1: ◆bsVOk5U9Es[saga]
2013/08/28(水) 21:07:44.54 ID:0wTRHLBzo
ゆっくりやってきます
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2:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]
2013/08/28(水) 21:08:33.14 ID:0wTRHLBzo
私は生まれながら人より少しだけ運の良い子でした。
それを自覚したのはいつのことだったでしょうか。残念ながら今となっては思い出せませんが、私は確かに運の良い子だったのです。
例えば双六。私は決まって誰よりも早くあがりを迎えます。例えばトランプ。ババ抜きで負けたことは一度もありませんでした。
古今東西あらゆる勝負事においては、勝ちを得るということが至上の目的でありましょう。
3: ◆bsVOk5U9Es[saga]
2013/08/28(水) 21:09:33.72 ID:0wTRHLBzo
とはいえ運の善し悪しとは時と場合によって大きく変化するものでもありました。
例に挙げた二つでいえば、あがった私はやることが無くなってしまい、賽の目に引いた札に、一喜一憂する彼らを見てぼんやりとするだけしかないのです。
そういった遊びで常に勝つ私は、彼らにとっては間違いなく運が良いと見えたでのしょうが、一足先に暇になってしまった私にしてみれば運が悪いとも言えるのです。
皆が楽しそうにしている中、一人暇を弄ぶというのは子供心にとって非常につまらないことでした。
4: ◆bsVOk5U9Es[saga]
2013/08/28(水) 21:10:10.71 ID:0wTRHLBzo
そんな風にして外での遊びを覚えたのですが、今となっては、そのお蔭で体を動かすことが嫌いではないということも、私の運が絡んだ結果なのかもと思ってしまいます。
そうして考えてみると、やっぱり私は運の良い子なのでしょう。それも生まれながらにして。私は、私の出生からして出来過ぎていたのでありました。
5: ◆bsVOk5U9Es[saga]
2013/08/28(水) 21:11:06.39 ID:0wTRHLBzo
年明けと同時に私は、いえ、私と両親、そして親戚一同の皆様方は記念すべき日を迎えました。
さすがに親戚一同の皆々様まで含めますと、少し見栄を張り過ぎたかもしれません。しかしながら、お目出度い日であったことには変わりないはずでしょう。
積雪に覆われた八雲山が、赤々と燃える太陽の熱を反射してきらきらと一面に眩い光を放ち始める頃に、私は産声を上げたのでした。
朝靄にぼやけた空は朱と藍が入り混じっており、それが日の昇りにつれて霞がかった遠くの山々の輪郭をゆるやかに顕としていく様は、非常に幻想的であったと聞きます。
6: ◆bsVOk5U9Es[saga]
2013/08/28(水) 21:11:47.43 ID:0wTRHLBzo
そんな穏やかさを見せる景色とは裏腹に、病院内は大童でありました。その時分には、既に母の陣痛が始まっていたそうなのです。
商売とはいえ、年末年始も休むことの出来ないお医者様には大変頭が下がる思いで一杯です。特にお正月に生まれた私は足を向けて寝る訳にはいかないでしょう。
俄に慌ただしくなった院内でしたが、そんな中で父が目を覚ましたのは、お産も済み後は産湯に入れるだけとなった頃合いだったそうです。
我が父ながら、初産の母をおいて一人眠りこけていたというのですから、さすがに閉口せざるを得ませんでした。
7: ◆bsVOk5U9Es[saga]
2013/08/28(水) 21:12:21.37 ID:0wTRHLBzo
私を抱いた父は、酷く興奮して何度も何度も夢をみたと医師に看護師に、そして母に繰り返しました。
産後の疲れもあり、要領の得ない父の言葉に母は苛立ちを隠せなかったらしく、院内に響き渡るほどの声量で彼を一喝した話は、いまだに我が家の笑い話として残っています。
そのお陰で漸く落ち着いた父が口にしたのは次のようなことでした。
8: ◆bsVOk5U9Es[saga]
2013/08/28(水) 21:12:53.47 ID:0wTRHLBzo
曰く
夢をみた。それも大変ありがたい夢であった。
初夢に出ると良いとされる富士と鷹と、そして茄子が出てきた。
目が覚めたら娘は既に産まれており、昔の人の話も馬鹿にできないと思った。
9: ◆bsVOk5U9Es[saga]
2013/08/28(水) 21:13:19.69 ID:0wTRHLBzo
そうしてこの世に生を受けたのがこの私であるのです。
鷹富士というありがたい家に生まれ、茄子と書いてカコ。一月一日に両親の腕へと迎えられ、院内の窓からは八雲山を望む景色が広がっておりました。
10: ◆bsVOk5U9Es[saga]
2013/08/28(水) 21:14:15.60 ID:0wTRHLBzo
出生から出来過ぎていた私でしたが、まさか自分の運命までも大きく変えてしまうような出来事にまでも遭遇するとは露ほどにも思ってはいませんでした。
11: ◆bsVOk5U9Es[saga]
2013/08/28(水) 21:14:55.88 ID:0wTRHLBzo
その日の私は、島根の実家を出て一人岡山駅へと向かっておりました。
いま話題のアイドルグループである、トライアドプリムスの三人が岡山で小さいながらもライブを行うとの話を耳にしたのです。
私はアイドルに熱烈な興味を抱いていた訳ではありませんでしたが、運の良さで世の中を二十年とちょっとを渡り歩いてきた自負があります。
ブラウン管の向こうに住まう方々が、こんなにも近くまで来るというのはきっと何かの巡り合わせ。
12: ◆bsVOk5U9Es[saga]
2013/08/28(水) 21:15:26.47 ID:0wTRHLBzo
トライアドプリムスの一人、渋谷凛さんは既にソロデビューを果たし、ヒットチャートにも名前が挙がり始めた頃合いでしたので、ユニット結成の報は人々の興味を充分に惹いたことでありましょう。
ですから、チケットを入手するのも困難かと思われましたが、そこは運の良さに定評のある私です。大して労せずにそれなりの席を確保することが出来ました。
そして迎えた当日であり始まりの日。
今日は一体どんな面白いことが待ち構えているのだろう。
13: ◆bsVOk5U9Es[saga]
2013/08/28(水) 21:16:07.79 ID:0wTRHLBzo
岡山駅に着いたのは、時計の針が十二を指して綺麗に重なっていた時のことです。
入場が十六時半からですので、少し時間が空くことになります。
すっかり空っぽになってしまったお腹が今にも悲鳴を上げそうでしたが、私はまず宿の確保へと向かいました。
折角遠出をして来たのですから、明日一日は街中を面白いことを探して練り歩き、明後日の電車で島根へと帰るつもりでいたのです。
14: ◆bsVOk5U9Es[saga]
2013/08/28(水) 21:17:03.53 ID:0wTRHLBzo
土曜の昼間ということもあり、往来は人々で賑わっておりました。
大変に天気の良い日ですから、家族連れの姿も多々目につきます。
両親に挟まれた女の子が仲睦まじく両の手を繋いでいる様子などを見れば、自身の幼かった頃が思い出されて非常に温かな気持ちとなりました。
「次の休日は、両親と一緒に何処かへ行こうかしら。」
15: ◆bsVOk5U9Es[saga]
2013/08/28(水) 21:17:56.14 ID:0wTRHLBzo
スーツ姿の男性と、双子なのでしょうか顔つきの似通った女の子が二人。甘い香りが漂う洋菓子屋さんの前で話し込んでいました。
私が立ち止まって見ていると、男性は彼女たちを残して一人店内へと入っていきます。
すると彼女のたちは、弾かれるようにしてその隣にあるコンビニへとぱたぱた駆けて行くのです。
とりたて珍しい光景ではないのかもしれませんが、なぜだがその時の私は彼女たちのことが無性に気になってしまい、後を追うようにしてコンビニの自動ドアを抜けました。
店内をきょろきょろと見渡すと、先程の二人が化粧室へと駆け込む姿が見られます。
16: ◆bsVOk5U9Es[saga]
2013/08/28(水) 21:18:31.83 ID:0wTRHLBzo
コンビニを出ますと、先程の二人は洋菓子屋さんの前できゃあきゃあと何やら楽しげな様子であります。
男性の姿はありません。まだ店内から戻ってはいないようです。それも無理のないことでしょう。
少し離れたこの場所でさえ、甘く幸せな匂いが鼻腔へと届くのです。店の外ですらそうなのですから、中の様子は言わずもがな。
それに加えて視覚にまで訴えかけてくるのですから、時間がかかるのも当然でしょう。
17: ◆bsVOk5U9Es[saga]
2013/08/28(水) 21:19:51.04 ID:0wTRHLBzo
待つこと暫くした後、漸く男性が戻って参りました。
右手には白い紙袋が提げられており、心なしか甘い香りがより一層と広がったような気もいたします。
男性は待ち受けていた二人を見ると、何やら溜息をひとつ。そして、とんとんと彼女たちの頭を軽く小突くのでした。
18: ◆bsVOk5U9Es[saga]
2013/08/28(水) 21:20:30.16 ID:0wTRHLBzo
三人を見送ると、私は当初の目的を果たすために彼らとは反対方向へと向かいました。
19: ◆bsVOk5U9Es[saga]
2013/08/28(水) 21:21:07.94 ID:0wTRHLBzo
下から上まで白磁に染め上げられた建物は、青々と広がる空に浮かび上がるようにして聳えております。
その空には雲一つなく、燦々とお日様が御座しますのですから、ホテルの一面が白い煌めきを放っており、その輝きたるや目が潰れてしまいそうでした。
それでも凝らして見れば建物の随所には飾り彫りが施されていまして何だか、お子様の私が泊まるには場違いではないのでしょうか、といった気持ちになってしまいます。
門構えも堂々たるものでして、どこぞの宮殿を思わせる風情です。左右の柱にはランプを模したと思われる白熱灯が拵えられており、その両柱を繋ぐようにして緩やかなアーチ状に屋根が渡し架けられていました。
20: ◆bsVOk5U9Es[saga]
2013/08/28(水) 21:21:43.83 ID:0wTRHLBzo
自動ドアを抜けると、当たり一面には真白の空間が広がります。
石畳の床を歩けばこつこつと甲高い音を鳴らします。ロビーに置かれた革張りのソファにはスーツ姿の男性が一人。響く足音にこちらへと目を向けますが、直ぐにその視線は新聞へと戻りました。
受付には若い女性が一人詰めておりました。
21: ◆bsVOk5U9Es[saga]
2013/08/28(水) 21:22:12.79 ID:0wTRHLBzo
「ご予約の方ですか。」女性は言います。
「いえ、違います。部屋に空きはありますか?」
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