1: ◆9HQtX1uR2o[saga]
2016/10/04(火) 22:39:50.20 ID:7ab73rSh0
「プロデューサーさん」
と、初めは呼んでいた。
不躾な勧誘に苛立っていたせいか、あるいは気分が高揚してしまっていたのか、初対面の相手にも関わらず、つい私は「脳味噌は何グラム?」と、無礼な言葉を遣ってしまった。
それを反省し、事務所へ連れられて態度を改めた結果が、『プロデューサーさん』という呼称だった。
一応は年上だし、プロデューサーとアイドルという関係なのだから、指示を受ける側が多少なりとも気を遣ってやっても良いかという考えもあった。
「プロデューサー」
と、変化したのは、事務所へ出入りするようになって2日目のことだった。早い。
業界に疎い私でも名のわかる事務所に所属しているのだから、少しは有能な男かと思っていたのだけど、そうではないことに勘付いたからだ。
他の能力については知らないけれど、ともかくアイドルのプロデュースに関しては凡才。
であれば、敬称を遣う必要もなかった。
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2: ◆9HQtX1uR2o[saga]
2016/10/04(火) 22:45:40.04 ID:7ab73rSh0
「ねえ、そこの」
と、『プロデューサー』という単語が消えたのは、翌週のこと。
初めは気付かぬフリをしてあげていたのだけど、段々と私に対する怖気の走るような態度に我慢ができなくなってきた。
3: ◆9HQtX1uR2o[saga]
2016/10/04(火) 22:47:05.87 ID:7ab73rSh0
「そこの豚」
という呼称に至る頃には、事務所に入って一ヶ月が経過していた。
あれを豚と呼ばずして何と呼ぶのだろう。
4: ◆9HQtX1uR2o[saga]
2016/10/04(火) 22:49:20.15 ID:7ab73rSh0
事務所の一室へ入ると「おはようございます時子様!」と豚が駆け寄ってくる。
私が「豚のくせに私より頭が高いとはどういうこと?」と返してやると、豚は笑顔でその場に跪く。
バッグから鞭(父から譲り受けた乗馬用の長鞭だ)を取り出し「褒美よ」と背中へ一振りしてやると、嬉しそうに鳴く。
日課だ。
5: ◆9HQtX1uR2o[saga]
2016/10/04(火) 22:51:26.36 ID:7ab73rSh0
けれど同時に、私は思う。
私は財前時子。財前に負けは許されない。
なにより、私に勝る人間がいるだなんて、それだけで不愉快よ。
アイドルも勝負事には変わりない。
6: ◆9HQtX1uR2o[saga]
2016/10/04(火) 22:56:56.96 ID:7ab73rSh0
私と豚の関係だけをクローズアップしてきたけれど、豚は私以外のアイドルも担当している。
とはいっても、一人だけ。椎名法子という。
しきりにドーナツを口にするよう勧めてくるドーナツ狂いなのだけど、私と豚とのやり取りを眺めて「あはは」と笑っているだけなのだから、アイドルとしての胆力は備わっているようだ。
「時子さん、絶好調だね!」なんて、私の隣に腰を下ろして声をかけてくるので、「普段通りよ」と返してやる。
7: ◆9HQtX1uR2o[saga]
2016/10/04(火) 22:59:49.33 ID:7ab73rSh0
「法子。それを食べ終わったら、ラジオ収録行くぞ」
豚がすっと立ち上がり、法子へ呼びかける。
どうしてこの豚は、法子相手だとまともなプロデューサー面をするのか。不思議だわ。
8: ◆9HQtX1uR2o[saga]
2016/10/04(火) 23:03:01.15 ID:7ab73rSh0
「あっ。ホントだ。……と、時子様……すみません……」
手帳に記された予定を認めたのだろう、豚は私の膝元へ駆け寄ってくる。
その様子があまりにも惨めで情けなかったので、「謝罪の言葉を口にするくらいなら行動で示しなさいよ、家畜風情が」と罵ってあげた。
9: ◆9HQtX1uR2o[saga]
2016/10/04(火) 23:03:51.56 ID:7ab73rSh0
「ともかく! あたし、もう行きますねっ! そろそろ出ないと収録に間に合わなくなっちゃいますから!」
法子はそう言うと、残ったドーナツを口の中へ放り込む。
「おう、頑張れよ」
10:運営終了は犯罪です[sage saga]
2016/10/04(火) 23:08:03.92 ID:Od+Qrumm0
イケメン須賀京太郎様に処女膜捧げる時子様マダ
11: ◆9HQtX1uR2o[saga]
2016/10/04(火) 23:08:57.94 ID:7ab73rSh0
財前家の寄贈したリムジンの中。
事務所を出て以来、沈黙は五分以上も続いていた。
……本当にこの豚、気が利かないわね。
12: ◆9HQtX1uR2o[saga]
2016/10/04(火) 23:11:47.07 ID:7ab73rSh0
「貴方、私のスケジュールを忘れるの、これで何度目? プロデューサーの自覚が足りないんじゃない?」
「そ、そんなことは――」
「法子の面倒を見るのに躍起になって、私の方が疎かになるんなら、プロデューサー失格よ。これからは法子一人に専念したら? あの子も頼み込めば、貴方をなじってくれるわよ。それで私には、事務所として別の人間をよこしなさい」
13: ◆9HQtX1uR2o[saga]
2016/10/04(火) 23:15:13.28 ID:7ab73rSh0
「でも、自分でも何でかわからないんですよ。時子様を疎かにしてるつもりなんてないですし」
「アァン?」
「い、いえ、あの、もしかすると、あれかもしれないです。法子はほら、まだ13歳ですし、頼りないところがあるじゃないですか。だから俺がちゃんとしてなきゃいけないっていうか。でも時子様は――」
14: ◆9HQtX1uR2o[saga]
2016/10/04(火) 23:19:06.10 ID:7ab73rSh0
オーディションは上々に終わった。
一切のミスはなく、演技も概ね審査員から高評価だったかと思う。私なんだから、当然ね。
オーディション参加者は俳優が多かったけれど、私と同じようなアイドルも混じっていた。
映画のオーディションは不慣れなのか、みな緊張した様子だったのを覚えている。
15: ◆9HQtX1uR2o[saga]
2016/10/04(火) 23:22:22.35 ID:7ab73rSh0
「時子様っ! オーディションどうでしたか!」
オーディション参加者用の待合室を出ると、廊下の奥から豚が小走りで駆けてきた。
私をずっと待っていたのだろう。こういうところは家畜らしくて可愛いわね。
16: ◆9HQtX1uR2o[saga]
2016/10/04(火) 23:24:42.68 ID:7ab73rSh0
車に戻ったら、話の続きをしてあげなければならない。
もちろん、私もあの豚に何かを期待してるわけじゃないわ。
私一人でどうにかならないことなんてないし、だからプロデューサーも必要ないと言える。
でも、この世界で上を目指すには、まだまだ足りない。
17: ◆9HQtX1uR2o[saga]
2016/10/04(火) 23:33:11.75 ID:7ab73rSh0
「おうこら、さっさと帰りやがって」
ふいに、そんな声が背後から聞こえた。
「……?」
18: ◆9HQtX1uR2o[saga]
2016/10/04(火) 23:34:36.75 ID:7ab73rSh0
私が殺気を放ったせいで、全力が出せなかった?
……思い起こしてみれば、なるほどね、確かにぶるぶると体を震わせていたあれは、緊張じゃなくて私を恐れていただけだったのかもしれないわね。
「はぁー」
19: ◆9HQtX1uR2o[saga]
2016/10/04(火) 23:36:24.94 ID:7ab73rSh0
――他人の邪魔、ね。
アイドル活動なんて、他人を押しのけなくちゃやっていけないと思うんだけど、それをこの女に言ってもどうせ通じないわね。
……ここは、甚だ不本意だけど私が折れるしかない。
「ふう」
20: ◆9HQtX1uR2o[saga]
2016/10/04(火) 23:38:19.15 ID:7ab73rSh0
――さて。
嵐は去ったことだし、そろそろ豚のところへ行ってやろうかしら。
ここで待っていても現れないようだし。本当に気が利かない――、
「あら」
21: ◆9HQtX1uR2o[saga]
2016/10/04(火) 23:40:25.63 ID:7ab73rSh0
帰りの車では会話なし。
豚の言葉が、腹立たしいことに気になって、話の続きをする気になれなかった。
事務所に着き、車を降りると、私は事務所の一室へ、豚は慌てて会議室の方へ向かっていった。
そうして半刻ほどソファで寛いでいると(そして物思いに耽っていると)、法子から声がかかった。
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