118:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY[saga]
2012/02/09(木) 19:49:54.91 ID:vAi26PND0
生ぬるさと奇妙な刺激臭に、思わず体を硬直させる。少女は腕の痛みに眉をひそめた。しかし抵抗はしない。ただおとなしく治療と言っていいのか分からない、粗雑な行為を見ている。
男性は一折薬を塗ると、手馴れた動作で元通りに包帯を捲き直した。
「捲く時はさぁ、ここを、こうやって……締め付けすぎないようにしなきゃぁな。関節のところは何度か折りながら回すんだ。じゃなきゃ、腕曲がんないでしょ?」
119:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY[saga]
2012/02/09(木) 19:50:23.17 ID:vAi26PND0
「あ……」
「ん?」
「……あ……」
120:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY[saga]
2012/02/09(木) 19:51:00.92 ID:vAi26PND0
「……何してんの?」
「え? あぁ……何か意味があるのかなって思って……」
「ねぇよ……」
121:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY[saga]
2012/02/09(木) 19:51:32.53 ID:vAi26PND0
「ど……どの人だよ?」
「びっくりした……だったら言ってくれれば良かったのに……」
「何を?」
122:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY[saga]
2012/02/09(木) 19:52:07.66 ID:vAi26PND0
「は……はぁ?」
「ずっとお手紙とかくれていたのは、貴方でしょう? よかった。本当にいたんだ」
「何で俺の正名……」
123:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY[saga]
2012/02/09(木) 19:53:46.77 ID:vAi26PND0
実に一分ほども口を重ねて、完全に停止している年上の男性……その口から、涎の糸を垂らしながら口を離し、カランは疲れたように大きく息をついた。
息が荒い。
しばらく、かける言葉を編み出すことが出来ずにゼマルディは口元を押さえていた。
その……カランの。
口を重ねている間にはだけられた寝巻きから覗く、白く小さな肩。肩甲骨の左右の肩の肉が、それぞれ内部からボコリと盛り上がった。
124:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY[saga]
2012/02/09(木) 19:54:18.38 ID:vAi26PND0
カランは目の前の男性にしがみつき、そのマントを引き寄せると口に咥えてしっかりと歯で噛んだ。それは予定されていた行動でも何でもなかった。やはり反射的……いや、本能的に行ったことだった。
ただ少女の体を支えることしか出来ない彼の目の前で、カランはビクッと強く体を痙攣させた。
次の瞬間、肩の肉がまるで植物の芽が吹き出るように破れた。
押し殺した絶叫が耳に飛び込む。次いでパシャッと赤い血が、ゼマルディの顔に降りかかった。
カランの肩甲骨からせり出してきたのは、大人の腕ほどの長さがある、五股に分かれた骨の羽だった。一本一本が一メートルほどの長さがある。どこにそれだけの量が収まっていたんだというくらいの量が、開いた肩の傷口からずるずると流れ出てくるのだ。白い羽骨は、周りに青い神経と血管が絡みついたままだ。痛みは、想像を絶するほどのものらしい。半ば白目を剥きながら、カランはゼマルディの体に爪を立ててしがみついた。
125:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY[saga]
2012/02/09(木) 19:54:54.20 ID:vAi26PND0
完全に、大人の大きさ……その羽だった。本来なら子供サイズの、小さな状態で芽吹いてそれが段々と大きくなる。しかし彼女はこれが始めて……つまり、十年以上の羽の成長を一時で行ったことになる。
しがみついている細い手が痙攣しているのを見て、ゼマルディは慌てて、外に出すために彼女を抱え上げようとした。しかしカランは、それを掴んで押し留めた。
時間にしておよそ三分ほど。しかし殆ど永遠とも思える時間を過ごし、カランは伸びきった羽骨から、ポタポタと肉の切れ端と血を垂れ流しながら、頭からゼマルディの胸の中に倒れこんだ。ぐったりしてか細い息を発している少女を抱いて、倍以上ものしっかりした体格の男は、途方に暮れて青くなっていた。
少し待つと、羽骨が噴出した部分の傷口が、まるで映像を高速で再生しているかのように音を立てて塞がり始めた。肉が固まり、骨の周りに寄り集まってカサブタとなっている。
カランは、泣いていた。
126:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY[saga]
2012/02/09(木) 19:55:26.70 ID:vAi26PND0
自分の力では口を開くことも出来ないらしい。マントを彼女の口から引き離すと、だらりとまた涎が垂れた。
またすこし、収まるのを待ってやる。
「…………い…………」
127:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY[saga]
2012/02/09(木) 19:55:59.36 ID:vAi26PND0
「生娘だったって知らんかった。俺はこう、てっきり……その……もう……羽くらい生えてるもんだとばかり……」
ぐす、と鼻をすすってカランは体を起こすと、人指し指を立てて彼の口の前で止めた。言葉を中断させられ、ゼマルディははだけられたその寝巻きから、片方の胸があらわになっているのを目に留めてまた耳まで赤くなった。
「拭いて……」
128:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY[saga]
2012/02/09(木) 19:56:40.84 ID:vAi26PND0
*
二人は、寄り添って座っていた。
あの羽生やしの儀式から一時間ほど。大方のカランの体調は安定し、普通に話せる程に回復していた。
眼下の空調施設……地下に作られた広大な巨大フィルター。ゴゥン、ゴゥンと回転の音を立てながら回っている錆び付いたプロペラ。一キロほど伸びている金網の下の、羽一つが数十メートルはあるそれらを見下ろす。
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