10:名無しNIPPER
2025/07/31(木) 00:28:12.15 ID:DoK8Vme/0
「馬鹿なの?」
時計の針がやけにうるさく鳴る事務所。曇り空を不満げに眺めながら、この事務所のエースたる姫川友紀は心底馬鹿馬鹿しそうに吐き捨てた。手元のビール缶のことは一旦無視しよう。
「プロデューサー、ほんっと現実論に弱いよねぇ」
11:名無しNIPPER
2025/07/31(木) 00:30:45.43 ID:DoK8Vme/0
「……ありすちゃん、欲しい人材やったなぁ」
「うじうじするなら今からでも追っかけていく!プロデューサーも男でしょ!」
「やからあれで押すのは無理やって。実際親御さんの気持ちも痛いほど分かるし、違約金の支払いものらりくらりかわされたままやし」
「えー」
12:名無しNIPPER
2025/07/31(木) 00:34:14.87 ID:r9ema6LhO
それから数日後。俺はある駅に来ていた。本当は使うべきではない情報を使っているのだが、まぁそこはどうとでも言い訳ができる。そのためにわざわざ私服で来ているのだ。
腕時計を見た。これで8回目ぐらいか。回数とは裏腹に、たった30分しか進んでいない。恋人を待っているような感覚とはこういったものだろうか?ある意味で俺は彼女に恋したと言えるのかもしれないな。ふん。
売店で買ったコーヒーの底が見えてきた頃、彼女は現れた。
「……あ」
13:名無しNIPPER
2025/07/31(木) 00:35:21.96 ID:r9ema6LhO
彼女の最寄り駅から少し離れた、私鉄の大きな駅のコンコース。光が差し込むベンチは、運の良いことにまるまる1つ空いていた。
「申し訳ない、君をアイドルに出来なくて」
「あっあの、それはもういいんです……あの後、お母さんから沢山怒られましたし」
14:名無しNIPPER
2025/07/31(木) 00:35:48.51 ID:r9ema6LhO
「……歌に関わる仕事に就きたいんです」
「いい夢だね。理由を聞いてもいい?」
「歌には力があります。誰かを勇気づけたり、楽しくさせたりする力が。だから、私もそうなりたいんです。なりたいんですけど……」
輝いていた声がしぼんだ。彼女の家族のことだ、そうやすやすと認めはしないはずだ。
15:名無しNIPPER
2025/07/31(木) 00:37:44.14 ID:r9ema6LhO
「で、僕は決めた。君を待つ。アイドルとして輝いたあと、どうやって音楽に関わるか決まるまで」
「!」
「業界を一度見るといい。成功するのはそう難しい話じゃないし、橘さんはまだまだ若い。どう音楽に関わるかを決めるのは、今じゃなくていいんじゃないかな?」
「でも……急がないと。私に才能なんてありませんし」
16:名無しNIPPER
2025/07/31(木) 00:38:26.33 ID:r9ema6LhO
その翌日。俺はとあるカフェに呼ばれていた。目の前には鋭い目つきの女性。出されたコーヒーに手を付ける気になれないと思ったのは久しぶりだ。
目の前の女性ー橘さんの母親、珊瑚さんは不信感を隠そうともせずに言った。
「何のつもりですか?」
「文字通りの意味です。貴女の腕を見込んでの」
17:名無しNIPPER
2025/07/31(木) 00:48:56.55 ID:DoK8Vme/0
「……その代わりに娘を、ということですか」
「まさか、全ての利益を考えた結果ですよ。私どもは有能な顧問弁護士とスターの原石を、貴女は新たな取引相手と安定した収入源を、そして娘さんは夢の舞台を得られる。私どもが出来る提案としては破格のものかと」
現実問題として橘家の財政は苦しい。また、全ての人が得をしている。恐らくこれで何とかなるだろう。
あまり得意ではないが、しっかりと珊瑚さんの顔を見る。その表情は値踏みして……いや、不信感だ。よほど信頼されていないらしい。あるいは信頼以前の問題だろうか。
18:名無しNIPPER
2025/07/31(木) 00:50:54.02 ID:DoK8Vme/0
「才能とおっしゃいましたが、確かに世の中には汚い芸能界関係者もあります。才能のない人間に才能があると言い、レッスン料と称して金をせしめるような人間が」
ここは事実やな。
「問題は、彼らは養成所の人間であって事務所の関係者ではないということです。オーディション合格者となると話が変わります。才能のない人間がオーディションに現れても落とされるだけです。つまりはオーディションに合格した時点で、娘さんの才能は保証されたわけですよ」
19:名無しNIPPER
2025/07/31(木) 00:53:14.38 ID:DoK8Vme/0
「実際問題として、何らかの形でコネを作ることは非常に有用です。可能性は0に近いですが彼女がアイドルとして大成できなかったとしても、芸能界で作った人脈は必ず役に立ちます。さらに言えば私どもの事務所が小規模で仕事が来やすく、交流も多いですからね」
「つまり?」
「チャンスは今をおいて他にない、ってことです。逆にこれを逃せば、彼女の夢が完全に叶う日は来ないでしょう」
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