32: ◆CItYBDS.l2[saga]
2021/02/13(土) 09:54:15.68 ID:ewOe4rJE0
  
 厚く、鈍い声が広間に響くと同時に、闇の瘴気が我ら勇者一門にのしかかる。 
 俺は、その重さに思わず膝をついてしまう。俺だけではない、一門の皆が、大叔父上ですら立っているだけで精いっぱいといった面持ちだ。 
  
 玉座の間に入って以来、感じていた冷たいプレッシャーの比ではない。 
33: ◆CItYBDS.l2[saga]
2021/02/13(土) 09:54:42.72 ID:ewOe4rJE0
  
 指先一つ動かせない。 
 柄を握る気力すら湧かない。 
 ああ、我らはここに臆病者として果てるのだ。 
  
34: ◆CItYBDS.l2[saga]
2021/02/13(土) 09:55:09.24 ID:ewOe4rJE0
  
 「おお、ばば様が剣を抜かれた」「よもや」「なんという勇気」「なんという胆力」 
  
 俄かに、声が上がる。 
  
35: ◆CItYBDS.l2[saga]
2021/02/13(土) 09:55:36.78 ID:ewOe4rJE0
  
 「魔王の首は、俺がもらい受ける!」 
  
 大叔父上が、ひときわ大きな声をあげ一息に魔王へと切りかかった。 
 必殺の上段構え。一切の防御を捨てた、海すら割る渾身の一撃。 
36: ◆CItYBDS.l2[saga]
2021/02/13(土) 09:56:04.08 ID:ewOe4rJE0
  
 大叔父上は、倒れかかる供周りを手で押しのけ再びの大上段に構える。 
 あくまで一刀にかける、大叔父上のその頑なな姿に、魔王の口角が徐々に上がっていき、遂には歯を見せ声をあげて呵々大笑してみせた。 
  
 「よいぞ、人間」 
37:今日はここまでです ◆CItYBDS.l2[saga]
2021/02/13(土) 09:56:34.76 ID:ewOe4rJE0
  
 皆が、大叔父上の敗北に気を取られる中、間髪入れずに黒い影が魔王へと迫る。 
 影の正体は、我が父。父の必殺の刺突が、大叔父上の体の隙間より魔王の心臓へと放たれる。 
  
 大叔父上のその巨体の影に、魔王の死角へと巧みに隠れ完全なる不意打ちを狙ったのだ。魔王の目には、父が無から沸いて出たように見えたであろう。 
38:予定を変更しました ◆CItYBDS.l2[saga]
2021/02/13(土) 18:46:40.53 ID:ewOe4rJE0
 ◆ 
  
 子を三人産んでなお、その美しさが評判だった叔母上の腹から腸が漏れ出る。大叔父上の厳しい稽古から逃げ出した俺を、よく探しに来てくれていた兄の首が胴から離れた。片目を抜かれながらも、再び立ち上がった父は顔をつぶされてしまった。 
  
 共に育ち、共に飯を喰らい、共に生きてきた家族たちが魔王に蹂躙されていく。 
39: ◆CItYBDS.l2[saga]
2021/02/13(土) 18:47:08.15 ID:ewOe4rJE0
  
 あまりの歯痒さに、腸が煮えくり返りそうになる。だが、だからと言って祖母を投げ出すわけにもいかない。 
 俺は祖母の言葉に従い、じっと目を凝らす。 
  
 呼吸を整え、魔王の剣に穴が開くほどみつめる。 
40: ◆CItYBDS.l2[saga]
2021/02/13(土) 18:47:35.76 ID:ewOe4rJE0
  
 「不意打ちなら。いや、奴は死角からの親父の剣すら交わして見せた」 
  
 「奴の目は、異常なほど良い。魔王は常に、動きある者を視界におき、その挙動を把握できるように努めておる……」 
  
41: ◆CItYBDS.l2[saga]
2021/02/13(土) 18:48:03.41 ID:ewOe4rJE0
  
 「ばば様、何か知恵があるなら貸してくれ」 
  
 「奴は、自らを前に剣すら抜けぬ臆病者を敵としてみておらんのかもしれん。つまり、いまだ剣を抜いていないお前は魔王にとっていないも同じ。 
  
42: ◆CItYBDS.l2[saga]
2021/02/13(土) 18:48:31.08 ID:ewOe4rJE0
  
 魔王を狭間に、祖母と目が合った。これが、今生の別れとなるやもしれぬ。 
 減らず口の絶えない、気難しい年寄りであったが、いまとなっては何もかもが愛おしくてたまらない。 
  
 「ちぇえええいぃあああああああああああああ」 
43: ◆CItYBDS.l2[saga]
2021/02/13(土) 18:48:58.41 ID:ewOe4rJE0
  
 祖母がその小さき体で魔王の蹴りを受け、壁まで飛ばされる。 
 その衝撃に、肺腑の空気がすべて抜けたのであろう。祖母の叫声が止まり、ほんの一瞬だけ場が沈黙に包まれた。 
  
 ちりん。 
44: ◆CItYBDS.l2[saga]
2021/02/13(土) 18:49:26.84 ID:ewOe4rJE0
  
 「ここまでか」 
  
 利き腕を斬りおとされたというのに、魔王はその冷静さを微塵も失わず穏やな様子であった。 
  
45: ◆CItYBDS.l2[saga]
2021/02/13(土) 18:49:53.26 ID:ewOe4rJE0
  
 大叔父上だ。袈裟切りにされて、倒れたはずの大叔父上が息を吹き返し、魔王を逃すまいと覆いかぶさったのだ。 
 それと時を同じくして、人ならざる獣じみた叫喚が骸の中よりあがった。 
  
 「あ゛あああ゛あ゛あ゛ああ゛ああ」 
46: ◆CItYBDS.l2[saga]
2021/02/13(土) 18:50:21.30 ID:ewOe4rJE0
  
 「誰でもない、私が、私だけが真の勇者だ!」 
  
 伯母上の口上に連れられて、倒れたはずの一門の皆々が、続々と立ち上がる。 
  
47: ◆CItYBDS.l2[saga]
2021/02/13(土) 18:50:48.32 ID:ewOe4rJE0
  
 ◆ 
  
 「それで、何人生き残ったのだ」 
  
48: ◆CItYBDS.l2[saga]
2021/02/13(土) 18:51:15.25 ID:ewOe4rJE0
  
 「―――よかろう。いやしかし、伝説に倣えば魔王を前に、剣を抜いた者を勇者と呼ぶは当然のこと。勇者の称号だけでは、ちと寂しすぎる。 
  
 他に、望むことはないのか?」 
  
49: ◆CItYBDS.l2[saga]
2021/02/13(土) 18:51:48.05 ID:ewOe4rJE0
  
 ◆ 
  
 「参集!」 
  
50: ◆CItYBDS.l2[saga]
2021/02/13(土) 18:52:16.16 ID:ewOe4rJE0
  
 「……どういうつもりだ。いくら、礼より剣を貴ぶ一族と言えど我に剣を向けるなど無礼極まりないぞ」 
  
 「それが、我らに与えられた使命ゆえ」 
  
51: ◆CItYBDS.l2[saga]
2021/02/13(土) 18:52:43.47 ID:ewOe4rJE0
  
 「死ぬことになるぞ」 
  
 「覚悟の上」 
  
52: ◆CItYBDS.l2[saga]
2021/02/13(土) 18:53:10.18 ID:ewOe4rJE0
  
 ――――― 
   おわり 
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