1:ラブライブ!板から転載[sage]
2015/12/11(金) 01:57:59.22 ID:wxXgwuIMo
頭がいいということと勉強ができるということはイコールでなく、そういった意味で私は頭が悪いのだろう。
でなければ後先考えずに家を飛び出したりなんかしないはずだ。気が長いほうではないことは自覚していたが、まさかここまでとは。
「はぁ……。これからどうしましょ」
ため息をこぼしながら、夜の道を歩く。古ぼけた街灯に照らされて、僅かばかりの後悔に頭を悩ませる。
手元にあるのは財布とケータイ。財布は十分な金額が入っているとはいいがたく、ケータイの充電も切れかけている。もう少ししたら電源が落ちてしまうだろう。
その前に誰かに連絡を取るべき、なのだろう。このままでは野宿することになってしまう。
問題は誰に連絡するか、ということだが。
「……穂乃果か、希かしら」
電話帳に並んだ名前を見て、そう判断する。この二人を選んだ理由は簡単で、現在一人暮らしをしているから。
希はもちろんのこと、穂乃果も高校卒業を機に一人暮らしを始めた。当人曰く始めさせられた、ということらしいが。
他の人のところでは、流石に迷惑が過ぎる。事情を説明すれば、親に連絡がいくことだって考えられる。それだけは避けたかった。
それで、どっちに連絡するかだが。
まぁ両方にすればいい。断られることはない(と思いたい)が、客人等を招いているかもしれない。
というわけでまず穂乃果に電話をかける。コールは三回。ケータイのスピーカーから溌剌とした声が聞こえてくる。
『もしもし、真姫ちゃん?』
「あー、もしもし。急に悪いわね」
『別にいいけど……。どうかしたの?』
「えっと……、その、ちょっとあなたの家に泊めてくれない?」
『……へ?』
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2: ◆tXSQ21DKYs[sage]
2015/12/11(金) 01:59:05.39 ID:wxXgwuIMo
「遠慮せずにくつろいでね」
穂乃果は唐突に訪れた私に嫌な顔一つ見せずに招きいれてくれた。
六帖ほどの小さな部屋。意外と整理整頓されていた。あまりじろじろ見るのも悪いと思い、中央に置かれたミニテーブルの前に座る。穂乃果は、一人キッチンへと向かっていた。
3: ◆tXSQ21DKYs
2015/12/11(金) 01:59:48.97 ID:wxXgwuIMo
「はえー……。やっぱり真姫ちゃんは大人だねぇ」
「……そうかしら?」
大人が、突発的な衝動に駆られて家を飛び出したりするだろうか。
4: ◆tXSQ21DKYs
2015/12/11(金) 02:00:57.71 ID:wxXgwuIMo
軽やかな音と共に、深く沈んでいた意識が浮上する。まどろみのなかで優しく響く音色は、どこか懐かしさを感じさせる。
ゆっくりと目を開ける。ぼやけた視界を二度瞬きすることで修正する。薄暗い部屋。窓から差し込む光だけが、唯一の光源だった。
欠伸を漏らしながら上体を起こす。被っていた布団がずり落ち、ひんやりとした空気に一つ身震いを起こす。枕元の目覚まし時計は午前8時過ぎを指していた。
5: ◆tXSQ21DKYs
2015/12/11(金) 02:01:24.29 ID:wxXgwuIMo
きっかけはなんだったか。夏休みだといっても部活や生徒会の業務はあって、穂乃果は生徒会の方に追われていたはずだ。
生徒数が増えたことに関するあれこれ。新学期に向けての雑務は山ほどあったようで、生徒会だけでなく、教師達もばたばたしていたのを覚えている。
私はアイドル研究部の練習が終わったら、学校に残っていることが多かった。音楽室でピアノを弾いたり、図書室で課題をやったり。練習と勉強の比率が逆転しただけで、休み前と特に変わりない生活だった。
6: ◆tXSQ21DKYs
2015/12/11(金) 02:01:56.74 ID:wxXgwuIMo
「そうだねぇ。練習はずっとしてたよ」
もそり、とジャムとバターの乗ったトーストをかじる。口内にわずかなしょっぱさとイチゴの甘味が広がっていく。
やはり穂乃果は、独学で練習していたようだ。独学、といっても今の時代ある程度の情報は手に入る。変な癖もついていないようだったし、ちゃんとした練習を積んだのだろう。
7: ◆tXSQ21DKYs
2015/12/11(金) 02:02:22.47 ID:wxXgwuIMo
「それで、今日はどうするの?」
トーストを牛乳で流し込んだ穂乃果がいう。今日は日曜だったか。
取り立てて、何がしたいというわけでもない。突発的な家出で、何か考えがあるわけではなかった。
8: ◆tXSQ21DKYs
2015/12/11(金) 02:03:18.80 ID:wxXgwuIMo
μ's解散に対する後悔はない。だけど、どこかで続けていたらと考えてしまう。
もうスクールアイドルと名乗れない立場になってしまったからこそ、そう思ってしまうのか。
現状に不満はない。いや、あるにはあるが、嘆くほどではない。ただただ、不安なのだ。
9: ◆tXSQ21DKYs
2015/12/11(金) 02:03:55.90 ID:wxXgwuIMo
「やっぱり、真姫ちゃんのピアノはいいね。とっても素敵」
一曲弾き終えると、いつの間にか隣に座っていた穂乃果が拍手をしてくれる。
少し、複雑だ。穂乃果の賞賛を受けられるほどの演奏だっただろうか。
10: ◆tXSQ21DKYs
2015/12/11(金) 02:04:27.97 ID:wxXgwuIMo
穂乃果と連れ立って外を歩く。
今日一日だけ穂乃果の服を借りることにした。そもそも寝巻きで家を飛び出してきたからそうするしかなかった。
丈が少し短いが、まぁ許容範囲だろう。
11: ◆tXSQ21DKYs
2015/12/11(金) 02:05:11.67 ID:wxXgwuIMo
忘れていた。
目の前にできた人の列を見てため息をつく。
「あ、ありがとうございます! 一生大事にします!」
12: ◆tXSQ21DKYs
2015/12/11(金) 02:05:43.93 ID:wxXgwuIMo
「お疲れ様」
「ん、ありがと」
エスカレーター付近に設置されたベンチで休息を取る。穂乃果が自販機で買ってきてくれたジュースで喉を潤す。
13: ◆tXSQ21DKYs
2015/12/11(金) 02:06:20.07 ID:wxXgwuIMo
「穂乃果は、アイドル続けようとは思わなかったの?」
穂乃果がスクールアイドルを引退してから、ずっと気になっていたことを口にする。
穂乃果は自身の進路についてほとんど口にしなかった。いつも能天気に振舞って、だけど準備だけはしていて。
14: ◆tXSQ21DKYs
2015/12/11(金) 02:07:03.87 ID:wxXgwuIMo
「私、一人じゃなんにもできなかったからさ。だから海未ちゃんとかことりちゃんとかに頼ってばっかりで」
「それが普通じゃない? 一人でなんでもできる人なんていないわ」
「そうかもね。皆に頼って、皆の力を借りて。それで、なんていうか、自信がついたのかな」
15: ◆tXSQ21DKYs
2015/12/11(金) 02:07:33.46 ID:wxXgwuIMo
お昼ごはん。フードコートの一角でハンバーガーを齧る。エビカツの甘味とタルタルソースの酸味、キャベツのシャキシャキとした食感が口の中で混じりあう。
味はそこそこ。美味しいが、予想の範疇を超えない。チェーン店なんてそんなものかもしれないが。
ちらりと対面を見る。そこには当然同じようにハンバーガーを口にする穂乃果が居て、楽しそうにニコニコと笑みを浮かべている。
16: ◆tXSQ21DKYs
2015/12/11(金) 02:08:19.07 ID:wxXgwuIMo
目的を済ませ、ついでに夕飯の買い物をして穂乃果の家に戻る。
日はすでに傾き始めていて、その光を徐々に赤く染めつつある。生ぬるい風がひんやりとしたものに変わり部屋の中を通り抜けていく。
「そんなところで寝たら風邪引くよー?」
17: ◆tXSQ21DKYs
2015/12/11(金) 02:09:36.32 ID:wxXgwuIMo
私が穂乃果の家に寝泊りするようになって三日が経った。
特別、変わったことはない。朝起きて、バイトへ向かう穂乃果を見送って、何をするでもなく過ごす。
だらけた生活。家主たる穂乃果は家事を手伝えとも言わず、ただただ私は世話になっている。
18: ◆tXSQ21DKYs
2015/12/11(金) 02:10:07.31 ID:wxXgwuIMo
「久しぶりだな、真姫」
いきなりのラスボスである。こんなの聞いてない。
「……ええ、久しぶりね、パパ。元気だった?」
19: ◆tXSQ21DKYs
2015/12/11(金) 02:10:38.84 ID:wxXgwuIMo
「では、何が不満だったんだ? 家を飛び出すほどだ。何かあるんだろう」
「それは」
不満を持たれているのはわかっている。が、その不満が何から来ているものかわかっていない。
この人にとって、私が飛び出したのは癇癪以外のなにものでもないわけだ。いやそれはそれで正しいのだけれど。
思えば、私はこの人のことをよく知らない。小さい頃から家を空けていることが多かったから。同時に、この人も私のことをよく知らないのだろう。
20: ◆tXSQ21DKYs
2015/12/11(金) 02:11:04.33 ID:wxXgwuIMo
ああ、そうだ。私は結局、穂乃果に劣等感を抱いているのだ。
それは同時に憧れでもある。
穂乃果はいつも私よりも前にいて、一緒に行こうと手を差し伸べてくれる。
21: ◆tXSQ21DKYs
2015/12/11(金) 02:11:44.55 ID:wxXgwuIMo
考えるのを止めよう。
自分が何のために生きているのかを真剣に考察し始めて、いよいよ迷走している。
思考停止するわけでも放棄するわけでもないが、少し休むべきだ。
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