272:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY[saga]
2012/02/12(日) 20:07:55.46 ID:z5UY+Nzb0
「龍の男にとっちゃ、同情は最大の侮辱なんだ。お前は俺のことを好きになってくれるんなら、こんな何でもねー傷くらい笑い飛ばせるような強い女にならなきゃいけねぇぞ」
「何でもなくないよ……」
「どこがだ? 目は見えるし、耳も聞こえる。手だって一本取られただけだ。何の差しさわりもねぇっての」
273:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY[saga]
2012/02/12(日) 20:08:21.75 ID:z5UY+Nzb0
「ほら、早く服着ろ。風邪引くぞ」
「…………」
しかしカランは、服を膝の上で掴んだまま、しばらくの間唇を噛み締めていた。そしてゼマルディが布団を脇にのけ、マントを羽織って右腕を隠してからやっと、消え入るような声で口を開く。
274:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY[saga]
2012/02/12(日) 20:08:48.96 ID:z5UY+Nzb0
ゼマルディはしばらくの間、何かを押し殺すようにして彼女を見ていた。しかしやがて息を一つつき、残った左腕でポン、とカランの頭に手を置く。静かに撫でてやりながら彼は立ち上がった。
「よし」
「どうするの?」
275:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY[saga]
2012/02/12(日) 20:09:21.58 ID:z5UY+Nzb0
「上って……どこ?」
「正確にはここから三百メートルほど上の、地上だ」
「地上? そんなところに行ってどうするの?」
276:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY[saga]
2012/02/12(日) 20:09:50.89 ID:z5UY+Nzb0
「いっぱいいるよ。何だ? 知らんかったのか」
「知らないも何も……私にはあなたの言ってることが何だかよく分からないよ」
しばらくゼマルディは、困ったようにポリポリと自分の無事な方の頬を指先で掻いていた。そして固まった皮をペリペリと剥がし、それを脇に投げてからおもむろにカランの手を掴んだ。
277:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY[saga]
2012/02/12(日) 20:10:30.48 ID:z5UY+Nzb0
「ど、どうして?」
「何言ってるんだお前?」
「だって、ルケンはゼマルディが殴って大怪我させたでしょう? それに、どうしてここにいるって……」
278:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY[saga]
2012/02/12(日) 20:11:09.36 ID:z5UY+Nzb0
彼はしばらくの間、彼女の目に浮き上がった確かな怒りの色を見下ろしていた。
そしてやがてマントの襟を立て、口元を隠してからそれに答えた。
「分からないならいいんだ。知らない方がいい」
279:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY[saga]
2012/02/12(日) 20:11:43.21 ID:z5UY+Nzb0
「急すぎるよ。だって、私何も……」
「ダメだと言ったらダメだ。よし……」
そう言って、彼は壁の一点を見つめると大きく息を吸った。しかし、負った怪我のせいで意識が集中できないのか何度も頭を振る。
280:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY[saga]
2012/02/12(日) 20:12:12.95 ID:z5UY+Nzb0
そう、一緒に。
ここから逃げ出したい。
それを彼に伝えようと口を開く。
281:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY[saga]
2012/02/12(日) 20:12:41.10 ID:z5UY+Nzb0
その途端だった。
カランにとっては初めての経験だった。
無論、そんなことを経験したことのある女の子は、彼女の周りにだって一人だっていないだろう。それほど鮮烈で、それほど強烈な出来事だった。
反射的に動いたのはゼマルディだった。ほぼ間一髪といってもいいほどの動きで、彼は傍らのカラン……その腰を、壁から引き抜いた左腕で抱えると、地面を強く蹴って部屋の扉に体を叩きつけた。頑強な男の体にぶつかられて、半分腐食していたカランの部屋扉は外側に向かって留め金を弾かせながら倒れこんだ。
そこにもつれあうようにして、ゼマルディに庇われながら廊下に転がり出る。
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