267:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY[saga]
2012/02/12(日) 20:05:21.25 ID:z5UY+Nzb0
途中で彼が起きてしまうのではないかと何度もひやひやしたが、そもそも顔面の感覚がないらしい。あらかた顔の傷に布を貼ってから疲れきって肩で息をし、霧吹きを取ってまた彼の顔に少し水を吹きかける。そしてカランは、おぼつかない手つきでぐるぐると包帯を捲きなおした。
ここに至るまでで既に三時間以上の時間が経過していた。ゼマルディは、死んだように背中を丸めて座ったまま寝息を立てている。
体が冷え切っているのを感じて、カランは肩を抱いて小さく震えた。
そういえば自分も、もう動けないほど疲弊していた。そこで思い出し……しかしゼマルディの腕にも布を貼らなきゃ……と思って腰を浮かせかけるが自分の足に突っかかって転がってしまう。
盛大に頭を床にぶつけかけ……しかしそこで、隣のゼマルディがサッと左手を伸ばして彼女の体を自分の方に引き寄せた。
268:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY[saga]
2012/02/12(日) 20:06:00.47 ID:z5UY+Nzb0
――起きていた。
全く気がつかなかった。
耳まで赤くなり、慌てて口を拭おうとしたカランに。
しかしゼマルディはぐちゃぐちゃに潰れた自分の唇をいきなり重ねた。そのまま彼女の口の中の全てを強く吸い上げ、それでも足りずに肺の中の空気までもを自分の中に取り込まんばかりの勢いで何度も口を重ねる。
269:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY[saga]
2012/02/12(日) 20:06:30.92 ID:z5UY+Nzb0
*
朝になり、目が覚める。
カランは自分がゼマルディの残った一本の手を強く握ったまま、床に座り込んで眠っていた事に気づいて軽く頭を振った。
脳天がガンガンと傷む。
270:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY[saga]
2012/02/12(日) 20:07:01.16 ID:z5UY+Nzb0
動こうとして、しかし体が強張ったようになってしまったのを感じ、カランは背中の骨羽を心細そうに何度か鳴らした。その音を聞いて、ゼマルディが隣の小さな女性を見下ろす。
「よお、昨日は悪かったな。おかげで大分元気になった」
右唇が溶けて下のものと癒着してしまっているために、声がくぐもっている。どこかのどの一部が破れているのか、やけにガラガラ声だ。
271:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY[saga]
2012/02/12(日) 20:07:28.30 ID:z5UY+Nzb0
最後まで上手くいえなかった。震えてしまって、言えなかった。
ゼマルディは少しの間きょとんとして、しかし軽く肩をすくめると腕のカランを引き離した。そして左手を伸ばして、ベッドの上にあった彼女の服を掴んで膝の上に落とす。
「なーにいってんだお前。男と男の勝負に女が口ィ出すなよな。それに俺ァ負けたんだ。逃げてきたの。馬鹿にされることはあれど、謝られるいわれなんてさっぱりねーや」
272:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY[saga]
2012/02/12(日) 20:07:55.46 ID:z5UY+Nzb0
「龍の男にとっちゃ、同情は最大の侮辱なんだ。お前は俺のことを好きになってくれるんなら、こんな何でもねー傷くらい笑い飛ばせるような強い女にならなきゃいけねぇぞ」
「何でもなくないよ……」
「どこがだ? 目は見えるし、耳も聞こえる。手だって一本取られただけだ。何の差しさわりもねぇっての」
273:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY[saga]
2012/02/12(日) 20:08:21.75 ID:z5UY+Nzb0
「ほら、早く服着ろ。風邪引くぞ」
「…………」
しかしカランは、服を膝の上で掴んだまま、しばらくの間唇を噛み締めていた。そしてゼマルディが布団を脇にのけ、マントを羽織って右腕を隠してからやっと、消え入るような声で口を開く。
274:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY[saga]
2012/02/12(日) 20:08:48.96 ID:z5UY+Nzb0
ゼマルディはしばらくの間、何かを押し殺すようにして彼女を見ていた。しかしやがて息を一つつき、残った左腕でポン、とカランの頭に手を置く。静かに撫でてやりながら彼は立ち上がった。
「よし」
「どうするの?」
275:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY[saga]
2012/02/12(日) 20:09:21.58 ID:z5UY+Nzb0
「上って……どこ?」
「正確にはここから三百メートルほど上の、地上だ」
「地上? そんなところに行ってどうするの?」
276:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY[saga]
2012/02/12(日) 20:09:50.89 ID:z5UY+Nzb0
「いっぱいいるよ。何だ? 知らんかったのか」
「知らないも何も……私にはあなたの言ってることが何だかよく分からないよ」
しばらくゼマルディは、困ったようにポリポリと自分の無事な方の頬を指先で掻いていた。そして固まった皮をペリペリと剥がし、それを脇に投げてからおもむろにカランの手を掴んだ。
277:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY[saga]
2012/02/12(日) 20:10:30.48 ID:z5UY+Nzb0
「ど、どうして?」
「何言ってるんだお前?」
「だって、ルケンはゼマルディが殴って大怪我させたでしょう? それに、どうしてここにいるって……」
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