1:名無しNIPPER[sage]
2016/10/19(水) 01:13:27.34 ID:QB1AagmFO
どこからか澄んだ響きが聞こえる。
歩を進めるにつれ、だんだん輪郭を帯びてきたその音はピアノの音だと海未は知る。
たどり着いたのは大きな洋風の家。
煉瓦造りの赤茶けた色の塀は自分の背丈よりも高く、見上げるとさらに背の高い植木がこちらを見下ろしていた。
自分の住む典型的な和風の家とは様相を全く異にしている。どうやら、ここが目的地らしい。
海未は門の前に立ってこの家の外観を眺めつつ、微かに流れるピアノの音に耳を澄ました。
このピアノは真姫が弾いているのだろうか。透き通った水を湛えた小川のせせらぎにも似た音が、耳に心地よく届く。
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2:名無しNIPPER[sage]
2016/10/19(水) 01:14:33.47 ID:QB1AagmFO
インターホンを押そうとすると、どこか懐かしい感じがした。
他の人の家に行くことはあまりないし、行くとしても幼馴染の家にほぼ限るので、初めて訪れる家のインターホンのボタンを押す時に感じるこの胸の高鳴りは子供の頃以来かもしれない。
ピンポーンと呼び鈴が鳴り、しばらくして真姫の母親だろう、上品で物腰の柔らかそうな人の声がスピーカーから聞こえてきた。
3:名無しNIPPER[sage]
2016/10/19(水) 01:16:05.71 ID:QB1AagmFO
「いらっしゃい」
海未も挨拶をして、家に入れてもらう。
玄関に入った瞬間、いわゆるその家独特のにおいがほのかに香った。淡く、甘い匂い。
4:名無しNIPPER[sage]
2016/10/19(水) 01:18:14.42 ID:QB1AagmFO
「ごめんなさいね。真姫、今ピアノ弾いてて」
差し出されたスリッパを履き、連れられて真姫がいるという部屋のドアの前に。
真姫は一度演奏を始めると、最後まで邪魔されず弾き終えないと気が済まない性格で、昔からそうなのだという。
真姫らしい、海未は思った。
5:名無しNIPPER[sage]
2016/10/19(水) 01:19:01.43 ID:QB1AagmFO
そして左手には、体をゆったりと揺らしながら、鍵盤の上で指を躍らせる真姫の後ろ姿。
ドアが開く音はしたはずだが、ピアノの音以外の音はまるで聞こえていないようだ。
当然こちらには気づいてない。
「紅茶持ってくるから、あそこのソファに座って待っててね」
6:名無しNIPPER[sage]
2016/10/19(水) 01:20:35.78 ID:QB1AagmFO
言われた通りソファに座って待っていればいいのだが、海未は真姫に目を引かれてドアの前で立ったまま動かない。
ただじっと、真姫の演奏を聴き、真姫の演奏する姿を見ていた。
指先が鍵盤に触れるたびに大きく口を開けたピアノから音が溢れ、部屋の隅から隅までを絶え間なく満たしていく。
7:名無しNIPPER[sage]
2016/10/19(水) 01:21:51.07 ID:QB1AagmFO
音が部屋の空気に吸い込まれるようにして消え入り、真姫は一息ついて手を休める。
そんな真姫の背中に、海未は拍手を送った。
真姫はびっくりして後ろを振り向いた。
「き、来てたの?」
8:名無しNIPPER[sage]
2016/10/19(水) 01:22:52.25 ID:QB1AagmFO
「それにしても、いい曲でした」
「でしょ。私も気に入ってるの」
「何という曲なんですか?」
「ショパンのエオリアンハープっていう曲よ。これでも練習曲なの」
9:名無しNIPPER[sage]
2016/10/19(水) 01:24:36.95 ID:QB1AagmFO
テーブルの上には真姫の母親が淹れてくれた紅茶が置かれている。
薄赤く透明な液体の表面から、湯気が細くゆっくり立ち上って消える。
内側に薄青く小さな花がいくつか描かれた白いカップに、縁に金の装飾のあるソーサー。
海未は若干おぼつかない手取りでカップを口元へ運び、一口含む。
ほのかな苦みと香りが口の中いっぱいに広がって、思わず息を呑んだ。
10:名無しNIPPER[sage]
2016/10/19(水) 01:26:25.96 ID:QB1AagmFO
真姫は五線譜ノートを手に取り、ぱらぱらめくる。
綺麗だが、使い込まれてるのが見て取れる。
今までもこのノートを使って曲を書いていたのだろう。
あるページでめくるのをやめて、
11:名無しNIPPER[sage]
2016/10/19(水) 01:28:11.00 ID:QB1AagmFO
聴き終えると、イヤホンをはずし、プレイヤーを真姫のもとへ返す。
「いいですね」
海未は率直な感想を述べた。
12:名無しNIPPER[sage]
2016/10/19(水) 01:29:04.37 ID:QB1AagmFO
真姫は海未に歌詞のあらゆる点についてイメージを尋ね、楽譜にメモしていく。
嬉しそうに、舞い上がる感じで、少しだけ憂いを、……など。まるで取材を受けているかのような感じ。
「……こんなものでしょうか」
「うん、ありがとう。参考になったわ」
13:名無しNIPPER[sage]
2016/10/19(水) 01:30:24.49 ID:QB1AagmFO
海未はこの静かな部屋に一人、ぽつんと残された。
聞こえるのは時計の秒針がカチカチと鳴る音だけ。
その音のする方を向くと、美しい装飾の施された時計が壁に掛けられてあった。
あまりに静かなので身じろぎ一つするのも躊躇われた。
14:名無しNIPPER[sage]
2016/10/19(水) 01:32:51.90 ID:QB1AagmFO
ピアノのそばまで来た。黒と白の鍵盤がずらりと並ぶ様は壮観。
光沢があって、つやつやしてるのが見ただけで分かる。
蓋の内側に目を移すと、金色に輝く様々な部品、無数の細い線があらわになっている。
一体どんな構造なのだろう。海未はまるで幼い子がはじめて見るものに興味を示すようにまじまじと見つめていた。
15:名無しNIPPER[sage]
2016/10/19(水) 01:33:46.21 ID:QB1AagmFO
そのとき、真姫がドアを開けて部屋に入ってきた。
「海未?」
「ごっ、ごめんなさい、勝手に触ってしまって」
16:名無しNIPPER[sage]
2016/10/19(水) 01:35:52.64 ID:QB1AagmFO
海未は少し気になっていたことを思い出した。
「さっきは、楽譜なしで弾いてたんですか?」
「さっき、って海未が来たとき?」
「はい」
17:名無しNIPPER[sage]
2016/10/19(水) 01:37:06.99 ID:QB1AagmFO
海未は突然のことに動揺を隠せなかった。
「私が、ですか?」
「そ。せっかくだし、何か1曲でも弾けるようになりたいと思わない?」
「とはいいましても・・・」
18:名無しNIPPER[sage]
2016/10/19(水) 01:38:33.56 ID:QB1AagmFO
「見本、みせてあげる」
そういうと、真姫は身を乗り出して、ゆっくり、とある曲のフレーズを弾いて見せた。
なじみのある曲の冒頭。これ、知ってるでしょ?と真姫は言う。
19:名無しNIPPER[sage]
2016/10/19(水) 01:39:52.30 ID:QB1AagmFO
「む、難しいですね……」
「海未、ちょっといい?」
そういって真姫は海未の右手をとる。海未は突然のことに一瞬びっくりした。
真姫は両手で海未の手をそっと丸める。
20:名無しNIPPER[sage]
2016/10/19(水) 01:41:25.35 ID:QB1AagmFO
「見てて」
そういって真姫は同じフレーズを弾いて見せる。
どうして一つのミスもなくこんなにきれいに弾けるのか、不思議でたまらなかった。
21:名無しNIPPER[sage]
2016/10/19(水) 01:42:24.11 ID:QB1AagmFO
タッタータタータータータタタター タッタータターター
タッタータタータータータタタター タタタタータタタタター
「……!」
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