過去ログ - 【ひなビタ♪】霜月凛「やまびこ」
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1: ◆khUorI/jDo[saga]
2016/09/28(水) 18:32:30.64 ID:tZz1LPe6o
・他所に投下したものをSS調に整えています
・地の文メインです
・さきりん
―――――
窓から射し込む光に目を細める。ふと顔を上げれば、店の外は橙色に染まっていた。
たった今読み終えた文庫本のどのページに栞を挟めばいいか迷って、私は自分が疲れていることに気が付いた。
きまりの悪さを繕うように手に取ったコーヒーカップの底では小さな雫が茶渋の上を滑っている。
少し名残惜しいけれど、私がここにいる理由はもう無いようだった。
「おかわりはいかがですか、りんちゃん」
椅子から腰を浮かせようとして、聞き慣れた声に引き止められた。
コーヒーサーバーを持って微笑むメイド姿の少女はこの純喫茶の看板娘で、名前を春日咲子という。
もう一度窓の外を見やる。文字通りの『斜陽の街』であるこの景色を眺めながら二杯目の珈琲を嗜むのは魅力的な提案だった。
「そうね……お願いするわ、喫茶店」
喫茶店、と呼ばれた彼女は名前の通りの咲くような笑顔で、はいっ、と応えて、サーバーを持ったまま早足で私の席までやってくる。
恭しい所作でカップに注がれる黒い液体は香りと湯気をふわりと立てて、コポコポと響く水音が場を支配する。
客足の無い店内には他に目立った音は無く、また私達の間にも会話はほとんど無かった。
けれど、この雑音と言葉の無い時間は私にとって好ましいものだった。そしておそらく、彼女にとっても。
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2:名無しNIPPER[sage]
2016/09/28(水) 18:35:03.16 ID:tZz1LPe6o
珈琲を注ぎ終えた彼女が姿勢を正して私を見つめる。その顔には誇らしさと不安とが同居していて、私には何かを待っているように見えた。
「ありがとう、頂くわ」
目を合わせてそう伝えると、彼女はご褒美を貰ったかのように嬉しそうに笑って「ごゆっくり」と返し、カウンターに戻っていく。
3:名無しNIPPER[sage]
2016/09/28(水) 18:40:01.32 ID:wGtJ/AirO
ひなビタ♪SSいいぞ
4: ◆khUorI/jDo[saga]
2016/09/28(水) 18:40:07.41 ID:tZz1LPe6o
「りんちゃん、いいですか?」
呼ばれて視線を戻すと、喫茶店が向かいの席を指して立っていた。
頷いて座るように促すと、先程までの恭しい動作というよりは子どものような溌剌さでぽんと椅子に腰を下ろした。
5: ◆khUorI/jDo[saga]
2016/09/28(水) 18:45:04.23 ID:tZz1LPe6o
「心配というなら私は貴方のほうが心配ね……最近随分と練習量を増やしているでしょう。
お店の手伝いもあるのだし、時間よりも効率を重視したほうがいいわ」
「あ……夜遅くにごめんなさい。うるさかったですか?」
6: ◆khUorI/jDo[saga]
2016/09/28(水) 18:50:03.54 ID:tZz1LPe6o
期待や憧れという感情は、往々にしてそれを抱く人間にとって遠いものに対して生まれる。
手を伸ばしても届かない、一朝一夕では手に入らない……だから人は自分にない素質や能力に期待し、そこに辿り着きたいと焦がれるのだ。
喫茶店にとっての"イブちゃん"――洋服屋の娘がまさにそうなのだろう。
喫茶店が幼少の頃、今よりもずっと複雑な境遇に置かれていた彼女に光明を与えたのが洋服屋だった。
7: ◆khUorI/jDo[saga]
2016/09/28(水) 18:55:14.86 ID:tZz1LPe6o
喫茶店にとって洋服屋とはそういう存在なのだろう。手の届かない憧れ。目指すべき目標。
同じ場所に立って同じものを見ている今でもそれは変わらない。
私にも似たような経験がある。物理的な距離が近かろうが変わらないのだ。
事実、私は未だ実感が伴わないまま自分の居場所を定めて、空虚なやまびこに怯えている……。
8: ◆khUorI/jDo[saga]
2016/09/28(水) 19:00:13.20 ID:tZz1LPe6o
今や遠くの空に僅かにその色を滲ませるだけになった夕焼けが妙に恋しい。気付けば、街灯がチカチカとオレンジの光を放っている。
……そういえば、喫茶店が書いた歌詞にそんな一節があった。彼女が見たオレンジの街灯りとはこんな光景だったのだろうか。
オレンジ色とは、彼女にとって何を指すのだろう。オレンジ、橙、灯り、光明……。
もしかすると、私も喫茶店も洋服屋も、全く同じものに魅せられて、必死に追い縋ろうとしているのかもしれない。
9: ◆khUorI/jDo[saga]
2016/09/28(水) 19:05:06.45 ID:tZz1LPe6o
「あの……りん、ちゃん?」
瞬間、私は立ち上がって彼女の手を握っていた。自分の行動に驚く前に彼女の手の冷たさと震えにぎょっとした。
内心でもう一度問う。彼女と私は、同じだろうか。彼女を動かしているのは憧れだけだろうか?
大切な友人と同じ場所に居たいという当然の欲求のみが、彼女に無茶をさせているのだろうか?
10: ◆khUorI/jDo[saga]
2016/09/28(水) 19:10:06.95 ID:tZz1LPe6o
思いつく限りの言葉を叩きつけて、息を全て吐き出して……直後に硬直した。
自分の言葉の意味を、理解したくない。
「――りんちゃん」
11: ◆khUorI/jDo[saga]
2016/09/28(水) 19:15:06.94 ID:tZz1LPe6o
本日四杯目の珈琲を入れる喫茶店の後ろ姿を眺めながら、私はどうにもいたたまれない気持ちで居住まいを正して待っていた。
喫茶店は私の言葉をどう捉えたのだろう。あの『嬉しい』という返事は、喫茶店の本心から出た言葉なのだろうか。
彼女の懊悩をやり過ごすための中身のないやりとりを、私は空虚なやまびこと例えた。
今日の私の言葉には中身があっただろうか。喫茶店が返したやまびこを、果たして私はちゃんと受け取れただろうか。
12: ◆khUorI/jDo[sage]
2016/09/28(水) 19:15:37.20 ID:tZz1LPe6o
おしまいです。ありがとうございました。
シャノワールで珈琲が飲みたいめう
13:名無しNIPPER[sage]
2016/09/28(水) 20:08:48.56 ID:v94iZZqOo
おつつめう
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