55:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY[saga]
2012/02/08(水) 16:52:27.70 ID:A45p+aH70
爪は暫くの間浮屋が出て行った方向を見ていたが、やがて胸ポケットから彼のカードを取り出し、忌々しそうに手の上で弄んだ。
すぐにでも叩き割りたい衝動に駆られたが、あの老人を師が尊重していることを思い起こし、止めておく。
――何というか、愛寡は優しすぎる。
56:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY[saga]
2012/02/08(水) 16:53:07.48 ID:A45p+aH70
その誰もが、魔法使い。
手に小さな経典を持ち、教会長の話に聞き入っている。
眼下の愛寡が、気づかれないようにかすかに欠伸をしたのを見て、爪はクスリと笑った。
――あの人は……。
57:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY[saga]
2012/02/08(水) 16:53:42.06 ID:A45p+aH70
――だからこそ。
だからこそ、壊されたくない。
片方の手の平を何度か握って、そして開く。
58:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY[saga]
2012/02/08(水) 16:54:12.89 ID:A45p+aH70
ただチラッと見られただけで。
あの人の欠伸をする可愛らしい仕草を見れただけで。こんなにも邪気が消えていくような気がする。胸が高鳴る。幸せになる。
大きく深呼吸をして、そして息を止める。
そうだ……落ち着け。
59:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY[saga]
2012/02/08(水) 16:55:11.54 ID:A45p+aH70
その途端だった。
首筋の黒い球に、突然ビリリと電撃のようなショックが走った。思わず首に手をやり、歯を噛み締める。
(何だ……?)
60:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY[saga]
2012/02/08(水) 16:55:53.66 ID:A45p+aH70
(何だ……? 何が……)
思わず立ち上がって、礼拝堂の中に目を走らせる。黒い核の痛みは、遂に肉を千切りとる程の激痛に変化し、膝をつく。
血の流れは、頚動脈が傷ついたのではないかと思われるほど激しくなっていた。止まらない。抑えても駄目だ。
61:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY[saga]
2012/02/08(水) 16:56:24.49 ID:A45p+aH70
シャンデリアが形成する『影』……。
それは、数百の電球により、幾重にも分かれて床や壁に投影されていた。
毎日、そうだった。
それくらい言葉が不十分な自分でも分かる。
しかし……その影が今日はやけに濃いのだ。礼拝席の下の方……つまり人間達の足元に、幾重にも分かれず、墨のように真っ黒なそれが広がっている。
62:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY[saga]
2012/02/08(水) 16:57:04.20 ID:A45p+aH70
こっちに来る。
慌ててステージの方を見ると、何故かそこだけはその真っ黒い影は到達していなかった。
何だ、これ……。
近づいてくる。
カーペットの、影なんて出来ないはずの場所に生き物のように広がっていく。さながら本当に墨汁を投げ落としたように。
63:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY[saga]
2012/02/08(水) 16:57:37.28 ID:A45p+aH70
飛びのいて待機室の隅に移動し、爪は首筋の痛みに顔をしかめながら右手を、入り口から入ってきた黒い影に伸ばした。
首筋の黒い球が強く、濡れた光を発し始め。
「何ダ貴様。ナゼソンナに殺気ヲダシテル」
64:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY[saga]
2012/02/08(水) 16:58:23.61 ID:A45p+aH70
次の瞬間、鋸が鉄を引っかくような金属音が響き、壁についている掌の回りの空気が蜃気楼のように揺れ。
間髪をいれずに、人型に壁が抉れた。
身長は二メートル前後だろうか。
背後の影が、ポケットに手を突っ込んだような形に壁ごと後方に吹き飛ばされる。厚さ二十センチはある壁を、表面も……鉄骨に至る内部までもを紙にパンチで穴を開けるように後方に、爪の掌底は抉り吹き飛ばした。
まるで漫画のような、綺麗な人型に壁に穴が開いていた。
65:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY[saga]
2012/02/08(水) 16:59:01.68 ID:A45p+aH70
爪は首筋の黒い核を押さえ、自分が壁に開けた穴から、ためらいもなく空中に身を躍らせた。そしてなにもない虚空を足で蹴り宙を舞う。数秒後、実に驚異的な距離を弾丸のように舞い、正体不明の侵入者が突き刺さったビルのその土煙を上げている崩れた壁に難なく着地する。
オフィスビル。何かの事務所のようだ。慌てふためき出口に殺到する人間達を一瞥もせず、爪は白煙の中でベロリ、と上唇を伸ばした舌で舐めた。
何人か、崩れた瓦礫の下敷きになって呻いている。
手を刺し伸ばすことも、それどころか場所を変えようともせずに。
爪はまだもくもくと煙を上げている、眼前の部屋の壁……合成強化コンクリートの穴に向けて左手の人差し指を伸ばした。そして激鉄を起こすように、親指を上に向かってクイッと上げる。
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