過去ログ - 2月の昼下がりに橘ありすと話すことについて
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8: ◆K5gei8GTyk[saga]
2017/02/07(火) 19:38:09.94 ID:0cqd1nr10
 大抵の場合、僕は眠りから覚める時、さざ波のような柔らかな浮上感を覚える。

 壁に掛けられた時計を見遣ると、三時間ほど眠りこけていたらしい。寝覚めの感覚は、決して悪いものではなかった。
 人の気配を感じて周囲を見回すと、革張りのソファに彼女が腰かけているのが見えた。どうやらペーパーバッグを読み耽っているらしい。
 どうしてまたこんな日に事務所にいるのだろう。こんなに静かで、バッハのシャコンヌなんかがうってつけの日に。
以下略



9: ◆K5gei8GTyk[saga]
2017/02/07(火) 19:42:26.24 ID:0cqd1nr10
 「橘です」

 こちらに目もくれず、短い言葉だけが返ってくる。
 彼女はあまり親しくない人間に名前を呼ばれるのを好まない。
 そんな時は、いつもさっきのように返す。まるでそれが決まりごとであるかのように。
以下略



10: ◆K5gei8GTyk[saga]
2017/02/07(火) 19:46:30.43 ID:0cqd1nr10
 「今日は土曜日だと思っていたんですが」

 「ああ。僕もそう思う」

 彼女が投げた簡潔なクエスチョンは、言外になぜ僕が休日なのに事務所で寝こけていたのかという、もう一つの疑問をくるんでいた。
以下略



11: ◆K5gei8GTyk[saga]
2017/02/07(火) 19:49:34.89 ID:0cqd1nr10
 「プロデューサーは、仕事ですか」

 「いいや、友人とやり取りをしていた」

 嘘じゃない。彼らとは実際にプライヴェートでも交友を持つほど仲が良い。
以下略



12: ◆K5gei8GTyk[saga]
2017/02/07(火) 19:52:33.87 ID:0cqd1nr10
 「旅行の計画?」

 「立てるだろう、ありすも。ここじゃないどこかへ旅に出かけるなら」

 僕がそう問いかけると、少し考え込む表情になってから、真面目にも彼女は頷いた。
以下略



13: ◆K5gei8GTyk[saga]
2017/02/07(火) 19:54:42.56 ID:0cqd1nr10
 「では、お楽しみのところ申し訳ありませんが」と彼女は言って、ソファから立ち上がる。

 「今日のことを、プロデューサーは覚えていますか」

 はて。
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14: ◆K5gei8GTyk[saga]
2017/02/07(火) 19:57:51.83 ID:0cqd1nr10
 「ありすには今日という日に心当たりがあるのかい」

 「あるから、ここにいるんです」

 少しだけつまらなさそうに彼女が返事をよこす。
以下略



15: ◆K5gei8GTyk[saga]
2017/02/07(火) 20:01:33.29 ID:0cqd1nr10
 「これは?」

 「一応、誕生日のプレゼントです」

 彼女の黒檀の髪がまるで、春の風に色をつけたようにしなやかに揺れる。
以下略



16: ◆K5gei8GTyk[saga]
2017/02/07(火) 20:05:02.18 ID:0cqd1nr10
 「別に誕生日に関して聡くある必要性がないからさ」

 「……私の誕生日は忘れたことがないくせに」

 「担当しているアイドルの誕生日を忘れるようじゃ、プロデューサーは務まらないからね」
以下略



17: ◆K5gei8GTyk[saga]
2017/02/07(火) 20:08:17.78 ID:0cqd1nr10
 丁寧な包装を取り去ると、包まれていたのはカランダッシュのボールペンだった。
 シンプルで無駄のないボディに、精緻な装飾が施されていて、思わず感嘆の息が漏れてしまう。
 実際に手に取って見るのは初めてだった。まるで感情を持っているかのように、それは意味ありげに輝きを放っている。

 「カランダッシュか」と僕は言った。
以下略



18: ◆K5gei8GTyk[saga]
2017/02/07(火) 20:13:43.31 ID:0cqd1nr10
 冬の夕暮れに響くコルネットのように、彼女は清らかなアイドルだ。
 いつの彼女にも年齢相応の可愛げがあり、聡明さがあり、正しさがあった。
 それらは彼女にとって紛れもなく美点だといえるし、もちろん欠点もその中にある。
 でも、そんななにもかもを含めて、僕は彼女のことを敬愛している。

以下略



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