1:名無しNIPPER[saga]
2016/05/22(日) 12:07:39.92 ID:cJnO2bq10
藤原肇ちゃんのお話です。
よろしくお願いします。
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2:名無しNIPPER[saga]
2016/05/22(日) 12:10:21.11 ID:cJnO2bq10
これから一年で一番暑い日が到来しようとしているのに、私の部屋は血が通っていないみたいな冷たさがあった。
実家から持ってきたタオルケットは確かにあたたかったし、お母さんが選んで送ってくれたパジャマは生地がしっかりしているからむしろ暑いと感じていいはずなのに。
3:名無しNIPPER[saga]
2016/05/22(日) 12:12:18.11 ID:cJnO2bq10
外も中もしんと静まり返っていて、寝返りをうつたびにそば殻の枕が音を響かせる。
雨の音も、においもしない。
4:名無しNIPPER[saga]
2016/05/22(日) 12:14:37.37 ID:cJnO2bq10
こっちにきて東京の四季をふた巡り知って、この寮で暮らし始めてもう二年という歳月が経とうとしている。
勝手を知った部屋がまるで他人のようにおもえてしまうこの現象は、数日でも数年でも関係ないみたい。
実家もこっちも寝る時間になれば静かになるのは一緒で、壁を隔てたむこうには誰かがいるんだけれど、やっぱりなにかが違って、ひどく落ち着かない。
5:名無しNIPPER[saga]
2016/05/22(日) 12:15:44.95 ID:cJnO2bq10
右に、次は左へ寝返りをうっても視界に入ってくるものが変わるだけで、寝ることができないという事実は、ぴったりと背中について離れないみたい。
眠れない夜は、どうしていたんだろう。
6:名無しNIPPER[saga]
2016/05/22(日) 12:19:26.60 ID:cJnO2bq10
そういえば、前にもそんな日があったことをふと思い出して、なにをしたんだっけと、記憶の引き出しを開けてみた。
探している間も相変わらず目は冴え渡っていて、眠気はどこかの交差点で迷子になっている気がする。
いや、もしかしたら、私自身が迷子になっているのかもしれない。
7:名無しNIPPER[saga]
2016/05/22(日) 12:21:53.32 ID:cJnO2bq10
小さいころから、歌うことが好きだった。
基本的に聞いてくれた人は家族が主で、もう少し年齢を重ねていくと、そこに友達が入ってきたけど、そこまで人数が増えることはなかった。
誰のためとか、なんとためとか、そういう高尚なものじゃなくて、ただただ歌いたくて、好きで、歌っていた。
8:名無しNIPPER[saga]
2016/05/22(日) 12:23:01.28 ID:cJnO2bq10
「少しだけ、先の約束をしようか」
次に手に取ったのは、実家の玄関前にて、ネクタイをゆるめながらPさんが私に投げたひと言は、いまでもはっきりと憶えている。
9:名無しNIPPER[saga]
2016/05/22(日) 12:26:56.77 ID:cJnO2bq10
その日も今夜みたいに静かで、見上げればため息がこぼれるくらい大げさな星空のパノラマがそこにあった。
アイドルになることに対して、言葉は柔らかかったけど否定的だった両親たちを説得してくれに、わざわざ岡山という遠い場所にまでこの人は来てくれた。
10:名無しNIPPER[saga]
2016/05/22(日) 12:28:12.05 ID:cJnO2bq10
なんの根拠もなかったのに、おじいちゃんは私の夢を応援してくれるものだって勝手に決め付けていた。
テレビの前で歌って、踊って、それを最初に褒めてくれたのがおじいちゃんで、テストとか運動会とか、いい成績を残したときも一番喜んでいた。
そんな人が、いままでに一度も認めてくれなかったものが陶芸。
11:名無しNIPPER[saga]
2016/05/22(日) 12:30:01.70 ID:cJnO2bq10
「嫌われたかな、かわいい孫娘をたぶらかした男だって」
灯りがなくて表情は見えなかったけど、弱々しく響いた言葉に、Pさんの気持ちを見た気がした。
12:名無しNIPPER[saga]
2016/05/22(日) 12:32:54.58 ID:cJnO2bq10
「また明日、迎えにくるよ」
「はい。待ってます」
13:名無しNIPPER[saga]
2016/05/22(日) 12:34:56.45 ID:cJnO2bq10
どれくらい空を見ていたんだろう、ながれ星は私がたまたま出会ったひとつだけで、いくらじっと目を凝らしても次も見つけることはできなかった。
目の前にいる人もぽかんと口を開けたまま、宝石箱をひっくり返したみたいな夜空を眺めている。
手を伸ばしても決して届くことのない星々は孤高で、綺麗だ。
14:名無しNIPPER[saga]
2016/05/22(日) 12:35:52.62 ID:cJnO2bq10
「少しだけ、先の約束をしようか」
いきなり、いきなりのことだ、さっきまでの軽妙な言葉はこの夜にでも吸い込まれていったみたいで、真剣なトーンが私の鼓膜を揺らし、胸の奥にある一等星がどくんと輝いた。
15:名無しNIPPER[saga]
2016/05/22(日) 12:37:20.48 ID:cJnO2bq10
「君はきっと、あの星よりも輝けるようになる。どのくらい時間がかかるのか、それはわからないけど、必ず」
指さした先には白く輝くスピカがあって、そこからスライドさせていくと、今度はオレンジ色の恒星アークトゥルスがきらめく。
夫婦星と呼ばれる対照的なふたつと二等星のデネボラを結べば、春の大三角ができる。
16:名無しNIPPER[saga]
2016/05/22(日) 12:38:15.66 ID:cJnO2bq10
「詳しいんだな、星に」
いつの間にか声に出していたみたいで、指摘された瞬間、顔がかあっと熱くなっていくのがわかった。
ただただ恥ずかしくて、空も、Pさんも見れなくなって、地面に目線を落とすと、ふたがされたみたいになにかしゃべることができなくなった。
17:名無しNIPPER[saga]
2016/05/22(日) 12:39:21.79 ID:cJnO2bq10
「星に約束するよ。一番にするって」
夜だから、星は瞬く。
18:名無しNIPPER[saga]
2016/05/22(日) 12:40:27.73 ID:cJnO2bq10
枕元に置いた携帯電話をわけもなく手にすると、数字はすっかり深夜と言われる時間を示していた。
そろそろ正しい順路で眠気がきてもいいはずなのに、どこで迷っているんだろう。
19:名無しNIPPER[saga]
2016/05/22(日) 12:41:17.76 ID:cJnO2bq10
あぁ、星、そうだ、思い出した。
窓を開けると氷水のように冷えた空気が首元に触れて、鼻から肺の中に新しい酸素をため込む。
室内のものよりも研ぎ澄まされているみたいだけど、温度自体の差はなく感じた。
20:名無しNIPPER[saga]
2016/05/22(日) 12:45:41.55 ID:cJnO2bq10
二回のコール音ののち、ひと呼吸置いて、「どうした」と優しい響を持った声が耳に届いた。
「お仕事中です?」
21:名無しNIPPER[saga]
2016/05/22(日) 12:46:46.79 ID:cJnO2bq10
入寮して一週間も経っていないときのことで、ホームシックと呼ぶのが正しいのかわからないけど、今日みたいに眠れない日があって。
ほぼ一日がレッスンで、余計なことなんて考える隙間もないくらい疲れていたのに、いざベッドに寝転ぶと日中くらいに目が冴えていて、どうしようもなくさみしくなって、迷惑だとおもいつつもPさんに電話をした。
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