112: ◆m03zzdT6fs[saga]
2013/08/25(日) 06:01:18.12 ID:79dYTcmBo
「私は、少し嬉しく感じているくらいよ、Pさん?」
私が少しばかり目を背けていると、彼女はそんなことを言う。少し耳を疑い、眉をひそめると、彼女の方へと再び向き直る。
『嬉しい、ですか?』
113: ◆m03zzdT6fs[saga]
2013/08/25(日) 06:02:54.90 ID:79dYTcmBo
「率直に答えてほしいの、お世辞抜きに。……私は、非凡に見えるかしら」
彼女は、私にそう尋ねた。一瞬、私は言葉の意味を理解しかねた。非凡かどうかと問われれば、間違いなく非凡だろう。あれほどの才能を有するのだ。
だが、私はどこか違和感を抱いていた。なんだろうか、この感覚は。何か、私は忘れている気がする。
114: ◆m03zzdT6fs[saga]
2013/08/25(日) 06:03:21.39 ID:79dYTcmBo
『……答える前に、一つ聞いてもよろしいですか、千秋さん。質問に質問を返すのは、失礼とは思いますが』
「……ええ、構わないわ」
彼女の震えは止まらない。それがきっと、何かを怖がっている、あるいは不安に思っているのは明白である。その理由を聞きたい。
115: ◆m03zzdT6fs[saga]
2013/08/25(日) 06:04:02.16 ID:79dYTcmBo
『……千秋さんは、ごくごく普通の、平凡な女性ですよ。そういう意味では、平凡だと、私は思います。才能は間違いなくありますが』
そう言っていた。同時に、私は我に返ったように、今自分が言った言葉と、社長から言われた言葉を反芻する。
平凡と無能は違う。もしそうであるなら、”平凡だが有能”ということが成り立つのではないか――。
116: ◆m03zzdT6fs[saga]
2013/08/25(日) 06:04:51.37 ID:79dYTcmBo
「幼いころから私は、天才と呼ばれてきたわ。良家の子女として生を受けてから、ずっとよ」
彼女は、ぽつりと漏らすように、自身の過去を言葉にして、吐きだし始めた。
「両親は厳しかった。黒川家の娘として、恥にならないように、様々なことを教え込まれた。楽器もだし、勉強もだし、そして声楽もその一つよ」
117: ◆m03zzdT6fs[saga]
2013/08/25(日) 06:05:34.80 ID:79dYTcmBo
「教え込まれたものは、全部必死にやって、そして上手くなった。でも、周りの人は、私を天才だ、天才だと囃し立てるだけだったわ」
彼女の悲しそうな表情が、少し胸を締め付けた。その気持ちは、少しだけ理解できる気がする。
私も、幼少期はいろいろなことに手を出していたが、いつしか全部やめていた。それは、やはり一定の努力をすると、あるところで実力の向上が止まり、挫折をしたからだ。
118: ◆m03zzdT6fs[saga]
2013/08/25(日) 06:06:57.83 ID:79dYTcmBo
『やっぱり千秋さんは、どこにでもいる普通の女性ですよ。声楽がお上手で、かなりの美人という点を差し引けば、ですが』
私は、その眩しさを誤魔化すように、お世辞の皮をかぶせた本心を言う。彼女は嬉しそうに笑うと、
「あら、口説いているのかしら?」
119: ◆m03zzdT6fs[saga]
2013/08/25(日) 06:07:24.22 ID:79dYTcmBo
「ええ、Pさんはとても平凡な方だと思うわ」
千秋さんは、そんな私の思いを知ってか知らずか、何のためらいもなく私のことをそう評価した。
「同時に、とても有能な方だとも思うの。何といえばいいかわからないけれども……」
120: ◆m03zzdT6fs[saga]
2013/08/25(日) 06:08:02.89 ID:79dYTcmBo
『ありがとうございます、千秋さん。なんとなく、悩んでいたことに決着がつきそうです』
私は、少しだけ笑ってそう言った。
才能などない。昨日までそう思っていた私ではあったが、何のことはない。凡人である私が単純に努力をせず、諦めていただけだ。
121: ◆m03zzdT6fs[saga]
2013/08/25(日) 06:08:34.10 ID:79dYTcmBo
『どうかしましたか?』
「いえ、今のPさんはとてもいい表情をしていらっしゃるわ。とても輝いて見えるの」
そして彼女は、手に持っていたペットボトルから水を飲むと、
122: ◆m03zzdT6fs[saga]
2013/08/25(日) 06:09:00.40 ID:79dYTcmBo
「済まないな、まったく、直近のコンビニで塩飴が売ってないとは思わなかったぜ。最近流行りなんだがなぁ」
そんなことを呟きながら現れたマスターは、私と千秋さんを見比べると、
「おんや、邪魔だったかな?」
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