2:aho ◆Ye3lmuJlrA[saga]
2013/12/22(日) 17:21:39.29 ID:y7rCDTmB0
まだまだ慣れないレッスンを終えた西島櫂が置き忘れた荷物を取りに事務所に帰ってくると、服部瞳子がテレビの前のテーブルに伏せて静かな寝息を立てていた。
「お疲れさまでーす……」
小声で挨拶して、そっと近づく。
3:aho ◆Ye3lmuJlrA[saga]
2013/12/22(日) 17:22:19.75 ID:y7rCDTmB0
(なのに、どうしてこうなっちゃうんだろ)
櫂はため息を吐く。
本当の所、自分でも理由は分かっていた。
ここに来る前まで、周りにはいつも、一緒に泳ぐ仲間がいた。
4:aho ◆Ye3lmuJlrA[saga]
2013/12/22(日) 17:23:20.13 ID:y7rCDTmB0
「コーヒーでも淹れましょうか……櫂さんもいかがかしら?」
「えっ、いやそんな、あたしが淹れますんで」
「そんなに気を遣わなくても大丈夫よ……少し待っていてね」
やんわり止められたので、櫂は渋々座り直す。
5:aho ◆Ye3lmuJlrA[saga]
2013/12/22(日) 17:24:18.39 ID:y7rCDTmB0
そうして三十分ほども、櫂は瞳子が歩んできた苦難の過去を聞かされる羽目になった。
曰く、地方で仕事だというので聞いたこともないような田舎にバスを乗り継いで行ったら、客がいない夜の体育館で二時間も歌い続ける羽目になったとか。
曰く、所属した事務所が五回ほど連続で潰れてあちこち転々とする羽目になり、極めつけに裏ビデオに出演させられそうになったとか。
曰く、やっと仕事が取れて現場に行ってみたら聞いていた内容と全然違い、ほとんどスタントマン同然の危険な汚れ仕事をやらされて危うく死にかけたとか。
その他にも、アイドルどうの以前によく生きてるなこの人、と感心したくなるエピソードが盛り沢山。
6:aho ◆Ye3lmuJlrA[saga]
2013/12/22(日) 17:24:50.24 ID:y7rCDTmB0
「歌番組って……瞳子さん、昔もそういうの出たことあったん……っと、すみません!」
「ふふ……いいのよ。もう知っている人も少ないでしょうし」
櫂の失言にも、瞳子はやはり気分を害した様子はない。
むしろ何か、名案を思いついたような様子で手を合わせ、
7:aho ◆Ye3lmuJlrA[saga]
2013/12/22(日) 17:25:28.73 ID:y7rCDTmB0
「……成功、できなかったのよね……」
ぽつりと、瞳子が寂しそうに言う。
「テレビに出たのも、この一度きりだけ……CDもほとんど売れなくて……事務所の経営にも随分悪影響が出たって聞いたわ……このときのプロデューサーさん、頑張って下さったのだけれど……私は、その期待に応えることが出来なかった……」
8:aho ◆Ye3lmuJlrA[saga]
2013/12/22(日) 17:26:23.93 ID:y7rCDTmB0
「瞳子さん」
無遠慮すぎるとは思いつつも、尋ねずにはいられなかった。
「じゃあ、瞳子さんは、どうして今まで辞めずに続けてこられたんですか? 何度も辞めたいって思って……それでも辞めずに頑張って、今の成功に辿り着けたのは……どうしてなんですか?」
9:aho ◆Ye3lmuJlrA[saga]
2013/12/22(日) 17:26:59.44 ID:y7rCDTmB0
「そうそう……実家の母にも、よく泣きながら電話してね……『もう私アイドル辞める。明日プロデューサーさんに伝える』『そう、頑張ったね』なんて……でもそういうことが何度もあったものだから、その内母も呆れてしまって……『あんた本当は全然辞める気ないでしょ』なんて言うものだから『今度こそ絶対やめうぅ!』なんて泣き喚いたりして……」
「なんかもうコントみたいっすね……」
「本当ね……」
瞳子がおかしそうに笑うので、櫂としても笑うしかない。
10:aho ◆Ye3lmuJlrA[saga]
2013/12/22(日) 17:27:35.51 ID:y7rCDTmB0
「これ……見てもらえる?」
瞳子が携帯電話を開いて差しだしてきた。
なんだろうと思って見てみると、小さな女の子を抱いた女性が映っていた。
11:aho ◆Ye3lmuJlrA[saga]
2013/12/22(日) 17:28:05.29 ID:y7rCDTmB0
(たまたま、瞳子さんの話を聞いたおかげなのかな……?)
何とも言えない気持ちだった。
どんな表情を浮かべたらいいのか、よく分からない。
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