アルコ&ピース平子「夏の概念と夢の国」
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1: ◆z.6vDABEMI[saga]
2020/08/26(水) 23:17:23.65 ID:qUczw4Pjo
2021年はひどく穏やかな8月を迎えた。その穏やかさったら恐ろしいくらいで、無風の海のようだ。凪っていうんだっけ?見た、ちょっと前にアニメで見た。まるで日本の全てから一切合切、騒音が消え去ってしまったかのようにすら感じる。
暁を覚えることを知らない眠気にぼんやりと遠くの方を見ると、散り際を間違えた桜がひらひら、強い風に吹かれては遠くの方までひゅるると飛んでいってしまった。

桜だ。

「キレイだねー」

そんな子供達の声が聞こえる。

夏らしくない。
いや、違う。
そんなレベルじゃない。



「夏が、来ない。」



8月の平均気温はここ数年の統計をとっても29度前後、比較的高めの温度で推移しているらしい。が、今年は30度超えどころか25度にも届かない日が続いている。エアコンを付けなくて済むのはありがたいが、かと言って夏のあの強烈な日差しがないのは寂しいばかりだ。
こんなことになっているのは、なんでも日本、それも東京だけらしい。涼しい風が頬を撫でる、本当に今は夏なのだろうかとスマートフォンのカレンダーを見直したが、やっぱり8月。俺の見間違いじゃない。
───まるでコンクリートジャングルが夏と言う概念を忘れてしまったみたいだ。
……なんて、なんだか詩的な言葉が頭をかすめる。

そもそも6月くらいから、全く平均気温が5月と変わらないという話になって皆が不安がっていた。扇風機の売れ行きも悪いと業界が頭を抱え、観光地はいわゆる避暑地も大きくは盛り上がっていないそうで、ワイドショーでは連日その話題に時間を割いているような有様。
異常事態だ、と学者達が騒ぎ立てる。会議は熱量をはらんだが、されど進まず。東京だけ、というのが余計に分からなかった。海外の学者もあれやこれやと調べて論文をいくつも発表したが、どれも確信に至ることはなかった。残念ながら、原因を特定することができなかったってこと。
東京五輪がうまいこと行って良かった、と言いたいところだが、それとこれはまた別の話。海外選手も『東京の暑さに対応するために練習してきたのに、涼しすぎて体が動かない』なんていう始末だ。

今日も日中は22度、ひどく穏やかな日差しが車を照らした。鮮やかなベガスイエローも、柔らかな光のおかげか心なしか目に優しく見える。

それにしても、8月の桜なんてきっと前代未聞だろう。だが、平均気温があまりにも低すぎたせいで、ここまで開花時期がズレ込んでしまった地域が複数あるらしい。そんなの、ありえんのか?なんて疑問があったが、実際こうして目の前にあるのだから飲み込むしかないのだろう。セミ達は鳴こうとしているが、気温が上がりすぎないせいか妙に元気がなく思えた。

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2: ◆z.6vDABEMI[saga]
2020/08/26(水) 23:19:19.01 ID:qUczw4Pjo
まあいいや、とりあえず仕事するだけだ。車を走らせて、今日も仕事に急ぐだけ。とはいえ、まだ始業の時間には全然余裕があるので、安全運転で向かうことができる。桜は徐々に散っていて、きっと9月まではもたないなと思った。
しばらく直進してから緩やかなカーブを曲がって、見えてきたビルの駐車場へと進んでいく。出入りを管理する警備員が、小さいプレハブみたいな小屋から出てきてこちらに会釈する。それに応じて頭を下げてから窓を開けた。

「おはようございます」

以下略 AAS



3: ◆z.6vDABEMI[saga]
2020/08/26(水) 23:21:13.01 ID:qUczw4Pjo
それから……オフィスに到着して1時間ほど、デスクワークをしただろうか。

「主任」

部下に呼ばれ、俺は顔を上げる。
以下略 AAS



4: ◆z.6vDABEMI[saga]
2020/08/26(水) 23:23:36.23 ID:qUczw4Pjo
実にラフな格好だった。オフィスに尋ねるような服装でないことは間違いない。それ以上にデスクワークを中心とした会社の中において清潔感が多少足りていない!
なんなんだ?こいつはなぜ俺を付け回す?正直なところ、ふつふつと怒りが沸き始めているところだった。

「一体なんの目的があって俺に───」

以下略 AAS



5: ◆z.6vDABEMI[saga]
2020/08/26(水) 23:26:35.34 ID:qUczw4Pjo
褐色の男は大仰にはぁ、とため息をついて、それからくしゃくしゃと頭を掻いて、話し始めた。

「マジで忘れてんすね、俺のことも、テメェのことすらも。そんなことって、ある?事実は小説より奇なりってか?」

独り言はやけに大きい。ていうか、意外にもインテリジェンス溢れた言葉遣いをすることに驚いた。見た目からはそんな要素が全く見て取れなかったからだ。俺の目が狂ったのか?いや、人は見かけによらずという方が良さそうだ。
以下略 AAS



6: ◆z.6vDABEMI[saga]
2020/08/26(水) 23:28:29.01 ID:qUczw4Pjo



2020年は厳しい8月を迎えていた。その厳しさったら驚くほどで、静岡の浜松ではついに41度にまで達した日が出たという。もはや暑さに人間どころか自然も勝てず、とうとうセミたちすらも鳴くことが叶わず繁殖するよりも先に死んでしまうらしい。
そのあまりの暑さに誰もが「いやぁ、今年オリンピックじゃなくってよかったね」なんて、大型イベントを逃した口実に使っているくらいだ。あのまま、熱に対する対策がほとんど練られないままで五輪を迎えていたらどうなったことかと思った。
以下略 AAS



7: ◆z.6vDABEMI[saga]
2020/08/26(水) 23:32:24.93 ID:qUczw4Pjo
ほんとに好きなんだね、と笑われたこともある。むしろ熱量そのままに語ってドン引きされることすらある。素でも周りに半分引かれていることは承知、本当に最高の場所なんだと何回でもお伝えしていきたい。むしろ伝えさせてほしい、本当ならもっとたくさんの人に行ってほしい!
そもそもなんだ、お前は見たのかと。俺の熱を笑うならあそこで遊んだことはあるのか?と。問いたい、問い詰めたい、地の果てまでも問いかけに行きたい。寝起きでもベッドでもどこでも駆けつけて問いかけたい。
あのプールを、スライダーを、イーグルからの景色を、コースターを、人々の笑顔を、夏を彩る噴水の美しき水飛沫を、なによりも世界最古級の回転木馬である『カルーセルエルドラド』を。

行きたかった、本気で!俺も!泳ぎ納め的なやつやりたかったの!
以下略 AAS



8: ◆z.6vDABEMI[saga]
2020/08/26(水) 23:35:13.40 ID:qUczw4Pjo
だから、としまえんだって、いずれなくなる。
普通に考えたらそうなんだろう。だけど、なぜだか俺はそんな当たり前のことを忘れていたのだ。いや、分かっていたとしても『としまえんは別』だと勝手に思い込んでしまっていたのだ。
だって、終わるわけがないと思っていた。未来永劫のものだとつい思っていた。むしろそうであろうと信じて疑うことは無かった。
としまえんが無くなるはずなんてないって、未だに実感湧かなくって、意味分かんなくて、全く理解できなくて、信じたくなくて。
だけど、としまえんだって、なくなるのだ。
以下略 AAS



9: ◆z.6vDABEMI[saga]
2020/08/26(水) 23:36:46.43 ID:qUczw4Pjo



そんな事実を聞かされても、まだ理解できていなかった。なんだ、芸人特有のリップサービス?いわゆる、面白くなると思って喋ったこと、なのだろう?それが、今の俺とどうつながると言うのだ。そもそも、俺はお前が言っている平子という人物は知らないし、そんな話をした覚えなどは一切無いのだから。
と、こちらから語っても説得しても酒井は折れず、未だ真剣な顔をしてこちらを見ていた。この時点で誰か呼んだり、警察にでも通報すればよかったのだが、なぜかそんな気は起きなかった。
以下略 AAS



10: ◆z.6vDABEMI[saga]
2020/08/26(水) 23:37:45.30 ID:qUczw4Pjo
狂人ではないはずの男のあまりの狂った論説に、本来の夏を取り戻したかのように、俺の体は発熱していた。混乱、恐怖、愕然としたまま酒井を見る。何もかもが現実味がないまま進んでいる。
としまえんに、なった?は?はぁ?
俺の相方と名乗った男は、酒井は、あまりにも真剣に……真面目に、どこまでもめちゃくちゃなことを言っている。なんだ、どこまでが本当で、どこまでが嘘なんだ?
一度頭を抱え、言葉を整理しながらも酒井は続ける。

以下略 AAS



11: ◆z.6vDABEMI[saga]
2020/08/26(水) 23:39:12.19 ID:qUczw4Pjo



8月31日もやっぱり暑かった。今年も結局、日中は最高気温35度をマークした非常に暑い日だった。こういう時には、室内での仕事が多い自分の現在をありがたく思うことがある。
実際のところ、もっと厳しい体当たりな現場も多数存在しており、この8月もあらゆるところで体を張ったり汗まみれになったりはしていたのだが、それでもたまにはとは言えどこんな太陽の上った暑い時間帯を涼しいスタジオで過ごせるのはツイている。夏の長所であり短所でもある熱射には弱い。
以下略 AAS



12: ◆z.6vDABEMI[saga]
2020/08/26(水) 23:41:15.01 ID:qUczw4Pjo
ブラックアウト。突然の沈黙。息をするのも忘れそうになり、眼球がぎょろんと忙しなくあちこちを見ようとした。

「……は!?」

車のエンジンが唐突に切れ、車内の明かりと言う明かりが途絶える。あの唸り声も突然無くなって、エアコンも動かないのかなんの音もしないし、計器類を照らした光も無くなった。
以下略 AAS



13: ◆z.6vDABEMI[saga]
2020/08/26(水) 23:43:49.24 ID:qUczw4Pjo



頭がごちゃごちゃだった。

以下略 AAS



14: ◆z.6vDABEMI[saga]
2020/08/26(水) 23:46:50.92 ID:qUczw4Pjo
酒井はスマートフォンを見せてくる。

画面に映る、自分らしき誰かが。
見せたことのない笑顔を向けている写真がある。

以下略 AAS



15: ◆z.6vDABEMI[saga]
2020/08/26(水) 23:49:10.26 ID:qUczw4Pjo



学生時代は、暗黒だった。

以下略 AAS



16: ◆z.6vDABEMI[saga]
2020/08/26(水) 23:54:17.86 ID:qUczw4Pjo
子供みたいな疑問が胸中渦巻いて、けれど言葉にすることは、返事が、言葉が帰ってくるのが恐ろしくてどうしようもなくて黙り込む。

だけど、だけどさぁ。
本当に?
ここは俺のための楽園?
以下略 AAS



17: ◆z.6vDABEMI[saga]
2020/08/26(水) 23:56:48.94 ID:qUczw4Pjo



気付けば俺は、酒井を助手席に乗せて車を走らせていた。なぜだか分からないが、そうしなければ行けないような気がしてしまったからだ。
失われたとしまえんと俺の記憶、そしてそれを取りに行かなければいけないと義務感が生まれだしているようだった。気持ち悪いが、胸中動き出した衝動性を止める力もない。
以下略 AAS



18: ◆z.6vDABEMI[saga]
2020/08/26(水) 23:59:32.05 ID:qUczw4Pjo
ずっと走っていった先に、突然開けた場所が出てきた。まるで広場か何かのように見える。
地面が不自然にごろごろとした岩ばかりになり、車も多少揺れながら走っていくほどである。万一のことを考えて道を塞がないよう少し車を走らせ、広場の中央辺りに車を停める。
周りにはおかしなものは何もないように思えたし、特段変わったことはなさそうだ。それでも、なんだか全身がざわついた。車を降りると8月にしては寒すぎる風が吹き、酒井が寒そうに二の腕を擦った。8月とは思えない風なのは仕方がない、だって今の世界には夏がないんだから。
だったら取り戻さないと。

以下略 AAS



19: ◆z.6vDABEMI[saga]
2020/08/27(木) 00:02:32.27 ID:b25Vyfuyo



次に目を覚ましたのは石畳の上だった。俺と酒井は一緒のエリアで伸びていたようだ。
突然のことで全身が重い石になってしまったようで、ぐったりしながらだがなんとか体を起こす。やけに周りが騒音だらけだなと不審に思いながらも、それでも優先すべきはこちらだろうと感じ、瞼を閉じた酒井の肩をとんとん叩いて起こしてやる。
以下略 AAS



20: ◆z.6vDABEMI[saga]
2020/08/27(木) 00:05:30.77 ID:b25Vyfuyo
「マッッッッッジでムカつくなアンタ!殺していい!?」

「ええ?なぁに、そんな怒ることねえじゃん……いてーな、殴るなよお前」

「いやアンタ自分が何してんのか分かってんの!?」
以下略 AAS



21: ◆z.6vDABEMI[saga]
2020/08/27(木) 00:09:02.94 ID:b25Vyfuyo
「もういいか?」

俺の呆れ顔を見て、男達は取っ組み合いを中断する。これからどうすればよいのかは知っている。

「酒井、最後に聞かせてくれよ」
以下略 AAS



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