1:名無しNIPPER[sage saga]
2015/06/16(火) 00:16:34.04 ID:rcfS4V6Mo
ふと見上げると、時計の針は午後11時を回ろうかというところでした。
私の集中力は、もう少し前に切れています。ぽーっと見ていただけの予習範囲のページを閉じ、机のライトをぱちりと消すと、思わず小さくあくびがでました。
夏場のすっかり暑い夜。二段ベッドから布団を下ろして、最近は楓も私も敷き布団で寝ています。心地よい微風を吹かせる扇風機を切って、薄くした布団と毛布の間に身体を滑らせました。
目を閉じて、明日の予定を思い浮かべます。といっても、特別なことなど何もありません。思いつくのは、些細な心配ごとばかり。
英語の単語練習、あの子はやったかしら。
明日の国語の範囲、あの子が読めそうにない漢字がいくつかあったけど……きっと予習はしてないのでしょうね。
それより今日は体育があったけど、あの子体育着持ち帰っていたっけ? たくさん汗もかいているだろうに、大丈夫かしら。
あの子への小さな心配をいくつか募らせているうちに、いつもふっと寝てしまう……私の夜は、いつもこんな感じです。
でも、今日はひとつだけ……いつもと違うことがありました。
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2:名無しNIPPER[sage saga]
2015/06/16(火) 00:17:16.32 ID:rcfS4V6Mo
ぴりりりり!
「!」
3:名無しNIPPER[sage saga]
2015/06/16(火) 00:17:44.82 ID:rcfS4V6Mo
「で、なんの用なんですの?」
「んー? べつに用なんかないよ」
4:名無しNIPPER[sage saga]
2015/06/16(火) 00:18:24.44 ID:rcfS4V6Mo
「この前も言ったでしょう、携帯を携帯しなくてどうするんですの。緊急の用事とかあるかもしれないのに」
「私に緊急の用事がある人なんていないよ〜」
5:名無しNIPPER[sage saga]
2015/06/16(火) 00:19:09.33 ID:rcfS4V6Mo
櫻子の声が消えると、部屋はまた静寂を取り戻します。
すやすやと寝息をたてる楓に「ごめんなさいね」と静かなテレパスを送り、跳ね除けた毛布をもう一度かけなおします。
6:名無しNIPPER[sage saga]
2015/06/16(火) 00:19:43.78 ID:rcfS4V6Mo
あの調子だと、櫻子はきっと日付が変わってもしばらく起きているのかもしれません。そんなだから授業中寝ちゃうのに……でも朝は比較的しゃっきりしているし、そんな櫻子をねたましく思いながら気だるい身体を引きずって、私は明日も学校に向かうのでしょう。
単語練習したかぐらい、聞いとけばよかったかしら。あと体育着のことも……そういえば櫻子って、普段しゃべってるときも電話のときも、あんまり声が変わらない子ですわよね。
7:名無しNIPPER[sage saga]
2015/06/16(火) 00:20:16.97 ID:rcfS4V6Mo
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8:名無しNIPPER[sage saga]
2015/06/16(火) 00:21:44.67 ID:rcfS4V6Mo
あの子って、結構普段から用も無いのに誰かに電話したりするのかしら。
赤座さんは寝てると思いますけど……吉川さんあたりと軽く話したりすることって、ありそう。
9:名無しNIPPER[sage saga]
2015/06/16(火) 00:22:25.69 ID:rcfS4V6Mo
え、えっ!? 押しちゃった!? と驚いている頃にはもう、ぷるるる……と呼び出し音が鳴ってしまっていました。
あわてて切ろうとするときまでに、繰り返されたコール音は4回。時すでに遅し。
10:名無しNIPPER[sage saga]
2015/06/16(火) 00:23:29.29 ID:rcfS4V6Mo
「昨日電話くれたでしょう? だから、そのお返し」
「お返し、って……」
11:名無しNIPPER[sage saga]
2015/06/16(火) 00:24:16.40 ID:rcfS4V6Mo
「ま、まあ、話したいことがあったらいつでも話せますもんね。わざわざ電話しなくても……」
「うん……」
12:名無しNIPPER[sage saga]
2015/06/16(火) 00:25:27.52 ID:rcfS4V6Mo
昨日の電話のお礼、用も無いのにする電話。間違ってかけてしまったとはいえ、こんなに恥ずかしいものだとは思いませんでした。
あの子が昨日かけてきた電話に、こんな恥ずかしさは無かったはず。同じような電話なのに、なぜ私はこんな想いをしなければならないのでしょう……
13:名無しNIPPER[sage saga]
2015/06/16(火) 00:26:03.97 ID:rcfS4V6Mo
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14:名無しNIPPER[sage saga]
2015/06/16(火) 00:26:33.69 ID:rcfS4V6Mo
今朝、小さな覚悟を決めて玄関を出ると、ちょうど櫻子も家から出てきたところでした。
靴をとんとんと整える櫻子をまず見て、トゲがもう一段階深く刺さった気がしました。おはようございますと声をかけると、「うん、おはよ」とだけ返ってきました。
15:名無しNIPPER[sage saga]
2015/06/16(火) 00:27:03.00 ID:rcfS4V6Mo
頬杖をついて、見上げた時計はぴったり10時。櫻子から最初に貰った電話は……確か11時頃だったでしょうか。
あれからずっと考えていた、昨日の電話の意味。
16:名無しNIPPER[sage saga]
2015/06/16(火) 00:27:42.08 ID:rcfS4V6Mo
(……でも)
でも、櫻子はそういう子。あの子は些細な電話なんかじゃない……大事な用事だって簡単に忘れちゃう子。
17:名無しNIPPER[sage saga]
2015/06/16(火) 00:28:31.45 ID:rcfS4V6Mo
「あ、もしもしー?」
「も……もしもし」
18:名無しNIPPER[sage saga]
2015/06/16(火) 00:29:08.71 ID:rcfS4V6Mo
「で……なんの用ですの?」
「え? 別にー」
19:名無しNIPPER[sage saga]
2015/06/16(火) 00:30:03.33 ID:rcfS4V6Mo
「なんか、眠そうですわね?」
「んー、今日はもう寝る」
20:名無しNIPPER[sage saga]
2015/06/16(火) 00:30:36.21 ID:rcfS4V6Mo
「それじゃあ、もう寝なさい。明日は居眠りしないようにね」
「はいはい、じゃーね」
21:名無しNIPPER[sage saga]
2015/06/16(火) 00:32:31.99 ID:rcfS4V6Mo
櫻子は、昨日の電話のことを忘れていませんでした。
忘れていたようだけど……たまたま目に入った携帯が思い出させたみたいです。それは今の私……お風呂の中で、抜け落ちたトゲの傷跡を見つめていた私にとって、まるで痛みも何もかもを消し去る魔法のように染み渡って行きました。
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