【シャニマス SS】P「プロポーズの暴発」夏葉「賞味期限切れの夢」
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1: ◆/rHuADhITI[saga]
2019/08/18(日) 02:15:41.93 ID:oj63shz20
「夏葉……いや、夏葉さん。俺があなたを幸せにします」

 きらびやかな夜景をバックにして、俺は意を決し、懐から用意していた小箱を取り出した。
 都内某所の高層ビルにある高級レストランにて。まともに予約を取ろうとすれば何年待ちともいわれる席で、俺は元担当アイドルと向き合っていた。夜景の中心には、東京の顔となって久しい電波塔が据えられている。
 
 彼女がアイドルだったのはつい三ヶ月前までのこと。九年のアイドル生活に円満な終止符を打ち、プロデューサーとアイドルという関係は既に解消されていた。この日は単なる知人として、しかし、単なる食事会ではないことを匂わせて彼女を呼び出していた。
 
 社長に憧れて用意した一張羅の白スーツに身を包み、俺はなけなしの勇気を奮い立たせる。ひとつ小さく息をつき、手の中の小箱を開けた。ペリドットをあしらったダイヤモンドリングが姿を見せる。
 
「どうか、俺と結婚してくれませんか」

 俺は彼女の目をみすえて迷いなく口にする。それと同時に、予定していた通り、電波塔のライトアップが色を変えた。通常の配色である紫から、放課後クライマックスガールズにちなんだ五色へとうつろっていく。赤に、黄に、青に、ピンクに、そして緑に染まって。
 それで彼女は、きっと息をのんで――

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2: ◆/rHuADhITI[saga]
2019/08/18(日) 02:16:45.34 ID:oj63shz20

   ◇

 実際のところ、夏葉がアイドルを引退したのは三週間ほど前のことだった。今月の頭――関東が梅雨入りする直前だったか――にユニットの解散ライブを行い、惜しまれつつも、約九年間のアイドル活動に幕を引いた。

以下略 AAS



3: ◆/rHuADhITI[saga]
2019/08/18(日) 02:20:04.75 ID:oj63shz20

 俺は自分でわかるほどに目を丸くした。自身の口をついて出た言葉が信じられなかった。目をすぼめて、またたきを何度か繰り返す。対して、助手席に座っている夏葉はぴくりともしなかった。

 あべこべだ、と思った。婚約を切り出した側が狼狽していて、切り出された側が平然としている。盗み見た夏葉の横顔は、神妙な面持ちで車の進行方向を見つめているだけだった。

以下略 AAS



4: ◆/rHuADhITI[saga]
2019/08/18(日) 02:20:43.71 ID:oj63shz20
「別に、結婚するのが嫌なわけじゃないの。そんなはずない。好きな人と一緒になれるのだから、嬉しいことに決まっているわ」
「なら何が引っかかってるんだ?」
「見えてこないのよ。その生活の中で、私は何をしていて、何を目指しているのか……それが、見えてこないの」
 夏葉の声には抑揚がなくて、まるで自分自身に言い含めているようでもあった。

以下略 AAS



5: ◆/rHuADhITI[saga]
2019/08/18(日) 02:21:33.85 ID:oj63shz20
「ねえ、プロデューサー」
「なんだ?」

 大人しく夏葉の言葉を待った。俺は先の婚約の暴発を悔いていた。告白をしたこと自体に後悔はないが、気持ちが先走っていたのは疑いようがない。
 夏葉が口を開く。
以下略 AAS



6: ◆/rHuADhITI[saga]
2019/08/18(日) 02:22:13.83 ID:oj63shz20
 普段持ち歩いている手提げカバンは置いていくことにした。同様に夏葉も手ぶらで車を降りる。貴重品だけをポケットにしまって、俺たちは駐車場を後にした。

 それは暗黙の了解であるような気がした。結婚、将来、幸福……そういった直ぐには答えが出ない問いを、取りあえず車内に置いていこうという同意だ。どうせ一時間とかからずに車に戻るのだから、と。

「こっちよ」
以下略 AAS



7: ◆/rHuADhITI[saga]
2019/08/18(日) 02:22:41.89 ID:oj63shz20
「おっ」
「何かあった?」
「懐かしい物を見つけた。ほら、そこの掲示板だ。サークル勧誘のチラシが張ってある。……『アイドル研究会』のもあるぞ」

 かつて夏葉を迎えに来た時のことだ。早めに着いた俺は掲示板を眺めて時間を潰していて、後から来た夏葉と、掲示された勧誘チラシについて会話に花を咲かせたことがある。その時に話題に上がったサークルの名前が『アイドル研究会』だった。
以下略 AAS



8: ◆/rHuADhITI[saga]
2019/08/18(日) 02:23:16.56 ID:oj63shz20
「そうね。アナタは努力を『手段』と割り切れてしまうタイプだわ。必要だと思ったらどこまでも努力ができてしまう」
 夏葉が人差し指を立てた。

 その言葉の一部には思い当たる節があった。逆説的だが、いつかの夏葉が口にした、『これが努力の楽しいところよね!』というセリフに感銘を受けたのを思い出した。

以下略 AAS



9: ◆/rHuADhITI[saga]
2019/08/18(日) 02:24:07.36 ID:oj63shz20
「そういうアナタがたまに心配だったわ。気持ちがわかる、ってそういうことよ。きっと私たちは、お互いのずれた部分を意識し合っていたんじゃないかしら」
「ずれた部分、か」

「だからこそ噛み合っていたとも言えるわね。少しのずれが在るおかげで私たちは噛み合っていた。アナタの黙々とした努力を見て、私だってまだまだ頑張れるはずよ、っていつも自分を鼓舞していたわ」

以下略 AAS



10: ◆/rHuADhITI[saga]
2019/08/18(日) 02:24:39.49 ID:oj63shz20
 学食は活気ある賑わいと彩りを見せていた。変わらずの懸念事項であるのは目立つことだが、それも杞憂に終わりそうだ。冴えないスーツ男とサングラスの美女が混じっていても奇妙ではない程には多種多様な人がいる。

 ぶかぶかのリクルートスーツを着た男女に、髪の天辺から爪先まで派手な色に染めている女性、よれよれの白衣に眠そうな目をした壮年の男性などなど。他にも一括りにできぬ人々が集団を成している。そして姿格好以上に、学食にいる各々が自分自身のことに手一杯であるという印象を受けた。無論、良い意味で。

 俺はカツ丼を、夏葉はサンドウィッチを注文して席に着いた。
以下略 AAS



11: ◆/rHuADhITI[saga]
2019/08/18(日) 02:25:12.84 ID:oj63shz20
「生まれは……いわゆる中流階級ってことになるのかな。中学までは地元で過ごして、高校大学は成績に見合ったところに進んだよ。卒業と同時に一般企業に就職した。そこに二年間勤めた後に、283プロに転職して今に至る」
 こんな感じでいいのだろうか、と心の中で疑問符を浮かべた。人生の要約というのは案外難しい。

「成績はよかったの?」
「まあ、そうだな。トップクラスではなかったけど。要領だけは良かったから」
以下略 AAS



12: ◆/rHuADhITI[saga]
2019/08/18(日) 02:26:10.63 ID:oj63shz20
「理由は働きすぎだ。休日返上、残業は当たり前で……周囲には過労死まっしぐらに見えていたらしい。それで『どうせ死ぬなら好きな仕事で死になさい』って諭されて、天井社長に紹介された」

 その上司は俺がアイドルの世界に興味があることを知っていた。何かと目をかけてくれた人だった。

「それで社長に会って……その時に言われたのが、さっきの『結果主義に囚われやすいものだ』って言葉だ。他にも厳しい言葉や難解な言葉をかけられたよ」
以下略 AAS



13: ◆/rHuADhITI[saga]
2019/08/18(日) 02:26:43.35 ID:oj63shz20
「……マフィンの話になるんだが」
「ええ」
「マフィンってお菓子の中では簡単に作れる方でさ。手軽なんだ。だけど生地を混ぜるときだけは注意が必要で、そこを『ちゃんと』できてないと全てが駄目になってしまう」

「そうなの」
以下略 AAS



14: ◆/rHuADhITI[saga]
2019/08/18(日) 02:27:42.74 ID:oj63shz20
「アイドルに憧れたのは、彼らに『ちゃんと』がなかったからだ」
 誤解を恐れずに口にした。アイドルに定まった正解はない。夢を叶えるために道なき道を進もうとする勇者だと、若い時分にはそう思えたのだ。夏葉は「わかるわ」と頷いた。

 どんぶりの最後の一口をすくって、俺は懐かしむように笑った。

以下略 AAS



15: ◆/rHuADhITI[saga]
2019/08/18(日) 02:28:30.44 ID:oj63shz20
「最初に会った頃は、そんなクセ無かったわよね。……そのクセ、二年くらい前からかしら」
「二年前」

 そう言われて強烈に思い当たる節があった。二年前、有栖川夏葉に心底惚れ直す出来事があったのを思い出した。その時の強い印象が、知らず知らずのうちにクセを作っていたに違いない。

以下略 AAS



16: ◆/rHuADhITI[saga]
2019/08/18(日) 02:29:03.59 ID:oj63shz20
「学生の頃は日高舞が一押しだったんだ」

 さも当然のように言い放った。夏葉は腕を組み、その視線はたちまち凍てついた。上目遣いだったはずなのに、見下ろされているかのような重圧を覚える。

「……へえ、そうなのね、ふぅん」
以下略 AAS



17: ◆/rHuADhITI[saga]
2019/08/18(日) 02:29:33.70 ID:oj63shz20
 車に戻りエンジンキーを回すと、夏葉の顔が強張った。
 カーナビの液晶ディスプレイには次の目的地が表示されている。事務所を出発する前に設定しておいたものだ。すなわちそれは、俺が「結婚しないか」と口にする前に設定された目的地ということになる。

「……あー、行き先変えるか? この近くならショッピングモールとかあるけど」
「いいえ、行くわ。一度決めたことだもの」
以下略 AAS



18: ◆/rHuADhITI[saga]
2019/08/18(日) 02:30:27.87 ID:oj63shz20
 その教会に着いたのは午後三時をまわった頃だった。
 結局、到着するまで夏葉は一言も発さなかった。一時間ほど車に揺られて、その途中の十五分ほどの間に強い通り雨もあったのだが、それでも彼女は沈黙を貫いていた。

「着いたぞ」

以下略 AAS



19: ◆/rHuADhITI[saga]
2019/08/18(日) 02:31:26.47 ID:oj63shz20
 それは同じ質問だった。かつては答えられなかった質問だ。あの当時は、鐘に込められた意味など、考えたこともなかった。だけど、

「……不幸を追い払って、幸福を呼ぶために。そして遠くの人にも想いが届くように。そういう平和の鐘だ」
「憶えていてくれたのね」
「まあ、な」
以下略 AAS



20: ◆/rHuADhITI[saga]
2019/08/18(日) 02:31:59.10 ID:oj63shz20
「迷うのも、満たされないように感じるのも……結局のところ、夏葉が誰よりもアイドルだった自分を大切にしてきたってことじゃないか」
 俺は心からの言葉を口にした。

「夏葉はよくやったよ。今の苦しみも虚しさも、決して悪い物じゃない。むしろ成し遂げたからこそあるものだ」

以下略 AAS



21: ◆/rHuADhITI[saga]
2019/08/18(日) 02:32:34.81 ID:oj63shz20
「わぁー! 本当に夏葉さんなんですね! わぁ! わわぁ! わわわわあっ!」
「喜んでもらえて嬉しいわ」
 夏葉が手を差し出すと、小柄なその女性は飛び跳ねでもするように、せわしなく握手に応じた。

「あの、そちらの方は……」
以下略 AAS



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