1:※ことうみ[sage saga]
2015/04/05(日) 18:08:11.55 ID:lE2tgw5So
監視カメラなどではなかった、
あの赤い光はただの月だ。
いまは厚い雲に覆われているあの鋭い光も、
実際にはただの月影なのだった。
恐れることはない。
目を焼かれることもない。
いずれにせよ、そらすべきではなかった。
この冷たい雨も、夜更けには引いてしまうのだから。
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2:名無しNIPPER[sage saga]
2015/04/05(日) 18:09:22.46 ID:lE2tgw5So
遠くに降り続く雨音を言い訳に、
身体に馴染んだ掛け布団のなかでまどろんでいた。
明日のことさえ忘れるほど、その部屋は時が止まってみえた。
3:名無しNIPPER[sage saga]
2015/04/05(日) 18:09:49.05 ID:lE2tgw5So
クローゼットの一角を私の部屋着が占めることに、
ことりのお母さんですら、
不思議に思わなくなって久しい。
4:名無しNIPPER[sage saga]
2015/04/05(日) 18:10:15.75 ID:lE2tgw5So
雨音にまぎれて階下で甲高い笑い声が聞こえる。
ことりのお母さんはもう帰っていたらしい。
昔なじみの同級生と語らう時の、少し子供じみた話し方。
5:名無しNIPPER[sage saga]
2015/04/05(日) 18:10:42.34 ID:lE2tgw5So
うみちゃん、まだいたぁ。 ことりが甘えてくれる。
そうです、海未はここにいますよ。
汗のにじんだ布団の奥で、
6:名無しNIPPER[sage saga]
2015/04/05(日) 18:11:08.89 ID:lE2tgw5So
携帯電話の赤いランプが点滅して、充電完了を告げていた。
あと一時間か少しすれば、日付も変わってしまう。
7:名無しNIPPER[sage saga]
2015/04/05(日) 18:11:35.48 ID:lE2tgw5So
寝間着を抱えて部屋の電気をもう一度消して、二人で階段を下りていく。
階段の照明は点けなかった。
前を行くことりの揺れる後ろ髪や
8:名無しNIPPER[sage saga]
2015/04/05(日) 18:12:02.09 ID:lE2tgw5So
廊下の突き当たりではリビングの明るさが染み出している。
わずかに開いたドアの隙間から、ことりのおばさまの声が聞こえる。
校内では見せない、
けらけらと明るい笑い声がときどき挟まる。
9:名無しNIPPER[sage saga]
2015/04/05(日) 18:12:28.69 ID:lE2tgw5So
海未ちゃん、
とリビングから聞こえて息が詰まる。
私を呼んだのではなく、会話のうちにこぼれた言葉だ。
10:名無しNIPPER[sage saga]
2015/04/05(日) 18:12:55.25 ID:lE2tgw5So
冷たい雨が降り始めた頃だった。
帰りたくない、帰らないで、とことりがせがんだ。
音を立てて通学路や世界を濡らす雨は髪の毛や首回りや制服のシャツまで濡らし、
11:名無しNIPPER[sage saga]
2015/04/05(日) 18:13:21.81 ID:lE2tgw5So
さながら捨て子の泣き顔だった。
光を被けたことりの目は涙に汚され、腫れた目尻を赤くゆがめていた。
唇はもう言葉を形作ることもできず小さく開いたまま、
頬にはあの透き通る髪の幾筋かが濡れて張り付いたまま、
12:名無しNIPPER[sage saga]
2015/04/05(日) 18:13:48.41 ID:lE2tgw5So
「えいっ」
不意に指先が頬へと押し付けられる。
廊下の向こうから戻ってきたことりだった。
13:名無しNIPPER[sage saga]
2015/04/05(日) 18:14:14.95 ID:lE2tgw5So
作詞の進度を尋ねられたのは、
ことりが私の背中を流し始めた時だった。
曇りガラスを雨粒が叩く音もいつしか弱まり、
14:名無しNIPPER[sage saga]
2015/04/05(日) 18:14:41.53 ID:lE2tgw5So
「海未ちゃんはさ、」
手を止めて尋ねる。
「いつも、どうやって詞を作ってきたの?」
15:名無しNIPPER[sage saga]
2015/04/05(日) 18:15:08.10 ID:lE2tgw5So
「作詞の方法なんて、私にも分かりません。もっとうまい人がいますよ」
でも、わたしたちは海未ちゃんの詞じゃないとダメなんだよ。
16:名無しNIPPER[sage saga]
2015/04/05(日) 18:15:34.67 ID:lE2tgw5So
「じゃあ海未ちゃん、ことりも洗ってよ」
「はいはい。髪は洗ってましたから、」
17:名無しNIPPER[sage saga]
2015/04/05(日) 18:16:01.23 ID:lE2tgw5So
私はため息を魂が抜け落ちるほど長く吐いてから、ボディソープを手に取った。
フランス語のラベルに描かれた
貝殻の中のヴィーナスがやけに挑発的な笑みを見せている。
18:名無しNIPPER[sage saga]
2015/04/05(日) 18:16:27.81 ID:lE2tgw5So
肩胛骨のくぼみが造るわずかな影をなぞって、
ことりの形を崩さぬように
指を動かしていく。
手のひらを広げて、背筋に白い泡を広げていく。
19:名無しNIPPER[sage saga]
2015/04/05(日) 18:16:54.41 ID:lE2tgw5So
もう一度肩に手を添えて、右腕からすくい取ってゆく。
か細いながらも薄く肉の付いた腕に泡を通してゆく。
少し力を込めても受け入れてしまう柔肌は、
ほとんど髪の毛を梳くのと変わらないほど指を滑らせていく。
20:名無しNIPPER[sage saga]
2015/04/05(日) 18:17:20.99 ID:lE2tgw5So
ことりはいま、何を見ているのだろう。
ちらと見えた顔は目を閉じたまま、
フェルメールが描いた女性たちのように、安らかな表情をしている。
21:名無しNIPPER[sage saga]
2015/04/05(日) 18:17:47.54 ID:lE2tgw5So
では、あとはどうぞ、と手を引くのを今日のことりは許してくれない。
「海未ちゃん。こっちも」
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