6: ◆K5gei8GTyk[sage saga]
2016/08/22(月) 21:16:42.09 ID:Bte9AddR0
わたしのくちびるに触れて、少しだけ湿ってしまった煙草を所在なげに手の中で転がしながら、依然としてわたしは喫煙室にいる。
今日の分の仕事は終わっているので、あとは自宅に帰るだけ。
それでもなんとなく、このままもう少し座っていたかった。
7: ◆K5gei8GTyk[sage saga]
2016/08/22(月) 21:18:50.73 ID:Bte9AddR0
「えと、とりあえず入っていいですか」
言葉を失ってしまったわたしを見つめながら、彼は困ったような笑みを浮かべている。
「あ、はい、どうぞ」
8: ◆K5gei8GTyk[sage saga]
2016/08/22(月) 21:20:31.16 ID:Bte9AddR0
彼は一度、深く息を吸うと、吸った分と同じだけ深く煙を吐き出した。
続けざまにもう一度煙草を咥え、同じように紫煙を吐き出す。
幸福そうに煙草を呑む彼を尻目に、わたしは奇妙な気分に陥る。
9: ◆K5gei8GTyk[sage saga]
2016/08/22(月) 21:21:46.82 ID:Bte9AddR0
「ああ、えっと、ライターが切れてしまったみたいで」
わたしは笑顔を作って答える。だけどその表情は、きっと固いだろうなと胸の内にだけ呟く。
10: ◆K5gei8GTyk[sage saga]
2016/08/22(月) 21:23:48.63 ID:Bte9AddR0
彼とは同じ部署に所属している。
いつだったか、大きなイベントごとの前には、職場で夜を通して一緒に仕事を詰めたこともある。
知り合い始めてから数えると、二年にはなる関係だった。
11: ◆K5gei8GTyk[sage saga]
2016/08/22(月) 21:25:36.32 ID:Bte9AddR0
眼前に、てのひらに収まるサイズのライターが差し出される。
「これ、よかったら」
柔らかな声が聞こえる。
12: ◆K5gei8GTyk[sage saga]
2016/08/22(月) 21:27:16.37 ID:Bte9AddR0
沈黙は心地良かったが、気がかりだったことを思い出した。
「今日のお仕事は、もういいんですか?」
「ええ、まあ。ちひろさんは?」
13: ◆K5gei8GTyk[sage saga]
2016/08/22(月) 21:29:13.62 ID:Bte9AddR0
それを聞いてわたしの脳裏に、ひとりの少女が浮かぶ。
一ノ瀬志希。
才能という天からの贈り物を羽織る、ギフテッドと呼ばれる存在。
14: ◆K5gei8GTyk[sage saga]
2016/08/22(月) 21:31:30.69 ID:Bte9AddR0
アンビエントミュージックは粛々と流れ続ける。
徐に彼が二本目の煙草に火を点ける。
それを切っ掛けに、漸く話を切り出すことができた。
15: ◆K5gei8GTyk[sage saga]
2016/08/22(月) 21:33:05.45 ID:Bte9AddR0
「志希ちゃんに限ってそんなこと、あるんですか」
虚を突かれたあまり、言い方がストレートになってしまった。
プロデューサーもわたしの驚きぶりを見て、無理もないと言わんばかりに肩をすくめてみせる。
16: ◆K5gei8GTyk[sage saga]
2016/08/22(月) 21:36:29.58 ID:Bte9AddR0
「他の人は勿論、志希本人にも言わないでくださいね?」
そう言って彼は煙草の煙に乗せるようにして、話し始める。
「志希自身、誰にも見せないところで精神的に塞ぎこむ部分があったみたいで、それが仕事に影響したのかもしれないんです」
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