1:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]
2014/05/17(土) 17:27:58.10 ID:Aa+x34VRo
この町では星の声が聞こえるのだという。
星が人に囁くのだと。
確かにここの星はごく近いところにある。
山間にあって標高が高く余計な明かりもない。
だから手の届きそうなところにその光が見えるのだ。
強弱大小さまざまなそれは薄く赤や黄などの色を帯びて瞬く。
川のようにも見える白い靄が天頂を流れ、時折その上を尾を引いた光が横切る。
全体が呼応し合ってまるでなにか音楽を奏でているかのようだ。
それはまた信号や合図のようでもある。
声と表現する者もいるだろう。
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2:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]
2014/05/17(土) 17:29:02.09 ID:Aa+x34VRo
それだけならば単なる比喩に過ぎないが、過去には声の導きを受けた者もいたらしい。
星の示しにより結ばれた男女。
星の教えを受けてその知の体系を完成させた思索家。
この町の誕生も星に由来があるという話もある。
3:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]
2014/05/17(土) 17:30:08.30 ID:Aa+x34VRo
星の声などない、とまでは言わない。
もしかしたらそんなものもきちんと存在するのかもしれない。
だが人間には聞こえないのだろうという気がしている。
4:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]
2014/05/17(土) 17:31:46.41 ID:Aa+x34VRo
夜に時々ケイが家を抜け出して星を眺めるのは別にその声を聞くためではない。
聞こえたらいいなとは思っても聞こえるかもと期待したことはなかった。
そもそも普段は星の声について考えることすらない。
そうするのは単純に星が見たいと思うからだ。
5:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]
2014/05/17(土) 17:32:29.96 ID:Aa+x34VRo
そして水底で考える。
その日によって違ういろいろなこと。
明確にイメージできる事物であることもあればぼんやりとつかみどころのない感覚的なものであったりする。
6:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]
2014/05/19(月) 21:03:25.70 ID:4b2u7eACo
……
パンにジャムを塗りながら、朝が憂鬱なのはなんでだろうとケイはいつものように考えた。
目が覚めると頭と気分が重いのだ。
7:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]
2014/05/19(月) 21:04:02.77 ID:4b2u7eACo
学校に着くとケイは窓際の自分の席に鞄を下ろした。
荷物の重みは肩から消えたが代わりに何か別のものが心を重くした。
教室には既に同級生のほとんどが来ていて、思い思いに雑談をしている。
8:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]
2014/05/19(月) 21:04:35.27 ID:4b2u7eACo
それを自覚するとき、ケイはひどく情けない心地になる。
どっちつかずの宙ぶらりん。
きっぱり片方を選んで泰然としていられない自分に苛立つのだ。
そんなことを考えているので当然ながら本の内容は頭に入ってこない。
9:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]
2014/05/19(月) 21:06:21.15 ID:4b2u7eACo
ケイは目を本に戻した。
あまりじろじろ見ていると他の同級生に変に思われるからだ。
特に異性をじっと見る行為はある種の意味合いを帯びて解釈されてしまう。
それは絶対に避けたかった。
10:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]
2014/05/28(水) 21:24:18.43 ID:ymNkNJOMo
授業が終わり、放課後。
不審者が出ることもあるので気をつけるようにとの校内放送を聞きながらケイは学校を後にした。
背後でにわかに校舎全体が活気づくのを感じる。
11:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]
2014/05/28(水) 21:25:03.42 ID:ymNkNJOMo
川面を見下ろすと鴨が泳いでいた。
こちらと同じく川を下るコースをとっていて、ケイはしばらく速度を合わせて歩いた。
動物はいいなと思う。
12:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]
2014/05/28(水) 21:36:44.61 ID:ymNkNJOMo
不意に声が聞こえた。
顔を前方に向けると、道の先で数人の少年たちが立ち止まり何やら笑いあっているのが見える。
こちらと同じく学校帰りのようだ。
ケイは再び気分が沈むのを感じた。
13:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]
2014/06/01(日) 22:09:25.17 ID:xDUPc/wNo
山腹の木々の間から鳥のさえずりが聞こえた。
ケイは後ろ、それから周りを確認してようやく肩から力を抜いた。
やはり生きるのに向いてないのかもしれない。
14:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]
2014/06/03(火) 02:00:14.91 ID:61yC03xwo
時期によってはそれなりに車通りはあるのだが今は一台も見えない。
薄灰色の道が山を上って木々の中に消えていた。
じいっと眺めていたがやはり車は来なかった。
15:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]
2014/06/03(火) 02:00:42.77 ID:61yC03xwo
少しばかり背伸びをして見下ろすと、ぼさぼさの後ろ頭が見えた。
道路脇の窪地に男が座り込んでいた。
男は黒く丈の短いコートを着ていて、その裾からさらに白い裾がのぞいている。
16:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]
2014/06/03(火) 02:01:10.87 ID:61yC03xwo
「やっぱり具合がいい」
男のつぶやきが聞こえた。
「ここならちゃんと聞こえるかも」
それからさらにぶつぶつ言いながら手元の何かをいじってはしきりにうなずいた。
17:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]
2014/06/04(水) 21:32:44.07 ID:U9L6kFXRo
その夜、ケイは家を抜け出した。
玄関を通ると母に見つかるので運動靴を履いて部屋の窓からそっと出た。
目指すのはいつもの木材置き場だ。
18:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]
2014/06/04(水) 21:33:16.99 ID:U9L6kFXRo
静かだった。
星はちらちらと瞬いたりゆっくりと位置を変えていったりはするが物音をたてることはない。
無論星の声が聞こえることもない。
19:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]
2014/06/04(水) 21:34:02.03 ID:U9L6kFXRo
ただ、彼女は別に話下手というわけではないらしい。
話しかけられればちゃんと応えるし、その応えぶりもしっかりしている。
不愛想ということも特にはない。
その点がケイと大きく異なる。性質が大きく違うのだ。
20:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]
2014/06/08(日) 21:09:11.92 ID:IECLU4W9o
強くなればいい。
ケイの頭のどこかでそう囁く声がある。
自分を変えることができればもう悩むこともない。
21:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]
2014/06/08(日) 21:09:48.90 ID:IECLU4W9o
つまりはこういうことだ。
自分をよりよく変える上で自分ではなくなってしまった場合それは本当によりよくなったといえるのだろうか、と。
変化するとはどうしても自分ではなくなるということと背中合わせになる。
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