236:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY[saga]
2012/02/11(土) 19:18:46.50 ID:87ru5DuQ0
――嬉しかったんだ。
本当に、いい匂いのする……あんな綺麗な匂いがする花をもらえて、カランは嬉しかった。
単純に、嬉しかった。それだけだった。
数年前から、何度も何度も変な形の字で手紙をくれていた人がいた。それが、ゼマルディだった。文字などを最初は知らなかったのか、書物の記事をそのまま同じような形に書き写した手紙が、自室の机の上に置いてあった。
237:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY[saga]
2012/02/11(土) 19:19:18.56 ID:87ru5DuQ0
手紙はしばらくの間は意味不明だったが、段々と読めるようになってきて。そして一年も経つと相当な達筆に意思が疎通できるようにさえなっていた。
相手方の希望で、読んだらすぐ燃やすようにしていたため、それは残っていない。
だが、カランは。
寝る前に次が来るまで毎晩読み返していた、その歪な文字を一字一句間違うことなく口にすることさえできた。
それが彼女を支えてきたといっても、本当に過言ではなかった。
238:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY[saga]
2012/02/11(土) 19:19:52.31 ID:87ru5DuQ0
昼間……ルケンと会った時、カランは廊下の突き当たりに彼がいたことを知っていた。ルケンの視線を追っていくと、柱の陰に隠れている彼のマントと思われるものがチラリと見えたのだ。それどころか、あそこまでルケンに近づかれたのに正気を失わなかったのは、ゼマルディのレモンの香りがしたからだったのだ。
彼は悪くない。
彼は、何一つとして悪くない。
そもそもの本質が違うのだ。
239:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY[saga]
2012/02/11(土) 19:20:23.56 ID:87ru5DuQ0
*
やってしまった。
迂闊だった……つい今日、彼女に言った言葉をあまりの緊張で忘れてしまっていた。
240:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY[saga]
2012/02/11(土) 19:21:01.78 ID:87ru5DuQ0
――待ち伏せ。
その単語が頭に浮かび上がるのと、自分の体に投げ鎖――黒い一族の刑仕官が使用する、主に龍を捕縛するための道具が思い衝撃と共に捲きついたのは、殆ど同時のことだった。
鎖の先端には重さ一キロほどの分銅が取り付けられている。鎖が捲きつききると、それの錘に体のいたるところを殴りつけられ、溜まらず肺の中から息を吐き出す。
失策だった。
241:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY[saga]
2012/02/11(土) 19:21:31.48 ID:87ru5DuQ0
どうも当たり所が悪かったらしい。状況を認識するより先に、右腕上腕に凄まじい痛みが走り、ねじ切られるようなその衝撃に叫び声を上げ、彼は地面に転がった。足や、首に至るまで鎖が捲きついているので身動きが取れない。分銅の位置にも寄るだろうが、右腕を集中的に打たれてしまっていた。骨が何段かで折れ曲がっているらしい。ありえない方向に腕が曲がり、鎖に締め付けられ骨が圧搾される鈍い音が響いている。
(な……何だ……?)
訳が分からない。
242:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY[saga]
2012/02/11(土) 19:22:04.39 ID:87ru5DuQ0
首に引っかかった鎖を引かれ、無理矢理に状態を海老反りに起こされる。歯を食いしばると、脂汗浮いた目の前に、焼却炉脇の粗大ゴミの上に腰を下ろしてにやついているルケンの姿が映った。
そこは、小高い丘のようになっていた。積もっているのは全て白い里、黒い里から出てきたゴミ類だ。それが中央のかまどのようになっている、全長十メートル四方はある巨大焼却炉に放り込まれる仕組みになっている。
炎が燃えている焼却部はここからさらにもっと地下になっているが、熱く焼けた鉄は離れたここからでも分かるほど真っ赤に発熱していた。痛みと熱さ、そして混乱した頭が発する警鐘で目を白黒させながら、ゼマルディは手に火掻き棒を持って立ち上がったルケンを凝視していた。
彼は燃え盛る火など意にも介していないといった風に、先ほどまで棒の先端を焼却炉の入り口に突っ込んでいた。合成素材で出来ているその棒の先端が、真っ赤を通り越してオレンジ色に焼けている。
243:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY[saga]
2012/02/11(土) 19:22:35.37 ID:87ru5DuQ0
ニタニタと笑いながら、十二、三ほどにしか見えないその男はゼマルディの前まで来ると、周りの刑仕官達が鎖をきつく絞り込んだのを確認して、ゼマルディが握り締めていた自分の花を指でつまんで取り上げた。そして胸ポケットにそれを指し。
彼はためらいもなく、焼けた火掻き棒の先端を、ゼマルディの右目に押し付けた。
一瞬、意味が分からなかった。
244:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY[saga]
2012/02/11(土) 19:23:04.62 ID:87ru5DuQ0
生肉を焦がす青臭い、真っ黒な煙が彼の目から噴出している。ボダボダと垂れ流されているのは、顔面の肉が溶けて油となり、そして火がついて燃え尽きていく過程で出来た結露だった。
たっぷり十数秒は棒を押し付けると、それに張り付いた皮と共に、ルケンはポイ、と脇に凶器を放り出した。
白目を向いて痙攣しているゼマルディの体が弛緩し、鎖に支えられる形でダラリと垂れ下がる。ひょっとしたらショックで死んだのかもしれない。それ以前に、その時のゼマルディは、自分の魂が体に入っているのか、それとも三途の川の出口にいるのかさえも分からなかった。
痛みと熱さ、そんなものではない。
245:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY[saga]
2012/02/11(土) 19:23:30.82 ID:87ru5DuQ0
まだ、溶けた肉と皮はポタポタと垂れ落ちていた。意外なことに血は殆ど出ていなかった。焼ききられてしまったのだ、蒸発して、それでおかしな形で癒着されてしまっている。右目は完全に破裂し、眼窟からは真っ黒に焦げた骨が覗いていた。その強烈な火傷は右顔から右頭頂部、そして左鼻を越えるところまで広がり、あまりの熱量を至近距離で浴びたがために、左目さえも白濁していた。
意識を失っているゼマルディを、たっぷり数分間は鑑賞した後。ルケンは興味を失ったように肩をすくめて、彼の無事な方の髪を掴んで顔を引き起こした。
「やあ、おはようマルディ」
246:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY[saga]
2012/02/11(土) 19:24:09.37 ID:87ru5DuQ0
「さて」
「……」
「お前たち、あの『俊足のマルディ』をこうやって捕獲できたわけだが、どうする?」
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