【ミリオン】君がいる愛しい世界
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1: ◆nmcoT1iylg[saga]
2018/04/26(木) 23:41:34.56 ID:f2WBlHUh0
撫子のあなたが見るものは。
撫子の花が見せたいものは。

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2: ◆nmcoT1iylg[saga]
2018/04/26(木) 23:42:22.02 ID:f2WBlHUh0
 仕掛け人さま。

 そう呼ばれて顔を上げる。机の前に立っていたのは自分が担当しているアイドルの、エミリーだった。こんな風に「仕掛け人さま」と呼ばれることにもすっかり慣れてしまった。英国にいたときから日本が大好きで、お父さんの仕事の都合で日本に住むことになって、ある神社で見た、あるアイドルの奉納の舞に心動かされたらしく、こうして担当しているわけだが。

「どうしたんだ、そんな気難しい顔して」
以下略 AAS



3: ◆nmcoT1iylg[saga]
2018/04/26(木) 23:42:56.24 ID:f2WBlHUh0
「あぁ、この前音源と譜面渡したやつ」
「はい……」

 しゅんと肩を縮めていた。曲を初めて聞いたときはあんなに目をきらきら輝かせて飛び跳ねるほど喜んでいたのに。その時とはえらく対照的で疑問に思う。ふと見た彼女の手にはびっしり何かが書き込まれた紙が握りしめられていた。

以下略 AAS



4: ◆nmcoT1iylg[saga]
2018/04/26(木) 23:43:37.46 ID:f2WBlHUh0
「新曲のことで悩んでるのか?」

 真面目なエミリーのことだから新曲の解釈とかで行き詰っているのかもしれない。収録まで二週間ほどだけれど、不安要素があるなら取り除いた方がいい。
「それは……」
 違うと嘘をつけないのはエミリーらしい。隠し続けることができないくらいには悩んでいるのだろうか。もう一押しすれば言ってくれそう。
以下略 AAS



5: ◆nmcoT1iylg[saga]
2018/04/26(木) 23:44:11.69 ID:f2WBlHUh0
 目の前の紙は先日手渡した楽譜、だったもの。
 楽譜にはたくさんの書き込みがしてあって、元の音符が目を凝らさなければ見えないほどに文字で埋まっていた。
 楽譜にはもちろんだが何より圧倒的な文字量だったのが歌詞の部分。一つひとつの単語に意味はもちろん、漢字の成り立ちから類語まで。一体どれほどの時間この紙と辞書に向き合ったのか。

 これを見て誰が笑うというのだろう。
以下略 AAS



6: ◆nmcoT1iylg[saga]
2018/04/26(木) 23:45:01.82 ID:f2WBlHUh0
 どうして気づけなかったのだろう。こんな風に自分を追い詰めてしまうまで放っておけたのだろう。エミリーが声をかけてくれるまでわからなかった自分が情けない。
 だけど、それでも。

「やっぱり、まだ」
「エミリー」
以下略 AAS



7: ◆nmcoT1iylg[saga]
2018/04/26(木) 23:45:59.36 ID:f2WBlHUh0
 *

 約束した日の昼前。劇場の裏口で待ち合わせてから最寄りの駅に向かう。六月のはじめ、梅雨も近いが見事な快晴で雲も少ない。エミリーは行き先については尋ねずに後ろをついてくる。
 また三歩後ろを、とか考えているのかなと思って振り返ると思ったよりも近くにいて驚いてしまった。
 駅に着いて、エミリーにちょっと待っておいてと言い残して券売機へ向かう。降車駅までの切符を買うために料金表を見上げた。そうか、中学生はもう大人料金なんだったとなぜか実感した。
以下略 AAS



8: ◆nmcoT1iylg[saga]
2018/04/26(木) 23:47:00.64 ID:f2WBlHUh0
 改札を通って、駅のホームで目当ての電車が来るのを待った。その間、エミリーは空を見上げていたような気がする。
 十分ほど待ったところで電車がホームに入ってきて、扉が開く。人が降りきるのを待ってから車内に入る。休日の昼間だというのにあまり人はいなくて、二人並んで座れる幅はいくつか空いていた。

「ちょっと遠いし座ろう」
「仕掛け人さま」
以下略 AAS



9: ◆nmcoT1iylg[saga]
2018/04/26(木) 23:48:19.53 ID:f2WBlHUh0
 駅に止まって扉が開く度に車内の乗客は減っていく。いつしか座っていたのはうたた寝をしている中学生と百貨店の紙袋を抱えた女性と、姿勢を崩さずに凛と座っているエミリーとそれに比べてひどい猫背で座っている自分の四人だけだった。

 放送が目的の駅名を告げる。
 エミリーと一緒に電車から降りる。ホームにいるのは自分たちだけで、改札も駅員もないような小さな駅。切符を箱に入れて駅を出る。エミリーが改札を通るときにハッと目を丸くした。

以下略 AAS



10: ◆nmcoT1iylg[saga]
2018/04/26(木) 23:49:22.79 ID:f2WBlHUh0
 思いだしたのか嬉しそうに微笑んだエミリーを見て少し安心した。そういえばエミリーの笑った顔をあまり見ていない。新曲を渡してからずっとこんなんだっただろうか。
 こんなんじゃあ、エミリーに仕掛け人さまと呼ばれる資格はないなぁと思う。

「眼鏡撫子とか言い出したときはちょっと困ったけど」
「もう、からかわないでください……」
以下略 AAS



11: ◆nmcoT1iylg[saga]
2018/04/26(木) 23:50:04.93 ID:f2WBlHUh0
「あのお花畑ですか?」
「そう」
「でも菜の花の開花時期はもう終わってしまっていますよ?」
「いいからいいから」

以下略 AAS



12: ◆nmcoT1iylg[saga]
2018/04/26(木) 23:50:58.52 ID:f2WBlHUh0
 ◎
 
 仕掛け人さまが指さしたその先の景色に思わず息をのむ。
 一面のむらさき。風に揺られて小さく踊っている。
 そこは撫子のお花畑。
以下略 AAS



13: ◆nmcoT1iylg[saga]
2018/04/26(木) 23:51:46.62 ID:f2WBlHUh0
 しゃがみ込んで目を凝らす。撫でたくなるほどかわいいから撫子。名前の由来はそれらしい。昔から日本に咲いている花。見た目からは想像できないくらいに強くてたくましい花。ずっと日本人から愛されてきた花。
 この花は、私のあこがれだった。

「きれいだな」
「そう、ですね」
以下略 AAS



14: ◆nmcoT1iylg[saga]
2018/04/26(木) 23:52:23.24 ID:f2WBlHUh0
 和を意識した曲だということが聞いた瞬間にわかった。後ろでかすかに流れる水の音も、弦をはじいたような音も、一音一音全てが和だった。
 歌詞の日本語は震えるくらいに美しくて、輝いていて。
 
 聞いたときは嬉しさで飛び上がりそうだった。
 これを歌ってもいいんだと仕掛け人さまが認めてくれた気がした。
以下略 AAS



15: ◆nmcoT1iylg[saga]
2018/04/26(木) 23:53:27.73 ID:f2WBlHUh0
 だけどそんなことを言うのはせっかくこの曲を持ってきてくださった仕掛け人さまにひどく失礼なことに思えて、言えなかった。
 だから誤魔化して、自分に言い聞かせて。
 なんとかなる。努力すればきっと。
 でもそうしているうちに収録の日は迫ってきて。なのに一つも前に進まなくて、こわさは一つもなくならなくて、むしろ重なっていくばかり。

以下略 AAS



16: ◆nmcoT1iylg[saga]
2018/04/26(木) 23:54:40.72 ID:f2WBlHUh0
 大和撫子になりきれない。新曲は大和撫子だけが歌えるようなものなのに。今の私がこんな風ではこの曲を壊してしまう。
 こわい、こわい。どうしようもなくこわい。
 そして泣いてしまった。

 視界がじんわり滲んで、撫子の花にひとつ。雫を落とした。一度こぼれてしまうともう我慢できなくて、ふたつみっつととめどなくあふれてくる。涙が触れるたびに撫子の花は揺れ動いた。
以下略 AAS



17: ◆nmcoT1iylg[saga]
2018/04/26(木) 23:55:46.62 ID:f2WBlHUh0
「濡れてない?」
「……あまり」
「急に降り出したなー。夕立みたいだから早く止むといいけど」

 都合よく降り出した雨は流した涙を消してくれただろうか。それとも目が赤くて仕掛け人さまにはお見通しだろうか。二人横に並んで椅子に腰を下ろす。
以下略 AAS



18: ◆nmcoT1iylg[saga]
2018/04/26(木) 23:56:27.15 ID:f2WBlHUh0
 とても美しくて、綺麗で、完成されているから。未完成な自分がそれを表現できないから。
 その美しさを壊すのが怖かった。
 大好きな「和」を、「和」が大好きだったはずの自分が壊してしまうことが怖かった。

「そっかぁ……。壊すことが怖い、か……」
以下略 AAS



19: ◆nmcoT1iylg[saga]
2018/04/26(木) 23:57:30.46 ID:f2WBlHUh0
「だからエミリーに歌ってほしかったんだ」
「え……?」
「だって大和撫子になりたいんだろ?」
「そう、ですけど。でも……、私は」
「私は大和撫子じゃないから、歌っちゃいけないとか言わないでほしい」
以下略 AAS



20: ◆nmcoT1iylg[saga]
2018/04/26(木) 23:58:08.25 ID:f2WBlHUh0
「まだ、わからないんです。雨音が水たまりではしゃぐことも、花びらが雨粒を身にまとうことも、雲を解くということも、わからないんです。どういう解釈をするのが正しくて、どういう風に歌うのが正解なのか。……わからなくて」
「それでいいんだよ」
「え……」

 かけられた思いがけない言葉に思わず顔をあげる。そうして自分がいつの間にかうつむいていたことに気づいた。
以下略 AAS



21: ◆nmcoT1iylg[saga]
2018/04/26(木) 23:59:06.58 ID:f2WBlHUh0
 立ち上がって景色を見渡す。
 雨は上がりかけていて、雲の隙間から太陽の光が差し込んで。花についた滴がそれを乱反射してきらきらと輝いていた。
 
 そっと雲を解いて。
 
以下略 AAS



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