1:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
2013/12/19(木) 00:21:30.57 ID:9mtCTMIX0
氷菓SS
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2013/12/19(木) 00:22:49.79 ID:9mtCTMIXo
久しぶりに目覚めがよかった。眠りが深かったんだろう。
すっかり寒い季節になってしまったので、布団からでるのは億劫だった。時計の針は十一時を示していた。もうじき昼にもなる。ずっとこうしてはいられない。のっそりと立ち上がり、部屋のカーテンを開けて空を見上げた。どうやら今日は曇り空のようだ。どんよりとした灰色の雲が空一面に敷き詰められている。晴れていたら散歩にでも出かけようと思ったが、この空を見るとどうにも気が進まない。今日はせっかくの休日だ。家でゆっくりとしていよう。
とりあえず目覚めの一杯にコーヒーでも飲もうと湯を沸かした。ポットを眺めていると、ふと先ほど見た雲の様子が頭に浮かんだ。その雲の色は、高校生だった頃の出来事を思い出させた。
「灰色か……」
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2013/12/19(木) 00:24:28.30 ID:9mtCTMIXo
灰色。
あの時、その言葉を口にしたのは里志からだったか、俺からだったか。細かいことまでは覚えていないが、そんな話をした。一年の時に「あいつ」の家で、古典部に起きた過去の事件を推察することを目的とした検討会に向かっている最中だったと思う。思い返せば、神山高校に入学してからというものの、何かと「灰色」の言葉が頭に浮かんでいた。今となっては懐かしい思い出の一つだ。俺たちの書いた文集「氷菓」もいずれ古典になっていくんだろう。
思い出にふけっていると、ポットが沸騰を告げるランプを点滅させていた。安物のインスタントコーヒー入れたカップに湯を注ぎ、まだ完全に稼働しきれていない頭のままぼんやりとそれを眺めた。まだ熱いのですぐには飲めない。
今日は休日だ。なにも慌てることもない。
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2013/12/19(木) 00:25:17.54 ID:9mtCTMIXo
ピンポーン。
「ん?」
インターホンが鳴った。誰だ。今日は約束なんてなかったはずだ。「あいつ」も今日はゆっくり羽を伸ばすと言っていた。となると誰だろうか。心当たりがない。新聞の勧誘か? ひとまず冷えた床を裸足でぺたぺたと歩いて玄関に向かった。
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2013/12/19(木) 00:25:47.56 ID:9mtCTMIXo
「急にどうしたんだ」
「いやあ、ちょっとね」
はぐらかされた。どうやら外で話すようなことではないらしい。ちょうど湯も沸いた所なので、茶の一杯でも出してやろう。部屋着のままなので俺まで寒くなってきてしまった。冬の刺すように鋭い寒さが身に沁みる。
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2013/12/19(木) 00:26:20.74 ID:9mtCTMIXo
「質素な部屋だね」
返事を求めているようには見えなかったので返事はしなかった。
俺の部屋にあるのは必要最低限の物だけだ。ゲームや凝った家具などは置いていない。姉貴が送ってくるどこの国の物なのかも定かでない奇妙な土産物はあるが、それでも世間から見れば退屈な部屋には違いない。ましてや、里志ならなおのことだ。
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2013/12/19(木) 00:27:17.88 ID:9mtCTMIXo
「で、今日は何の用なんだ」
「…………」
いつの間にか里志の顔から笑みが消えていた。口元も笑っていない。里志なりに高校の時よりはシリアスな雰囲気を出すようになったもんだ。しかし、急に俺の家に押しかけておいて黙り込まれても困る。さっきから時計の針の音が気になる。
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2013/12/19(木) 00:28:34.52 ID:9mtCTMIXo
「そんな話もしたね。それがどうかしたの?」
「いや、ちょっと思い出してな」
「そっか」
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2013/12/19(木) 00:31:05.22 ID:9mtCTMIXo
高校の時の俺なら、すぐさま里志の言葉を否定していただろう。しかし、今は否定しない。それは俺自身も多少なりともそう思っているからだろう。
俺が黙っていると、里志はやれやれとばかりに肩を竦めてみせた。
「間違いなく薔薇色だね。いやあ、まさかホータローが千反田さんと付き合い始めるだなんて。今でもにわかに信じがたいよ」
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2013/12/19(木) 00:31:59.93 ID:9mtCTMIXo
「変わったよ、ホータローは。千反田さんのおかげさ」
うっ、と短い声が漏れた。その声が聞こえたのか、里志はしてやったりの笑顔を浮かべた。
「そりゃ、『あいつ』と一緒にいればだな……」
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2013/12/19(木) 00:33:02.18 ID:9mtCTMIXo
「僕は摩耶花のことを名前で呼んでいるのにさ」
「俺とお前はタイプが違うだろ」
「まあ、そうだね」
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2013/12/19(木) 00:34:33.55 ID:9mtCTMIXo
「結局、ホータローが“無色”になることはなかったけどね」
高校の頃を振り返ると、確かに灰色ではあったが“無色”ではなかったと思う。完全に灰色でもなかった。今思えば、いろいろな出来事があった。そして、そのそばにはいつも「あいつ」がいる。
今は口に出さないが、俺が“無色”にならなかったのはやはり「あいつ」の存在が大きかったんだろうな。俺は短く笑った。里志も声を出して笑った。
そうして、笑いが収まってから里志を見つめた。俺の視線に気づいた里志も顔を上げた。
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2013/12/19(木) 00:37:09.36 ID:9mtCTMIXo
「『あいつ』から聞いたぞ。伊原が苦労しているようだと。お前は仕事を転々として何をしてるんだ」
里志は顔を俯けて黙り込んだ。俺は何となく腕を組んだ。
こんな里志を見ていると、あのバレンタインデーの時のことを思い出す。あれは苦い思い出なのであまり思い出したくない出来事だ。
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2013/12/19(木) 00:38:58.61 ID:9mtCTMIXo
「僕は摩耶花と付き合い始めてから、『こだわり』についてもう一度考え直したんだ。中学の頃は『こだわる』ことに執着した。高校に入学から摩耶花と付き合うまでの間は『こだわらない』ことにこだわった。
そして、摩耶花と付き合ってからは、その中間点を見つけたかったんだ。だってそれまで両極端だったからさ。
だけどね。これはホータローにも言われたことだけど、僕はその手のことは不器用なんだ。なかなかバランス調整がうまくいかない。高校を卒業して、大学に入ってからもずっとそうだった。胸を張って言うことじゃないけど、今もそうだ。
大学を卒業してからも、自分でも妙な『こだわり』を抱くせいで、仕事を転々としているんだ。きつい仕事から目を逸らして、やりがいや楽しさを求めてしまうんだ。困ったことだよ、本当に無職ってやつはさ。履歴書はもう書きたくない。
それに白状すると、実は今日ここに来たのは生活が苦しいからお金を借りに来ることが目的だったんだ。我ながら情けない話だよ。一緒に住んでくれてる摩耶花にも申し訳が立たない」
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2013/12/19(木) 00:39:39.33 ID:9mtCTMIXo
「なあ、里志。とりあえず働くことが大切だと思うんだ。そりゃあ、楽しくてやりがいのある仕事が望ましいってのは誰もが思うことだ。けど、そんな仕事はほとんどない。今はこんなご時世だしなおさらのことだ。俺の今の仕事だってそうだ。めんどうなことや苦しい場面もある。
けど、それを続けて行く中で、そういった自分にとって良いこともあるはずなんだ。だからもう少しがんばってくれよ、里志。自分自身のためにも、伊原のためにも」
心の中で、「お前のことを心配している俺と『あいつ』のためにも」と付け加える。
里志はゆっくりと顔を上げた。その口元には笑みが戻っていた。少し苦笑いのようだが、とにかく笑っている。
16:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]
2013/12/19(木) 00:41:47.24 ID:9mtCTMIXo
ため息をつくと全身の力が抜けた。いつの間にか、結構な力が入っていたらしい。これもあのバレンタインデーの時のことを思い出したからなのだろうか。
あの時、俺は怒っていた。そして、今の俺は里志の身を案じていた。
いろいろあってもやはり里志は中学からの旧友だ。俺も思うところがあったのかもしれない。
安心してコーヒーで一息をついた。すると、里志がテーブル越しに身を乗り出してきた。ぎょっとして、思わず体を反らした。
完全に立ち直ったのか、里志の目は今や輝きを取り戻している。そして詰め寄らんばかりにじりじりと迫ってくる。
17:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
2013/12/19(木) 08:57:11.37 ID:5DuamalIO
乙
時間がゆったりしていいな
18:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]
2013/12/19(木) 15:41:25.62 ID:+zbUuE1tP
乙
無色と無職かけたかっただけやろ!
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