26:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]
2014/10/06(月) 21:49:55.81 ID:Ha53zHbko
あれ以来、一度もあいさんに好きだと言っていない。
もしかしたら、僕が彼女を好きだということも、伝わっていないのかもしれない。
もう一度言う勇気はある。本当だ。
本当だが、あいさんに何度言っても伝わらないと、不思議と確信を持っていた。
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2014/10/06(月) 21:52:25.40 ID:Ha53zHbko
秋の終わり、夕暮れの土手の道を歩いている。
空は血が滲んだような赤紫で、映る物全てを影絵に変えていた。
燻る雲と対照的に空気は冷たく、風に身震いしてしまうほどだ。
高架の下をくぐり抜けて行ったところで、僕は足を止めた。
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2014/10/06(月) 21:54:45.17 ID:Ha53zHbko
踵を返し、高架下の土手を覗きこんだ。
誰かが土手に腰を下ろして、サックスを吹いていた。
あいさんだとすぐに分かった。
彼女の丸められた背中と同じく、サックスの音は弱々しくて今にも消えそうだった。
29:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]
2014/10/06(月) 21:56:56.30 ID:Ha53zHbko
土手を歩いているうちに、早送りの太陽が地平の裏へ転げて見えなくなった。
空はまぶたを閉じて、暴力的な赤を失い、夜へと翻った。
僕はこの夜にあいさんが取り残されているのが怖かった。
冷たい空気が指先を濡らすので、僕は高架下へ戻ることにした。
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2014/10/06(月) 21:58:21.24 ID:Ha53zHbko
「いつも、ここでサックスを吹いているんですか」
ようやく息切れが収まって、僕は言った。
「君は……その、なにしてるんだ」
31:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]
2014/10/06(月) 21:59:18.33 ID:Ha53zHbko
そう言うあいさんはジーンズにシャツ、それにカーディガンだけで寒そうに見えた。
僕は上着を脱いで、彼女の肩にかけた。
「寒そうです」
32:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]
2014/10/06(月) 22:01:57.62 ID:Ha53zHbko
「たまにね。ここにサックスを吹きにくる。夕方とか、夜とか。雰囲気あるだろう?」
「寒くないですか」
「平気さ。夏は蚊が出るからもうちょっと向こうで吹くんだが、秋から冬は高架下で」
33:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]
2014/10/06(月) 22:03:05.28 ID:Ha53zHbko
最後の一音を伸ばし、消すと、あいさんはサックスから口を離した。
さらさらと風が鳴った。
「素敵でした」
34:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]
2014/10/06(月) 22:05:19.27 ID:Ha53zHbko
あいさんはケースを抱えて、さっと立ち上がった。
夜を振り払うようにくるりと向き直って、冷たく僕を見下ろした。
「また、聴く?」
35:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]
2014/10/06(月) 22:06:32.54 ID:Ha53zHbko
あいさんは二、三度まばたきをしたあと、さっと土手を登っていった。
あいさんの後ろ姿が見えなくなって、目を夜空に戻すと、堪えていた涙がじわりと溢れてきた。
愛しさが思考をバラバラに切り裂いて、手を伸ばしても届かないなにかに届いたような気がした。
僕は一人で泣いていた。孤独だった。
36:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]
2014/10/06(月) 22:07:51.31 ID:Ha53zHbko
――――
仕事の終わりや、オフの日。
太陽が半分ほど隠れる時間に、例の高架下へ二人で座り込んだ。
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