372:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY[saga]
2012/02/15(水) 20:09:18.61 ID:EmuY6hvN0
人間の顔ではなかった。
トカゲ……いや、ワニに近い容貌を呈している。口は本当に耳まで裂け、傷口からは涎と血が垂れ流されていた。先ほどはマスク側から見たので分からなかったのだ。
口の傷口からウロコが肉の内側より競り上がり、そして塞いでいく。次いで立ち上がったゼマルディの口からボロ、ボロ……と何かが床に転がり落ち始めた。
歯だった。
373:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY[saga]
2012/02/15(水) 20:09:52.58 ID:EmuY6hvN0
――訳が、分からなかった。
ドクは普通の人間だ。何の力も持たない、ただ大学と古代史をかじっただけの男だ。
しかし、彼は。
マルディは自分と同じだと思っていた。人種は違えど、分かり合える存在だと思っていた。
374:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY[saga]
2012/02/15(水) 20:10:23.34 ID:EmuY6hvN0
――明日逃げるはずだったのに。
脳内に最悪の想像が湧き上がる。明日……あと一日。あと一日さえ耐え切れば、やっとのことでマルディを説得し、このドームを離れられるはずだったのに。
ガクガクと体を震わせながら、爬虫類のようなウロコに覆われた大男が、ゆっくりと足を踏み出す。次いでそれらウロコは、まるで機械兵器のの装甲板のように音を立てて後方に流れた。そしてそれぞれの隙間から、フシューと軽い音を立てて白煙を噴出し始める。
今や、ゼマルディの姿は既に人間のものではなかった。体格やマスクなども相まって、もともと普通には見えない容貌をしてはいたが……それを軽々と凌駕して有り余るほどの変質だった。
375:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY[saga]
2012/02/15(水) 20:10:50.05 ID:EmuY6hvN0
さながら全身タイツのような鎖帷子を着た感じだ。背中をぐるりと、アーチ型に猫背にさせ、腕をブラブラさせながら……ゼマルディだったソレは、牙をガチガチと鳴らした。その喉が振動しているのが見て取れる。ウロコの奥……瞳の部分がバイザーのように透け、赤い瞳が見えていた。
涎と血液が入り混じった汚汁を口から垂れ流しながら、ゼマルディはまた一歩を踏み出した。途端、彼の首筋のウロコがエンジンノズルのように上に開き、プシュー……と蒸気圧を連想させる白い煙を吐き出す。それと同時に、強烈な汚臭……というのだろうか。鼻が曲がりそうな生臭い臭い。そう、まるで死体の臭い。内臓と血液が腐り、深緑色の液体に溶けていく際の、腐臭のようなものが周囲に充満した。
「アル……アルラ……アルルルレ……レレ」
376:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY[saga]
2012/02/15(水) 20:11:20.69 ID:EmuY6hvN0
動転していた。
気づかなかった。
いざ気づいてみると、どうして分からなかったのかが分からない。
――カランの羽。
377:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY[saga]
2012/02/15(水) 20:11:49.40 ID:EmuY6hvN0
そこで。
ドクの目が、部屋の片隅に無残に転がっていたカランの骨羽の残骸を目に留めたと同時に。
目の前の化け物が、背中を丸め力を込めた……と思った瞬間、跳躍した。
掻き消えた。
飛び上がったと思ったのはつかの間で、見逃すはずもない巨体が消えた。まるで蜃気楼のように、フッと無くなったのだ。
378:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY[saga]
2012/02/15(水) 20:12:34.35 ID:EmuY6hvN0
腰が抜けた。
いい年をして、と自分で自分にどこか冷静な頭が突っ込む。しかし現実はそう単純なものではなかった。ドクは自分のことを少なからずとも逆境に強い人間だと思っていたし、げんにその性分のおかげで今まで無事に生きてきた面も多々あった。
しかしこれは違う。
何かと明確な事実を提示することは出来ないが、全くの別物だった。
圧倒的な絶望感。力の差……どう足掻いても太刀打ちできないという、『種』の差。その恐怖を間近で感じすぎてしまったのだ。理性は冷たく事実、そして最適な行動を算出しているが、本能に近いところで体が動かない。
379:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY[saga]
2012/02/15(水) 20:13:06.83 ID:EmuY6hvN0
――角。
角だった。水牛の角のように尖り、先端は獲物を串刺しに出来るかのごとく、鋭い輝きを発していた。
頭を振り、大男はまた腕を振りかぶった。
そしてためらいもなくドクの頭に爪を突き刺そうとして……。
380:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY[saga]
2012/02/15(水) 20:19:01.48 ID:EmuY6hvN0
「よかった……」
「ルルルル……」
「ちゃんと……変身、できたね……」
381:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY[saga]
2012/02/15(水) 20:19:27.48 ID:EmuY6hvN0
痛みと命が薄れていく感覚の中、ニッコリと。
少女は異形と化した夫の顔に向かって微笑んでみせた。軽く首を傾げ、目を細める。
「あなたは…………前に、こう、聞いたことがあったね……」
382:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY[saga]
2012/02/15(水) 20:19:59.55 ID:EmuY6hvN0
「私も聞くね…………」
「…………」
「これで……私のこと…………」
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