1: ◆Zo89VSw555MV[saga]
2016/03/31(木) 19:51:39.90 ID:WOjo7pAA0
また、倉橋ヨエコさんの曲を元にしてSSを書かせていただきました。  
    
  ヨエコさんの曲で、歌詞の中に「スーツケース」が入る曲は一つしかないと思いますが、知っている方も知らない方も楽しんでいただけたらと思います。
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2: ◆Zo89VSw555MV[saga]
2016/03/31(木) 19:52:12.70 ID:WOjo7pAA0
 ・地の文あり 
  
 ・アイドルがP以外の人間と恋愛関係になる描写あり 
3: ◆Zo89VSw555MV[saga]
2016/03/31(木) 19:52:47.82 ID:WOjo7pAA0
 温かな陽気に誘われて、白一色だった街が色づき始める季節。 
  
 駅前では、つがいの文鳥のように仲むつまじく寄り添う男女がベンチに座っている。 
  
 一方では、今にも男の人に殴りかかろうと、大声で怒鳴り散らす女性の姿。 
4: ◆Zo89VSw555MV[saga]
2016/03/31(木) 19:53:23.23 ID:WOjo7pAA0
 「お客さん、お買いもの?」 
  
 「あ、いえ……少し、見てただけです。珍しい花が売っているな、と思って」 
  
 そう言って、私は先程からこちらを睨みつけている瞳を見つめ返した。 
5: ◆Zo89VSw555MV[saga]
2016/03/31(木) 19:54:29.24 ID:WOjo7pAA0
 見る人にとっては不気味な花に感じるかもしれない。けど、エリカ全般の花言葉には「幸福な愛」という言葉もあるくらい、素敵な花なのだ。 
  
 だけど今の私は、エリカの花言葉のもう一つの側面を知っている分、複雑な気分になってしまった。 
  
 そんな私を知ってか知らずか、店員さんは花苗を一つ手に取って目の前に差し出した。 
6: ◆Zo89VSw555MV[saga]
2016/03/31(木) 19:55:26.80 ID:WOjo7pAA0
 そう控えめに笑いかけると、店員さんは「そっか。ごめんね」と言って花苗を元の場所にそっと戻した。 
  
 時計を見ると、あの人との待ち合わせの時間。店員さんに、軽くお辞儀をしてから、私は待ち合わせの花壇に向かった。 
  
 蛇の目は、いつまでも、私の背中を睨みつけていた。 
7: ◆Zo89VSw555MV[saga]
2016/03/31(木) 19:56:14.64 ID:WOjo7pAA0
 手荷物が多いからと、普段からスーツケースを鞄のように使う人だったけど、あそこまで詰め込まれたのを今まで私は見た事がない。 
  
 それだけ、今回の移動は長距離になるという事だろう。 
  
 「それじゃ、歩こっか」 
8: ◆Zo89VSw555MV[saga]
2016/03/31(木) 19:57:22.68 ID:WOjo7pAA0
 賑やかに会話を交わす人々の波に乗って、私たちは駅前を離れていった。 
  
 途中で何回か私から話しかけたり、あの人から話しかけられたりもしたけど、全て人々の喧噪に吸い込まれた。 
  
 ようやく落ち着いて話せるようになったのは、駅前の並木道を抜けた当たり。 
9: ◆Zo89VSw555MV[saga]
2016/03/31(木) 19:58:19.03 ID:WOjo7pAA0
 「なんで、黄色なんだろうね」 
  
 「さぁ……? あんまり混んでなさそうだし、ここで休憩しよう」 
  
 「うん。そうしよっか」 
10: ◆Zo89VSw555MV[saga]
2016/03/31(木) 19:59:48.82 ID:WOjo7pAA0
 「いらっしゃいませ。お好きな席へどうぞ」 
  
 男性はこちらに気づくと手を止め、笑みを浮かべながらしゃがれた声で私たちを促した。 
  
 その声に導かれるまま、私たちは窓際の二番目のテーブルに向き合って座る。 
11: ◆Zo89VSw555MV[saga]
2016/03/31(木) 20:00:43.86 ID:WOjo7pAA0
 「俺は決まったけれど、夕美は?」 
  
 「あたしは……あたしも、一緒ので大丈夫」 
  
 店員さんを呼んで、Pさんが「コーヒー2つ」と頼んだところで、私はメニューを置いて外を眺め始めた。 
12: ◆Zo89VSw555MV[saga]
2016/03/31(木) 20:01:54.96 ID:WOjo7pAA0
 時間が止まってしまったかのような静寂にヒビを入れるかのように、私とPさんの前にコーヒーが並べられた。 
  
 私のコーヒーからは、カラメルのような甘い香りが白い湯気と共に漂っている。 
  
 対するPさんのコーヒーは、重厚でこうばしい香りを発散させていた。 
13: ◆Zo89VSw555MV[saga]
2016/03/31(木) 20:03:22.38 ID:WOjo7pAA0
 「なんだか悪いことしちゃったな」 
  
 そう言ってコーヒーを一口すするPさん。 
  
 私も角砂糖を一つ落としてから、控えめにカップに口をつけると、強い甘みが口の中いっぱいに広がった。 
14: ◆Zo89VSw555MV[saga]
2016/03/31(木) 20:04:48.97 ID:WOjo7pAA0
 まだ事務所が小さく、私以外のアイドルは数人しかいなかった時代。 
  
 事務所の中では、Pさん以外のプロデューサーさんがバタバタ忙しそうにしていて、落ち着いて打ち合わせをできないからと、よく事務所近くの喫茶店に誘ってくれたものだ。 
  
 その頃は、彼と同じコーヒーを頼んで、苦い思いをする時もあった。 
15: ◆Zo89VSw555MV[saga]
2016/03/31(木) 20:05:58.30 ID:WOjo7pAA0
 空になった二つのカップと、黄色のチューリップが乗ったテーブル。 
  
 Pさんは会計を済ませるため、スーツケースを引いて先にレジへと向かっている。 
  
 椅子を引いて立ちあがろうとした時、カップの奥底に、何か文字が刻まれている事に気がついた。 
16: ◆Zo89VSw555MV[saga]
2016/03/31(木) 20:07:23.07 ID:WOjo7pAA0
 それからは何をするでもなく、ただ街中を歩いた。 
  
 一つ買い物をするだけでも、一人かそうでないかで時間の過ぎ方は全然違って。 
  
 私がいいなと思った服と、Pさんがそう思った服が実は一緒で、お互いに笑いあったりもした。 
17: ◆Zo89VSw555MV[saga]
2016/03/31(木) 20:09:15.41 ID:WOjo7pAA0
 空いた右手でポシェットから、予め用意してあった押し花の栞を一つ、取りだす。 
  
 飾られているのは、ナズナの花。 
  
 「Pさん」 
18: ◆Zo89VSw555MV[saga]
2016/03/31(木) 20:12:49.45 ID:WOjo7pAA0
 何度も練習した笑顔を貼りつけて、 
  
 悲しさなんて、とうに忘れて。 
  
 私は両手で大事に持ったナズナの栞を、彼に向かって差し出した。 
19: ◆Zo89VSw555MV[saga]
2016/03/31(木) 20:13:50.73 ID:WOjo7pAA0
 「だけど、気持ちを伝えてくれたのは―――」 
  
 と、ここで余計な事を離そうとするPさんの口に、1歩踏み込んで、そっと栞を寄せる。 
  
 そんな言葉が聞きたくて、私はここに来たんじゃないから。 
20: ◆Zo89VSw555MV[saga]
2016/03/31(木) 20:15:11.16 ID:WOjo7pAA0
 そしてまた春が来て。 
  
 庭に植えたジャノメエリカは、見事な花を咲かせて、私の部屋を見守っている。 
  
 新調した机の上には、新調する前から変わらず、「元気でね」とだけ書かれた便箋がペンと一緒に置かれている。 
21: ◆Zo89VSw555MV[saga]
2016/03/31(木) 20:16:37.92 ID:WOjo7pAA0
 ぽつり呟いて椅子に座り、アイドルを引退する時、事務所のみんなから送られたオルゴールを開く。 
  
 鳴り始めたのは、私のためだけに綴られた楽曲。 
  
 この曲のタイトルをつけた人は、どんな思いでこの名前をつけたんだろう。 
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