102: ◆m03zzdT6fs[saga]
2013/08/25(日) 05:46:40.07 ID:79dYTcmBo
 『……もう、いいかな』 
  
  諸々の諦めが混じった、そんな呟きを一つ零すと、私は決意表明の通り、この一週間近く行っていなかったあのバーへと、足を踏み出した。 
  
  結局、明日がシンデレラガールズの社長への返答期限なわけではあるが、結論が出ているわけもなかった。 
103: ◆m03zzdT6fs[saga]
2013/08/25(日) 05:47:08.68 ID:79dYTcmBo
 『今日は……、すごいな。またクラシック曜日か』 
  
  しばらく歩き、あのバーの看板が見えた。看板には黄色いチョークで書かれた”クラシック曜日”の文字が、店外の明かりに照らされている。 
  
  本当に、私はクラシックに縁があるらしい。とはいえ、好きなクラシックジャンルがあるわけではないし、作曲家の名前も有名どころしか知らないわけだが。 
104: ◆m03zzdT6fs[saga]
2013/08/25(日) 05:47:49.12 ID:79dYTcmBo
 (こんな時間から……? 少し早すぎやしないか) 
  
  そう思った。そもそも、この時間は昼間営業のカフェからバーへと営業移行をしている時間帯であり、ほとんど客は来ない。だいたい七時くらいより集まり始めるのだ。 
  
  もっとも、営業移行しているだけで店が閉まっているわけではないし、出入りは自由なのだが……。 
105: ◆m03zzdT6fs[saga]
2013/08/25(日) 05:49:32.29 ID:79dYTcmBo
  これ以上、いけない。 
  
  私は、声に関しては門外漢もいい所だ。だが、この声は”不味い”。そう直感で感じていた。あの時彼女に感じていた”ガラス”の声などではない。これは”氷”の声だ。もはや彼女の声でさえない。 
  
  私は急ぎ扉を閉めると、急ぎ足でステージへと駆け寄った。 
106: ◆m03zzdT6fs[saga]
2013/08/25(日) 05:51:15.32 ID:79dYTcmBo
 「いやぁ、千秋ちゃん、店番させて済まなかったね。品物の発注遅れで買いに行く羽目になるたぁ……って、お客さんと、千秋ちゃん? いったい何があった?」 
  
  そう思っていると、からん、という音とともに、大きな台車を押しながらマスター入ってきた。そして、千秋さんの様子を見るや、台車をその場に放り出して、急ぎこっちへとやってくる。 
  
 『マスター、すみませんが汗を拭くものと、それと水を!』 
107: ◆m03zzdT6fs[saga]
2013/08/25(日) 05:51:48.13 ID:79dYTcmBo
 「千秋ちゃん、どうやら軽い熱中症みたいだな。ちょっとコンビニ行って、塩飴でも買ってくるよ」 
  
  マスターはそう言い残して、台車をカウンターの方へと搬入してから再び外へと出て行った。 
  
  残された私は、こくり、こくりとペットボトルの水を舐めるように飲む千秋さんを介抱しつつ、尋ねる。 
108: ◆m03zzdT6fs[saga]
2013/08/25(日) 05:53:21.85 ID:79dYTcmBo
 『いくら喉を大切にする必要があると言ったって、これはやりすぎです。オーバーワークにもほどがありますよ』 
  
  私は諌めるように彼女へと言う。 
  
  ようやく店内の空調が効いてきたのか、蒸し暑さはなくなり、快適な温度になりつつある。千秋さんの体の妙な熱も、見たところマシになってきたようで、汗もほとんどない。 
109: ◆m03zzdT6fs[saga]
2013/08/25(日) 05:56:52.57 ID:79dYTcmBo
 「お願い、聞かせてほしいの。どうだったかしら、”ガラス”の声ではなかった?」 
  
  少し期待を込める様な目だった。まるで頑張った子供が、成果を褒めてもらいたがっているように、思わず見える。 
  
 『……確かに”ガラス”の声ではありませんでしたよ』 
110: ◆m03zzdT6fs[saga]
2013/08/25(日) 05:57:58.37 ID:79dYTcmBo
 『……まだ、”ガラス”の声の方が、マシに思えました。あの時と同じく、確かに透き通っているのですが、何というか……』 
  
  私は少し言いよどむ。 
  
  元々私は弁が立つ方ではない。コミュニケーション能力がある、というのはいわゆる世渡り上手、といった意味に近しく、いろんなことに手を出していたが故の引き出しの多さ、がその拠り所になっていた。 
111: ◆m03zzdT6fs[saga]
2013/08/25(日) 05:58:39.23 ID:79dYTcmBo
 「……そう」 
  
  彼女は落胆したように、それだけ言うと、少し俯いた。ああ、こうなるから嫌なのだ。弁が立たないから、相手を傷つけずに意見を言うことが出来ない。 
  
  どうしても、相手が傷つかないギリギリのラインが分からない。私は思わず、 
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