10: ◆Zo89VSw555MV[saga]
2016/03/31(木) 19:59:48.82 ID:WOjo7pAA0
「いらっしゃいませ。お好きな席へどうぞ」
男性はこちらに気づくと手を止め、笑みを浮かべながらしゃがれた声で私たちを促した。
その声に導かれるまま、私たちは窓際の二番目のテーブルに向き合って座る。
11: ◆Zo89VSw555MV[saga]
2016/03/31(木) 20:00:43.86 ID:WOjo7pAA0
「俺は決まったけれど、夕美は?」
「あたしは……あたしも、一緒ので大丈夫」
店員さんを呼んで、Pさんが「コーヒー2つ」と頼んだところで、私はメニューを置いて外を眺め始めた。
12: ◆Zo89VSw555MV[saga]
2016/03/31(木) 20:01:54.96 ID:WOjo7pAA0
時間が止まってしまったかのような静寂にヒビを入れるかのように、私とPさんの前にコーヒーが並べられた。
私のコーヒーからは、カラメルのような甘い香りが白い湯気と共に漂っている。
対するPさんのコーヒーは、重厚でこうばしい香りを発散させていた。
13: ◆Zo89VSw555MV[saga]
2016/03/31(木) 20:03:22.38 ID:WOjo7pAA0
「なんだか悪いことしちゃったな」
そう言ってコーヒーを一口すするPさん。
私も角砂糖を一つ落としてから、控えめにカップに口をつけると、強い甘みが口の中いっぱいに広がった。
14: ◆Zo89VSw555MV[saga]
2016/03/31(木) 20:04:48.97 ID:WOjo7pAA0
まだ事務所が小さく、私以外のアイドルは数人しかいなかった時代。
事務所の中では、Pさん以外のプロデューサーさんがバタバタ忙しそうにしていて、落ち着いて打ち合わせをできないからと、よく事務所近くの喫茶店に誘ってくれたものだ。
その頃は、彼と同じコーヒーを頼んで、苦い思いをする時もあった。
15: ◆Zo89VSw555MV[saga]
2016/03/31(木) 20:05:58.30 ID:WOjo7pAA0
空になった二つのカップと、黄色のチューリップが乗ったテーブル。
Pさんは会計を済ませるため、スーツケースを引いて先にレジへと向かっている。
椅子を引いて立ちあがろうとした時、カップの奥底に、何か文字が刻まれている事に気がついた。
16: ◆Zo89VSw555MV[saga]
2016/03/31(木) 20:07:23.07 ID:WOjo7pAA0
それからは何をするでもなく、ただ街中を歩いた。
一つ買い物をするだけでも、一人かそうでないかで時間の過ぎ方は全然違って。
私がいいなと思った服と、Pさんがそう思った服が実は一緒で、お互いに笑いあったりもした。
17: ◆Zo89VSw555MV[saga]
2016/03/31(木) 20:09:15.41 ID:WOjo7pAA0
空いた右手でポシェットから、予め用意してあった押し花の栞を一つ、取りだす。
飾られているのは、ナズナの花。
「Pさん」
18: ◆Zo89VSw555MV[saga]
2016/03/31(木) 20:12:49.45 ID:WOjo7pAA0
何度も練習した笑顔を貼りつけて、
悲しさなんて、とうに忘れて。
私は両手で大事に持ったナズナの栞を、彼に向かって差し出した。
19: ◆Zo89VSw555MV[saga]
2016/03/31(木) 20:13:50.73 ID:WOjo7pAA0
「だけど、気持ちを伝えてくれたのは―――」
と、ここで余計な事を離そうとするPさんの口に、1歩踏み込んで、そっと栞を寄せる。
そんな言葉が聞きたくて、私はここに来たんじゃないから。
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