1:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]
2014/10/06(月) 21:14:23.92 ID:Ha53zHbko
「タバコの匂いがするな」
あいさんは助手席に座ると、物珍しそうに僕を見た。
仕事など、彼女と一緒の時は吸わないようにしているのだけど、
さっき時間をもて余していたものだからつい吸ってしまった。
「ピースだろ?」
「よくわかりますね」
「私も、前に吸ってたからね。ピース」
あいさんはピース、と手でピースサインを作った。つい笑ってしまう。
「意外だな。あいさんが吸ってたなんて」
「大学生の時にね。とっくにやめたが」
「なんでやめたんですか?」
「恋人が嫌がってね」
何気ない質問に、予想外の答えが返ってきた。
僕は僅かなショックを隠せなかった。
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2:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]
2014/10/06(月) 21:16:03.85 ID:Ha53zHbko
「恋人、いらしたんですか」
「すぐ別れてしまったけどね。いらしたんですよ?」
あいさんはくつくつと笑った。僕は乾いた笑いをなんとか絞り出した。
3:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]
2014/10/06(月) 21:17:29.87 ID:Ha53zHbko
「どうしたんだい。ぼんやりしているようだが」
「あ……すみません」
妙な気分だ。今まで鳴っていた音が、急に途切れてしまったみたいに。
4:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]
2014/10/06(月) 21:18:35.48 ID:Ha53zHbko
「今は?」
「今? さあ。目の前に来られて、好きだと囁かれたら……まあ、断るね」
「そうですか」
5:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]
2014/10/06(月) 21:19:34.21 ID:Ha53zHbko
――――
あいさんは今をときめくアイドルだ。と言っても一般的なアイドル像とは少し違う。
端麗な容姿から、写真や映像の仕事が多い。
ライブもしたことはあるが数えるくらいで、他のアイドルと比べればかなり少ない。
6:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]
2014/10/06(月) 21:20:49.69 ID:Ha53zHbko
あいさんのことが好きなのか、と言われたら、僕は否定も肯定もしない。
なんというか、あいさんが他人を好きになるというのがいまいち信じられなかった。
変化を感じないほどに緩やかな毎日を僕は過ごしていた。
小さな引っかかりが、その緩やかさに微かな傷をつけてしまった。
7:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]
2014/10/06(月) 21:22:16.08 ID:Ha53zHbko
「疲れてるわけじゃないです」
「なら、いいんだが」
あいさんはふっと一呼吸したあと、指を立ててタバコのジェスチャーをした。
8:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]
2014/10/06(月) 21:23:08.42 ID:Ha53zHbko
「……あいさんの恋人は、タバコが嫌いだったんでしょう」
あいさんは急になんだい、と微笑を少し苦く歪めた。
「嫌いだったみたいだ。それに、彼は真面目な人だったしね……」
9:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]
2014/10/06(月) 21:24:46.53 ID:Ha53zHbko
あいさんは鼻で笑った。自嘲的な笑みだった。
そして、今までに彼女が見せた笑みと全く同じだということを僕は悟った。
「君は……どう思う?」
10:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]
2014/10/06(月) 21:27:31.01 ID:Ha53zHbko
僕はこの頃、あいさんのことをよく考える。
彼女は異様に冷めていて、誰のことも好きじゃないみたいだった。
僕はなぜだか、彼女に惹かれ始めていた。以前とは違う惹かれ方だ。
「好きなんだけどな」
11:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]
2014/10/06(月) 21:28:28.18 ID:Ha53zHbko
撮影を終えたあと、二人でファミレスに立ち寄った。
正午をすでに二時間も回ったところで、店は空いていた。
「例えば、私がお子様ランチを注文したら、君は驚くだろう」
12:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]
2014/10/06(月) 21:29:43.74 ID:Ha53zHbko
「どうせ、たらこスパだろ」
「お子様ランチでも頼んでみましょうか?」
「頼めるものなら、是非に」
13:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]
2014/10/06(月) 21:31:18.34 ID:Ha53zHbko
なるほど、食後の一服まで気を回してくれたんだな。
ここのファミレスは全席禁煙で、外にこじんまりとした喫煙スペースが設けられている。
吸わなくても平気です。そう言おうと思ったが、お言葉に甘えることにした。
「じゃ、すみません。出ましょうか」
14:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]
2014/10/06(月) 21:32:50.93 ID:Ha53zHbko
「ところで、君は恋人は?」
「居ませんよ?」
「以前はどうだったんだい」
15:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]
2014/10/06(月) 21:33:56.96 ID:Ha53zHbko
「覚えてないです」
「……そういうものか?」
「さあ」
16:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]
2014/10/06(月) 21:34:54.52 ID:Ha53zHbko
「僕も、似たような理由で別れたような気がします」
「君は言われた側?」
「ええ、はい。たぶん」
17:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]
2014/10/06(月) 21:37:00.38 ID:Ha53zHbko
――――
プロダクションのビル、その屋上へ続く扉はリウマチ持ちだ。
錆びついた蝶番がギシギシと鳴っていて、微かに歪んだ隙間から風が通るので、
扉から内側はとても寒い。
18:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]
2014/10/06(月) 21:38:26.83 ID:Ha53zHbko
「他に吸えるところ、なかったっけ」
「どこもかしこも禁煙ですから」
一口吸うと、もう根本まで灰が伸びていて、ジジと音がした。
19:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]
2014/10/06(月) 21:39:00.89 ID:Ha53zHbko
「鱗雲だ」
「秋の空ですから」
「青い空だな」
20:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]
2014/10/06(月) 21:40:52.39 ID:Ha53zHbko
屋上を降りて、デスクから荷物を取って、車へ乗り込んだ。
助手席でシートベルトを締めたあいさんの横顔を、僕は盗み見た。
彼女とは軽口を叩き合うくらいに、打ち解けているはずだった。
以前から、打ち解けていると思っていた。
21:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]
2014/10/06(月) 21:41:42.67 ID:Ha53zHbko
狭い車内が寒いほどに静かなのが気詰まりだったのか、
あいさんはカチリとカーラジオの電源を入れた。
色々チューニングを変えて、いつもの番組に落ち着いた。
ちょうどリクエストの曲が終わったところで、その曲とバンドについて解説していた。
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