過去ログ - 2月の昼下がりに橘ありすと話すことについて
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6: ◆K5gei8GTyk[saga]
2017/02/07(火) 19:29:27.81 ID:0cqd1nr10
 結成したユニットは活動を休止して三年を過ぎた今でも未だに人気が根強く、過去に販売したアルバムの売れ行きも申し分はなかった。
 だが、どこか決定的な局面において、磨きが足りないように感じられた。

 垢抜けていなかったわけじゃない、だけど表現の奥行きが浅かった部分はあったように思う。
 観る者の心象をそのまま映し返すような、単純で純粋な輝きが足りなかったのかもしれない。
以下略



7: ◆K5gei8GTyk[saga]
2017/02/07(火) 19:34:38.15 ID:0cqd1nr10
 パソコンの電源を落として、僕はなににも先行してまずシャワー室に向かった。
 熱いシャワーは、凝り固まった身体に沁みた。潤い以上のなにかが満ちるのを、僕は感じていた。

 身体中に纏わりついた汚れのような疲労感をある程度拭うと、やがて耐えがたい空腹が僕の思考を、ローマの騎兵のように着実に占有していった。
 最後に口にしたのは、昨日の晩にテイクアウトで頼んだぺパロニとブラックオリーヴのピザだった。
以下略



8: ◆K5gei8GTyk[saga]
2017/02/07(火) 19:38:09.94 ID:0cqd1nr10
 大抵の場合、僕は眠りから覚める時、さざ波のような柔らかな浮上感を覚える。

 壁に掛けられた時計を見遣ると、三時間ほど眠りこけていたらしい。寝覚めの感覚は、決して悪いものではなかった。
 人の気配を感じて周囲を見回すと、革張りのソファに彼女が腰かけているのが見えた。どうやらペーパーバッグを読み耽っているらしい。
 どうしてまたこんな日に事務所にいるのだろう。こんなに静かで、バッハのシャコンヌなんかがうってつけの日に。
以下略



9: ◆K5gei8GTyk[saga]
2017/02/07(火) 19:42:26.24 ID:0cqd1nr10
 「橘です」

 こちらに目もくれず、短い言葉だけが返ってくる。
 彼女はあまり親しくない人間に名前を呼ばれるのを好まない。
 そんな時は、いつもさっきのように返す。まるでそれが決まりごとであるかのように。
以下略



10: ◆K5gei8GTyk[saga]
2017/02/07(火) 19:46:30.43 ID:0cqd1nr10
 「今日は土曜日だと思っていたんですが」

 「ああ。僕もそう思う」

 彼女が投げた簡潔なクエスチョンは、言外になぜ僕が休日なのに事務所で寝こけていたのかという、もう一つの疑問をくるんでいた。
以下略



11: ◆K5gei8GTyk[saga]
2017/02/07(火) 19:49:34.89 ID:0cqd1nr10
 「プロデューサーは、仕事ですか」

 「いいや、友人とやり取りをしていた」

 嘘じゃない。彼らとは実際にプライヴェートでも交友を持つほど仲が良い。
以下略



12: ◆K5gei8GTyk[saga]
2017/02/07(火) 19:52:33.87 ID:0cqd1nr10
 「旅行の計画?」

 「立てるだろう、ありすも。ここじゃないどこかへ旅に出かけるなら」

 僕がそう問いかけると、少し考え込む表情になってから、真面目にも彼女は頷いた。
以下略



13: ◆K5gei8GTyk[saga]
2017/02/07(火) 19:54:42.56 ID:0cqd1nr10
 「では、お楽しみのところ申し訳ありませんが」と彼女は言って、ソファから立ち上がる。

 「今日のことを、プロデューサーは覚えていますか」

 はて。
以下略



14: ◆K5gei8GTyk[saga]
2017/02/07(火) 19:57:51.83 ID:0cqd1nr10
 「ありすには今日という日に心当たりがあるのかい」

 「あるから、ここにいるんです」

 少しだけつまらなさそうに彼女が返事をよこす。
以下略



15: ◆K5gei8GTyk[saga]
2017/02/07(火) 20:01:33.29 ID:0cqd1nr10
 「これは?」

 「一応、誕生日のプレゼントです」

 彼女の黒檀の髪がまるで、春の風に色をつけたようにしなやかに揺れる。
以下略



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