水本ゆかり「人形の檻」【ゆかさえ】
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112: ◆wsnmryEd4g[saga]
2020/10/18(日) 13:22:02.33 ID:iX/HvtXE0
「うち、気にしてへんよ。せやからまた、紗枝って呼んで? ね?」
「…………」
113: ◆wsnmryEd4g[saga]
2020/10/18(日) 13:24:09.11 ID:iX/HvtXE0
帰りの新幹線、紗枝ちゃんはいつになく饒舌だった。
私もまた、気まずい空気を恐れる気持ちから、あるいは罪滅ぼしの気持ちから、彼女の気遣いに乗じて楽しげにはしゃいでみせた。
実際、そうして笑い合っているうちは、あのベランダでの険悪なやり取りなどまるでなかったかのようだった。
私たちは誕生日のこの日を嫌な気持ちで終わらせたくなかった。
114: ◆wsnmryEd4g[saga]
2020/10/18(日) 13:24:55.68 ID:iX/HvtXE0
十二
その日、私はフルートのレッスンでスタジオに入っていた。
115: ◆wsnmryEd4g[saga]
2020/10/18(日) 13:25:55.54 ID:iX/HvtXE0
そしてもうひとつ、私にとって大事だったのは、まさにフルートを吹いているこの時間だった。
実を言うと、ここ最近は特に自主練習のために一人でスタジオを予約することが多くなった。
会社のスタジオが予約で埋まっている時は、多少遠出をしてでも楽器店に行き、そこでスタジオを借りたりした。
116: ◆wsnmryEd4g[saga]
2020/10/18(日) 13:26:46.10 ID:iX/HvtXE0
「水本さん」
レッスンが終わり、ぼうっと考え事をしていると、いつものように先生にお声をかけられた。
考え事に耽っていた私は、つい反応が遅れてしまって、はい、と返事をした後、すみません、と謝った。
117: ◆wsnmryEd4g[saga]
2020/10/18(日) 13:27:27.55 ID:iX/HvtXE0
そんな調子だったので、先生が色々とお褒め下さっているにも関わらず、私の歯切れの悪さといったら、自分でも何をしゃべっているのか分からないくらい、支離滅裂な回答を繰り返していた。
しかしそんな私のまとまりのない思考も、先生が何気なくおっしゃった次の言葉に一瞬で釘付けになった。
118: ◆wsnmryEd4g[saga]
2020/10/18(日) 13:28:33.40 ID:iX/HvtXE0
私は重たい足をやっとのことで動かしながら駅までの道のりを歩いて行った。
耳の奥がざわざわと鳴っている。
途中、何度か眩暈を覚えて立ち止まり、それから自分のいる場所を確かめるように辺りを見回した。
119: ◆wsnmryEd4g[saga]
2020/10/18(日) 13:29:44.52 ID:iX/HvtXE0
十三
あまり馴染みのない駅の、小さな改札口の前に紗枝ちゃんが立っていた。
120: ◆wsnmryEd4g[saga]
2020/10/18(日) 13:30:17.08 ID:iX/HvtXE0
「んー? 買い物……」
「私も一緒に、いい?」
121: ◆wsnmryEd4g[saga]
2020/10/18(日) 13:31:37.51 ID:iX/HvtXE0
電車に乗っている間も私たちはほとんど抱き合うくらいぴったりくっついて立っていた。
空いている車両の隅の方で、今度は紗枝ちゃんが私を壁に閉じ込めるように身体を寄せていた。
私たちは何をしゃべるということもなく、お互いの髪や服を手持ち無沙汰に弄ったり、綺麗な肌や顔立ちをぼんやり眺めたりしていた。
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