1:名無しNIPPER[saga]
2015/08/02(日) 03:34:39.19 ID:V8gzDOoiO
『あなたたちの才能は目を瞠るものがあるわ…』
『勝つのよ。麻雀はトップに立ったものこそが先へ進めるのだから』
『照、その調子よ。咲…あなたには話があります』
『どうして甘い手を打つの!』
『私はお前がこわい』
『――咲、お前のやっていることは、麻雀じゃない』
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2:名無しNIPPER[saga]
2015/08/02(日) 03:35:34.26 ID:V8gzDOoiO
咲「…じゃあ、どうしたらよかったのさ」
じっとりとした嫌な汗の感触に目が覚めた。
額に浮かぶ珠のような汗の理由は、夏という季節のせいではなかった。
3:名無しNIPPER[saga]
2015/08/02(日) 03:36:34.23 ID:V8gzDOoiO
うだるような暑さの長野に、ひとりの女性が降り立った。
小鍛治健夜。とある界隈では伝説とまで呼ばれる彼女は、そこらを見渡せばどこにでもいるような軽装で、群衆に紛れていた。
健夜「お母さんったら…たまにはおじいちゃんに線香でもあげてこいとか言って…そのくせ自分はついてこないなんて」
4:名無しNIPPER[saga]
2015/08/02(日) 03:37:36.11 ID:V8gzDOoiO
広大な田園の脇を歩き、寂れた線路に沿って歩き、舗装もされてない砂利道を歩く。
やがて見えてきた小さな霊園。そこの片隅にある母の旧姓が刻まれた墓石の前でしゃがみ込む。
5:名無しNIPPER[saga]
2015/08/02(日) 03:38:22.57 ID:V8gzDOoiO
来た道を戻り、道が広くなってきたところで、気紛れに横道へ逸れてみた。
道なりに進むと、周囲の原風景とは毛色の違う建物が目に入った。
6:名無しNIPPER[saga]
2015/08/02(日) 03:39:32.05 ID:V8gzDOoiO
咲は目が覚めてから、シャワーを浴び、頭を切り替えてからどうするか考えていた。
学校は夏期休暇中でない。父は仕事でいないし、彼女には気軽に連絡を取り合い遊ぶような友人もいなかった。
内向的な性格で、だれかといることより一人でいることを好んだ。
一人でいる時は本を読むことが多いが、しかし彼女の時間の過ごし方はそれだけではない。
7:名無しNIPPER[saga]
2015/08/02(日) 03:40:34.61 ID:V8gzDOoiO
見慣れた道をいくと、向こう側から見知った顔が近づいてきた。
自転車にまたがったその人物は、咲のすぐ目の前で止まると身を乗り出して咲へと笑いかけた。
「よう宮永!」
8:名無しNIPPER[saga]
2015/08/02(日) 03:41:57.22 ID:V8gzDOoiO
咲「こんにちは、須賀君」
須賀京太郎。咲と同じ学校、同じクラスの少年。
咲とは正反対の性格の彼は、だれにでも砕けた接し方で、咲に対して距離を作らない稀有な存在だった。
9:名無しNIPPER[saga]
2015/08/02(日) 03:43:05.03 ID:V8gzDOoiO
京太郎「あー、そっか。残念! まぁ思い返せば集まったのは野郎ばっかだし、宮永だってむさ苦しいなかにいたくはねーよな」
少年は屈託のない笑顔でそう言うと、使い込まれているであろうマウンテンバイクに跨り、ペダルに足をかけた。それはもう行くという意思表示であり、咲は正しくそれを汲み取って安堵した。
10:名無しNIPPER[saga]
2015/08/02(日) 03:44:05.35 ID:V8gzDOoiO
すこしの間足を止めてしまったが、ようやく咲は目的地へと辿り着いた。
そこで、咲は早くも踵を返して来た道を戻り家へ籠もりたい気分になっていた。
雀荘。そこはだれでも麻雀を打つことができる公共の場。
11:名無しNIPPER[saga]
2015/08/02(日) 03:44:53.97 ID:V8gzDOoiO
「きたか、咲! さぁ、始めよう、げにげにおかしき狂宴を!」
一見して小学生低学年ほどにも思える体躯の少女。
頭から伸びる、かわいらしいリボンの耳。
12:名無しNIPPER[saga]
2015/08/02(日) 03:46:29.18 ID:V8gzDOoiO
意気軒昂の衣とは反対に、咲は冷めた目でその様を見つめている。
咲「それ、前も言ってたけど、天江さんの全力ってそんな勝率高くないよね」
13:名無しNIPPER[saga]
2015/08/02(日) 03:47:04.60 ID:V8gzDOoiO
対局が始まってしまえば、和やかな雰囲気はどこぞへ吹き飛んでしまう。
それだけ二人の間には半荘という勝負に対する真剣さが現れていた。
ふたりと共に卓を囲むのは面識のない年配の男性二名。
14:名無しNIPPER[saga]
2015/08/02(日) 03:47:59.00 ID:V8gzDOoiO
いくら理論的な打ち筋が確立されていようと、麻雀は運の要素も強い。
配牌などは積み込みやすり替えなどの所謂イカサマを用いない限り、理論上では完全な運である。
流れや勢いなど、その場限りの要素で多少の良し悪しがあったとしても、基本的には対局者全員が対等なはずなのである。
15:名無しNIPPER[saga]
2015/08/02(日) 03:50:00.78 ID:V8gzDOoiO
衣(できれば咲から取りたかったが。…ここで咲にツモ巡を回せば、同じ轍を踏むだけ。その先に待つのは敗衄の辛酸だ)
強者の布く圧政。抜け出すことの叶わない一方的なルール。それは『支配』と呼ばれるもの。
16:名無しNIPPER[saga]
2015/08/02(日) 03:51:04.06 ID:V8gzDOoiO
衣の親でなくば支配が及ばないわけではない。実際、男性たちの手はやはり渋かった。
咲「カン」
17:名無しNIPPER[saga]
2015/08/02(日) 03:51:50.92 ID:V8gzDOoiO
咲「ダブルリーチ」
18:名無しNIPPER[saga]
2015/08/02(日) 03:52:30.96 ID:V8gzDOoiO
投じられる千点棒。卓上に落とされる、最初の捨て牌。
しばたたかれる三対の眼。
19:名無しNIPPER[saga]
2015/08/02(日) 03:53:30.86 ID:V8gzDOoiO
咲「ありがとうございました。…天江さん、私の勝ちだね。場代、よろしく」
微笑む咲の真正面で、ゆっくりと、涙を湛える衣。ガン泣き一歩手前といった様子だ。
20:名無しNIPPER[saga]
2015/08/02(日) 03:54:32.42 ID:V8gzDOoiO
衣はひとり、卓に取り残され、半眼で辺りを見渡していた。
視界の隅で付き人の執事が如才なく会計を済ませていた。そこから横に滑っていくと、ひとりの女性が茫然と立ち尽くしている。
先程まで咲と衣が対局していた卓に視線を釘づけにされている。
21:名無しNIPPER[saga]
2015/08/02(日) 03:56:27.20 ID:V8gzDOoiO
健夜は、身勝手な残影を目の前の少女に投影していた。
手折る。千切る。打ち砕く。踏み躙る。
圧倒的で、他を寄せ付けない、ゆえに退廃的で孤独な麻雀。
それは、まるで鏡写しに見る自分のようだった。
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