過去ログ - 安斎都「ドレスが似合う女」
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8:名無しNIPPER[saga]
2017/04/17(月) 10:31:21.90 ID:5I2Isvu00

 部屋に入ると、中は廊下よりもひんやりしている。検死室や病院の安置所など、死体のあるところは、周囲よりも温度が下がる。幽霊が室内の熱エネルギーを消費しているのだ。
 そんなエセ心霊科学の話を思い出しながら、私は身震いした。高垣さんの幽霊がここにいるなら、真実を聞いてみたいところだけど。
 実際は、この部屋に空調が入っていないせいだろう。きっとそうだ…そうなのだ。私は腕をさすりながら、部屋を見渡した。
 普通の寮部屋と大概おなじだった。ベッドと、その近くに引き出しのついた机。キッチンはない。栄養管理と、アイドルが調理で怪我をしないようにするためかな。トップアイドルでも、壁一面に金箔が貼ってあったりとか、大理石の柱が数本立っている、ということはないらしい。
以下略



9:名無しNIPPER[saga]
2017/04/17(月) 10:48:43.12 ID:5I2Isvu00
 気をとりなおして、ベッドの下を覗きこんだ。犯人の手がかりがあるかもしれない、なんて。
 探偵の7つ道具ペンライトで照らすと、うっすら埃が積もっている。どっさりでないのは、こまめに掃除していたからだろうか。
 ライトを左右に動かすと、チカっと光に反射するものがあった。
「おやおやおや〜?」
 そこには、ボタンが1つ落ちていた。拾い上げると、糸がまとわり付いていることに気づいた。まるで、服からちぎられたようだ。…事件の香りがする、なーんて。
以下略



10:名無しNIPPER[saga]
2017/04/17(月) 11:06:44.37 ID:5I2Isvu00
 胸がどきどきする。調査を続ければ、もっと何かわかるかも。もっと部屋を探れば。
 その時、部屋の冷気が私の熱を一気に下げた。私は、何をしているんだろう。事務所の閉塞感が耐えきれなくて、とんでもないことをしてしまった。短い間とはいえ、高垣さんにはお世話になったのに。全然暑くないはずだけれど、背中には冷たい汗がしたたった。
 これ以上の調査はまずい。罪悪感か、他のアイドルに見られるのをはばかるのか、私は部屋を出た。ボタンを、そっと懐に忍ばせて。
「おまたせしました」
「お待たせされました…まったく心臓に悪い」
以下略



11:名無しNIPPER[saga]
2017/04/17(月) 11:35:58.09 ID:5I2Isvu00
 それからしばらくは、おとなしくレッスンをしたり、探偵ドラマや推理小説をざっと見たりしていた。高垣さんの部屋のことを気になってはいたけれど、自己嫌悪の方が勝って、深く考える気にならない。
 警察が、高垣さんの死を自殺だと判断している。真実はすでに明らかになっている。現実世界の警察は、16の小娘よりもはるかに優秀なのだ。それに、新人アイドルは他人のことより、自分のことを心配するべき。そう自分に言い聞かせた。
 事務所の中では、まだ高垣さんを悼む声が止まない。それが私のことを責めているように感じて、やるせない気持ちになる。



12:名無しNIPPER[saga]
2017/04/17(月) 12:07:19.05 ID:5I2Isvu00
「事務所ん空気の苦しか…」
「せやね…楓さんが、それだけすごい人だったってことや!」
 鈴帆さんと笑美さんが、社内のカフェで話していた。プロデューサーさんの担当アイドルの中でも、かなり明るい女の子達だけど、やはり高垣さんのことで落ち込んでいる。
「こんにちは。ご一緒してもいいですか?」
「都しゃん」
以下略



13:名無しNIPPER[saga]
2017/04/17(月) 12:34:32.63 ID:5I2Isvu00
 あの部屋にはミシンがなかった。衣装を自作するつもりなら、なにかしらの道具が部屋にあってもよいはずだ。寮は完全防音だから、騒音を気にする必要もない。楽器を持ち込むアイドルだって少なくないくらいだ。もしかすると、裁縫セットが引き出しにあったかもしれないが、1つの衣装を作るには役不足だ。高垣さんが本気でドレスを自作するつもりだったら、ミシンを購入していたと考える方が自然だろう。
 そして、なぜあのボタンが部屋にあったのだろう?
 縫い物をしているなら、ボタンをつけることもある。しかし、糸の切れ方は縫い物の途中で出来るものではなさそうだった。思いっきり引きちぎったように、糸が固まって乱れていた。仮に縫い物の最中に高垣さんが、ボタンを誤ってちぎったとして、それをベッドの下に放っておくだろうか。床をこまめに掃除していたならば、ベッドの下のボタンに気がつく。
 縫い物でなければ、どこかに引っかけて自分の服から落とした可能性がある。だけどその場合も、掃除熱心な高垣さんはボタンを発見するだろう。
 ひょっとすると、あのボタンは高垣さんが亡くなった夜に落ちたのではないだろうか。私の探偵魂は、私の心に雄弁に語りかけた。それは、私の良心を蝕みつつあった。
以下略



14:名無しNIPPER[saga]
2017/04/17(月) 13:51:36.55 ID:5I2Isvu00

 事務所を裏口からそっと出ると、外に人だかりができていた。記者の人たちだろう。
 私は顔を伏せながら横を通りすぎたが、誰にも声をかけられなかった。喜ぶべきか、かなしむべきか…。
 足早に去ろうとすると、人だかりを遠目に眺めているおじさんがいた。なぜか小脇に日本酒の瓶を抱えている。そっと近くに行くと、少し腰が曲がっていることに気づいた。そして、日本酒を抱えている手にたこができいた。
「あの!」
以下略



15:名無しNIPPER[saga]
2017/04/18(火) 13:56:07.02 ID:MEjdUG/c0
 瓶には『くどき上手』、というラベルが貼られていた。調べて見ると、その名前には「すべての人の心を、溶かすように魅了する」、という意味が込められているそうだ。
 ほんとうに、高垣さんらしいお酒だと思った。



16:名無しNIPPER[saga]
2017/04/18(火) 14:02:16.50 ID:MEjdUG/c0
 瓶には『くどき上手』、というラベルが貼られていた。調べて見ると、その名前には「すべての人の心を、溶かすように魅了する」、という意味が込められているそうだ。
 ほんとうに、高垣さんらしいお酒だと思った。



17:名無しNIPPER[saga]
2017/04/18(火) 14:05:58.33 ID:MEjdUG/c0
 翌日、私はある人を探していた。受け取ったお酒は事務所のスタッフではなく、高垣さんと交友のあるアイドルに託す必要がある。なにせ、私は高垣さんの仏前がどこにあるのか全く知らない。高垣さんと交友があり、なおかつ私が会える人間は、あいさん1人だった。
 私があいさんに出会ったのは、事務所に初めて入ったときのことだ。右も左もわからず、建物の中で迷っていた私を、あいさんが助けてくれた。
「どうしたんだい? 小さなホームズくん」
 以前からあいさんの評判を聞いていたけれど、直接会って実感した。私の手を引いてくれたあいさんは、日本中の女性が夢中になるのもしょうがないくらい、かっこよくて、温かかった。
 それから何度かレッスンで会ったり、一緒に昼食をとることもあった。探偵ドラマや推理小説について話すこともあった。私が一方的に話して、あいさんが優しく頷いてくれるだけだったけど、私は嬉しかった。
以下略



18:名無しNIPPER[saga]
2017/04/18(火) 14:52:16.48 ID:MEjdUG/c0
 私はそっと姿を消そうとしたが、その前にあいさんに気づかれてしまった。
「おや、都くんじゃないか…ひょっとして見ていたのかい?」
「いいえ、私はあいさん以外なにも見えません」
 あいさんも、みんなと同じ笑い方をしているのが悲しくて、私は咄嗟にそんなことを言った。自分らしくない、キザなセリフだ。
「都くんは……いや、私になにか用かい?」
以下略



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