【デレマス】橘ありす「花にかける呪い」
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1:名無しNIPPER
2025/07/31(木) 00:03:20.38 ID:DoK8Vme/0
ありすとPの始まり、そして終わりの物語。

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2:名無しNIPPER
2025/07/31(木) 00:11:31.35 ID:DoK8Vme/0
 何時間、画面に現れる文字を見つめていただろうか。いい加減疲れた目を癒すべく、一度パソコンを畳んで体を伸ばす。暴力的な日差しが降り注ぐ大阪の街は眩しく、思わず顔をしかめてしまった。
 冷めきったコーヒーに手を伸ばせば、思わず苦笑するような顔が拡がる。答えるように水面の上の顔も歪んだ。見慣れたその童顔は、どう贔屓目に見ても二流半といったところ。ええい、何でこんな顔をまじまじと見なならんのや。
 振り払うように外を見る。大阪の街を見下ろすこのビルは高速エレベーターが出来る前はアイドルたちから不評を極めていた。おそらく昔の俺が見ても同じ事を言うだろう。だが今は違う。この街でも5本の指に入る企業であることを否が応でも思い出させる、プロダクションの象徴だ。
 ここに移転してからもう10年になる。当然部屋は変わり、広く、明るくなっている。しかしこの部屋だけは例外だった。今じゃ骨董品になったパソコン。博物館と居場所を間違えたようなコーヒーセット。昔ながらの紙の書類。そして、友人から貰った「不撓不屈 豪快に進めアイドル道」の額縁。
 かつては誰もが見える位置にあった額縁は、今はこの部屋だけの主になっている。だがそれは何か劇的な質的変化があったからではない。この事務所全ての人間に適用されるべき言葉だとして、今も全ての人の脳に刻まれている。
以下略 AAS



3:名無しNIPPER
2025/07/31(木) 00:13:05.95 ID:DoK8Vme/0
 ぽつりぽつりと降る雨に対抗するように、ほんのりと蛍光灯が照らす部屋。青く品のいい服を身にまとった少女がいた。

「橘ありす、12歳です」

 そう名乗った少女のビジュアルは、誰が見てもアイドルに向いている。長い黒髪に、青くかわいらしいリボン。美しい立ち居振る舞い。かなり育ちがいいな、これは。
以下略 AAS



4:名無しNIPPER
2025/07/31(木) 00:16:39.14 ID:DoK8Vme/0
「あの、私以外の受験者は」
「いない」
「えっ」
「この事務所は立ち上げたばかりなのは知っているよね。アイドルも2人しかいない、弱小事務所だってことも」

以下略 AAS



5:名無しNIPPER
2025/07/31(木) 00:21:24.15 ID:DoK8Vme/0
 まず気になったのは、サインの筆跡だった。親子はある程度字が似るとは言うが、彼女の母のサインと彼女のそれはあまりにも似通っていた。
 さらに、待っている間に何度か外を見ていたのも気になった。本格的に降り始めた雨の音が気になるのかと思ったが、ただ見ているだけではない、怖がるような目を見て察した。余程親が怖いのだろうか。
 彼女の反応は予想通りだった。答えることはなく、俯いている。その目には薄っすらと涙が浮かんでいるようにも見えた。自分に嫌悪感は抱かない。涙を見る覚悟はこの悪しき世界に飛び込んだ時に済ませている。

「親御さんのご職業は?」
以下略 AAS



6:名無しNIPPER
2025/07/31(木) 00:23:06.73 ID:DoK8Vme/0
「あの……頭を上げていただけますと……」
「いえ、我々の管理不行届ですから」

 直角に頭を下げられた時はどうすればいいのだろうか。
 2人の侵入者ー橘さんの両親は心底申し訳なさそうに頭を下げていた。どちらも仕立てのいいスーツに身を固めてはいるが、髪の毛は不釣り合いなほどに濡れている。忙しいというのは本当だったようだ。
以下略 AAS



7:名無しNIPPER
2025/07/31(木) 00:25:22.30 ID:DoK8Vme/0
「……あー、少しよろしいでしょうか?」
「……お見苦しい所をお見せしました。どうぞ」
「私としましては、彼女をアイドルとしてプロデュースさせていただければと思っております。彼女自身のダンスや歌等は確かに未熟です。ですが、彼女は非常にアイドル向きだと言えます。それらのー特に歌唱力の才能が秀でていますから。私としては、あの如月千早に並び、超えることすら出来ると考えます」
「それでも我々としては」

以下略 AAS



8:名無しNIPPER
2025/07/31(木) 00:26:27.43 ID:DoK8Vme/0
「言葉もありません。ですが、小さな事務所であるが故のメリットもあります……まずは細かな指導が出来るという点。私は大手から独立したのですが、かつていたプロダクションでは私の担当していたアイドルは決められたレッスンをこなすだけ。本人にあった指導というものはありませんでした」
「それは……」
「ついで、仕事が回ってきやすいという点。意外なようですがアイドルが参加する小さな仕事というものはたくさんあります。地域のイベントへの出演オファーですとか、大手が取りたがらないような仕事が」
「……」
「さらに言えば大手ですとそういう仕事が来ても娘さんに来るとは限りません。他にもアイドルがたくさん居ますから。ここならそのような心配はあまり無いかと思います。もしよろしければ他のアイドルのスケジュールをお見せしましょうか?」
以下略 AAS



9:名無しNIPPER
2025/07/31(木) 00:27:17.89 ID:DoK8Vme/0
 時計の針すら聞こえない、永遠に近い沈黙。それを破るように、母親は頭を横に振った。ゴネリルとオールバニ公が同居したような表情であった。

「……それでも、娘をアイドルにすることは出来ません」
「お母さん!」
「来る時にこの会社を少し調べました。契約に関するトラブルを抱えているにも関わらず、資金不足により何も出来ていないようですね」
以下略 AAS



10:名無しNIPPER
2025/07/31(木) 00:28:12.15 ID:DoK8Vme/0
「馬鹿なの?」

 時計の針がやけにうるさく鳴る事務所。曇り空を不満げに眺めながら、この事務所のエースたる姫川友紀は心底馬鹿馬鹿しそうに吐き捨てた。手元のビール缶のことは一旦無視しよう。

「プロデューサー、ほんっと現実論に弱いよねぇ」
以下略 AAS



11:名無しNIPPER
2025/07/31(木) 00:30:45.43 ID:DoK8Vme/0
「……ありすちゃん、欲しい人材やったなぁ」
「うじうじするなら今からでも追っかけていく!プロデューサーも男でしょ!」
「やからあれで押すのは無理やって。実際親御さんの気持ちも痛いほど分かるし、違約金の支払いものらりくらりかわされたままやし」
「えー」

以下略 AAS



12:名無しNIPPER
2025/07/31(木) 00:34:14.87 ID:r9ema6LhO
 それから数日後。俺はある駅に来ていた。本当は使うべきではない情報を使っているのだが、まぁそこはどうとでも言い訳ができる。そのためにわざわざ私服で来ているのだ。
 腕時計を見た。これで8回目ぐらいか。回数とは裏腹に、たった30分しか進んでいない。恋人を待っているような感覚とはこういったものだろうか?ある意味で俺は彼女に恋したと言えるのかもしれないな。ふん。
 売店で買ったコーヒーの底が見えてきた頃、彼女は現れた。

「……あ」
以下略 AAS



13:名無しNIPPER
2025/07/31(木) 00:35:21.96 ID:r9ema6LhO
 彼女の最寄り駅から少し離れた、私鉄の大きな駅のコンコース。光が差し込むベンチは、運の良いことにまるまる1つ空いていた。

「申し訳ない、君をアイドルに出来なくて」
「あっあの、それはもういいんです……あの後、お母さんから沢山怒られましたし」

以下略 AAS



14:名無しNIPPER
2025/07/31(木) 00:35:48.51 ID:r9ema6LhO
「……歌に関わる仕事に就きたいんです」
「いい夢だね。理由を聞いてもいい?」
「歌には力があります。誰かを勇気づけたり、楽しくさせたりする力が。だから、私もそうなりたいんです。なりたいんですけど……」

 輝いていた声がしぼんだ。彼女の家族のことだ、そうやすやすと認めはしないはずだ。
以下略 AAS



15:名無しNIPPER
2025/07/31(木) 00:37:44.14 ID:r9ema6LhO
「で、僕は決めた。君を待つ。アイドルとして輝いたあと、どうやって音楽に関わるか決まるまで」
「!」
「業界を一度見るといい。成功するのはそう難しい話じゃないし、橘さんはまだまだ若い。どう音楽に関わるかを決めるのは、今じゃなくていいんじゃないかな?」
「でも……急がないと。私に才能なんてありませんし」

以下略 AAS



16:名無しNIPPER
2025/07/31(木) 00:38:26.33 ID:r9ema6LhO
 その翌日。俺はとあるカフェに呼ばれていた。目の前には鋭い目つきの女性。出されたコーヒーに手を付ける気になれないと思ったのは久しぶりだ。
 目の前の女性ー橘さんの母親、珊瑚さんは不信感を隠そうともせずに言った。

「何のつもりですか?」
「文字通りの意味です。貴女の腕を見込んでの」
以下略 AAS



17:名無しNIPPER
2025/07/31(木) 00:48:56.55 ID:DoK8Vme/0
「……その代わりに娘を、ということですか」
「まさか、全ての利益を考えた結果ですよ。私どもは有能な顧問弁護士とスターの原石を、貴女は新たな取引相手と安定した収入源を、そして娘さんは夢の舞台を得られる。私どもが出来る提案としては破格のものかと」

 現実問題として橘家の財政は苦しい。また、全ての人が得をしている。恐らくこれで何とかなるだろう。
 あまり得意ではないが、しっかりと珊瑚さんの顔を見る。その表情は値踏みして……いや、不信感だ。よほど信頼されていないらしい。あるいは信頼以前の問題だろうか。
以下略 AAS



18:名無しNIPPER
2025/07/31(木) 00:50:54.02 ID:DoK8Vme/0
「才能とおっしゃいましたが、確かに世の中には汚い芸能界関係者もあります。才能のない人間に才能があると言い、レッスン料と称して金をせしめるような人間が」

 ここは事実やな。

「問題は、彼らは養成所の人間であって事務所の関係者ではないということです。オーディション合格者となると話が変わります。才能のない人間がオーディションに現れても落とされるだけです。つまりはオーディションに合格した時点で、娘さんの才能は保証されたわけですよ」
以下略 AAS



19:名無しNIPPER
2025/07/31(木) 00:53:14.38 ID:DoK8Vme/0
「実際問題として、何らかの形でコネを作ることは非常に有用です。可能性は0に近いですが彼女がアイドルとして大成できなかったとしても、芸能界で作った人脈は必ず役に立ちます。さらに言えば私どもの事務所が小規模で仕事が来やすく、交流も多いですからね」
「つまり?」
「チャンスは今をおいて他にない、ってことです。逆にこれを逃せば、彼女の夢が完全に叶う日は来ないでしょう」


20:名無しNIPPER
2025/07/31(木) 00:54:07.05 ID:DoK8Vme/0
「……結局のところ、貴方の身勝手では?もちろん、貴方がありすのことを誠実に考えていることを否定するつもりはありませんが」

 痛い所を突く人だ。他人の人生を歪めるこの業界は確かにそういう所がある。よくプロデューサーはシンデレラの魔法使いだなんて言うが、俺に言わせれば同じ魔法使いでもマクベスのそれだ。運命という呪いを、どこにでもいたはずの人間にかける存在。そうして作られた人生は喚き声に溢れている。それに意味をつけるとするならば。

「否定はしません。ですがそれは全ての人に共通するものでは?誰かが言葉で呪い、舞台で大見得を切らせて、愚か者がその物語を語るだけ。ならばせめて、舞台だけでも広く、大きく、客の多いところを選ばせたいというのが私の意見です」
以下略 AAS



21:名無しNIPPER
2025/07/31(木) 00:54:39.38 ID:DoK8Vme/0
「……ありすが舞台を降りたあと、貴方はどうされるつもりですか?」
「本人が望む舞台があるのなら、そちらへ手招きしますよ。あらゆる手を使って。それが私の出来る善行です」
「そうですか」

 先程よりも落ち着いた声。ほのかに香る嗅ぎ慣れた安たばこの匂いが鼻をつく。不味そうに吸っていたな、そういえば。
以下略 AAS



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