過去ログ - 提督「グラーフ・ツェッペリン、割り箸を割る」
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11:名無しNIPPER[saga]
2016/08/13(土) 01:44:47.88 ID:IPF1yQGEO
グラーフ・ツェッペリンがいまだ視野狭窄にもアドミラルへの感情に振り回されていた時、そこにはグラーフ・ツェッペリンという存在の意味は確かに充足されていた。

日常生活にアドミラルへの好意という軸があったからこそ、一つ一つの事象や好意に評価や意味を与えることが出来ていた。しかし、いまやそれは崩壊している。

端的に言えば、存在の意味を喪失していた。食事のない場所で引き裂かれようとした割り箸がその存在の意味を喪失するように、グラーフ・ツェッペリンも作為的運命への自覚に基づく自由によって己の存在の意味を見失ったのだ。
以下略



12:名無しNIPPER[saga]
2016/08/13(土) 01:45:28.60 ID:IPF1yQGEO
「艦娘が艦娘として最高のパフォーマンスを実現するために」という目的の下で艦娘を設計したはずの大本営が提督への好意を備え付けたのならば、答えは当然「そうであるべき」となる。

これにてグラーフ・ツェッペリンはこれまで通り恋する乙女であり続けるという決定を行うのだろうか。否。それはできない。

以前グラーフ・ツェッペリンがまだ素朴に「恋する乙女」だった頃、それは無目的な「恋する乙女」であり純粋目的であった。しかし、いまや「恋する乙女」は「艦娘としての兵器価値」という目的を達成するための手段に堕している。
以下略



13:名無しNIPPER[saga]
2016/08/13(土) 01:46:10.17 ID:IPF1yQGEO
いつの間にか草庵の庭で紅茶を飲んでいた金剛がグラーフ・ツェッペリンに笑って言った。「このラヴがたとい外部から植え付けられたものであったとしても、現に私は提督を愛しているネー。それだけで私には十分デース」。

グラーフ・ツェッペリンは割り箸を転がしながら答える。「艦娘として私達のほうはそれでよいかもしれない。しかし、アドミラルはどうだ。設計された好意に虚しさを覚えはしないだろうか」

「虚しさデース?」
以下略



14:名無しNIPPER[saga]
2016/08/13(土) 01:46:46.98 ID:IPF1yQGEO
「しかし、操作を受けているのは今ある現在だ。金剛のようにお気楽に問題を放棄できない」「私はお気楽デスカ?」「さあな」。金剛はカップを回し、グラーフ・ツェッペリンは割り箸の先を割らない程度に開いては離した。

「英国経験論では『今日まで太陽が東から昇ったという事実は明日も太陽が東から昇ることの根拠とはなりえない』と主張しマース」

「なんだ出し抜けに」
以下略



15:名無しNIPPER[saga]
2016/08/13(土) 01:47:17.33 ID:IPF1yQGEO
これが差異だった。数多の戦場を駆け巡り予期せぬ死により現実の海へと沈んだ者と雌伏の内に目的のため自ら死を選び理想の海に沈む者との差異。どちらが上か下かという価値の階梯とは無関係な差異。

金剛には愛の内で生ききる強い情熱があった。たとい己の感情に距離を置いたとしても再びその内へと戻っていける生命力があった。グラーフ・ツェッペリンはそこまで感情を前傾させることは自分にはできないと直感した。

金剛は紅茶の波頭が夕焼けを反射しているのに気付くと、「そろそろ提督の執務が終わる時間デース!」と立ち上がり夕日の向こうに走り去っていった。「嵐のようだな」。
以下略



16:名無しNIPPER[saga]
2016/08/13(土) 01:48:07.90 ID:IPF1yQGEO
「諦めか。確かに金剛のような押しの強い艦娘を前にすれば意志も挫けるか」「諦めですか?」「なんだ」「いえ、意外な言葉だったもので」「ということは、鳳翔は諦めていないと」。グラーフ・ツェッペリンの言葉に鳳翔は少し思案顔をした。

「いえ、そうですね。諦めるという言葉はなんらかの理想を断念することでしょう? 人が「諦める」という時、己が何らかの理想を持っていることを認めているわけです」。鳳翔は草庵に上がり込んだ。

「そうだな。そして今の場合理想とは「アドミラルと交際する」などとなるだろう」。
以下略



17:名無しNIPPER[saga]
2016/08/13(土) 01:48:41.26 ID:IPF1yQGEO
「金剛さんは現にある己全ての感情に従い、グラーフ・ツェッペリンさんは「本来的な感情」に従おうとする。グラーフ・ツェッペリンさんは金剛さんに共感しきれないようですが、二人とも感情を行為の主要因にしうるという点では一致しています」

「鳳翔は感情に従わないと言うのか。理性的だと自負しているということか」「理屈っぽいのはどうも苦手です。どちらかというとそれはあなたの領分なのではないでしょうか」。グラーフ・ツェッペリンは鳳翔に勧められたので割り箸を脇に置き茶を飲んだ。

「ええと、何と言えば。欲を持っていて、なおかつそれが実現できる環境であったとしても、その感情に従う必要もないと感じているようです。だから、そうですねグラーフ・ツェッペリンさん風に言えば「めた感情」? 「ぱとす」に対する「えーとす」? なんにせよ、より大きな感情に従っているようなものです」
以下略



18:名無しNIPPER[saga]
2016/08/13(土) 01:49:21.92 ID:IPF1yQGEO
「重要か」「ええ、重要です。例えば「人生は無価値だ」と言って自殺する人がいます。どうですか?」「どうですかとはどういう意図だ」「ふふ、すみません。でも、そう言って自殺する人は間違えています。本当に人生を無価値と思うのなら、自殺なんて選択はないはずです」

グラーフ・ツェッペリンが沈黙するので鳳翔は続けた。「そうではないですか? その人は自殺という積極的な行為で何かを実現しようとしたわけですから。その人が「無価値」という時、より大なる価値を実現するのにそれが邪魔になったということに過ぎません。
 それは「無価値」というより「反価値」と言うべきでしょう。執心の否定が執心であったように、価値の否定も価値になってしまっているのです」

以下略



19:名無しNIPPER[saga]
2016/08/13(土) 01:50:27.15 ID:IPF1yQGEO
グラーフ・ツェッペリンが日本に来てから、精神的苦悩をいわゆる「感情論」で片づける傾向が比較的強い風土に戸惑いを覚えていたのは事実であった。ほとんど紋切り型の感情論説を「この悩みにはこう」と展開する一対一対応の関数的お悩み相談。

しかも感情論は社会常識的にほとんどトートロジーとも言えるものばかり。トートロジーは常に正しきゆえに何も言っていないに等しい。天気予報が「明日は晴れるか晴れないかのいずれかです」と言うなら、それは何の役に立つというのか。

ここでは誰かに打ち明けられる悩みとは前もって己で答えを決めているものだけだなと漠然と思っていた。だから、鳳翔のその応答はグラーフ・ツェッペリンにとってひどく新鮮で喜ばしく思えた。
以下略



20:名無しNIPPER[saga]
2016/08/13(土) 01:51:11.30 ID:IPF1yQGEO
「別にとぼけるつもりはありませんよ」「どういうことだ」
「そうですね。心を牛に喩えて悟りに至る過程を描いた『十牛図』というものがありまして、それは牛を探すところから始まり手懐けたりするなど十枚の絵で構成されています。
 グラーフ・ツェッペリンさんが言う悟りとは八枚目の「人牛倶忘(にんぎゅうぐぼう)」になります」

「八枚目?」「そうです。まだ二枚残っています。そして残りの二枚は解脱から世界に戻る過程になっていて、最後の「入?垂手(にってんすいしゅ)」では普通の人の外見で描かれています」
以下略



21:名無しNIPPER[saga]
2016/08/13(土) 01:51:57.74 ID:IPF1yQGEO
鳳翔は去った。金剛と違い湯飲みはちゃんと片づけていった。しかし、謎を残していった。グラーフ・ツェッペリンはいまだ一本の割り箸を掌で転がす。

結局どうすれば。金剛も鳳翔も仮説「艦娘は提督への好意を機械運命論的に決定づけられている」という問題を回避する方法は教えてくれた。どちらも距離の取り方で感情の「本物/偽物」の境界を見えなくする手段であった。

金剛は感情に過剰に接近し、つまりその内で生きることによって感情の真偽区分をなくし、鳳翔は反対に感情から過剰に離遠し、つまりその外から眺めることによって真偽区分の意味をなくす。
以下略



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