151: ◆wsnmryEd4g[saga]
2020/10/18(日) 16:51:39.78 ID:iX/HvtXE0
この日は、とりあえず寮の私の部屋へ招いて、夕飯時まで二人でゆっくり過ごすつもりでいた。
お母さまは私の部屋に到着するとさすがにお疲れになったのか、荷物を置くと床にぺたりとお座りになって、小さな溜め息をつかれた。
が、すぐ気を取り直したように私の部屋を見渡して、本棚の本やCD、そしてそこいらに無造作に置かれた小物を興味深げに観察していらした。
152: ◆wsnmryEd4g[saga]
2020/10/18(日) 16:52:12.50 ID:iX/HvtXE0
私はよっぽどお母さまに相談しようか迷った。
私のかつての恋人について、二人の間に深い傷痕を残して別れてしまったこと、また私自身、彼女との関係をまだ引きずっていることを、洗いざらい告白したい衝動に駆られていた。
153: ◆wsnmryEd4g[saga]
2020/10/18(日) 16:53:00.24 ID:iX/HvtXE0
「……正直なことを言うと、最初は、反対したい気持ちもありました。高校生なんてまだ子供だし、ましてやゆかりみたいなぼんやりした子が東京で一人で暮らしていくなんて、もう心配で心配でとてもじゃないけれど賛成できない、最初はそう思っていましたよ。それに、アイドルにしたってお母さんには何がなにやらさっぱりな世界だし、そんな危険かも分からないようなところへゆかりを送り出すのは親としても非常識なんじゃないかしら、って……」
お母さまは昔を懐かしむようにおっしゃった。
154: ◆wsnmryEd4g[saga]
2020/10/18(日) 16:54:08.97 ID:iX/HvtXE0
演奏会当日、外は雲ひとつない青空だった。
そんな清々しい空模様とは裏腹に、大気は凍てつくように冷たい。
155: ◆wsnmryEd4g[saga]
2020/10/18(日) 16:54:44.83 ID:iX/HvtXE0
どちらにせよ、今は目の前の本番に集中しよう、そう思って、彼女のことは一旦頭の隅に追いやった。
しかし午後、受付が始まると、私はやはり気が気でなくなって、エントランス付近の物陰にこっそり隠れ、人の出入りを注意深く観察したりしていた。
156: ◆wsnmryEd4g[saga]
2020/10/18(日) 16:55:23.48 ID:iX/HvtXE0
私は諦めて控え室に戻った。
制服に着替え、すでに出演者のほとんどが待機しているバックステージへと向かう。
気負うような雰囲気ではないけれど、さすがに直前ともなると、小声でおしゃべりする団員の間にもそれなりの緊張感が漂っている。
157: ◆wsnmryEd4g[saga]
2020/10/18(日) 16:55:56.68 ID:iX/HvtXE0
そうして一度、始まってしまえば、あとはこのゆりかごのような慣性に身を委ねるだけだった。
呼吸するように、私は大きなうねりの中にいた。
もはやフルートだけでなく、音楽自体が私の一部なのだった。
158: ◆wsnmryEd4g[saga]
2020/10/18(日) 16:57:09.23 ID:iX/HvtXE0
特別、驚きはしなかった。
かと言って安堵したり、喜んだりすることもなかった。
159: ◆wsnmryEd4g[saga]
2020/10/18(日) 16:58:13.76 ID:iX/HvtXE0
やがて無心のうちに曲が終わった。
沸き起こる拍手の嵐が私を徐々に現実に引き戻した。
160: ◆wsnmryEd4g[saga]
2020/10/18(日) 17:02:46.07 ID:iX/HvtXE0
十六
春、大学生になった。
161: ◆wsnmryEd4g[saga]
2020/10/18(日) 17:03:27.69 ID:iX/HvtXE0
――その後、六月のデビューイベントを成功させた私たちは、勢いにのってトークイベント、握手会、フェスのゲスト参加等、精力的に活動を続けていった。
九月には二枚目のシングルも発売し、スケジュールにはライブの予定が次々に舞い込んできて、しかもそのうちのひとつはチケットが完売するという、昔の私なら考えられないような事態が起こり、そこで私はようやく、自分たちが注目されてきているということを実感した。
相変わらず学業と折り合いをつけるのは大変だったけれど、そうした苦労がきちんと結果に結びついていることが何より嬉しくて、少しくらいの忙しさは全然、気にならなかった。
192Res/249.13 KB
↑[8] 前[4] 次[6]
書[5]
板[3] 1-[1] l20