6: ◆m03zzdT6fs[sage saga]
2016/04/10(日) 21:09:31.79 ID:qn31rgISo
□ ―― □ ―― □
……寒さで、目が覚めた。はあ、と吐いた呼気が酷く白い。ただ、おかげで寝覚めは悪くない。いや、一般的に言えば悪いのかもしれないけれども、眠気はすでに吹き飛んでしまっている。僕にとっては、それは寝覚めがいい事に他ならない。
横になったまま、ふと触った腕は、まるで氷のように冷たくて。布団に潜り込んでいたはずの足や体も、冷え冷えとしている。そもそも、部屋の中の温度自体が異様だった。外気温と大して変わらないのではないだろうか。
7: ◆m03zzdT6fs[sage saga]
2016/04/10(日) 21:10:10.81 ID:qn31rgISo
(九時、か。三時間ほど、どうするかな)
今、請け負っている『仕事』はほかになかった。ひとえに『仕事』といっても、いろいろとある。フリーライターの真似事、システムエンジニアの真似事、Webデザイナーの真似事。どれもこれも、僕の『趣味』が転じたものだ。
だから稼ぎは良くないし、仕事もあまり来ない。事務所を構えているわけでもなければどこかに雇われていたこともない。中卒の僕を正社員で雇ってくれるトコなんてそうそうないから。せいぜいが下請け派遣かアルバイトだ。
8:名無しNIPPER[sage]
2016/04/10(日) 21:10:16.96 ID:cmOSJY0DO
スレタイ見てもすぐには信じられなかったわ。
再開ありがとうございます!
9: ◆m03zzdT6fs[sage saga]
2016/04/10(日) 21:10:37.55 ID:qn31rgISo
それに……僕には本があった。流石に、こっちは仕事には出来なかったけれども。それでも中卒の僕には心強い知識の源泉。僕の心の支えとも言っていい。お蔭で、中卒の分際で知識はある……と思う。
その上、何度か見てくれについて言及されたこともあるが、どうやら僕は”知的”に見えるらしい。学歴からすればお笑い種なお話だ。もし本当にそう見えるなら、本とくたびれた眼鏡のおかげだろう。
その本も、手持ちのものではもう読めるものがほとんどなくなってしまっている。ふと後ろを振り返ってみれば、うずたかく積み上げられた本の山。
10: ◆m03zzdT6fs[sage saga]
2016/04/10(日) 21:11:05.01 ID:qn31rgISo
『久しぶりに読んでみるかな……。うん、そうしよう』
思い立てば、それをちゃぶ台の上へと置いた。ちょうど、三部作の一作目、その一巻だったから、というのもある。これが別の巻だったら、別の本を選んでいたかもしれない。
やがて、かれこれ五年ほど酷使している、型落ちもいいところのノートパソコンを開いて、起動ボタンを押した。四色窓のアイコンが表示され、かりかり、とハードディスクが回転する音が聞こえる。
11: ◆m03zzdT6fs[sage saga]
2016/04/10(日) 21:11:32.51 ID:qn31rgISo
(まるで、命を燃料にして動くロボットみたいだ)
そんな風に苦笑を一つ零してコーヒーを飲み干せば、ちゃぶ台の前へと戻って。手短に着替えを済ませた。時間的には明らかに早いが、本を読みながら少し散歩をしようと思っていた。
この時間なら人通りは少ないし、歩き読みができるだろう。褒められた行為ではないが、体を動かしながら本を読めるのだし、ましてや誰かに迷惑がかかるわけでもない。
12: ◆m03zzdT6fs[sage saga]
2016/04/10(日) 21:11:59.36 ID:qn31rgISo
拾ってみれば、何のことはない。ただの紙片だ。そういえば、何度も読んだ作品ではあったが、上京してから読んだ覚えは無かった。中古屋で買ったはいいものの、後に回したのだろう。
だからきっと、この紙片は、前の持ち主が挟んでいた栞。ふ、と少し鼻で笑えば、くしゃりと紙片を丸めて、ゴミ箱へと投げる。それは、こつんとフチに当たったが、中に入ることはなくて。部屋の隅にころりと転がった。
『あー、惜しい。はずれか。まあ帰ってからでいいね』
13: ◆m03zzdT6fs[sage saga]
2016/04/10(日) 21:12:25.56 ID:qn31rgISo
□ ―― □ ―― □
指がかじかんでいた。それでも、読書の手は止まらない。ちょうどいい場面だったからだ。主人公を追いかける追手がとうとう旅の仲間を捕捉し、小高い丘の上の遺跡で対峙する。
14: ◆m03zzdT6fs[sage saga]
2016/04/10(日) 21:12:58.59 ID:qn31rgISo
『ん……?』
それだけの価値はきっと、あったのかもしれない。もちろん、なかったのかもしれないし、価値で測るようなものでもなかったのだろうけれど。そこに居たのは、一つの人影。
いや、人影なのだろうか。酷く角ばっていて、到底人には見えない。とうとうここまで視力が落ちたか、なんて思って眼鏡をはずし、息を吐きかけてから安物の不織布で拭う。
15: ◆m03zzdT6fs[sage saga]
2016/04/10(日) 21:13:26.30 ID:qn31rgISo
「……あっ」
短い声。それはまさしく、『あっという間』の出来事だった。声が聞こえて、それで目線を落としかけた顔が、自分ではない何かの手によって捻じ曲げられるが如く、そちらへと向く。
すべてがゆっくりと見えた。分厚い本が七、八冊はあるだろう、積み上げられた本の一番上から、丁寧に一冊ずつ。綺麗な放物線を描いて宙へと舞う本。表紙に挟まれた白いページがパラパラとめくれて、地面へと落ちていく。
16: ◆m03zzdT6fs[sage saga]
2016/04/10(日) 21:14:01.30 ID:qn31rgISo
「……す、みません」
その女性――とても清楚で、大人しい、ともすれば内向的すぎるのでは、という印象を抱かせる彼女は、今にも消え入りそうな声でそう言った。……おそらくそういったはずだ、僕の聞き違いでなければ。
あまり自信が持てないのは、それほど小さな声だったからで。僕も今は本を拾うのに気を割いていたせいもあって確信を持てず、返答に窮した結果。
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