過去ログ - 真姫「にこちゃんと夜空に架かる虹を見るわ」
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4:名無しNIPPER[saga]
2015/06/17(水) 20:33:25.00 ID:XL12Gej+0
その毎日が過酷だ──などと、彼女は一言も口にしたことがなかった。

たまに街角のチェーンのカフェで慌ただしく会うとき、彼女はとりつかれたように輝かしい未来や華やかな芸能生活への夢を語った。思えば、私が相槌や皮肉を差し挟む間も無いほどのあの勢いは、まるで自分に言い聞かせるために語っているようではなかったか。

やっとそれを悟ったのが彼女が倒れてからだというのだから笑える。
以下略



5:名無しNIPPER[saga]
2015/06/17(水) 20:34:50.61 ID:XL12Gej+0
おそらくその全てが原因だったのだろう。
過度の身体活動とストレス、貧弱な食生活。
そして先天的な、1万人に1人以下という確率で彼女の体を蝕んでいた血管の疾患。

「脳梗塞……ですか?」
以下略



6:名無しNIPPER[saga]
2015/06/17(水) 20:35:59.22 ID:XL12Gej+0
◇◇◇

マンションの自室の扉を開けて中に入ると、もう日は落ちたというのに電灯はつけられておらず、わずかに漏れる光と音を頼りに私はリビングに向かった。

靴は脱がない。この部屋は全ての段差が取り払われていて、そもそも靴を脱ぐ玄関というスペースが存在しない。
以下略



7:名無しNIPPER[saga]
2015/06/17(水) 20:37:19.84 ID:XL12Gej+0
プツッ。

画像と音が途切れるのと同時に、にこちゃんが振り向いた。

「……っっ!」
以下略



8:名無しNIPPER[saga]
2015/06/17(水) 20:39:52.10 ID:XL12Gej+0
◇◇◇

全般性失語症と右不全片麻痺。
平たく言えば、言語障害と右半身不随。
診断書ならたった一行で片付く後遺症が、今の彼女の全てだ。
以下略



9:名無しNIPPER[saga]
2015/06/17(水) 20:42:07.91 ID:XL12Gej+0
「じっとしてなさいよ、にこちゃん」

耳元でぼそりと囁くと、華奢すぎる身体がびくっと小さく震える。
言葉の意味は分からなくても、私がこれからすることは理解しているのだ。
脇腹やおへそから乳房にかけてマッサージするようにゆっくりとスポンジを滑らせる。
以下略



10:名無しNIPPER[saga]
2015/06/17(水) 20:44:10.95 ID:XL12Gej+0
「はうっ……あ、うっ……」

彼女は拒否の言葉を発しない。
後ろから抱きしめる腕に力は入れていないのだから、不自由な体でももがいて抜け出すことぐらいはできるはずだが、それもしない。

以下略



11:名無しNIPPER[saga]
2015/06/17(水) 20:45:02.03 ID:XL12Gej+0
荒い息をつく彼女の頬に頬を寄せる。

「好きよ、にこちゃん……あなたがどんな姿になっても、どんな重荷を背負っていても、ずっとずっと大好き……」

それでもやっぱり、にこちゃんは答えてはくれない。
以下略



12:名無しNIPPER[saga]
2015/06/17(水) 20:50:00.96 ID:XL12Gej+0
彼女の火照った体をシャワーで洗い流しながら、私は彼女の家族がこんな様子を見たら何と言うだろうと考えていた。

◇◇◇

半年前、久しぶりに訪れた矢澤家で出迎えた彼女の母親は愕然とするほどやつれており、私は学業や仕事の多忙さを理由にして頻繁に訪れなかったことを後悔した。
以下略



13:名無しNIPPER[saga]
2015/06/17(水) 20:53:51.99 ID:XL12Gej+0
私は高校生になるまで、両親に決められた道を進む以外の生き方を知らなかった。
反抗期らしい反抗期すらなかったその時期が、考えてみれば、もっとも幸せだったのかもしれない。
私は親の庇護という安心を、親は私をコントロール下に置くという安心を得て、蜜月の関係を築いていたのだ。

ある日突然その関係が壊れたのは、もちろんμ'sが原因だった。
以下略



14:名無しNIPPER[saga]
2015/06/17(水) 20:54:58.67 ID:XL12Gej+0
医大を卒業した私は、父が当然のごとく用意していた自分の病院のポストを蹴り、大学病院の医局へと入局した。
高校生の時にできなかった、自分の道を自分で選ぶという決意だけとってみれば、ある意味進歩とも言えたかもしれない。

だが、結果は散々だった。
過酷な当直勤務と有り余る雑用、患者に冷淡な、自分の手術成績にしか興味がない医師たち。
以下略



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