1:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
2011/01/19(水) 19:18:09.81 ID:IClwZiHj0
さて、一年ももう残すところ後わずかとなった十二月某日。
職員室前に貼られた「廊下は走るな」の標語も師走のこの時期には、なるほど気の利いた冗談だなどと冷たい手を擦り合わせながら感慨に耽ってしまいそうになっていたのはつい先日まで。
クリスマスおめでとうテストなどというありがた迷惑な儀式も終了し、俺達高校生も晴れて冬休み突入と相成った。晴れてとは言ったものの低気圧様が冷たい空気を伴って日本列島上空を漂っているのにはどうか目を瞑って貰いたい。
年末にかけて荒れ狂う予報とはうってかわって俺の心は近年稀に見る開放感でいっぱいなんだ。
部屋で一日中ゴロ寝していようがエアコンの効いたリビングでパジャマのままテレビを流し見していても誰にも何も言われないとか、最早気分は南国である。ちょっとしたリゾートだ。冬なのに。
今日ばかりはいつもうだつの上がらない親父様に感謝しちまうね。
勤続何年だったか忘れたが、なんかそんなので会社からペア温泉宿泊券だかを貰ってきた時の「さあ、俺を褒めろ」的なしたり顔こそ見るに耐えないものではあったが。
そんな訳で今朝から両親は妹を引き連れて年越し温泉旅行に行っちまっている。俺? 察して貰えば余り有るだろうが、なんでこの年になって両親と旅行に行かねばならんのかとつまりはそういう事だ。
「やばいな……今なら新世界の神とやらにもなれそうな気がするぜ」
いささかオーバーかも分からないが、しかし年末という事もあってSOS団関連の呼び出しも無いと来てみれば、果たしてここ一年半これ程までに何にも束縛されない時間が俺に与えられた事が有っただろうか。
いや、無い。
1.5リットルのペットボトルコーラとポテトチップス、それに昨日ミスドで買った山の様なフレンチクルーラetcetcが俺の目の前、リビングの低いテーブルに整然と並べられている。
これが極楽か。天国か。
どうやら人間は神様なんぞに縋らなくても自分で天国を作り上げちまえるらしい。……ハルヒ形無しだな。
「この世で神様が創ったものなんてのは整数とフレンチクルーラだけだよなあ」
何を隠すでもなくミスド信者な俺である。勿論、ポイントカードだって持ってるぜ?
さてさて。そうは言ってもたった三日である。神様とやらが世界を創るのにも一週間(流石に日曜は休んだけどな)掛かった事を考えると決して長い訳ではない。
日ごろ積もり積もった鬱憤を晴らすにはただじっとしているだけともいかないのである。ああ、悲しきエコノミックアニマルよ。
とりあえず、一人で家に篭っていてもつまらないと判断した俺はここで誰か気心の置けない相手を巻き込む事とする。
谷口か国木田辺りが捕まらないだろうか。……少し話が急すぎるかも知れんが、国木田はともかく谷口なら捕まるだろ。
アイツはそういうキャラだし。
「今から? それはちょっと無理だよ、キョン。だって僕、今、父の実家に向かう電車の中だからね。ごめんよ」
「はあ? 何、言ってやがるんだよ、キョン。お前と違って俺は忙しいんだ。あん? デートだよ、デート! 駅前ですっげー綺麗なお姉さんをゲットしたんだ。うらやましいか? いや、妄想でも幻覚でもねえっつの!」
ああ、新学期初日に谷口がどんな沈んだ顔をしているのかが今から楽しみでしょうがない。
相手の「お姉さん」とやらにとっては只の暇潰しでしかないに来年のお年玉を全額賭ける事も辞さない俺だった。
しかし、こうなってしまうとせっかくの休みもなんとも味気ない。国木田と谷口しか友人がいないと思われるのも癪だ。
誰に対して癪なのかはこの際脇に置いておくとしても……とは言え、他に誰を誘おうかと思案して出て来る選択肢は数少ない。
佐々木……いや、アイツが友人なのは間違いないが、それにしたって俺一人しか居ない家に異性を呼び込むのは流石に気が引ける。
そもそも、アイツの場合は予定が空いていそうにないしな。
ならばハルヒか? それこそ本末転倒な選択肢だろう。日ごろの横暴、暴虐、虐待からの一抹の清涼剤であるこの休みになぜにその元凶を呼び込まねばならんのか。
大体、アイツだって異性には違いない。同様の理由で朝比奈さん、長門も却下だな。複数人を呼べば男女云々そんな心配とも無縁なのだろうが、大勢で騒ぎ立てる気分でもないのだ。
となると……選択肢ってヤツは大概は消去法で選ぶものなのかも知れん。
「よお、古泉。今、暇か?」
「おや、貴方から電話とは珍しいですね。明日は雪でも降るのでしょうか?」
「俺に聞くな。お天気お姉さんがその方面は詳しいだろうよ」
「ふふっ。そうですね。後で天気予報でも見る事にしましょう。それで、今日はどうかなさいましたか?」
まあ、たまには古泉と差しでダベるなんてのも良いかもなどと、この時の俺はなんとはなしにそんな事を思っていた。
2:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
2011/01/19(水) 19:19:27.94 ID:IClwZiHj0
「どうも。お招き預かりまして光栄の至りです」
三十分程してやってきた古泉は玄関口で黒コートを脱ぎながら俺に笑いかけた。その両手にはコンビニで調達してきたものだろう、ビニール袋がぶら下がっている。
「悪いな、突然で」
3:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
2011/01/19(水) 19:20:14.40 ID:IClwZiHj0
「悪いな。フレンチクルーラこそ人類の至宝と教えられて育ったんだよ、俺は」
我が家では朝食にミスドが並ぶ事が極稀に有るが、その時は例外無くフレンチクルーラが八個用意されて一人二個と宣告されるハウスルールが設けられている。
このサクサク感を出すまでにどれだけの苦労が有ったのか、それを考えたならばフレンチクルーラ以外を選ぶのは最早ミスドへの冒涜と言えないだろうか?
4:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
2011/01/19(水) 19:21:46.27 ID:IClwZiHj0
釈然としない胸の内をフレンチクルーラにぶつけ、スクリュードライバで飲み下す。それでも消えないモヤモヤを視線に乗せて古泉を睨み付けると、少年は「申し訳ありません」と頭を下げた。
「しかし、それでも貴方にはその事実を許容して頂かなければなりません。貴方はどこにでも居る一介の男子高校生などでは、間違ってもないのですから」
「だから、その認識が間違ってんだよ」
5:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
2011/01/19(水) 19:22:53.31 ID:IClwZiHj0
深夜。古泉を送り出した後。日中だらだらと食べ物を口にしていたせいで、変な時間に腹が減って起きてしまった。携帯を開けば時刻はAM二時。こんな時間ではどこの店もやってはいまい。
空腹をやり過ごして寝てしまおうかとも思ったが、しかし今日ばかりは何も我慢するべきではないと俺の中の誰かが囁きやがる。悪魔とかそんなんかね?
まあ、何でもいいさ。どうせ、着の身着のままで寝ちまったんだ。外出に際して着替える必要も無い。コート一枚羽織れば俺@コンビニ突撃仕様の出来上がりだったしな。
おっと、財布財布……はコートのポケットに入れっぱなしか。寒いし、おでんかカップ麺だな。あったかい食物を胃が欲してぐるぐると唸りをあげていやがるぜ。
コンビニに置いてある食い物その他を頭の中で物色しながら玄関を出、最初の十字路を右に曲がり……
6:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
2011/01/19(水) 19:23:56.94 ID:IClwZiHj0
「……アンタ、何モンだ?」
俺の問いかけに、ソイツは鼻を鳴らす。今、俺は何か面白い質問をしただろうか。そんなつもりはないのだが。
しかしてよくよく自分の発言を思い返して、それは確かに漫画かアニメのような気取った発言に聞こえなくも無い。やっちまったか、俺? 自意識過剰か非日常にどっぷり肩まで浸かり込んで日常パートにまでそういうのが侵食してきたのだとしたらコイツはもう笑えない話だ。
アンタ、何モンだ?
7:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
2011/01/19(水) 19:25:20.37 ID:IClwZiHj0
「あの……スマンが話がさっぱり掴めんのでこの辺で俺はお暇させて頂いてもいいだろうか?」
言いながらも俺は後ろ足に重心を掛け始めていた。男に隙を見つけたらその時点でマイケルばりのムーンウォークでもって逃げ出す気は満々だ。
「いや、ぼくは別にいいけどね。ただ、ここでぼくとの間にフラグを立てておかないと多分、君の友達はみな死んでしまうと思うけど」
8:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
2011/01/19(水) 19:27:12.19 ID:IClwZiHj0
一通り話が終わった後で、戯言遣いは俺に向けて何かを投げて寄越した。
「長話で体が冷えただろう?」
それを受け取って、手の中の温もりに愕然とする。缶コーヒー。それはいい。これ自体はどこにでも有る市販のものだ。だが、今コイツはこれを懐から出したんだぞ? たった今!
9:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
2011/01/19(水) 19:28:54.49 ID:IClwZiHj0
「こんな事は驚くに値しない。それよりも、こういった事を平気で行えるような人間が君の前に現れた、その事をこそ君は驚愕するべきだとぼくは思う」
「どういう意味だよ」
「君は知らないのかな? それとも知っていて考えないようにしているのか。別にどちらでもぼくはいいけれどね。『鍵』。宝物の鍵。それは宝物に次ぐ優先順位で守られるべきものだ。
10:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
2011/01/19(水) 19:30:55.59 ID:IClwZiHj0
……なんだ? 今のブラなんとかっていうのはもしかして古泉の事を指してんのか?
しまった。もっとちゃんと聞いておけばよかった。あの似非スマイルをおちょくる材料を聞き逃すなんてあるまじき失態だぜ、チクショウ。
「……彼一人では狐さんの相手は難しいだろうな。とは言え、壱外の人間がのこのこと出て行けば玖渚機関における火種になりかねないとか、ああ困ったものさ。そうは思わないかい?」
11:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
2011/01/19(水) 19:32:15.64 ID:IClwZiHj0
「彼は敵じゃない。彼は世界の……敵じゃない」
俺の喉、そして背中から違和感が消える。それと同時に目の前に有った人の形をした夜も、見回せば背後に確かに居たであろう少女の姿も正しく言葉通り影も形もなくなっていた。
奇術集団かよ、お前らは。
12:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
2011/01/19(水) 19:36:25.92 ID:IClwZiHj0
「十三銃士」
戯言遣いに促されるままに道を歩く。その俺に向かってソイツは肩口にそう言った。
「じゅうさん……じゅうし? 突然数を数えだして何がしたいんだよ、戯言遣い」
13:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
2011/01/19(水) 19:38:44.83 ID:IClwZiHj0
「さっき」
戯言遣いは話し出す。
「君の喉にナイフを突き付けていた娘、居ただろう?」
14:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
2011/01/19(水) 19:41:04.87 ID:IClwZiHj0
悪役のアジトを話が始まった途端に強襲する正義の味方サイド。
そんな話聞いた事ねえよ。
「よお、よく来たな、俺の敵」
15:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
2011/01/19(水) 19:43:48.03 ID:IClwZiHj0
はてさて、お分かり頂けたとは思うだろうが、それとも読み飛ばされただろうか。悪の秘密結社と言って俺が連れてこられたのはどこにでも有る二十四時間ファミレスである。
最近の流行か知らんが喫茶店を拠点にする正義の味方は聞いた事が有っても、流石にファミレスに寄生する悪役ってのは前代未聞だ。
少しづつではあるが、もしかしたらそんなにシリアスな話でもないのかもなと思えてきた。
そんな俺の醸し出す気だるい空気など最初っから、存在すらも無かった事にしてしまいかねない勢いでいーさんと狐面の男のやり取りは続く。
16:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
2011/01/19(水) 19:46:01.18 ID:IClwZiHj0
「……敵同士、って!?」
「おうおう、動揺してる姿も可愛いねえ、いーちゃん。だが、幾ら可愛くても今回ばっかりはダメだ」
赤いウェイトレスさんはそう言って、狐面の男の隣にどかりと座り込む。え? 店員さんじゃないの?
17:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
2011/01/19(水) 19:50:22.41 ID:IClwZiHj0
哀川さんは豪快に笑う。ファミレス中に轟く、大音量でその人は笑った。
「正直、諦めてた部分も有ったんだよ。アタシらしくもないが、それでもちょっと強くなり過ぎたっつーかロープレでチートして途中からゲームをする事自体がダルくなる感じだな。やっぱ最初から勝敗が分かってるような敵じゃ、こう……燃えねえよなあ」
燃え盛る炎のような真紅で全身を染め上げて、立ち上る存在感は最早熱気としか形容のしようがない。炎と比喩して何の問題もないであろう人類最強の口から出た「燃えない」という言葉。
18:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
2011/01/19(水) 19:54:07.73 ID:IClwZiHj0
オラ、ワクワクしてきたぞを地で行くその眼の輝きは紛れもない本心なのだろう。なんだ、この人。どんな図太い神経してやがるってんだ。
「つまり、アタシにしてみりゃクソ親父の世界の終わり云々なんってーのはどうでもいいんだよ。アタシは強敵と出会えればそれでいい」
格闘漫画みたいな事言い出しやがった。本当にこの人は現実に居る人間か、俺にはどうも怪しく思えてきたぜ?
19:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
2011/01/19(水) 19:57:58.72 ID:IClwZiHj0
「話し合いで済むのならば、それに越した事は無いと思っていたんですよ。そういうのがぼくの戯言における本領ですからね。ただ……ただ、哀川さんがそちら側に回っているのは予想外でした」
いーさんは言う。
「貴女は、貴女だけは正義を間違えないと思っていましたから。どうやらぼくの買い被りだったようでほっとしていますよ。哀川潤も、人の子だったんだな、なんて。変な話ですけど」
20:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
2011/01/19(水) 20:01:46.98 ID:IClwZiHj0
「その辺にしておけ、潤」
「……クソ親父。なんだよ、アタシのパートはこれで終了かよ。つっまんねえな」
頬を膨らませて立ち上がる赤い彼女。その鋭い眼光で睨み付けるのは、俺。……え? なんで、俺?
21:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
2011/01/19(水) 20:05:10.77 ID:IClwZiHj0
「良いんですか、狐さん。哀川さんを帰してしまって。これでもう、貴方を守る人は居ませんよ」
「『これでもう、貴方を守る人は居ませんよ』、フン。いいか、"いーちゃん"。潤はただの前座だ。お前も得意な時間稼ぎってヤツだ。時間が時間だからな。連絡が付いたのは六人しか居なかったが、それでもお前らを全滅させるには十分だろ」
十三銃士。あんな人が後十二人も居るっていうのかよ、おい。たった一人でも長門の相手を出来そうな規格外が他にまだ!?
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