564: ◆8zklXZsAwY[saga]
2016/09/23(金) 23:00:05.94 ID:m50+y+cIO
では、いまから投下します。
565: ◆8zklXZsAwY[saga]
2016/09/23(金) 23:00:32.93 ID:m50+y+cIO
琴吹武は、このような隙間だらけの建物に腰を下ろしたのはいつぶりだろうと感慨にふけっていた。琴吹がいるのは、建築途中のマンションの十五階にあたる場所で、いかなる壁も窓も存在していなかった。コンクリートの柱と各階層の基盤となる床、というか平べったいコンクリートの塊といったほうがその実に近い、外から見れば立体駐車場みたいな建物だった。
いま琴吹がいる場所の右手にあるのは、一時間ほどまえに西日が差し込んできた、映画館のスクリーンのような、長方形に切り取られたガラスもなにもない、窓代わりの開いた空間だった。横七・〇五メートル縦三メートルの大きさで、この横縦比率二・三五:一は、シネマスコープと呼ばれるスクリーンサイズと同じ比率だった。この大画面から見えるものは、どこにでもあるありふれた街の風景でしかなかったが、一時間前に夕日で一面赤く染まった街並みを見下ろしたときは気分がよかった。その風景を見たとき、琴吹はむかしテレビで観た『風櫃の少年』という映画に、ちょうどこれと同じようなシーンがあったことをふと思い出していた(しかし、『風櫃の少年』のアスペクト比は一:一・八五のアメリカンビスタだ)。
566: ◆8zklXZsAwY[saga]
2016/09/23(金) 23:01:44.81 ID:m50+y+cIO
海斗はそういってスープを飲み干した。琴吹は海斗のそっけない返答に心のなかで舌打ちし、残りを食べた。食事が終わると、砂糖とミルクもない真っ黒なコーヒーを飲みながら、琴吹はスクリーンに視線をやった。日は完全に落ちていて、かすかな光さえもその長方形から入り込んではこなかった。完璧な暗闇。琴吹は突然、自分はスクリーンの裏側にいるのだと感じた。暗闇を照らすものは、琴吹と海斗のあいだに置かれたランタン型の懐中電灯だけしかなく、このあたりの唯一の救いの光源となっていることが、琴吹を見る側から見られる側へ転倒させたと感じさせた。
琴吹「おい」
567: ◆8zklXZsAwY[saga]
2016/09/23(金) 23:03:16.93 ID:m50+y+cIO
琴吹「あっちは助けなんかいらないかもしれないぜ?」
海斗「そのときは引くさ」
568: ◆8zklXZsAwY[saga]
2016/09/23(金) 23:04:52.93 ID:m50+y+cIO
海斗「おれはおまえを出来るだけ死なせたくないと思ってる。亜人でもな」
琴吹「海斗、やっぱりバカだぜ、おまえ」
569: ◆8zklXZsAwY[saga]
2016/09/23(金) 23:05:43.69 ID:m50+y+cIO
琴吹は昔の友達のことを思い出していた。自分が亜人だとわかるまえのことで、琴吹が恩を与えた相手だった。琴吹が海斗にその友達のことを話したことはない。これからも話すつもりはなかった。おそらく、もう死んだであろうそいつのことなど、琴吹にはもうどうでもよかった。
琴吹は潰れたタバコの箱から一本取り出しそれを海斗に手渡した。海斗は琴吹から受け取ったタバコを口に咥えてからコンロを付けると、青い円を形作る火にタバコの先を近づけた。タバコの先端が赤く光り、そこから白く細い煙が立ち昇る。細煙は電灯の光を受けとめ、みずからの白色と電灯の黄色い光を調和させ、はちみつのような淡い色を生み出していた。
570: ◆8zklXZsAwY[saga]
2016/09/23(金) 23:09:04.75 ID:m50+y+cIO
琴吹は黙ってそれを受け取ると、口にタバコを咥え存分に味わった。今度は海斗がコーヒーを飲む番だった。しばらくすると、琴吹がさっきの海斗と同じ行動を取った。海斗もまた、琴吹がそうしたように無言でタバコを受け取った。
タバコを根本まで吸い切るまで、二人のあいだでタバコの移動が続いた。外から見ると、タバコの赤い火がまるで蛍の光ように見えた。タバコが一方の口に咥えられているとき、もう一方の口はコーヒーに浸されていた。コーヒーの色は、今夜の新月の風景のように真っ黒だった。やがて、タバコの小さな赤い灯も、すっかり冷めてしまったわずかなコーヒーの残りもなくなってしまった。
571: ◆8zklXZsAwY[saga]
2016/09/23(金) 23:11:37.63 ID:m50+y+cIO
おまけB終わり。
立てこもるなら、少年院ってけっこういい場所なのかも。でも、雰囲気は悪そう。
572: ◆8zklXZsAwY[saga]
2016/09/23(金) 23:17:13.15 ID:m50+y+cIO
その建物は堅牢さではシェルターと呼ぶにふさわしい立方型の建物で、シャッターを閉めきれば地面と接する四方の壁に建物への入り口はなく、梯子を使って屋上から中に入らなければならなかった。
屋上には銀行の金庫室の扉を思わせる丸い入り口があり、そこについているハンドルが内側から回され、軋んだ音を立てた。中から一人の男が出てきた。男は昼休憩に出てきたといった風情で外の空気を吸った。タバコを取り出し口に一本咥え、ライターで火を付け、深々と吸う。鈍い光が降り注ぐ冬の朝みたいに、男は白い煙をばーっと吐き出した。タバコの煙は上空に向かって真っ直ぐ消えていった。
573: ◆8zklXZsAwY[saga]
2016/09/23(金) 23:18:35.28 ID:m50+y+cIO
突然、黒い幽霊が首を巡らして死んだ迷子を見た(といっても、幽霊に目はなかった)。そして、平べったい頭部が上下に割れたかと思うと、次の瞬間には、幽霊が死者の頭部をまるごと齧り取ってしまっていた。首から上が無くなった死体はごろんと地面に倒れた。嘴の先に食べ物を咥えた鳥がそうするかのように、幽霊は頭を上に向け喰いちぎった頭を喉の奥へ落として、頭蓋骨を噛み砕いた。
佐藤「田中君」
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