じているようです。だから、そうですねグラーフ・ツェッペリンさん風に言えば「めた感情」? 「ぱとす」に対する「えーとす」? なんにせよ、より大きな感情に従っているようなものです」
以下略



18:名無しNIPPER[saga]
2016/08/13(土) 01:49:21.92 ID:IPF1yQGEO
「重要か」「ええ、重要です。例えば「人生は無価値だ」と言って自殺する人がいます。どうですか?」「どうですかとはどういう意図だ」「ふふ、すみません。でも、そう言って自殺する人は間違えています。本当に人生を無価値と思うのなら、自殺なんて選択はないはずです」

グラーフ・ツェッペリンが沈黙するので鳳翔は続けた。「そうではないですか? その人は自殺という積極的な行為で何かを実現しようとしたわけですから。その人が「無価値」という時、より大なる価値を実現するのにそれが邪魔になったということに過ぎません。
 それは「無価値」というより「反価値」と言うべきでしょう。執心の否定が執心であったように、価値の否定も価値になってしまっているのです」

以下略



19:名無しNIPPER[saga]
2016/08/13(土) 01:50:27.15 ID:IPF1yQGEO
グラーフ・ツェッペリンが日本に来てから、精神的苦悩をいわゆる「感情論」で片づける傾向が比較的強い風土に戸惑いを覚えていたのは事実であった。ほとんど紋切り型の感情論説を「この悩みにはこう」と展開する一対一対応の関数的お悩み相談。

しかも感情論は社会常識的にほとんどトートロジーとも言えるものばかり。トートロジーは常に正しきゆえに何も言っていないに等しい。天気予報が「明日は晴れるか晴れないかのいずれかです」と言うなら、それは何の役に立つというのか。

ここでは誰かに打ち明けられる悩みとは前もって己で答えを決めているものだけだなと漠然と思っていた。だから、鳳翔のその応答はグラーフ・ツェッペリンにとってひどく新鮮で喜ばしく思えた。
以下略



20:名無しNIPPER[saga]
2016/08/13(土) 01:51:11.30 ID:IPF1yQGEO
「別にとぼけるつもりはありませんよ」「どういうことだ」
「そうですね。心を牛に喩えて悟りに至る過程を描いた『十牛図』というものがありまして、それは牛を探すところから始まり手懐けたりするなど十枚の絵で構成されています。
 グラーフ・ツェッペリンさんが言う悟りとは八枚目の「人牛倶忘(にんぎゅうぐぼう)」になります」

「八枚目?」「そうです。まだ二枚残っています。そして残りの二枚は解脱から世界に戻る過程になっていて、最後の「入?垂手(にってんすいしゅ)」では普通の人の外見で描かれています」
以下略



21:名無しNIPPER[saga]
2016/08/13(土) 01:51:57.74 ID:IPF1yQGEO
鳳翔は去った。金剛と違い湯飲みはちゃんと片づけていった。しかし、謎を残していった。グラーフ・ツェッペリンはいまだ一本の割り箸を掌で転がす。

結局どうすれば。金剛も鳳翔も仮説「艦娘は提督への好意を機械運命論的に決定づけられている」という問題を回避する方法は教えてくれた。どちらも距離の取り方で感情の「本物/偽物」の境界を見えなくする手段であった。

金剛は感情に過剰に接近し、つまりその内で生きることによって感情の真偽区分をなくし、鳳翔は反対に感情から過剰に離遠し、つまりその外から眺めることによって真偽区分の意味をなくす。
以下略



22:名無しNIPPER[saga]
2016/08/13(土) 01:53:18.24 ID:IPF1yQGEO
二人のやり方を拒否するグラーフ・ツェッペリンにとっては「アドミラルのことを好いている」と「感情が偽物の可能性」と両方を認める道しか開かれていないように思えた。

さらに「偽物の可能性」から「可能性」という言葉もなくそうと決めた。つまりそれは「私はアドミラルのことを好いているが、しかしその感情は偽物である」ということを承認することである。安直な賭けで問題を放棄しないようにと自戒したのだ。

パスカルは神の存在を証明する際に賭けの理論を持ち出した。
以下略



23:名無しNIPPER[saga]
2016/08/13(土) 01:54:53.30 ID:IPF1yQGEO
そもそも根本的な矛盾はグラーフ・ツェッペリンが己を「偽りの愛に従わない」とするのに、自分で「その愛は偽物」としてしまっている点だ。理論的ザックガッセ、いわゆる詰みだ。どうしようもない。

苦悩を重ねる内にふとグラーフ・ツェッペリンは「私はどうしてこんなにも愚かなのか」と考えた。普通ではない。

普通ならそもそも仮説である「提督への好意を持つように艦娘は設計される」という点の事実確認を行うのではないか。大本営の研究室にでも潜り込むという一大スペクタクルを演じるべきではなかったのか。
以下略



24:名無しNIPPER[saga]
2016/08/13(土) 01:56:45.24 ID:IPF1yQGEO
更に言ってしまえば、グラーフ・ツェッペリンのように疑い深い精神にとっては地球上全てでその事実が確認できなかったとしても、何か我々には与り知らぬ原理を疑うかもしれない。

そこまでいくともはや人間をわざと誤謬させるあの底意地悪いデカルト的悪神を信仰するかの如くである。絶対確実なものを求めるために間違いの可能性があれば全てを切り捨てる方法。

デカルトは切り捨てたものを結論的には神の誠実性によって回復しようとした。「私があるというのは確実である。そしては私は神が誠実であるという観念を有する。確実なものから出た命題は確実だ。神は断じて人間を騙す悪神ではないのだ。ゆえに懐疑によって一度捨てたものの確実性は保証される」
以下略



25:名無しNIPPER[saga]
2016/08/13(土) 01:59:09.92 ID:IPF1yQGEO
この明らかな愚かさこそが、グラーフ・ツェッペリンにとって自分生来のものであるという根拠になる。理想兵器の設計書には愚かであることは計画づけられていないはずだ。

グラーフ・ツェッペリンは割り箸を眺めた。そう根本的に艦娘も割り箸も同じだ。設計的には道具として位置づけられている。本来無一物。感情や意志など余分なものはなかったはずだ。

しかし、それはどういうことだ。この愛が設計されたものでないにせよ、出自は完全に不明。結局振り出しではないのか。堂々巡りだ。
以下略



26:名無しNIPPER[saga]
2016/08/13(土) 02:04:04.76 ID:IPF1yQGEO
曇天の宵空からは月の朧気で曖昧な光が僅かに差し込むばかり。明晰を好むグラーフ・ツェッペリンにとって、曇天は昼には好ましいが夜には厭わしい。世界はまったく不条理だ。

かすかな光量の空に一瞬だけティーポットが見えた。いつのまにか金剛のティーセットは消えていた。いつの間にか飛び去っていたのか。暗がりで気付かなかった。グラーフ・ツェッペリンはその「天空のティーポット」を思い馳せた。

誰も空にティーポットが浮かんでいたなんて信じないだろう。でも、グラーフ・ツェッペリンはその存在を確かに知っている。
以下略



27:名無しNIPPER[saga]
2016/08/13(土) 02:09:50.95 ID:IPF1yQGEO
恐らく純愛ものなのではないでしょうか?

前スレ
提督「空母水鬼のいる街角」
ex14.vip2ch.com
以下略



28:名無しNIPPER[sage]
2016/08/13(土) 02:14:19.92 ID:He9SZwxAO
ツェッペリン入れすぎで読むの疲れる
最初だけで後はグラーフだけの方がスッキリしそう


29:名無しNIPPER[sage]
2016/08/13(土) 03:55:57.92 ID:v6pkMfdQo
SSでこんなに思考エネルギーを消費するとは思わなかった…哲学だなあ
軽視されがちな仏教的観念を巧く西洋哲学と対比させてて唸らされた
論理として綺麗なのは金剛だと感じたけどグラーフの思考が一番好み


30:名無しNIPPER[sage]
2016/08/13(土) 04:01:10.45 ID:Qjzbb3vgO
湧き上がる感情は行動を促すものであるがその感情が偽物である(とする)。偽物に従いたくない。でも、したい。
すげーフラストレーション溜まるだろうな、中毒者の理屈そのものだ。提督は麻薬か何かかw? 防衛機制の昇華とかしかするしかないんじゃないか


31:名無しNIPPER[sage]
2016/08/13(土) 05:31:17.25 ID:hPgJtuRy0
あずまんがの大阪みたいに割り箸をきれいに割り続けたがるグラーフかと思ったが……

恋愛感情が偽物で後に消えてしまうとしても消えてからまた育めばいいんじゃなかろうか、見合い結婚の夫婦みたいに。まあ提督が客観的に見て誰からも嫌悪されるような人物でなければ、だが。

ともかく乙でした。
以下略



32:名無しNIPPER
2016/08/13(土) 10:37:51.05 ID:qfUopwfeO
人間のような感情、とりわけ悩むことを備えているというのが画期的なのだ───危険ではあるが


33:名無しNIPPER[sage]
2016/08/13(土) 11:55:48.59 ID:8q1lBBllO
この文章力で殴られるような感覚、やはり荒潮セックスの人か
乙でした


34:名無しNIPPER[sage]
2016/08/22(月) 23:02:32.35 ID:XoQH7kYp0
新作来てたのか。今回も楽しませて貰いました。
乙です。


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