2: ◆m03zzdT6fs[sage saga]
2016/04/10(日) 21:07:08.76 ID:qn31rgISo
――僕は、ある“夢”を見た。とても荒唐無稽で、どだいあり得ない”夢”。そう、自分の好きなことだけを成して生きていく、幸せな人生を。
それがどれだけ困難な道のりで、どれだけ大変な選択で、どれだけ限られた人間しか成しえないことだと、理解できないはずもない。その上で僕は”夢”を見たのだ。
だから僕は選んだ。好きなことだけを成していくだけの人生を。おかげで大学にも行かなかった。専門学校にも行かなかった。高校さえ、行かなかった。
3: ◆m03zzdT6fs[sage saga]
2016/04/10(日) 21:07:45.30 ID:qn31rgISo
『二兎を追う者は、一兎をも得ず』とはよく言った物で。旧い人たちはきっと、一人の人間が一生でいくつもの事を成し得るわけではない、と戒めたかったのだろう。
だから、誰も彼もが出来るわけことではないからこそ、分を弁えて行動するという格言を残した。
でも二兎を追って、そして捕まえられた人は世の中にいる。
4: ◆m03zzdT6fs[sage saga]
2016/04/10(日) 21:08:29.22 ID:qn31rgISo
だから、少なくとも僕は普通の人間じゃあない。もちろん悪い意味で、だ。普通の人なら”一兎”だけを追う。だって”二兎”を追っても格言の通りになるだけだから。それが普通のことだから。
なのに僕は”二兎”を選んだ。そうだ、本当の馬鹿正直みたいに”一兎”を追えばよかったのに、ひねくれたただの馬鹿となって僕は”二兎”……いや、見える限りの”兎”を追っている。
ああそうとも、知っているよ。人生は有限だ。だから”一兎”を追うべきだ。普通の人と比べて、”一兎”あたりの追える時間は少ないのだから。
5: ◆m03zzdT6fs[sage saga]
2016/04/10(日) 21:08:55.55 ID:qn31rgISo
……はは、僕の言っていること、わからないよね。
じゃあ人生を読書に例えてみよう。これならきっと、分かってもらえると思う。
きっと君は、一冊の本を一章ずつ。あるいはひと段落ずつ。ちょっとずつ読み進めては、栞を挟んでいく。そして一生をかけてその本を読みつくす。そんな人生だと思う。
6: ◆m03zzdT6fs[sage saga]
2016/04/10(日) 21:09:31.79 ID:qn31rgISo
□ ―― □ ―― □
……寒さで、目が覚めた。はあ、と吐いた呼気が酷く白い。ただ、おかげで寝覚めは悪くない。いや、一般的に言えば悪いのかもしれないけれども、眠気はすでに吹き飛んでしまっている。僕にとっては、それは寝覚めがいい事に他ならない。
横になったまま、ふと触った腕は、まるで氷のように冷たくて。布団に潜り込んでいたはずの足や体も、冷え冷えとしている。そもそも、部屋の中の温度自体が異様だった。外気温と大して変わらないのではないだろうか。
7: ◆m03zzdT6fs[sage saga]
2016/04/10(日) 21:10:10.81 ID:qn31rgISo
(九時、か。三時間ほど、どうするかな)
今、請け負っている『仕事』はほかになかった。ひとえに『仕事』といっても、いろいろとある。フリーライターの真似事、システムエンジニアの真似事、Webデザイナーの真似事。どれもこれも、僕の『趣味』が転じたものだ。
だから稼ぎは良くないし、仕事もあまり来ない。事務所を構えているわけでもなければどこかに雇われていたこともない。中卒の僕を正社員で雇ってくれるトコなんてそうそうないから。せいぜいが下請け派遣かアルバイトだ。
8:名無しNIPPER[sage]
2016/04/10(日) 21:10:16.96 ID:cmOSJY0DO
スレタイ見てもすぐには信じられなかったわ。
再開ありがとうございます!
9: ◆m03zzdT6fs[sage saga]
2016/04/10(日) 21:10:37.55 ID:qn31rgISo
それに……僕には本があった。流石に、こっちは仕事には出来なかったけれども。それでも中卒の僕には心強い知識の源泉。僕の心の支えとも言っていい。お蔭で、中卒の分際で知識はある……と思う。
その上、何度か見てくれについて言及されたこともあるが、どうやら僕は”知的”に見えるらしい。学歴からすればお笑い種なお話だ。もし本当にそう見えるなら、本とくたびれた眼鏡のおかげだろう。
その本も、手持ちのものではもう読めるものがほとんどなくなってしまっている。ふと後ろを振り返ってみれば、うずたかく積み上げられた本の山。
10: ◆m03zzdT6fs[sage saga]
2016/04/10(日) 21:11:05.01 ID:qn31rgISo
『久しぶりに読んでみるかな……。うん、そうしよう』
思い立てば、それをちゃぶ台の上へと置いた。ちょうど、三部作の一作目、その一巻だったから、というのもある。これが別の巻だったら、別の本を選んでいたかもしれない。
やがて、かれこれ五年ほど酷使している、型落ちもいいところのノートパソコンを開いて、起動ボタンを押した。四色窓のアイコンが表示され、かりかり、とハードディスクが回転する音が聞こえる。
11: ◆m03zzdT6fs[sage saga]
2016/04/10(日) 21:11:32.51 ID:qn31rgISo
(まるで、命を燃料にして動くロボットみたいだ)
そんな風に苦笑を一つ零してコーヒーを飲み干せば、ちゃぶ台の前へと戻って。手短に着替えを済ませた。時間的には明らかに早いが、本を読みながら少し散歩をしようと思っていた。
この時間なら人通りは少ないし、歩き読みができるだろう。褒められた行為ではないが、体を動かしながら本を読めるのだし、ましてや誰かに迷惑がかかるわけでもない。
12: ◆m03zzdT6fs[sage saga]
2016/04/10(日) 21:11:59.36 ID:qn31rgISo
拾ってみれば、何のことはない。ただの紙片だ。そういえば、何度も読んだ作品ではあったが、上京してから読んだ覚えは無かった。中古屋で買ったはいいものの、後に回したのだろう。
だからきっと、この紙片は、前の持ち主が挟んでいた栞。ふ、と少し鼻で笑えば、くしゃりと紙片を丸めて、ゴミ箱へと投げる。それは、こつんとフチに当たったが、中に入ることはなくて。部屋の隅にころりと転がった。
『あー、惜しい。はずれか。まあ帰ってからでいいね』
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