1:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]
2014/08/02(土) 17:16:48.32 ID:SluoaBc3o
彼は全身が鉄でできている以外は至って普通の人間だったので 
 当然普通の人間がそうするように笑っていたのだけれど、 
 なにせ顔も鉄でできているために 
 その度に彼の顔は耳障りな音を立てながら大きく軋んだ。 
  
 その引きつった笑顔はどう見ても怒っているようにしか見えなくて、 
 彼が笑うと周りの人はみんな小さく悲鳴を上げて逃げていった。 
 誰も彼を怒らせたくはなかったのだ。 
 彼に殴られると、多分痛いじゃ済まないだろうから。 
  
 だからいつ頃からか、彼は全く笑わないようになった。
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2:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]
2014/08/02(土) 17:20:39.81 ID:SluoaBc3o
 明らかに人間離れしたその外見が恐ろしかったのか、 
 彼に積極的に関わろうとする人なんて誰もいなかった。 
 両親ですら彼を腫物のように扱った。 
 彼らだってどう接していいのかよく分からなかったんだろう。 
 それでも彼を捨ててしまおうなどと思い至らなかっただけ 
3:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]
2014/08/02(土) 17:25:13.98 ID:SluoaBc3o
 道を行くと、例えそこが人ごみであっても 
 彼の周囲にはぽっかりと隙間ができた。 
 多くの人々が彼には近寄らないようにしながら、 
 そして恐怖と好奇心がないまぜになった視線で彼のことを眺めた。 
 檻から解き放たれた猛獣にでもなったかのような気分になって、 
4:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]
2014/08/02(土) 17:31:45.16 ID:SluoaBc3o
 周りはずっとそんな調子で、だから彼は少し引きこもりがちになってしまったけれど、 
 家にいたら家にいたで、両親が心底困惑した様子で彼の顔色を窺ってくる。 
 その姿は彼の心を結構すり減らしてくるので、 
 結果として彼は無事に卒業できる程度には学校に行った。 
  
5:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]
2014/08/02(土) 17:35:52.22 ID:SluoaBc3o
 小学校では体育館裏にある小さな農園、中学校では屋上へと続く階段の踊り場、 
 高校では教師から鍵をちょろまかした生物準備室。 
 そのあたりが彼の定位置だった。 
 誰かが訪れる心配ない場所でしか彼の気は休まらなかった。 
 一人きりで腰を落ち着けて、本を読んだり宿題を済ませたりしながら、 
6:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]
2014/08/02(土) 17:41:29.09 ID:SluoaBc3o
 こんな見てくれだからこそ、せめてある程度の学歴は持っておいた方がいい。 
 進学を決めたのは自分でそう判断したからだったけれど、 
 それでもこれから始まる大学生活のことを考えると彼の気持ちは重たく沈んだ。 
 どうせまた、遠巻きにされるんだろうなあ。 
7:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]
2014/08/02(土) 17:47:44.04 ID:SluoaBc3o
 * 
  
  
 大学生活が始まってからも、彼の日々の過ごし方は特に変わらなかった。 
 突き刺さる視線に気づかないふりをして素早く移動、 
8:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]
2014/08/02(土) 17:53:26.63 ID:SluoaBc3o
 彼はゆっくりそのベンチに腰掛けて、それが自重で壊れてしまわないことを注意深く確認した。 
 それからため息を深くついて、この新しい秘密基地の景色を改めて眺めた。 
 亀裂を埋めた痕跡が所々残る校舎、苔むした地面、ドロドロになった排水溝、そして冷たいベンチ。 
 このじめじめした薄暗い空間は、たいそう彼の気に召した。 
  
9:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]
2014/08/02(土) 17:56:54.75 ID:JK49vbgvO
 新種のSCPかな? 
10:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]
2014/08/02(土) 17:59:39.17 ID:vOYu1CYh0
 シザーハンズじゃないですかー 
11:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]
2014/08/02(土) 18:04:26.53 ID:SluoaBc3o
 秘密基地を見つけてからしばらく経ったある日。 
 彼が代わり映えもなくベンチの上で本を読んでいると、 
 急に誰かの足音が近付いてきた。 
 それまでこの場所を人が通りがかることなんて一度もなかったから 
 これだけでもう彼は飛び上がらんばかりに驚いた。 
12:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]
2014/08/02(土) 18:09:14.85 ID:SluoaBc3o
 真っ白になった視界が色を取り戻すまでに数秒の時間を要した。 
 なんとか極度の驚きと緊張から身体の主導権を取り返して、 
 顔は文庫本に向けたまま、彼は横目で隣の様子を窺った。 
  
 俺のことを知っていて近づいてきたのだろうか。 
13:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]
2014/08/02(土) 18:14:11.79 ID:SluoaBc3o
 彼は顔を上げて、隣を見た。 
 そこに座ってたのはおそらく大学生であろう女の子で、 
 小柄な体躯と不釣り合いに大きな鞄とギターケースを肩に負い、 
 そして厳ついヘッドホンを首から下げていた。 
  
14:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]
2014/08/02(土) 18:19:35.27 ID:SluoaBc3o
 彼はしばらく黙ったままだった。 
 これは別に彼女の話を聞こうとしていたわけではなくて、 
 単純に彼の喉から声が出てこなかっただけだ。 
 経験がある人には分かるだろうけれど、長らく何も話していないと 
 言葉を口にするのはどんどん億劫になってくる。 
15:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]
2014/08/02(土) 18:23:19.48 ID:SluoaBc3o
 本当に全身鉄なんですね、と彼女は言った。 
 それは案の定彼の異形を面白がるようなもので、 
 彼の神経を逆なでするには十分過ぎる台詞だった。 
 彼は隣に座る女性を思い切り睨みつけて、 
 興味本位なら今すぐ失せろ、と精一杯低い声色を作って脅しにかかった。 
16:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]
2014/08/02(土) 18:27:02.38 ID:SluoaBc3o
 「お名前教えてもらってもいいですか?」 
  
 「…………」 
  
 「じゃあ鉄さんとお呼びしますね、 
17:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]
2014/08/02(土) 18:28:35.83 ID:SluoaBc3o
 「鉄さん、無表情ですね」 
  
 「……俺が笑うと、顔がギシギシうるさいから」 
  
 「大丈夫です。私、黒板引っ掻く音とか平気ですから」 
18:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]
2014/08/02(土) 18:32:42.22 ID:SluoaBc3o
 「鉄さん、無表情ですね」 
  
 「……俺が笑うと、顔がギシギシうるさいから」 
  
 「大丈夫です。私、黒板引っ掻く音とか平気ですから」 
19:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]
2014/08/02(土) 18:36:20.66 ID:SluoaBc3o
 「なにか喋ってくださいよ、会話になりません」 
  
 苦手なんだ、と彼は答えた。 
 今まで人とまともに会話してきたことなんて、数えるほどもない。 
 なんでこの子は初対面相手にこれだけ口が回るんだろう。 
20:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]
2014/08/02(土) 18:39:40.49 ID:SluoaBc3o
 突然、彼女の鞄からけたたましい音が鳴った。 
 何か着信があったらしい。 
 彼女は慌てて大きな鞄をごそごそ探って携帯電話を取り出し、 
 それを見て素っ頓狂な声を上げた。 
  
21:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]
2014/08/02(土) 18:43:07.72 ID:SluoaBc3o
 次会うときには本の感想を聞かせてくださいね。 
 そんな言葉を残して、彼女は慌ただしく去って行った。 
 後には呆けたようにベンチに座っている彼と、 
 爆弾でも爆ぜた後かの様な静寂が残されていた。 
  
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