1: ◆Rj0X.392Pk
2017/06/04(日) 20:54:58.61 ID:eT+S8Zf10
街中で初めて彼女を見かけたとき、彼の身体は雷に打たれたかのような衝撃に見舞われていた。
それほど彼の印象に深く刻まれた出来事だった。普段は怪しまれないようもっと慎重に声をかけるのだが、その時ばかりは衝動のままに声をかけていた。
彼女の名前は高森藍子。都内の学校に通う高校生で、優しくおだやかな雰囲気を持っている魅力的な女性。それと反対に瞳の奥では疲れと怯えが巣食っていた。
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2: ◆Rj0X.392Pk
2017/06/04(日) 20:55:39.31 ID:eT+S8Zf10
――――――
ある日の午前、事務所内は軽く慌ただしい雰囲気が流れていた。
この日は雑誌の記者が、当事務所のアイドルにインタビューをする予定が組まれていた。
記者が来訪するまではまだ時間があるのだが、肝心のインタビューを受けるアイドルがまだ到着していない。
3: ◆Rj0X.392Pk
2017/06/04(日) 20:56:13.70 ID:eT+S8Zf10
「藍子! まだ事務所につかないのか? あと数分のうちにつかないとインタビューに間に合わないぞ!」
「すみませんプロデューサー、もうそんな時間ですか。すぐに着くので急ぎますね」
4: ◆Rj0X.392Pk
2017/06/04(日) 20:56:52.53 ID:eT+S8Zf10
それからは問題なく仕事を終えた。
電話を切った数分後に彼女は到着し、急いで支度を整え、インタビューを卒なくこなした。
強いてダメ出しをするとしたら、急いだせいか少しだけ表情に疲れが浮かんでいたことだ。
雑誌のインタビューなので表情が載ることはまずないのだが、プロとしてそれを許せるほど甘い世界ではない。
彼女も必死に隠そうとしていたことが窺えたし、気づいたのもプロデューサーをはじめ彼女と親しい人だけだろう。
5: ◆Rj0X.392Pk
2017/06/04(日) 20:57:21.15 ID:eT+S8Zf10
「最初はそうでもなかった。いや、良いカフェだと思ったよ? 街中にあるのに静かで、どこか世界と隔離されたような雰囲気があるから疲れた時に行きたくなるんだよね」
彼は少し恥ずかしいのかわずかに顔を背けながら語った。
そして、彼が語った内容を藍子はとても理解できた。そのカフェには藍子自身同じ感想を抱いているのだ。
6: ◆Rj0X.392Pk
2017/06/04(日) 20:57:52.84 ID:eT+S8Zf10
――――――
街中にあるというのにカフェの中はとても静かだった。
聞こえてくるのはコーヒーがドリップされる音とカップとソーサーが奏でる金属音。それにスピーカーから流れる音楽と他の利用客の会話声くらいか。
そのどれも大きな音でないことがカフェの雰囲気を良くしていた。
7: ◆Rj0X.392Pk
2017/06/04(日) 20:58:23.11 ID:eT+S8Zf10
「内装も木製で揃えてるからか温かみもあるな。外観とは裏腹に店内が明るいから前来たときは驚いた」
「こういうカフェって意外と多いですよ? チェーン店とかだとお洒落な内装を重視してるカフェが多いですけど」
8: ◆Rj0X.392Pk
2017/06/04(日) 20:59:29.90 ID:eT+S8Zf10
「そうか」
「…………」
9: ◆Rj0X.392Pk
2017/06/04(日) 21:00:03.81 ID:eT+S8Zf10
「はい。成長するにつれてその発作も起こらなくなってて油断してました。……ストレスが問題かもしれませんね」
「ストレス…か。藍子も知名度があがってきてるころだしなー。わかってるかもしれないけどあんまりネットの声に耳を傾けすぎるなよ?」
10: ◆Rj0X.392Pk
2017/06/04(日) 21:00:55.64 ID:eT+S8Zf10
それからは長い沈黙が訪れた。それ以上追及することが逆に藍子の負担になるのではないかと考えたからである。
それに、彼は気づいていた。藍子が目を見て話すことが極端に少なかったこと。
ただ気落ちしていたわけではなく、まだ真実をすべて話していないこと。
11: ◆Rj0X.392Pk
2017/06/04(日) 21:01:39.80 ID:eT+S8Zf10
「もうそんな時間ですか?」
「そうだよ。やっぱ藍子といると時間の流れが早く感じるな」
12: ◆Rj0X.392Pk
2017/06/04(日) 21:02:16.90 ID:eT+S8Zf10
――――――
数日後。
「おはよう藍子。この前のインタビューの見本できてるぞ」
13: ◆Rj0X.392Pk
2017/06/04(日) 21:02:43.30 ID:eT+S8Zf10
―今注目のアイドル
―笑顔が可愛い癒し系
これくらいならば恥ずかしくは思ってもまだ認められるだろう。けれど、さらに二行ほど言葉を並べられていて、藍子としては大袈裟に思うほかなかった。
14: ◆Rj0X.392Pk
2017/06/04(日) 21:03:26.23 ID:eT+S8Zf10
「でも私はそんな立派な人間じゃないと思っています」
けれど、はっきりと言い切った。
ファンや周囲の人間は褒めてくれる。
15: ◆Rj0X.392Pk
2017/06/04(日) 21:03:59.22 ID:eT+S8Zf10
「何って、そりゃあ……」
当たり前のことすぎて、彼は続ける言葉を失った。
柔らかく、ふんわりした雰囲気。
16: ◆Rj0X.392Pk
2017/06/04(日) 21:04:28.75 ID:eT+S8Zf10
――――――
「アイスコーヒーとアイスミルクティーで」
以前と変わらない注文。
17: ◆Rj0X.392Pk
2017/06/04(日) 21:05:04.01 ID:eT+S8Zf10
「私ずっと悩んでたことがあるんです」
「それがゆるふわについて?」
18: ◆Rj0X.392Pk
2017/06/04(日) 21:05:48.05 ID:eT+S8Zf10
それがゆるふわとどう関係があるのか。
そして、ふと彼は気づいた。
―時計を見ていなかったんです。
19: ◆Rj0X.392Pk
2017/06/04(日) 21:06:32.42 ID:eT+S8Zf10
「……昔の話です。ある女の子がいました。女の子はいっつも学校に遅刻しています。
遅刻するたびに怒られて、遅刻するたびに女の子はこう言うんです。『時計があっという間に進むの』って」
何の話だろう。
20: ◆Rj0X.392Pk
2017/06/04(日) 21:07:07.68 ID:eT+S8Zf10
「けれど女の子は、私はアイドルになって現実を突き付けられたんです。
―ゆるふわアイドル―
21: ◆Rj0X.392Pk
2017/06/04(日) 21:07:59.08 ID:eT+S8Zf10
「……藍子はゆるふわって言われるのが嫌なのか?」
絞り出したのは、質問を質問で返すことだった。
それでも、彼にとっては会話を続けることが必要だった。
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