42:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY[saga]
2012/02/08(水) 16:41:56.56 ID:A45p+aH70
弟子の首に抱きつきながら、愛寡が目を閉じて小さな悲鳴を上げる。
頬で風を切りながら、髪で隠れていた爪の顔が露わになる。
年の頃は十七、八ほど。馬面というほどではないが、顎が伸びている特徴的な顔。
彼は面白そうに喉を鳴らしながら、一瞬で上空二十メートルほどまで飛び上がった。そして一旦空中で制止した……それから間髪をいれずに、自由落下を始める。
43:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY[saga]
2012/02/08(水) 16:42:30.46 ID:A45p+aH70
愛寡は、既に気絶しそうなほど真っ青な顔色になっていた。下を見る勇気が出ないのか、弟子の胸に顔を押し付けている。
そんな師の様子に気づかないのか、こともあろうことに爪は、彼女を支えている一本の腕を外して振り上げた。その拍子に愛寡のからだがぐらりと揺れ、驚いて目を開けた愛寡の眼前に、上空二十メートル以上の高さから自由落下している、その圧倒的高所の光景が飛び込んでくる。
肌を刺す冷風と、風圧ではっきりと目を開けていられないのが、彼女の恐怖を倍増させた。
悲鳴を上げることも出来ずに、愛寡は目を閉じ……その意識がどこかに引っ張っていかれるようにブラックアウトする。
爪は師が手の中でぐったりしたのを見て、慌てて振り上げた手で頭上、その空中をノックした。今度は下降を始め。
44:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY[saga]
2012/02/08(水) 16:43:12.66 ID:A45p+aH70
*
怒っていた。
明らかに、師は怒っていた。
呆れたように肩を落とし、愛寡は真っ青な顔でレストランの大きなソファー。その隅に小さくなっていた。伺うようにチラチラと彼女の方を見ながら、控えめに目の前のおびただしい数の料理をかっ込んでいる弟子の方を見ようともしない。
45:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY[saga]
2012/02/08(水) 16:43:48.89 ID:A45p+aH70
五十席はゆうにある店内には、自分達のほかには客がいない。厨房の人間以外は、全ての従業員がぐるりとテーブルを取り囲んで愛寡の一挙手一同に視線を注いでいた。泣いているウェイトレスもいる。
無論、誰も彼もが魔法使いの核を持っている。
一番広いテーブルの上には、ありとあらゆる料理が次々と運ばれてきていた。
愛寡はテーブルについて程なく目を覚ましたが、自分がウェイトレスやウェイター。そして店の周りに洪水のように取り巻いてこちらを見ている数百の視線を確認するや否や、一言も発さず小さくなってしまったのだ。
顔色は、先ほど爪の魔法で宙を舞った時とは比較に鳴らないほど真っ青になっていた。
46:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY[saga]
2012/02/08(水) 16:44:28.78 ID:A45p+aH70
一通り炒め飯を食い終わり、水差しから直接水を口に流しこんでから、爪は呼吸を整えて愛寡の顔を覗き込もうとした。
「師匠?」
問いかけられ、愛寡は僅かに視線を彼に向けた。
47:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY[saga]
2012/02/08(水) 16:45:40.82 ID:A45p+aH70
「聖上様。お電話でございます」
まさに土下座だった。床にためらいもなく膝を突き、店長は平たく頭を下げながら、愛寡に両手で携帯端末を差し出した。
師の言葉を遮られ、爪の目が険しくなった。それは憤慨や侮蔑と言える感情で一くくりに出来るほど単純なサインではなかった。
殺意。
48:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY[saga]
2012/02/08(水) 16:46:12.22 ID:A45p+aH70
次いで投射装置から光が発せられ、携帯端末の前方十センチ四方ほどに光スクリーンを形成する。そこに、七十代ほどの壮年男性が映し出された。びっしりとした、爪の着ているような黒色のスーツに身を固め、筋骨隆々とした体格が盛り上がっている。白髪はオールバックに固められ、顔に刻み込まれた皺とはアンバランスな若々しさを放っていた。右目が白濁していて、視力がないらしい。オッドアイのような瞳で愛寡を見止め、彼は深々と頭を下げた。
『聖上、お早う御座います』
「お早う、浮屋」
49:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY[saga]
2012/02/08(水) 16:46:50.04 ID:A45p+aH70
素直にコクリと……子供のように愛寡は頷いた。浮屋は、心の底から彼女を責めているような気持ちはないらしかった。ただ事務的に……しかし、温かい気持ちを最大限に込めながらまた一礼し。
そしてその視線が、バツが悪そうにそっぽを向いて髪を弄っている爪に止まった。
『……パル、アラノレン・ク……ケ(お前は後ほど始末書だ)』
50:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY[saga]
2012/02/08(水) 16:47:21.70 ID:A45p+aH70
「ええ。気に、しないで」
『勿体無きお言葉。それでは』
プツン、と音がして通信が切れる。愛寡はいまだ平伏したままの店長に携帯端末を握らせると、彼の首筋の薄青色の核に軽く指を触れた。それが白く発光し、そして鮮やかな青に変色する。
51:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY[saga]
2012/02/08(水) 16:47:57.70 ID:A45p+aH70
愛寡はポカンとしている爪を見て、そして一つため息をついてから微笑んだ。
「ごめ、ね。高いの怖い。迷惑、かけた」
「と、と……とんでも! なです!」
52:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY[saga]
2012/02/08(水) 16:50:13.46 ID:A45p+aH70
2 反発の狂人
浮かない顔をして壇上の最上段に腰を下ろした師を、爪はぼんやりと見つめていた。
ガラス張りの周囲……二千人以上を収容できる教会の大祭壇の壇上。その上の待機場に彼はいた。実際のところ、このガラスはマジックミラーのような加工が為されていて、祭壇側ではただの白い壁のようにしか見えない。
しかしこの部屋にいる限りは、前面全てを見通すことが出来る便利なものだった。
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