334:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY[saga]
2012/02/13(月) 20:42:06.04 ID:3SORN3Q00
「君がだよ」
「誰が酔っ払ってンだっつーんだよ」
「……」
335:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY[saga]
2012/02/13(月) 20:42:34.68 ID:3SORN3Q00
針はとても短く、五ミリほどしかない。ハチに刺されたくらいの痛みだ。しかし注入された少量の薬液がもたらした効果は絶大で、ゼマルディは何度かグラグラと頭を揺らした後、カクリと頭を折った。そしてそのままソファーに沈み込んで眠り始める。
急いで注射器をポケットに隠し、ドクはそこで一息をついた。
「……しかし、三本目を直接注入してやっと寝るとはなぁ……一体全体龍の体はどうなってるんだ? 経口摂取じゃ効かないのかな……」
336:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY[saga]
2012/02/13(月) 20:43:00.58 ID:3SORN3Q00
*
次にゼマルディが目を覚ましたのは、それからゆうに丸一日は経ってからのことだった。しばらく状況が分からず、ソファーの上に胡坐を掻きながら何度か頭を振った末にやっと思い出す。
脳の芯がガンガンと痛んでいたが、そんなことに気を使っていられる状況ではなかった。慌てて空中に手をかざし、空間の繋ぎ目を見つけ、そこに飛び込む。
疲れと酔いが抜けきっていないことにより、着地をミスしてしまったらしい。視界が急にゼマルディとカランが住んでいる家の床に切り替わり、途端彼はしたたかに頭を床にぶつけてしまった。そのままゴロンと転がって、背骨を襲った鈍痛に体を丸めて耐える。
337:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY[saga]
2012/02/13(月) 20:43:30.48 ID:3SORN3Q00
頭を抑えながら立ち上がった彼の目に、ベッドの上に横たわっているカランの姿が映った。正確には、彼女には骨の羽があるために僅かに横向きの寝方になっている。カーテンは全て下りており、部屋の電灯は消えていた。
かなりの音がしたはずだが、カランが目覚める気配はなかった。
慌てて彼女の脇に駆け寄り、その顔を覗きこむ。羽は小さく揺れて音を発している。どうやら体調には、特に異常はないらしい。ベッドの傍らには大量の点滴薬がホルダーにかけてあり、それらはカランの左腕のいたるところに突き刺さっていた。
――おかしい。
338:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY[saga]
2012/02/13(月) 20:44:11.77 ID:3SORN3Q00
彼女の左足は、ルケンから逃げる際に投げつけられた肉切り包丁により傷を負い、そこから腐ってしまった。満足な治療も出来ずに、加えてゼマルディの体力も限界だったことにより一週間あまりも地上ドームのスラム街を彷徨っている過程で化膿し、取り返しのつかないことになってしまったのだ。
太股から切り取られた足には、真新しい包帯がぐるぐる巻きにされていた。血がにじんでいる。どうやら感染症の心配はないとドクが言ったのはただの気休めで、実際はゼマルディの邪魔が入らないところでじっくりと治療にかかりたかったようだ。
それはそうだ。
龍の体は、人間とは違う。
ドクのことを友人として信頼はしているものの、ゼマルディにとってカランの体を弄られるのは別の話だった。薬を自分の内臓から作れればいいのだが、完成するまでに少なくとも後半年はかかる。熟成させる期間が必要だ。
339:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY[saga]
2012/02/13(月) 20:44:38.93 ID:3SORN3Q00
彼によってカランが助かっているのは、少なからずとも事実だ。自分自身もアンドロイドの手をつけてもらい、外見的には問題なく日常を送ることが出来る。
それに、金。
正規の方法ではないのだろうが、ドクはとにかく金を持っていた。
それが今の二人の生命線になっていると言っても、過言ではない。
これだって彼の心遣いだ。カランの体を切り刻んで縫っているところを、ゼマルディに見せたくなかったのだろう。
340:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY[saga]
2012/02/13(月) 20:45:08.10 ID:3SORN3Q00
カランは静かに寝息を立てている。麻酔が効いているのだろうか……消毒薬の臭いがする。
龍の体は人間とは違う。それはつまり、この地上で市販されている薬は自分達に効果がないということを指し示していた。ある程度はドクの調合によって効き目はあるが、投薬を続けて治ったと思っている傷口がいきなり開いたり……カランの体はその繰り返しだった。いつまで経っても足が治らないのも、そのせいだ。
土台無理な話なのだ。二百キロ以上もまた旅をするのは。
毛布をそっと戻し、ベッドの脇に座り込む。
カランが狂ってしまったのは、ルケンから逃げ出して上空のドームに入り込んでから……別のドームに逃げ出すために密航したトレーラーの中でのことだった。
341:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY[saga]
2012/02/13(月) 20:45:36.95 ID:3SORN3Q00
――額を押さえ、マスクの上から感覚がない顔の皮膚を触る。
人間なんて、脆いものだ。
こんなにも簡単に壊れる。
こんなにも簡単に、崩壊していく。
342:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY[saga]
2012/02/13(月) 20:47:11.12 ID:3SORN3Q00
どれだけの間座り込んでいただろうか。
ぼんやりと床を見つめているゼマルディの後ろで、不意にカランがもぞもぞと体を動かした。その羽がリンリンと澄んだ音を発し、彼女は小さく欠伸をして目を開いた。
弾かれたように顔を挙げ、ゼマルディは彼女の脇に屈み込んだ。
「大丈夫か?」
343:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY[saga]
2012/02/13(月) 20:47:40.31 ID:3SORN3Q00
「いや……俺がいない間にドクが色々したみたいだから……」
「ドクさん? 来てないよ」
どうやら今の彼女は、記憶が安定しているらしい。ゼマルディのことも夫だと認識できているようだ。
344:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY[saga]
2012/02/13(月) 20:48:16.66 ID:3SORN3Q00
「私は元気だよ……」
「ああ、元気だな」
上の空、と言う感じでゼマルディが答える。彼は床に目を落としたまま、知らずの間に握り締めたカランの手に、潰さんばかりに力を込めていた。
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