都市伝説と戦う為に、都市伝説と契約した能力者達…… Part13

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596 :昨晩夜更かしだったのでねむねむ花子さんとかの人  ◆7JHcQOyXBMim [sage]:2022/02/06(日) 10:30:31.21 ID:oKMNb8Wc0
>>595
> だよなあ、絶対くるよなあ、憐君も心配してるとしたらそこだよなあ
憐だけじゃなく、幼馴染ず全員が心配っつか、その可能性は考えてますね
みんなメルセデスの事は知ってるし、他にも都市伝説を誤魔化したり、正体誤認される可能性については色々実例知ってるから
「先生」辺りに、その点さらっと説明させられるのが理想なのでがんばりゅ

> いいのか「先生」、それでも「先生」穏やかに笑ってるんだろうなあ
慣れちゃってるってか、「先生」、憐と憐の母親にはかなり甘いですよ

> 行きます、飲みます! やりますよ、彼は
了解!
597 :気づいたら日付越えてた花子さんとかの人  ◆7JHcQOyXBMim [sage]:2022/02/07(月) 00:41:28.52 ID:7IqL4E0R0
■いままでのあらすじ
「みんなで遊ぼう」「みんなで遊ぼう人狼遊戯」

>>510-513
「人狼遊戯のその後に」

>>533-542
「次世代ーズ 「いよっち先輩からの質問」」

>>548-550
「簡単なご返答」

>>565-569
「次世代ーズ 「早渡、返答を受けて」

>>584-585
「備えは大事」

>>589-591
次世代ーズ 「厚意、返答、触診、そして」 

今から投下するもの



                 ハ_ハ  
               ('(゚∀゚∩ いくよ!
                ヽ  〈 
                 ヽヽ_)
598 :保険仕込みと時間つぶしの雑談  ◆7JHcQOyXBMim [sage]:2022/02/07(月) 00:43:05.18 ID:7IqL4E0R0
 にこにこと、穏やかに。「先生」は脩寿を見つめる。若いなぁ、と。
 青少年の何かが危なかった気配がしたが、まぁ仕方ない。若いのだし。おっぱいにはそういう魔翌力が存在するものだ。
 まぁ、そんな微笑ましい様子は一旦さておき、だ。

「弾丸の特殊効果は、本日の茶がエリクサー仕様だった故に解毒は完了しとると思うが」
「聞けば聞くほど、世の錬金術師が卒倒しそうというか一杯辺りの値段想像すると怖い」
「何かあったら、都市伝説関連わかる医者にきちんと診てもらうようにするんだよ」

 エリクサーに関しては、「先生」は己の契約しているものの力でそこそこ気楽に生み出せるため、気にしていない。
 それくらいの材料は、もしもの場合に備えて用意しているしある程度取り込んでいる。
 いつでも、必要なものを錬金できるようにしておくぐらいはしてあるのだ。
 そうじゃなければ、いざと言うときの緊急治療時に困る。

「……に、しても、早渡後輩。また危ない目に遭いそうなら、「先生」の言う保険、やってもらいなよ!」
「えっ。あ、いや、でも……」
「もしもの時の備えは多い方が大事だよ。こう……切り札のさらに切り札、じゃないけど。保険のさらに保険!」

 ぷんすこした様子で、一葉が脩寿にそう告げている。
 備えが多い事に関しては、「先生」も同意するところだ。
 むしろ「先生」の場合、己が誰かが成し遂げようとする事柄の「保険」となる事が今の役目、と思っている節すら多少はある。
 それを口に出してしまうと、九割方苦言を呈されてしまい首をかしげる事にもなるが。

 脩寿は一葉に言われて、ぐぬぬぬ、と考え込んでいるようだった。
 一度断りはしたものの、彼女に強めに押されると弱いのだろうか。
 将来、女性の尻に敷かれていそうな気配を感じたが、そこは指摘せずとも良いだろう。

「……じゃ、じゃあ、一回分だけ」
「ふむ、わかった。では迷い子の少年、口開けて」
「?はい」

 言われた通りに口を開く脩寿。
 「先生」はぱちり、手元を赤く輝かせてそれを生み出すと、ぽい、と。
 生み出したそれを、脩寿の口の中に放り込んだ。

 あ、と脩寿は声を上げるよりも早く、小指の爪ほどの大きさのそれを飲み込んでしまう。

「良し、保険仕込み完了」
「早い!?」
「なんか、宝石みたいに赤いちっちゃなキャンディを口に放り込んだみたに見えた」
「一回きりだが、命にかかわる怪我、毒、病に対抗できる。一度きりの命のストック、と思うと良い。今風に言うと「残機が増える」?」

 かつて、「組織」のとある黒服にこっそり仕込まれていた物。
 「賢者の石」の劣化版。一度きりしか発動しない未完成の代物。
 それよりもう少し上等な……その「組織」の黒服が、「エクスカリバー」の契約者たる狂人との戦いに備え仕込んだほどのレベルの劣化版「賢者の石」となると、流石にここまで気楽には仕込めない。
 が、逆に言えば、一回きりの使い捨て性能のものであればこの程度気楽に仕込めるのだ。
 あの「黒服」が気付かれぬうちに仕込まれていたのもそのせいだろう…………それを行ったのは、「先生」の古い友人なのはさておく。

「さて、一応、馴染むまで拒絶反応出ないか少し待とうか。あ、服は着ていいよ」
「あ、はい」

 ごそごそと、脱いでいた上半身を着こんでいく脩寿。
 その様子を見つつ、さて、と「先生」は思案する。
 ただ待っているだけも暇だろう。何かしら、話題になりそうな事柄はあるか。
 考え、あぁそうだ、と、話題を向けることにした。

「迷い子の少年。君は、君が探している少女の契約都市伝説が真に「ソドムを滅ぼす神の怒り」であるかどうか。その辺りの会話をしていたね?」
「…………はい」

 脩寿としては、そこは考え込んでしまう案件なのだろう。
 ぐつぐつ、ぐつぐつと、考え込みすぎて内で煮えたぎり、その思考そのものが毒と化してしまいかねない程に。
 思考は止めるべきではなく、立ち止まるべきではなく、とどまってしまえば最悪濁り腐り何もわからなくなる。
 そうではないだろう、と断言して否定するつもりはないが。
 少しばかり、濃度を薄める程度ならいいだろう。
599 :保険仕込みと時間つぶしの雑談  ◆7JHcQOyXBMim [sage]:2022/02/07(月) 00:46:46.10 ID:7IqL4E0R0
「我が助手の従弟が疑問を呈したのは、あの子の情報網的には当然といえば当然であろ。あの子が通う「教会」の支部には、凍れる悪魔の御仁もおるしな」
「凍れる悪魔……あれ?教会なのに、悪魔?」

 「先生」の言葉に、疑問符を浮かべたのは一葉だ。
 まぁ、そうだろう。通常、「教会」と言う名称を聞けば、そこに悪魔がいるというのはあまりイメージにはあわない。

「そうだよ。かつて、幾百年もの間、雹と霰の天使「バルディエル」に成りすましていた凍れる悪魔。ソロモンの悪魔の一体にして四十八の軍団を指揮する侯爵。天使の姿をもって現れる、かつては竜でもあった者。「クローセル」。二十年程前のごたごたで正体がばれても、幾重もの策略と保険と誰かさんの情けにて。今なお「教会」に所属したままだ」
「成りすます、ですか……」
「うむ。当人が策を巡らせたせいもあるが。そもそも、成りすましていた天使が司るは雹と霰。凍れる悪魔であれば、装うのは難しくなかろうて」
「似たような感じだから、バレにくかったって事、かな……?」

 そうだ、と一葉に対して「先生」は頷いて見せた。
 似たような存在。故に誤認しやすく、正体はバレにくい。

「「通り悪魔」の御仁が、「悪魔の囁き」と間違われやすいというある種似たような例もあるな。当人は成りすましているつもり等ないが、能力が似ているが故、間違われやすい」
「あぁ、聞いたことあります。そのせいで面倒な事に巻き込まれた事もあるとか」
「あの御仁の場合、人型とっとる「悪魔の囁き」系統の知り合いもいるしねぇ。当人にしてみれば、自分の能力の方が扱いにくいとの事だが。他者から見れば似たようなものだろう」

 「先生」は、脩寿を見つめる。
 診察前に、保険を仕込むかと問いかけた時の誘いかけるような艶やかさは今はなく。穏やかに人を教え導かんとする教師の笑顔。
 ……もっとも、あの問いかけをしていた際、己がある種の艶やかさを帯びていた自覚は「先生」にはない。
 かつて、己の心に入り込み染め上げ「愛」を植え込み操ってきた女を、逆に本気で惚れさせ結果的に死に至らしめた人の心を誘う天性の毒を。毒を知り尽くしたはずの男は自覚すらしていないのだ。

「……その都市伝説にもよるが。誤魔化し、偽る事はできる。誤認してしまう事はある…………思い込みは、時として猛毒にもなりえる」
「それは…………」
「人は、時として己の記憶にすら、己の感情にすら嘘をつく。正直、私も過去に思い切り経験がある。他者によって感じた印象すら操作される事もある…………我が助手の従弟が言うていたように。最悪、別のものである可能性も視野に入れた方が良いかもしれん」
「……でも。人を塩に変えちゃう、とか。そんないかにも特徴的な事、他の都市伝説で装えるのかな……?」

 もっともな疑問を一葉が口に出し。
 「先生」は、即座に答える。

「できるよ。ものすごく頑張れば私でもできる」
「「えっ」」
「やらんけどね。「姫君」から踏みつけられるどころかいっそ半殺し……いや、私は簡単には[ピーーー]ない故いっそ生殺し?にされる勢いで怒られる事確実であるし」

 むしろ、やる必要もないのだが。
 その結果を引き起こすことは、幾重にも能力を積み重ね使えばできるが。
 そこまでの労力をかけてやる事ではない。
 シンプルに毒をばらまいた方がずっと早い。それはそれで怒られるのでやらないが。

「他にも、かの「魔法」の契約者。「天災」たる魔法使いカラミティ・ルーンもできるだろうな。あの御仁はもっと派手に愉快で残虐なやり方を好むから、好き好んではやらんだろうけど」
「「魔法」……」
「あぁ言う万能一歩手前の力は、その気になれば誤認させやすいしされやすい。多種多様な事を行える者が、その一部だけをもって偽ると実に厄介だよ」

 あの魔法使いの活動圏内は主にヨーロッパ……この学校町に甥っ子がいたり友人と認識した者がいたりでそこそこの頻度でやってくるが一旦それはさておく……、例で出されてもピンと来ないか。
 ついでに、と。おそらく脩寿なら知っているであろう人物を、「先生」は例にあげる事にした。
600 :保険仕込みと時間つぶしの雑談  ◆7JHcQOyXBMim [sage]:2022/02/07(月) 00:48:22.10 ID:7IqL4E0R0

「迷い子の少年。「刀狩り」の青年は知っているかい?「獄門寺組」に所属しとる契約者なんだが」
「刀狩り?…………「刀狩り」の鉄(くろがね)さんですか?「獄門寺組」幹部の?「獄門寺組」に手を出そうとしたよからぬ集団を、たった一人でたいして時間もかけずに壊滅させたって言う?」

 やはり知っていたか。
 当人は「自分はフリー契約者!どこにも所属してないから!!」と言い張っていたが、やはり他からは「獄門寺組」所属認識だった。

「君は、「刀狩り」の青年が、どんな都市伝説と契約しているのか知っているかい?」
「「数珠丸恒次」や「蜥蜴丸」を使って戦ってた、って話を聞いたので刀剣類の都市伝説複数の契約、でしょうか」
「ふむ。やはり、よそからはそう認識されとるか」
「その言い方だと、早渡後輩の予想、外れてる……?」
「うん、違うね。実際は何であるのかは、「獄門寺組」所属ではない私が言うと角が立つ故、あとで「通り悪魔」の御仁辺りに聞くと良いとして、だ」

 あれは、その能力によって「奪い取った」刀剣だけ扱って戦っているところしか見られていないと見破られにくい。
 鬼灯は、獄門寺家に出入りしていて幼い頃の彼に剣の稽古つけてやった事もあるとかで「弱点狙い打ちされると一撃だったからな」と明確な弱点に気付いたが故に契約都市伝説を見破っていた。今は流石にその弱点をやすやすと狙わせてはくれないから稽古相手するのは無理と言っていたが。

「あれも、能力の一部だけ活用している現場しか見せていないと、見破るのは難しかろう。迷い子の少年のように、誤認してしまっても仕方ない」
「能力の一部…………」
「ただたまたま、能力の一部だけを見られたが故の誤認ならば良いが。意図して誤認させてくる場合は殊更、見破るのは難しくなろうて」

 …………ましてや。

「……そこに、悪意と言う毒が混じれば。余計に、ね」

 果たして、意図して誤認させたのか。
 それとも、たまたまだったのか。
 そこに、悪意と言う毒はあったのか。

(もしも、「言霊」だったりしたら実に厄介な猛毒。せめて、それではないと祈ろうか。祈る神などないが)

 口に出してしまえば、それこそ疑念と言う強すぎる毒になりかねないそこは、今は口に出す事なく。
 警告の一種として、伝えるべき事を伝えるに、とどめた。





to be … ?
601 :切腹土下座準備する花子さんとかの人  ◆7JHcQOyXBMim [sage]:2022/02/07(月) 00:52:12.46 ID:7IqL4E0R0
次世代ーズの人様に土下座しつつ投下完了
ひとまず、早渡君に一回限り発動の「賢者の石」を仕込みました
軽いものなので拒絶反応も出ないでしょう
ついでに、都市伝説を誤認しえる可能性とかについての軽い雑談
東ちゃんに、そこそこ疑問を飛ばすポジになっていただきました
602 : ◆John//PW6. [sage]:2022/02/08(火) 03:08:00.73 ID:quppXvrko
 

投下お疲れ様でしたー
保険、大事に使わせて頂きます😇
にしても早渡と先輩の距離感いいですね
「先生」の古い友人、ゲデさんかな?

「刀狩り」の鉄さん、一応フリーの立場と自称しているということは
闇市でも護衛もしくは戦闘要員としてフリーランスで活躍してるんですかね
早渡の口振りからしたら鉄さんと直接お会いしたことがない、もしくは
仮に闇市でお会いしてたとしても会話だけで戦い方とかは直接見たことがない感じだろうか

> あとで「通り悪魔」の御仁辺りに聞くと良い
ここなんですけど、早渡的には (本当に聞くとしたら、直接鉄さん本人に聞こう) となります
本人の許諾もないまま、本人以外の人から契約能力について聞くのは、非常に失礼な行為と認識してますので
(飲み会で、親密ではない同僚の年収やら配偶者やらマイナンバーやらの情報を、友人から聞き出すようなイメージ)

早渡が鉄さんとどれほど面識があるか、親密かによって話は変わってきますが
早渡の反応としては、鉄さんの能力は俺が見てたほど甘くはないんだなー、となりながら
話す機会があって鉄さんが許してくれるならそのとき聞いてみよう、ってふうに受け止めると思います

あとは「先生」の言葉を受けてかなり黙考する、という感じになるかな

早渡の反応回は少しお時間もらいますー

> 東ちゃんに、そこそこ疑問を飛ばすポジになっていただきました
先輩も自分の立場を踏まえてこの時期は色々勉強を始めてるはず
「先生」が先生してて非常に良かったです……

 
603 :温泉好きだけど入ると体力消耗激しい花子さんとかの人  ◆7JHcQOyXBMim [sage]:2022/02/08(火) 10:51:27.79 ID:MDc/933Y0
>>602
乙ありでーす

>「先生」の古い友人、ゲデさんかな?
ゲデではないですね
珍しく「先生」が愛称で名前を言う相手。「クリス」、とチラ裏で出してそちらで使っていただいたセリフで愛称出てます
当人は…………確か、過去に書いた話でも登場はしてなかったはず。フルネームじゃないが名前は出てるし存在は示唆されてるけど

>闇市でも護衛もしくは戦闘要員としてフリーランスで活躍してるんですかね
ってより、フットワークが軽いんですね
何かしら遠出する必要がでたと判断すれば、ふらっとそちらに赴いて行動します
そしてそれを、頭首たる龍一から許されてますね
当人、「獄門寺組には子供の頃から世話になってるけど所属してない。フリー!」って言い放ってますが、当人以外は彼を「獄門寺組」所属と思っています
「獄門寺組」に敵対するよからぬ輩を察知次第潰してたらそらぁそう

>仮に闇市でお会いしてたとしても会話だけで戦い方とかは直接見たことがない感じだろうか
そんな感じかな
上で言った通りフットワーク軽いし当人はフリーのつもりなので、闇市で厄介事あった時とか首突っ込んで助力した可能性あるなって思ってました

>ここなんですけど、早渡的には (本当に聞くとしたら、直接鉄さん本人に聞こう) となります
了解でーす
ちなみにこの時点での鉄、獄門寺家本家にいますね(学校町が久々に色々やべー気配してるので守りについてる)

>「先生」が先生してて非常に良かったです……
あいつ、ちゃんと先生できたんだな……って書いてて思いましたね
604 :罪深い赤薔薇の花子さんとかの人  ◆7JHcQOyXBMim [sage]:2022/02/08(火) 23:48:22.08 ID:MDc/933Y0
■おおざっぱなじかんじく
>>527-529
「企み企まれ」の後辺り
「狐」決戦当日の前夜深夜辺り

今から投下するやつ





                 ハ_ハ  
               ('(゚∀゚∩ ソォイッ!
                ヽ  〈 
                 ヽヽ_)
605 :彼らに送る抹殺指令  ◆7JHcQOyXBMim [sage saga]:2022/02/08(火) 23:50:04.67 ID:MDc/933Y0
 甘い香りが充満している。
 どろどろに思考を溶かしてしまうような甘ったるい香りが。

 己は、この手の能力に対して強い方である、と郁は自負していた。
 他者には隠している己の事情の影響で、だ。
 ……その事情は、この甘ったるい香りを放つ主たる「白面金毛九尾の狐」にすら明かしていない。
 おそらくは気づかれているだろうけれど、気づかれていても傍に置いてくださるという事はそれだけ信頼されているという事。
 その事実に優越感を感じながら、郁は静かにそのやり取りを眺めていた。

 「白面金毛九尾の狐」は妖艶な笑みを浮かべながら、「朱の匪賊」が四番隊隊長包 六郎を見つめていた。
 その傍らでは、鬼が呪い人形を抱えたまますやすやと丸くなって眠っている。人形の首が思い切り絞まっているように見えるが、人形なので大丈夫なのだろう、多分。

「あなたには、頼み事があるの」
「頼み事、でございますか」

 えぇ、と、「白面金毛九尾の狐」が笑みを深めると、甘い香りがさらに強まったような錯覚を覚える。
 彼女が微笑めば、それだけ魅了の、誘惑の力は強まるのだ。
 いや、微笑んだ場合だけとは限らない。
 ほんの些細な仕草をしただけでも、魅了が、誘惑が強まる。
 この「白面金毛九尾の狐」はそういう存在なのだ。誘惑特化。それ以外の力が強くない代わりに、魅了に関してだけはこんなにも強い。

「「死毒」、アハルディア・アーキナイト。この男を、始末してほしい」
「「死毒」……」

 つ、と、「白面金毛九尾の狐」が郁に手を伸ばした。
 郁は彼女が求めているものが何であるのか理解していて、用意してあったその写真を彼女に手渡す。
 「死毒」。今は「先生」等と呼ばれている男。「薔薇十字団」所属の「賢者の石」の契約者。あの男の写真だ。
 「白面金毛九尾の狐」は受け取ったそれを、そのまま六郎へと手渡す。
 写真を手渡すその瞬間、指先がほんの少し触れ合う……あれでまた、六郎への魅了は強まり深まったのだろう。六郎の反応を見た限り、それは明らかだ。

「この男。かつて、私を毒殺しようとした男よ」
「何ですと!?こ、この男が、「十六夜の君」を……!?」
「えぇ。愛していると囁きながら。毒を生み出し、殺そうとしてきたの」

 彼女にとっても、それは苦々しい記憶なのだろう。
 まさか、誘惑した瞬間に殺されかけるなどと誰も思うまい。それが都市伝説ならばともかく、一応は人間として生まれ人間として育ち、契約しても飲まれず人間のままであった存在に、となればなおさらだ。
 発狂して正常な思考を保てなくなった人間の思考パターンは、たとえ都市伝説であろうとも理解が及ばないとも言う。

「そう簡単に死ぬ男ではないわ。だからこそ。痛めつけて痛めつけて痛めつけて痛めつけて痛めつけて痛めつけて痛めつけて、たっぷりと、もう一度その心が壊れるほどに苦しめて、嬲って、殺してやりたいの」

 艶やかに微笑みながら、残酷な事を囁きかける。
 そうするべき。そうしなければならない。そうするのが当たり前。
 囁きかけられている六郎は、そのように感じている事だろう。
 芯まで魅了され、とろけた思考は「白面金毛九尾の狐」の言葉を全て肯定してしまう。

「あの男はね、恐ろしい毒を使うの。どんな毒でも瞬時に作り上げることができるそうよ…………でも、安心して?対策手段はあるわ」

 つ、とまた「白面金毛九尾の狐」は郁に視線を向けた。
 眼差しが向けられる。甘い香りが、自分を向いたようにすら感じる。
 何を求められているのか、ちゃんとわかっている。
 救急箱よりも小さな小箱を、郁は六郎に差し出した。

606 :彼らに送る抹殺指令  ◆7JHcQOyXBMim [sage saga]:2022/02/08(火) 23:51:09.11 ID:MDc/933Y0
「どうぞ。中には「征露丸」が入っている。「組織」で少しばかり改良された強化版でね。まだ開発中の物だが、「死毒」の作り出すレベルの毒であっても抗うことができる」

 もっとも、改良中であるが故に問題もある。
 毒を防ぎはするのだが、効果が切れるとこの改良版「征露丸」自体が毒となってしまう。
 死ぬほどの毒ではない。毒を防ぐのと同じ程度、すなわち二十四時間程度死ぬほど腹を下し続ける程度の毒なので伝えずともいいだろう。

「せいぜい四十六個程度しか、僕の立場では確保できなかった。そちらでうまく配分して使ってくれ」
「かたじけない。しかし、こちらに全てお渡しになられるので?」
「あなたの隊が、「死毒」を殺してくれるのなら。私達が使う必要はないもの」

 それは暗に、「確実に殺すように」と命令しているようなもの。
 失敗は許さない、と暗に告げているのだ。

「……あぁ、それにしても、忌々しい」

 ふと、「白面金毛九尾の狐」は不機嫌を露わに顔を歪めた。
 通常であれば尾を損なうような表情の変化なのだが、彼女の場合このような表情ですら、一種の美を感じさせ人の心へと食い込む。

「「死毒」、あの男のせいで。この街に来てからずっと、私の意思は封じられ、閉じ込められていた…………本当。酷い事をする男だわ」
「何と!?「十六夜の君」を封じたのが…………この!「死毒」の仕業であると!?」
「……僕は、それは初耳なのですが。確かなのですか?」

 驚きと怒りの声を上げる六郎と、初めて聞いた情報に眉を顰める郁。
 「白面金毛九尾の狐」は、忌々し気に顔を歪めたまま頷いて見せた。

「あの男しか、原因は考えられない。どのような手段を使ったのか、それすら悟らせなかった。えぇ。えぇ。忌々しいし憎々しい」

 ……春に学校町に入り込んだ時の出来事を、「白面金毛九尾の狐」は鮮明に覚えている。
 街に入り込んですぐに見つけたのだ。以前に自分が誘惑した時より若返った姿になっていたが、間違えようがない。「死毒」の姿を。
 以前に誘惑して毒殺されかけた時と違い、正気を取り戻しているのだという事は「組織」で情報収集を任せていた郁から聞いていた。
 だから、今度こそ、誘惑してやるつもりだった。己の支配下にして、今度こそ便利な道具にしてやろうと、近づいて、声をかけて。
 ……気づいた「死毒」が振り返ってきたのと。
 己の意識が、突然、ぶつんっ、と途切れて。この肉体だけではなく、世界の何もかもに干渉できなくなってしまったのは、ほぼ同時だったのだ。

「状況から見て。私を封じてきたのはあの「死毒」しか、考えられない」
「お労しや……!「死毒」め、なんたる外道……!」
「えぇ、酷い、酷い男なの。だから…………たっぷり、痛めつけて、嬲って、苦しめて、殺してちょうだいね?」

 くすり、と「白面金毛九尾の狐」の顔に、妖艶な笑みが戻る。
 そして、つ……と、細い指が、六郎へと伸びて。
 美しい、笑みを浮かべたその顔が、六郎へと近づいて。

 六郎の頬に、柔らかで心地いい感触。

「お願いね?「死毒」に関することは、この郁に聞きなさいな」

 「白面金毛九尾の狐」の顔が、六郎から離れる。
 邪悪に、楽しそうに、笑う。嗤う。

 心を弄ぶ邪悪は、なんとも気軽に、気楽に。
 「朱の匪賊」へと、「死毒」の抹殺命令を、下した。



to be … ?
607 :鉄板焼き土下座してる花子さんとかの人  ◆7JHcQOyXBMim [sage saga]:2022/02/08(火) 23:52:32.04 ID:MDc/933Y0
次世代ーズの人に焼き土下座しつつ投下完了
包 六郎さんの喋り方自信なくってセリフ少ないのがバレバレだね

とまれ、ほっぺちゅープレゼントしつつお・ね・が・いしたようです
608 : ◆John//PW6. [sage]:2022/02/09(水) 06:16:17.65 ID:vLr72pR9o
 
投下お疲れ様です
隊長はここからどんどんおかしくなっていくんだ……!
話し方もギャグの暗黒面に向かってがんがん崩れていくぞ!!
美味しいね隊長さん! ここからもっと美味しくなるよ隊長さん!

思った以上に「先生」に対する殺意高めの「狐」から殺害依頼を受けたわけですが
これは隊長に極太のフラグが数本立ちましたね
しかも「征露丸」の副作用がえげつない、「組織」はこんなの使おうとしてたのか

というか今回の登場人物全員にあらゆる種類のフラグが刺さりまくってるぞ?



>>603
クリス氏といい薔薇十字団といいまだ謎が多いな……
鉄さんの件も承知です! 龍一氏から許可されてるってことは実質「獄門寺組」所属

 
609 :鉄板焼き土下座してる花子さんとかの人  ◆7JHcQOyXBMim [sage saga]:2022/02/09(水) 10:56:01.97 ID:cPkz8dlM0
>>608
>隊長はここからどんどんおかしくなっていくんだ……!
おいたわしや隊長さん(対岸から眺める)

>しかも「征露丸」の副作用がえげつない、「組織」はこんなの使おうとしてたのか
まだ実用化はされてない開発段階の改良品ですからねぇ
きちんと副作用なくなってから(せいぜい軽めの腹痛くらいまで抑えられたら)実用化、って感じかと
今回は郁が勝手にそれを持ちだしていただけです
ちなみに個数が中途半端なのは、5D20振って個数決めたからです。すまねぇな。半分に届かなかったよ達成値


>鉄さんの件も承知です! 龍一氏から許可されてるってことは実質「獄門寺組」所属
「獄門寺組」所属って思われてるのはその点もあるでしょう
っつか、もう当人フリー名乗るの止めて「獄門寺組」所属って認めた方がいい(名簿にも名前載せられてるし)
610 :次世代ーズ ◆John//PW6. [sage]:2022/02/11(金) 02:38:09.73 ID:St4aCTY8o
 

 >>598-600
 「保険仕込みと時間つぶしの雑談」へのクロス


 ●時系列

  前スレ  811-814 「みんなで遊ぼう」   花子さんとかの人
   ↓
  前スレ  849-853 「みんなで遊ぼう「人狼遊戯」」   花子さんとかの人
   ↓
  前スレ  933-936 「いよっち先輩、来る」   次世代ーズ
   ↓
  本スレ >>510-513 「人狼遊戯のその後に」   花子さんとかの人
  本スレ >>519-520 「一方大人の情報交換とか」   花子さんとかの人
   ↓
  本スレ >>533-542 「いよっち先輩からの質問」   次世代ーズ
   ↓
  本スレ >>548-550 「簡単なご返答」   花子さんとかの人
   ↓
  本スレ >>565-569 「早渡、返答を受けて」   次世代ーズ
  本スレ >>579-581 「早渡、返答を受けて」のおまけ   次世代ーズ
   ↓
  本スレ >>584-585 「備えは大事」   花子さんとかの人
   ↓
  本スレ >>589-591 「厚意、返答、触診、そして」   次世代ーズ
   ↓
  本スレ >>598-600 「保険仕込みと時間つぶしの雑談」   花子さんとかの人


 ●ここまでのあらすじ

   【11月】のとある日の放課後、早渡は花房に呼び出され、「人狼」に挑む
   その後、診療所で合流した一葉とともに三年前の事件の真相を中央高校組から教えてもらう
   その席で早渡は自分の持っている情報や疑惑を共有した

   早渡の目的は「九宮空七を見つけ出すこと」、そして彼は「彼女が『狐』の下にいる」と疑っていた
   いくつかの嫌疑が呈され、早渡のなかで深まるのは疑いか、あるいは躊躇いか
   「先生」から“保険”をもらった後も、彼は答えの出ない問いを前に迷い続ける

   ところで隣室では早渡の幼馴染が早渡の恥ずかしい画像やら動画やらを中央高校組に提供し続けているぞ!? 早く止めろよ!!


 
611 :次世代ーズ 「様子見の間に」 1/3 ◆John//PW6. [sage]:2022/02/11(金) 02:39:07.33 ID:St4aCTY8o
 



 顔赤くなってんの、バレてんじゃないかな?
 とりあえず顔を見せないようにYシャツを着直す



 いよっち先輩に圧されて、結局「先生」から一回分の“保険”を頂くことになった
 実のところ體内で妙なことにならないか不安だったが、特に何も起こらなかった

 今は一応「先生」の提案で、馴染むまでは様子見ということになった
 ……俺、いよっち先輩に泣かれて以後、先輩に圧されると弱くなってない?
 別の意味で不安が鎌首をもたげてくる

 あと「先生」的には撃ち込まれた弾の影響も心配してくれていたらしい
 あれは本当に何の変哲もない通常弾だったんだが、念のためということだ


「迷い子の少年
 君は、君が探している少女の契約都市伝説が、真に『ソドムを滅ぼす神の怒り』であるかどうか、その辺りの会話をしていたね?」

「あ……、はい」


 迷い、迷う
 残留する“波”は確かに、空七のそれだった
 かつてのものとは大分変質している。が、看過するほど俺の感覚も馬鹿じゃない


「我が助手の従弟が疑問を呈したのは、あの子の情報網的には当然といえば当然であろ
 あの子が通う『教会』の支部には、凍れる悪魔の御仁もおるしな」

「凍れる悪魔……あれ? 教会なのに、悪魔?」

「そうだよ。かつて、幾百年もの間、雹と霰の天使『バルディエル』に成りすましていた凍れる悪魔
 ソロモンの悪魔の一体にして四十八の軍団を指揮する侯爵。天使の姿をもって現れる、かつては竜でもあった者。『クローセル』
 二十年程前のごたごたで正体がばれても、幾重もの策略と保険と誰かさんの情けにて。今なお『教会』に所属したままだ」


 俺の知らない「教会」の事情を、ただ聞く

 成り済ます、装う、謀る。どの界隈でもそうなんだろうが、熟達した実力があれば
 他者を欺くことはそう難しいことではない、それが「先生」の話すところの趣旨だった


「その都市伝説にもよるが。誤魔化し、偽る事はできる
 誤認してしまう事はある……。思い込みは、時として猛毒にもなりえる」

「それは……」

「人は、時として己の記憶にすら、己の感情にすら嘘をつく
 正直、私も過去に思い切り経験がある。他者によって感じた印象すら操作される事もある
 ――我が助手の従弟が言うていたように。最悪、別のものである可能性も視野に入れた方が良いかもしれん」


 「先生」は真っ直ぐ俺を見て、諭すように語り掛ける
 俺が迷い、迷っているところを、見抜いているのか


「でも。人を塩に変えちゃう、とか。そんないかにも特徴的なこと、他の都市伝説で装えるのかな?」


 俺がどう返答すべきか迷っていると、いよっち先輩が疑問を口にした


「できるよ。ものすごく頑張れば私でもできる」

「「えっ」」


 それに対する「先生」の答えに思わず驚いてしまった

 少し遅れて、脳裏に彦さんの言葉が甦った


『お前もゆくゆくは同じことができるようになる、脩寿
 それは私にもできる、八にもできる。あるいは、定でも「呪宝」の力を借りれば同じことができる
 目の前の形に縛られるな。迷いに縛られるな。今お前の眼前にある物すら、如何様にも姿を変える。忘れるな――』




 
612 :次世代ーズ 「様子見の間に」 2/3 ◆John//PW6. [sage]:2022/02/11(金) 02:40:43.28 ID:St4aCTY8o
 

 いかんな、どうしても空七のことになると思考が狭窄する
 頭じゃ分かっていてもこれじゃ駄目だ、学校町まで乗り込んだのに、この期で「先生」に諭されるなんて


「迷い子の少年。『刀狩り』の青年は知っているかい? 『獄門寺組』に所属しとる契約者なんだが」

「ほ!?」


 急に話を振られた
 刀狩り? まさか、刀狩りの鉄(くろがね)さんの話か?


「『刀狩り』の鉄さんですか? 『獄門寺組』幹部の?
 『獄門寺組』に手を出そうとしたよからぬ集団を、たった一人でたいして時間もかけずに壊滅させたっていう?」


 急に話を振られ、舌がもつれそうになりながら問い返す
 「先生」はうむ、と肯いた


「君は『刀狩り』の青年が、どんな都市伝説と契約しているのか知っているかい?」

「『数珠丸恒次』や『蜥蜴丸』を使って戦ってた、って話を聞いたので
 刀剣類の都市伝説複数の契約、でしょうか」

「ふむ。やはり、よそからはそう認識されとるか」


 俺は鉄さんの契約伝承を知らない
 なんとなく“古い”曰くと契約している、そんなイメージを抱いていたが


「その言い方だと、早渡後輩の予想、外れてる?」

「うん、違うね。実際は何であるのかは『獄門寺組』所属ではない私が言うと角が立つ故、あとで『通り悪魔』の御仁辺りに聞くと良いとして、だ」


 違ったらしい
 しかも今の話では少なくとも「先生」と鬼灯さんはご存じのようだ


「あれも能力の一部だけ活用している現場しか見せていないと、見破るのは難しかろう。迷い子の少年のように、誤認してしまっても仕方ない」

「能力の一部」

「ただたまたま、能力の一部だけを見られたが故の誤認ならば良いが。意図して誤認させてくる場合は殊更、見破るのは難しくなろうて」


 見た側の誤認
 そして、見せる側の欺瞞


「そこに、悪意と言う毒が混じれば――。余計に、ね」


 「先生」は、そう言葉を引き継いだ
 言葉が、無数の言葉が、頭を、腹のなかを、廻る

 先に答えを想像しないと正解に辿り着けない逆説的な問い掛け
 相手の能力がどんなものか分からないのが普通


「早渡後輩、だいじょぶ?」

「いま『先生』の言葉をこう、なんというか、反芻? そう、反芻してる」


 相手のANfxが不明だからって、俺はそこで立ち止まってきたか?
 戦う前から負けること考えるバカがいるか?
 違うだろ、違うよな

 それに「先生」には前にも言葉を貰った
 そう、俺は確かに貰った



 
613 :次世代ーズ 「様子見の間に」 3/3 ◆John//PW6. [sage]:2022/02/11(金) 02:41:56.84 ID:St4aCTY8o
 

          思い込みとは猛毒である。無知とは猛毒である。しかして、全てを知ったとして毒に殺されぬ訳ではない
          逆に、全てを知ったが故に『絶望』と言う名の致死量の猛毒によって殺される事もまたある

          知りなさい。たくさん、たくさん。君にとって必要な事を。『自分にとって都合のいい真実』ではなく『真なる真実』を見つけてごらん
          その真実が君にとって絶望だったとして、その絶望という猛毒に負けないくらいの『希望』と言う猛毒を見つけてごらん
          ――そうすれば、大概のことは、きっと大丈夫さ


 参ったな、やっぱり「先生」には全部見透かされてたんじゃないだろうか
 やっぱり空七のことになると思考が狭窄しやがる

 仮にアイツが道を踏み外すような真似をしてるとして
 俺はそれを全力で止める、それだけだ

 仮に俺がアイツにかつて抱いていた“好き”が幻だったとしても
 俺の幼馴染であることは、ANの同期であることは、――ダチ公なことには変わりない

 何処に居やがる、空七。待ってやがれ、空七


「『先生』、さっきの話なんですけど、『姫君』ってやっぱりお姫様なんですかね?」

「うん? お嬢さん、気になるのかね?」

「気になります! お姫様って『薔薇十字団』の偉い人なんですか? や、やっぱりお姫様って言うからには、お付きの騎士とかが居たりするんですか!?」


 とりあえずアイツに出会うまで、真相は分からずじまいだ
 今はやれることをやるしかない
 そう考え、ふと重圧から解放された気がした――あくまでそんな気がしただけだが


 そうだな、鉄さんについては、本人に訊いてみるのが一番だ
 鉄さんとは「七つ星」にいるとき何度も話をした仲だが、お互いに深いところまで話せたわけじゃない

 それに相手のAN-Pについて訊くってのはかなりデリケートな内容になるからな
 「先生」と鬼灯さんと鉄さんとが親密として、又聞きは無礼すぎる行為だ
 相手の武器や弱点に関わることだから、鉄さん自身が俺に許したときに、直接訊いてみよう

 それにしても鉄さん、元気にしてるだろうか
 最後に会ったのは今年のバレンタインの頃だったか



「ちょっと、それは駄目でしょ!!」



 不意に、隣室から大声が響いた
 何だ今のは、広瀬(優)ちゃんの声か?
 あれか? 俺か? 俺の携帯か!? 毬亜の野郎か!?

 耳を澄ませば何やら押し殺した声で何人かの囁き合いやらが聞こえる
 えこれ何? ヤバい? ひょっとして俺のセンシティブなあれやこれやがヤバい状況?


「『先生』!」

「うん? どうしたね、少年」

「俺の過去がスキャンダルに餓えた花野郎とその愉快な仲間たちの所為で危険に晒されてます! そろそろ止めないと!
 俺が女の子から貰った超プライベートな画像とか、そういうのが第三者に共有されたら、こりゃもう死活問題ですよ!?」

「え、何? 早渡後輩、そういう画像もらったりしてるの? 何? 気になるんだけど!?」

「そういう話は後だ先輩!
 『先生』後生です、あのほら大人の威厳的な何かであの中央高校グループを止めてくださいッッ!!
 俺はどうにかして毬亜を〆めますんで!! オイこら毬゛亜゛ぁ゛ぁ゛、お前まじマッハだかんなあぁぁっ!!」


 隣室で現在進行形の事態が最悪の状況に至ってんじゃないかとパニックになりかけた
 とりあえず牽制のために怒鳴ったものの、何やら当の隣室からは若干名のクスクス笑いが聞こえる

 「先生」!? もう俺の様子見はいいですよね!? 「先生」!? なに笑ってるんですか!? 先生!?








□■□
614 :次世代ーズ ◆John//PW6. [sage]:2022/02/11(金) 05:50:20.75 ID:St4aCTY8o
 

 花子さんの人に御礼申し上げます orz
 「先生」の言葉を受け、ひとまず迷いを吹っ切った、そんな感じの早渡ですが
 次世代ーズの想定してた以上に早渡の覚悟と思い切りが早くなってるので、これは荒事のハードさが上がる兆候だろうか









 以下は少し早い(?)バレンタインのお話
 現在の時間軸から過去に飛んで、遠倉千十が中学三年時の【2月】の出来事になります
 つまり現時点の【11月】からおよそ9ヶ月前のバレンタイン当日ですね


 
615 :次世代ーズ ◆John//PW6. [sage]:2022/02/11(金) 05:51:49.17 ID:St4aCTY8o
 



 ●はじめに
  今回の話は前スレ 576 で花子さんとかの人が投下した、バレンタイン当日の出来事
  前スレの少し後の時間かもしれません


 ●弁明
  まず初めに花子さんの人、そしてはないちもんめの人に土下座を捧げます orz
  次にチロルチョコは美味しい、本当に美味しい、これは間違いない事実である





 @放課後


  千十「あっ、花房君」
  茅部「お、おはな見ーつけたー」


  茅部「おっはなー♪ おはなー♪ 今日はチョコレートいっぱい貰えたー?」
  直斗「なんだかやべえ、ケンカ売りに来たのか? ん?」
  茅部「その様子だと今年“も”あんまり貰えなかったみたいだねー ンフフ」

  茅部「でも今年も優ちゃんとか神子ちゃんからは貰えたんでしょー?」
  直斗「そういう問題じゃない」 ☜ 憮然とした表情
  茅部「ふふ、そーゆーとこだぞっ、花房クン♪」



 Aおはな あーんして


  茅部「そんなおはなのために! ってわけじゃないけど、友チョコ渡して回ってるんだ」 ☜ 大量のチョコが入った袋を掲げながら
  千十「チョコって言っても、チロルチョコなんだけど……」
  茅部「せっちゃんとワリカンして大人買いしたんだよねー、おはなも良かったらどうぞ!」
  直斗「俺にもくれんの? 本当にいいのか?」

  茅部「と言ってもー! そのまま渡すのはつまんないから……」 ☜ チョコの包装むきむき
  直斗「かやべえ? 何してんだ?」
  茅部「えへへ、おはな はいっ、あーんして」 ☜ 素手でチョコを触らないように包装越しで
  直斗「おい」

  茅部「おはなー? なんで照れてんのー? いいじょーん! 茅部とおはなの仲でしょー??」 ムフフ
  直斗「誰かに見られてあらぬ噂が立ったらどうする!」
  茅部「誰も見ーてないってー、おはな気にし過ぎだよー」
  千十「……うん、多分大丈夫」 ☜ 周囲を見回して自分ら以外に誰もいないことを確認

  直斗「仕方ないな……、ん」
  茅部「あーん うんっ どう? おいし?」
  直斗「……美味しいも何も、チロルチョコはチロルチョコだろ」 モグモグ
  茅部「はー!? 食べといてそんなこと言っちゃうのー!? 確かにチロルチョコはチロルチョコですけどー!!」
  茅部「かやべえが食べさせてあげてるところに何かしらの価値をほんの少しでも感じないってのー!? これがお店ならお金取ってるとこだよ!!」 プンスコ!
  直斗「これで金取るとか、なんの店だよ」

  千十「は……、は、はなっ、はなふさくん……」 ☜ 顔を真っ赤にしながら包装むきむき
  直斗「うん? 遠倉? どうした?」
  千十「あ、あ、あ、あーん、して……!」 ☜ ふるふる震えながらチョコを差し出す
  直斗「ちょっ! 別にかやべえに合わせて無理する必要なくない!?」
  茅部「あんたっ! おはなっ! せっちゃんに あーん してもらえるなんてっ! あんたっ、この幸せ者っ!!」 ドスドスドスドス ☜ 花房君の脇腹を突き回してる





 
616 :次世代ーズ ◆John//PW6. [sage]:2022/02/11(金) 05:52:23.61 ID:St4aCTY8o
 



 B来たぞ来たぞ、遥が来たぞ

  直斗「まさかこんな経験するとは思ってなかった」 ☜ 若干困惑
  千十「……」 ☜ 傍目に見ても分かるほど顔が真っ赤

  茅部「ん? 向こうからやって来るの、日景かな……?」
  千十「えっ!? ほっ、ほんとだ……!」
  直斗「来たな、今日の主役が……」 ☜ 複雑そうな表情
  茅部「うっわ何あの量、引いちゃうぐらい貰ってるじゃん」 ☜ ドン引きの表情

  遥 「珍しい組み合わせだな、何やってんだ」
  直斗「……」
  千十「……」
  茅部「友チョコ配って回ってたんだけど、アンタそんな大量に貰ってるわけだし、茅部たちからは要らんでしょ?」 ☜ あからさまに嫌そうな顔つき
  遥 「確かにこれ以上かさばるのはめんどくせえ」

  千十「でも、あのっ、チロルチョコくらいなら……」
  遥 「あ? 小っこいのか? ならわけねえよ」
  茅部「これ以上欲しいっての? よくばりんぼか! なんか財宝集めるだけ集めて、何に使うわけでもなく守ってるドラゴンみたいじゃん」 ムーッ!
  直斗「……」

  千十「じゃ、じゃあ、私が入れておくね……」 ☜ 傍目に見えるほど真っ赤になってふるふる震えてる
  遥 「ん、適当空いてるとこにブチ込んどけ」

  直斗(かやべえ、遠倉って遥のこと好きなのか?)
  茅部(……あんた、そういう風に見えるの? 思春期男子に乙女心を理解するのは辛いかー)
  直斗(違うのか)
  茅部(せっちゃんさ、日景のことがずっと怖くて。でも怖いままだと本人に失礼だからって、頑張って慣れようとしてたんだよ)
  直斗(……なるほど?)

  千十「日景君、いっぱい貰ったんだね」
  遥 「めんどくせえことこの上ねえよ、途中からどうでもよくなったが」



 Cじゃあねーおはなー

  茅部「じゃ! 茅部たちは他の子にも渡してくるから!」 ンジャッ!!
  千十「日景君、花房君、気をつけて帰ってね」 ☜ 顔がまだ赤い



  茅部「あっ、おはな!」

  直斗「?」

  茅部「チュッ   ふふっ」 ☜ 投げキッス

  直斗「そうやって人をからかうのやめろ」
  遥 「なんだ直斗、あいつらとよろしくやってたのか」
  直斗「……」


  遥 「お前、いくつかチョコ貰うか?」
  直斗「……」
  遥 「……直斗?」









 
617 :次世代ーズ ◆John//PW6. [sage]:2022/02/11(金) 05:52:58.92 ID:St4aCTY8o
 



 Dおまけ

  於 「闇市」 (広商連 「団三郎狸」 管轄内) 某所



  早渡「鉄(くろがね)さん……」
  三郎「くろがねの兄やん……」

  鉄 「コトブキ、サブ……」

  鉄 「コトブキ、お前、頭の怪我は大丈夫か? 具合どうだ?」

  早渡「へへ、大分よくなったよ。ありがと」
  早渡「今月入ってようやく右腕が思うように動くようになったからさ、リハビリがてらチョコ菓子作ってみたんだ。食べてくれねえかな……?」

  鉄 「いいのか……!? すまねえ、ありがとうな」

  三郎「……」 グーーッ ☜ 腹の虫が鳴った

  早渡「サブ、悪いけど、サブのは寺に戻ってからな?」
  三郎「うん……」 ジュルリ

  鉄 「気にすんな! サブ、一緒に食おう」
  三郎「いいの!?」
  早渡「あっ、鉄さん、でも」
  鉄 「構やしねえよ、それに皆で食った方が美味いだろ?」
  早渡「……どうも」



  鉄 「仕事終わりの甘いモンは心にも体にも染み渡んだよなあ……」 ボリボリ ☜ 夕日を眺めながら
  三郎「鉄の兄やん、今日もおしごと、むずかしかった?」 ボリボリ
  鉄 「まあな。『西呪連』の連中、マジで“東”にも出張ってきやがってる。尋定の縁切り刀を『広商連』より先に確保したいらしいんだわ」

  鉄 「コトブキ、お前……どうした!? 泣いてんのか!?」
  早渡「違うんだ鉄さん、俺の意志と無関係に涙が出るんだ」 ☜ 大量の涙を流しながら
  三郎「兄やんずっとこんな感じなんだ」
  鉄 「そうか……、早く良くなるといいな」
  早渡「もうリハビリ始めてんだけどさ、……大変だよ」

  鉄 「俺の知り合いによ、頭を野太刀でぶっ刺されて、危篤に陥ったヤツがいるんだけど」
  鉄 「そいつも不死鳥みてーに復帰して……リハビリ中は右と左の概念が逆転して大変だったそうだが」
  鉄 「まあアレだ、お前も大丈夫だ。じき良くなるさ」
  早渡「……ありがとう」 ☜ 涙を流しながら夕焼けを眺めている

  早渡「あと今日のチョコなんだけど、本当はお嬢様が作りそうなシックな感じにしたかったんだ」
  早渡「けど途中でクランキーチョコみたいな感じになっちまって……菓子作りって奥が深くて、難しいんだな……」 ヘヘッ

  鉄 「でも美味いぜこれ」 ボリボリ
  三郎「うまいぜー」 ボリボリ

  早渡「へへっ、ありがとな……」 グスッ












 
618 :次世代ーズ ◆John//PW6. [sage]:2022/02/11(金) 05:59:29.83 ID:St4aCTY8o
 



 ●おわりに
  花子さんの人、はないちもんめの人に土下座申し上げます orz
  鉄さんの話し方はこんな感じでいいのか不安ですが

  最後になりますが、チロルチョコは美味しい、本当に美味しい、これは間違いない事実である









 茅部 綾子
   東区の中学校出身その1
   あだ名は「かやべえ or かやべぇ」、ボカロ好きの女の子で(次世代編では)衰退した感のある「歌い手」として同級生には内緒で活動している
   花房をはじめとする幼馴染グループとは幼稚園(?)か小学校からの付き合い、壁を作りがちな幼馴染グループのことは割り切って見ている
   花房に対する態度は恋慕というよりは、むしろ幼馴染に対する友愛のそれ
   
   咲李さんの死をはじめとする一連の事件の後、立ち直ったような見えるが、心に負った傷はまだ残ったまま


 遠倉 千十
   東区の中学校出身その2
   山梨から転入してきた女の子、日景遥のことを最も怖がっていたがほぼ毎日彼へ挨拶していた
   周囲からは男性恐怖症と思われていたが、中学三年時点では気持ち改善しているように見える



 早渡 脩寿
   「広商連」「団三郎狸」圏内の「北辰勾玉 庵屋」、通称「七つ星団地」に身を置いている
   バレンタインから数か月前に頭部を含め全身に重傷を負い、そのリハビリに励んでいる
   お医者曰く「斬撃が頭部深くに及んでおり、死ななかっただけマシ」とのこと


 三郎
   サブと呼ばれる。四、五歳ほどの男児
   産毛じみた薄い頭髪が生えているが、それ以上に目立つのは頭部に大きく残る決して癒えない傷痕である






 
619 :昨晩は卓があった花子さんとかの人  ◆7JHcQOyXBMim [sage saga]:2022/02/11(金) 17:11:59.42 ID:C4k9hCEW0
次世代ーズの人様乙でした

あ、「姫君」について聞かれたか
明確には答えないだろうけど、部分的には後で答えさせよう
大人の威厳……大人の……(「先生」を見つめる)(あるかな……どうだろう……)

> 次世代ーズの想定してた以上に早渡の覚悟と思い切りが早くなってるので、これは荒事のハードさが上がる兆候だろうか
早渡君頑張れ

直斗も遥も、反応大体こんな感じですな、バレンタイン
そうか、遥が怖いか(ナチュラルホモ現場を眺める)(むしろ見せない方がいい気がしている)
鉄も、大体そんな感じで大丈夫です
「獄門寺組」の方にいる時は、また雰囲気違うかもですけど

>花房をはじめとする幼馴染グループとは幼稚園(?)か小学校からの付き合い
(幼稚園一緒だった場合、最悪、憐のトラウマとなった「化け物」呼ばわりのあの時居合わせてんなぁ……)(記憶消去案件だから、居合わせたとしても忘れてるだろうけど)
620 :昨晩は卓があった花子さんとかの人  ◆7JHcQOyXBMim [sage saga]:2022/02/11(金) 17:17:10.87 ID:C4k9hCEW0
■おおまかな時間軸
次世代編より一年前
「次世代バレンタイン・中学生の頃」(wiki掲載)の頃と>>615-617の次世代ーズの人様のお話と同じくらい





                 ハ_ハ  
               ('(゚∀゚∩ 一個年上のあいつはどうしてたかなって感じだよ
                ヽ  〈 バレンタインそこまでかんけーなくなった気もするけどまぁいいや!
                 ヽヽ_)
621 :一年前のバレンタイン  ◆7JHcQOyXBMim [sage saga]:2022/02/11(金) 17:19:36.61 ID:C4k9hCEW0
 バレンタイン。
 それは、乙女の愛とかチョコとかなんか色々と飛び交う季節である。
 愛が飛び交うという事は、つまり。
 人の想いが飛び交うという事。

 ――すなわち、都市伝説もまた、蔓延りやすい時期と言う事。
 だから、普段よりも警戒をしておくべきなのだ。


「あの、荒神君。今日バレンタインだから、こr「受け取るつもりはない」ぁ……」

 ばっさりと言い放って、灰人はそのまま校舎に入っていく。
 通学路を歩いている最中も、同じ学校の生徒から声をかけられ渡されそうになったが。灰人はそれらを全て断って受け取っていなかった。
 しつこく渡そうとしてきた者もいたにはいたのだが。

「受け取ったとしても、俺の口には入らないからな」

 と告げられてまで押し付けてくる猛者は流石にいなかったという事だ。
 校舎に入ってからもそこそこ声をかけられチョコを渡されそうになるが、ばさばさと断って受け取ろうとしない。

「一つくらいは受け取ってやったらどうだ」
「いらん。手作りらしい物は殊更いらん」

 友人からからかうように言われても、その姿勢は崩れない。
 教室に入ったところで、やっと鬱陶しいものから解放されたというように肩の力を抜く。
 クラスメイト達は、灰人がチョコを受け取らない事をわかりきっているからか。女子もチョコを持っては来ない。

「勿体ないよなー。受け取ればいいじゃん」
「いらん。好きでもない相手の好意を受け取るつもりもない」
「まぁ、普段から告白も全て断っているお前らしいと言えばらしいか」

 こちとらもらえてすらいないのにと悔し涙を流すクラスメイトが多い中、全科目満点での学年トップの友人は笑って灰人の様子を見ていた。
 おおよそ色恋沙汰に関して、灰人が関心が薄い事をわかりきっているのだ。
 いや、他のクラスメイトもわかっているのだろうが。もらえるチャンスが多いのに受け取ろうとすらしないその様子はある種僻みの対象なのだろう。

「手作りがいらない、ってのはわからなくもないけどな……変な物入ってることもあるだろうし」
「そういう事だ」

 理解してもらえて何よりだ、と灰人は小さく笑った。
 悪意のあるなし関わらず、そういうことはある。
 ……だから、余計に受け取るつもりはない。

「ただ、灰人。受け取ったとして自分の口には入らないって言ってたようだけど。じゃあ、誰の口に入るんだ」
「入るかどうかはさておき、診療所の「先生」に引き渡すだけだ」
「処分押し付けてるのか」
「……押し付けている訳でもないんだが」

 押し付けている訳ではなく、請け負ってもらっているだけだ。
 妙な物が入っているかどうかも、あの「先生」なら食べる前から鑑定できる。
 当人もそのうえで「怪しい物渡されたなら持ってきなさい」と言ってくれているのだから、何も問題はない。

「……と、言うか。お前らも、他人から妙な物は受け取るなよ。自分の身は自分で守れ」
「くそっ!これだから日頃からモテ慣れている奴は!」
「謝れ!生まれてこの方母親以外から受け取った事ない奴に謝れ!!!」

 知るか、と冷たく言い捨てさっさと一時限目の用意を始める。
 友人も、怨嗟の声を吐き出すクラスメイト達を眺めつつ、自分にはさほど関係ないというように授業の用意を始めていた。
 色恋に興味のない友人と言うものは、こういう時実に助かる。

「今日の授業全部終わるまで、断り続けるの頑張れよ。無断で机に入れようとする奴見かけたら阻止くらいはしてやるから」
「……頼んだ」

 物分かりが良くて協力的なのでさらに助かる。
 自分は幼馴染達以外にも良い友人を持てたものだと、改めて実感してこの日は始まった。


622 :一年前のバレンタイン  ◆7JHcQOyXBMim [sage saga]:2022/02/11(金) 17:22:02.82 ID:C4k9hCEW0



 何故、人は靴箱にまでチョコを入れておくのか。
 包装紙に包まれているとはいえ、どうなのか。
 しかも十六個もぎっちぎちに詰まっていた。何故だ。
 なんとか取り出して、全て不審物として職員室に投げて学校を後にした。
 元から受け取るつもりもなかったのだ。それを、直接私にすら来ない者からの物等受け取るはずがない。
 それくらいは、理解できると思うのだが。できないものなのだろうか。

 ため息つきつつ、診療所まで到着した。
 流石に、放課後の診療所に向かうまでの間に渡そうとしてくる者はいなかった。
 もう、今日中にチョコの襲撃はない、はずだろう。多分。多分。

「手伝いに来ました」

 診療所に入る。かすかに甘い香り。
 ……近所の住人辺りからでもチョコをもらったのだろうか。
 「先生」当人宛てと、娘がいるからとそちらが食べる事前提で渡された物と双方だろう。
 あの男は見てくれがある程度良いのと、外面の装いが辛うじて出来て……いや、あんまり出来ていないというのに、多分外人だからと言う事で許されているので近所の住人からはある程度人気がある。

 こちらが入ってきたのに気づいて、ぱたぱた、小さな足音。

「こんにち、は」
「あぁ、こんにちは、リア。……「先生」は?」

 姿を見せた、六歳程度の幼子相手に、屈んで目線を合わせながら問う。
 「先生」によく似た、しかしそれよりは艶のある白銀の長い髪と、赤い瞳。眠たげな眼差しが、じぃと見上げてくる。

「おとーさん、奥。鑑定中」
「わかった。ありがとうな」

 奥にいるなら、一声かけてから手伝いに移ればいいだろう。
 「先生」の娘であるリアに礼を言うと、診療所の奥、住居スペースへと向かう。
 そこで、「先生」はチョコレートを軽く調べているようだった。貰い物の鑑定中だろうか。

「こんにちは、「先生」。鑑定、手伝う必要はあるか?」
「うん?…………おや、我が助手。てっきり今日は、まぜこぜの子のところに直行かと思うておった」

 声をかけると、調べている最中だったらしい、手作りと思わしきチョコレートから視線を外して顔を上げてきた。
 そのついでに口にしてきたその内容に眉を顰める。

「……なんで、先輩のとこに直行なんだよ」
「君は、あの子の事をなんだかんだ言いつつこまめに面倒見に行ってるからだよ」

 向けられてくる表情は、からかっているような、見守っているような。どちらともとれる表情だ。
 確かに、あの先輩は色んな意味で放っておくべきではないので様子を見るようにはしているが。

「別に、今日、先輩のところに直行する理由はない」
「おや?…………ん、もしかして。今日はあの子、学校に行っておらんのか?」
「あの人、大学は推薦で受かったしな。出席日数足りなくならない程度にしか来てない」

 進路が決まった高校三年生なんて、そんなものだろう。
 実際、今日、学校に来ていなかったのは確認済だ。
 こちらの言葉に、はて、と「先生」は考え込み始める。

「と、なると。あの子、どこでこれを受け取ってきたやら。学校で受け取ったなら、我が助手の知識もあって絞り込みやすいというのに」
「…………は?」

 「先生」が調べていたチョコを見る。
 どう見ても市製品ではなく、誰かの手作り。

「…………おい。そのチョコレート」
「まぜこぜの子が誰かかしらから受け取った物だよ。診察終わった後につまんでいたのだが。チョコに「手作りチョコを作る際に自分の血を混ぜて作ると両想いになれる」と思わしき都市伝説の効果が働いていてね。そこまで強い効果でなし、拒絶反応もそこまで強くでなかったが確実に具合は悪くなって。でもまぁ君がまっすぐあの子の家に行くだろうと思ってそのまま帰らせ」
「今日の手伝いはなしだ!!」

 おろしかけていた鞄をひっつかんで、診療所を後にする。
 ひらひらと、「先生」が楽しげに手を振って見送ってきた気配がしたので、後日殴っておこう、と誓った。

623 :一年前のバレンタイン  ◆7JHcQOyXBMim [sage saga]:2022/02/11(金) 17:24:21.20 ID:C4k9hCEW0


 こういう時、合鍵を所持しているのは実に便利だ。
 一応呼び鈴鳴らしたのと携帯端末に連絡は入れたが反応なかったので、遠慮なく合鍵で中に入った。

「先輩…………つくね先輩」
「…………ぅ」

 先輩がいつもつけている乳香の香水の香りが、普段より強く感じる。
 その理由を察して、ため息をつきながら寝台の上で丸くなっている先輩に近づいた。
 こちらの気配が近づけば、具合悪そうな顔が毛布から出てくる。
 う〜、と、獣の唸り声のような声が漏れ出していた。

「タチの悪い都市伝説の効果が発動しているチョコを食べたそうですね?」
「う…………「先生」に、すぐ解毒されたし、平気……」
「どこで、誰から受け取った物だ」

 見下ろす。
 バツが悪そうに視線をそらしてくるが、その程度でこちらが引かない事などわかっているのだろう。
 うぅうう、と、唸り声をあげてから答えてくる。

「……バイト先の女……」
「…………そうか」

 都市伝説効果に関して意図的だったかどうかはともかく。
 他人に食わせる物に自分の血を入れるような女に関しては、調べておく必要がある。
 意図的だったなら、ある程度処す必要もある。意図的でなくともある程度処すが。

「人から渡されたもん、うかつに食うなといつも言ってたよな?」
「……ごめんなさい」

 もぞもぞと、先輩が起き上がる。
 書類上では二つ年上の。五年前の……「先生」が本格的に正気に戻るに至った件の頃に知り合った人。あの連中が行っていたろくでもない事の被害者の一人。その結果の混ざりもの。「薔薇十字団」の保護対象にして、「組織」の監視対象。
 先輩に関するいくつかの情報を、頭に思い浮かべて目の前のその人を見つめる。
 具合悪そうにしょんぼりしているその姿は、ただの未成年の少年にしか見えないが。
 己はその正体を知っていて。それを承知で先輩後輩の間柄でいるつもりだ。
 ……なぜか、世話番みたいに思われている節があって、解せない。

「本当に、体の状態は大丈夫なんです?」
「……うん、解毒されたし。その方面は平気だ…………その。昨日からちょうど、はじまって。それと重なったから過剰に具合悪くなっただけ」
「いっちばん、体調悪くなりやすい時期じゃねぇか馬鹿野郎。なおさら、人から渡されたもんうかつに食うな」

 小腹がすいていたからとかそういう理由でつまんだのだろうけれど。そもそも、受け取らないでおいてほしい。

「…………食欲はあるか?」
「軽いもんなら、入ると思う」
「わかった。夕食は何か軽く食える物作っておくし、明日の朝食分、温めれば食えるもん作って冷蔵庫入れとく」

 他にやる事は、と考えていたら服の裾を引かれた。
 ひとまず、起き上がれるくらいの状態ではあるのだなと判断した。
 乳香の香りがする。するりと腕が絡みついてくる。

「先輩?」
「今日、泊まってけばいいのに」
「駄目です。そこまで面倒見る気はないんで」
「……今日バレンタインだから。帰ったらお前の両親と従弟の両親、ダブルでイチャついてるとこなんじゃ」
「…………………………涼さんのフェリシテさん相手のはともかく、親父達の方はまだ鬱陶しくない」
「今、すげぇ悩んだよな?」

 確かに、二組同時にいちゃつかれると鬱陶しさは倍どころか二乗レベルだが。
 だからと言って、あれの対処を従弟兄弟に任せるわけにもいかない。凜の方は色々わかっていないかむしろ面白がっていそうだがそれでもだ。
 軽く視線を動かせば、じ、と見つめてくる視線とぶつかる。
 見た目は年上の男だが、実際はまだ十年も生きていない、獣の目。

 ため息、一つ。
 あまり甘やかすものではない、とわかってはいるのだが。

「…………どうせ、体中の血流も悪くなってんだろ。後で肩も揉んでやるから。夕食までですよ」
「ん……ありがとう、灰人」

 手間のかかる大きな子供に懐かれている気分になる。
 それでもまぁ、今日くらいはいいのだろう。
 当人に自覚はないのだろうが、こちらはこちらでこの人に救われている事は自覚している。
 日頃の感謝を伝える日でもあるのだから。
 素直に伝えてやるつもりはないが、恩を返すくらいは、許されるだろう。


おわっとこう
624 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2022/02/12(土) 00:36:42.40 ID:0WbRbl0Q0

とりあえずこれだけ言わせてもらおう
リア充もげろ!!
625 :さむさむ花子さんとかの人  ◆7JHcQOyXBMim [sage saga]:2022/02/12(土) 02:01:15.46 ID:I4DNZI160
リア充……?
一体どこにリア充が……?




■おおまかな時間軸
次世代編より一年前
「次世代バレンタイン・中学生の頃」(wiki掲載)の頃
>>615-617の次世代ーズの人様のお話
>>621-623の話

以上三つと同じ時期





                 ハ_ハ  
               ('(゚∀゚∩ 思いついちゃったのでぶんなげるよ!
                ヽ  〈 
                 ヽヽ_)
626 :多分この後遥と遭遇して遥と星夜で喧嘩開始だな……  ◆7JHcQOyXBMim [sage saga]:2022/02/12(土) 02:03:01.21 ID:I4DNZI160

「うーん、一杯貰ったっすねー。せいっち」

 後輩が持っている、この日受け取ったチョコが入った紙袋を見て憐はくすくすと微笑んだ。
 紙袋を持っている星夜の方は、ややうんざりしているような表情だ。

「遥に渡しに行けない根性なしやら、灰人がいないから渡す先がなくなった奴やら。そういう連中からのもんだと思うんだが」
「もー。そういう事言っちゃ駄目。ちゃーんと、せいっちの事が好きで渡した子もいるだろうから」
「……一面だけ見られて好きになられてもな」

 嬉しくもなんともない、と言った様子だ。
 それでも、手作りじゃなければ受け取っているだけ温情だろう。
 一足先に高校生になった従弟は、手作りだろうがそうじゃなかろうが、よほど親しい者からではないとバレンタインの贈り物を受け取ろうとしない。
 ……まぁ、誰から渡されようと一応全部受け取る遥のような例もいるが。遥は遥で「受け取るが自分で全部食べるとは一言も言ってない」なので、あれはあれで酷いのか。
 そして共通して、遥も星夜もどれが誰から渡された物であるのか、どれだけ把握しているやら。
 勇気を出して渡したであろう女子生徒達に、憐は少しだけ同情する。
 きっと二人共、向けられた好意に答えるどころか、それを意識してすらいない。
 …………そういう自分も、人から向けられる好意にきちんと誠意をもって対応できるほど、人間ができてはいないのだが。

「せいっちは。こういう時贈り物もらって嬉しいと思える相手、いないんすか?」
「憐さん以外は特にいませんが?」
「なーんで、そこではるっちみたいな事言うっすかねー」

 どうして、自分の周りにそういう返答してくるのが二人もいるのか。実にわからないと憐としては悩まざるを得ない。
 星夜は基本的に冗談は言わない。いつでもマジレス直球ストレートだ。
 つまり、今の返答は決してふざけたものではなく、星夜の本心と言う事になる。
 正直、頭が痛い。

「そこでゆかっちの名前出てこないの、どうかと思うんすけど」
「紫の?…………まぁ、あいつはおかしな物は渡してこないから、そこは安心できるが」

 幼馴染、と言うか「被害者仲間」の名前を出されて、星夜は少しばかり考えて。
 あぁ、と、憐が言わんとしている事を理解したようだった。

「紫は、そういう相手じゃない。向こうだって、俺をそういう対象としちゃ見てないだろうし」
「そう?」
「そうです。あれは単に仲間みたいなもん。あいつはどっちかってと、マシューみたいな男の方がタイプだろうし」

 星夜が名前をあげたその人の姿を憐は思い浮かべ。
 ……星夜とは、だいぶタイプが違う男性だ。少なくとも、社交性はあちらの方が圧倒的に上だ。
 それに大人だし、色んな意味で星夜ずっと余裕がある……戦闘力もあちらの方が上、だろう。都市伝説の使い方にもよるが。

「あいつも、本気でマシューの事好きだって訳じゃなく憧れの類だとは思うけど。そもそもマシューも、紫みたいなちんちくりん、恋愛対象じゃないだろうしな」
「せいっち。ゆかっちに対して直でそういう事言っちゃ駄目っすよ。手遅れかもしれないけど」
「こないだ直接言ったら蹴り飛ばされかけてそのまま取っ組み合いにはなった」
「やっぱ手遅れだった」

 女子に対して何を言っているのだろう、この後輩は。
 と言うか、女子と取っ組み合いはしないでほしい。敵でもない相手ならなおさらだ。

「はるっちといいせいっちといい。女子の扱いが雑過ぎるっす」
「遥と一緒にされんのは流石にちょっと」
「なら、ちーっとは反省してほしいんすけd「俺は憐さん以外、大体等しく対応してるだけだし」うーんある意味はるっちより駄目!」

 駄目だ、将来とか考えて色々何とかしないと!!
 頭を抱えそうになる憐に、星夜はそんな憐の悩みに気付いた様子もなく。

「俺は」

 真剣に、憐を見つめる。
 それは、躾けられた猛犬が飼い主にだけ向けるような。獰猛さを押さえつけた忠犬の眼差し。

「誰であるかも意識してない奴からの贈り物より。憐さんからお褒め頂けることの方が、ずっと大事だ」
「……なら。無茶しない範囲で、俺が褒めてあげられるようにしてね?」
「はい!」

 あぁ、尻尾の幻影が見える気がする。
 何故、よりによって自分にだけこんなに懐いてきてしまっているのか。

 ……原因は一つ思い当たるけれど、それをあまり考えたくない現実に。
 星夜に気付かれぬように、憐はこっそりとため息をついた。







おわっとけ
627 : ◆John//PW6. [sage]:2022/02/12(土) 14:35:54.63 ID:9LZLlKqpo
 

 どうもこんにちは、昼休みーズです

 >>621-623>>626
 投下お疲れ様でした
 拒絶されると分かってる相手の靴箱にチョコをねじ込む
 頭では理解していても、理性で浮ついた乙女心を自制できるんなら苦労しないよね
 栗井戸君は遥と仲悪かったのか、今回の話見ればそうか

 お昼休みを終わります

 
628 :だいぶ遅れてミスに気付いた花子さんの人  ◆7JHcQOyXBMim [sage saga]:2022/02/12(土) 20:52:24.17 ID:I4DNZI160
>>621-623の方のネタ、「 書類上では二つ年上の。五年前の……「先生」が本格的に正気に戻るに至った件の頃に知り合った人〜」のとこ
一年前だからこれ四年前のミスだ
一年前の話だから一年ズレてんの忘れてた

> 栗井戸君は遥と仲悪かったのか、今回の話見ればそうか
顔合わせると威嚇しあう程度の仲です
629 : ◆John//PW6. [sage]:2022/02/14(月) 03:09:37.76 ID:YR4SGUBYo
 

こんばんわ、深夜帯ーズです
改めて投下お疲れ様でした

つくね氏、今回初登場か
どっかで言及されてるだろうけど直接登場は今回初だと思う
現時点から五年前といえば角田氏も当時何かごたついてたようなこと言ってた覚えが
本格的に時系列表がほしくなってきたな……

そして憐君と栗井戸君
憐君周囲が憐君に向けてる愛が誰も彼も重すぎない?
何やら真の都市伝説は「残留思念」ではないかのような仄めかされ方してましたが
真の正体が「マモン」で、混同されやすい「アモン」の特徴も混じって過去どころか未来も見れるし
漆黒の翼を広げたりなどする……といった真相がやってきたとしても、もう驚いたりはしない(※あくまで予想です)

 
630 :しばしよそ事集中してた花子さんの人  ◆7JHcQOyXBMim [sage saga]:2022/02/19(土) 17:36:12.29 ID:4GUC7aIA0
そろそろこっちも続きを書きた(やっておきたい事を見る)(時間が……時間が足りない……!)


>どっかで言及されてるだろうけど直接登場は今回初だと思う
言及した事あったかどうかうろ覚えでな……直接登場初なのはその通りです
どっちかってと五年前の「先生」絡みのどったんばったんの時に関わった奴なんで、「狐」絡みではほぼ顔出さんだろうけど

>漆黒の翼を広げたりなどする……といった真相がやってきたとしても、もう驚いたりはしない(※あくまで予想です)
……それも良かったかもしれない
631 : ◆John//PW6. [sage]:2022/02/20(日) 23:28:11.08 ID:j94OO39Fo
 

 お疲れ様です、次世代ーズでございます
 この一週間は休みの日も労働に勤しんでた気がする
 このままではいけない気がする

 時系列表は自分が昔作ったやつを大幅に書き換えながら作るとして
 「先生」が正気に戻ったの、割と最近らしいですがこれもう「先生」の話だけで連載いける程エピソードがあるのでは……?
 と思わずにはいられません

 もうこのスレも600番台ですか、年明けからめっちゃ進んだ!
 火曜までに2本、できたら3本出せる勢いで書いてます(間に合って自分)

 
632 :他所事で砂糖吐き案件してたりしてた花子さんの人  ◆7JHcQOyXBMim [sage saga]:2022/02/22(火) 18:01:58.05 ID:9aanNNLJ0
> 「先生」が正気に戻ったの、割と最近らしいですがこれもう「先生」の話だけで連載いける程エピソードがあるのでは……?
数年前、みたいな感じで書いたことあるような覚えあるんですよね
なんで、十年よりは前かなって
そういう感じで、、五年前くらいかなぁ、多分
連載行けるエピソード量かどうかは知らない
633 :さて夕食支度前に  ◆7JHcQOyXBMim [sage saga]:2022/02/22(火) 18:02:39.06 ID:9aanNNLJ0
■いままでのあらすじ
「みんなで遊ぼう」「みんなで遊ぼう人狼遊戯」

>>510-513
「人狼遊戯のその後に」

>>533-542
「次世代ーズ 「いよっち先輩からの質問」」

>>548-550
「簡単なご返答」

>>565-569
「次世代ーズ 「早渡、返答を受けて」

>>584-585
「備えは大事」

>>589-591
次世代ーズ 「厚意、返答、触診、そして」 

>>598-600
「保険仕込みと時間つぶしの雑談」

>>611-613
「次世代ーズ 「様子見の間に」」

今から投下するもの



                 ハ_ハ  
               ('(゚∀゚∩ 多分、これでひと段落かな?
                ヽ  〈 
                 ヽヽ_)
634 :平和噛み締め  ◆7JHcQOyXBMim [sage saga]:2022/02/22(火) 18:04:02.33 ID:9aanNNLJ0
(まぁ、私もその気がある自覚はあるが。迷い子の少年も、考え事をすると周囲の会話が耳に入りにくくなるタイプかね)

 合間合間、観察して感じたのはそこだった。
 考え事に集中できるのは悪い事ではあるまい。うっかり、それで情報を聞き逃したりしなければ問題はないのだろう。
 そう、うっかり聞き逃しで、知っておくべき事を聞き逃していなければ、だ。

(他に、共に会話に加わっている者がいればうまくフォローできるのであろうけど。ここは当人がどれだけ自覚できているかにもよるか)

 ひとまず、一回使い切りの「賢者の石」を体内に放り込んでの拒絶反応の気配なし。
 大きな物ならともかく、一回使い切りくらいならそうそう拒絶反応やアレルギー反応は出ないだろうから念の為のチェックではあったが、無事何事もなく幸いだ。
 ……と、声を掛けられそうな気配を感じ、そちらに意識を向ける。

「「先生」、さっきの話なんですけど、「姫君」ってやっぱりお姫様なんですかね?」
「うん?お嬢さん、気になるのかね?」
「気になります!」

 戻ってきた少女からの、どこかキラキラとした眼差し。
 自分はごく自然に使っていた「姫君」と言う表現だが、この単語は乙女心を刺激する何かがあるのだろうか。
 乙女心どころか「人の心がわかっていない」と言われたことがある自分にはきちんと理解が及ばない。

「お姫様って「薔薇十字団」の偉い人なんですか?や、やっぱりお姫様って言うからには、お付きの騎士とかが居たりするんですか!?」
「ふむ。夢を壊してしまうやかもしれないが。「姫君」は、「薔薇十字団」所属の私の古い友人の娘の事だよ。騎士のようなものは、まぁいるにはいるが」

 ある種、あれはもう「騎士」と呼んでも差支えがない……いや、「騎士」と呼ぶには少々えげつないか、あれは。
 あれを「騎士」と呼ぶと本物の「騎士」に怒られるような気もする。

「「薔薇十字団」所属の古い友人…………もしかして、クリス、って人の、ですか?」
「あぁ。友人であり、私にとっては恩人でもあるね。私は元々、彼と契約しておったし……」

 と、そうして話していた時だった。

「ちょっと、それは駄目でしょ!!」

 聞こえてきた、赤いちゃんちゃんこの少女の声。
 その声に反応した迷い子の少年。
 あっ、となんとなく察したが。察したが、たいして問題はあるまい。

「「先生」!」

 違った、問題あったらしい。

「うん?どうしたね、少年」
「俺の過去がスキャンダルに餓えた花野郎とその愉快な仲間たちの所為で危険に晒されてます!そろそろ止めないと!俺が女の子から貰った超プライベートな画像とか、そういうのが第三者に共有されたら、こりゃもう死活問題ですよ!?」

 多分、もう手遅れじゃないかなぁ、と言う予感がする。
 いっそすっぱり諦めた方が世の中楽になる事も多いが、その域に達するにはまだ早いのだろう。
 会話の様子を見てきていると、なんとも微笑ましい。
 己はこのような青春と称していいものは経験できなかった身であるが、若い者がそれを謳歌するのは実によい事だ。
 この平和が、長く続けば実にいい。


635 :平和噛み締め  ◆7JHcQOyXBMim [sage saga]:2022/02/22(火) 18:04:45.88 ID:9aanNNLJ0
「最悪の状況はギリギリ回避できたでいいんだろうか?」
「回避できてないと思う」
「アウトだと思う」
「恵おばさんとこの「スーパーハカー」が一瞬見えた時点でアウトだな」
「何もかも間に合ってなかった!!??」

 早渡が顔を覆っているが、まぁどう考えても何もかも間に合っていないだろう。
 確かに遥が言う通り、ちらっとスマホの画面に「スーパーハカー」が見えた。「マッドガッサー一味」のとこの「スーパーハカー」だったならば、あのほんの一瞬で何もかもバックアップとっていっただろう。

「っく……まさか、最終的に誰一人止めてくれていなかったとは」
「鬼灯さんが面白がってた時点で龍哉は気にしないし、灰人がツッコミ放棄した時点で憐も諦め入ったしなぁ」
「この場で一番の大人ーーーーーーっ!!??」

 鬼灯は煙管片手に、けらけらと笑っている。
 確かに年齢的にはこの場で一番の大人だが、ブレーキ役としては期待するだけ無駄だろう。
 ……かなえは止めようとしていなかった訳じゃないが、かなえでは止めるのは無理だ。「岩融」も、ある意味鬼灯より大人かもしれないがそこまで止めてはくれない。

「うーん無情無情。ちなみに私にブレーキ役を期待したとしても、この面子止めるのは諦め入るからね」
「諦めないで!?諦めたらそこで試合終了なんですよ「先生」!」
「早渡、お前は知らないかもしれないが。この白衣、憐にくそ甘いし最近は直斗にもそこそこ甘いぞ」

 確か、去年まではそこまでじゃなかった記憶があるのだが。
 何故だか、「先生」が直斗に甘くなった気がする。甘くなったというか、多少距離が近いというか。二人で何か企み事でもして仲良くなったのだろうか。仲良くなりそうな材料がそれくらいしか浮かばない。

「うぅ……もはや味方が、広瀬ちゃんしかいない……」
「多分それ晃じゃなくて私の事言ってるんでしょうけど。人の弱み握るなら当人にその気配すら察知させずに掴んだ方がいいから止めようとしただけよ」
「待って??別方面の最悪が聞こえた気がするよ?」
「だって、こっちがその情報掴んでる事を当人に知られる可能性は低い方がいいでしょ。いざと言うとき使うなら」

 優の発言に早渡が頭を抱え始めた。
 当たり前のように言われたせいか、だいぶ深刻に頭を抱えているように見えるのは気のせいか。

「大人組、一言どうぞ」
「優の言う通り、人の弱みは当人に知られず握っていざって時交渉材料にするやり方もあるな」
「優の周りの大人見てりゃ、その答えに辿り着くだろうなとは思う」
「いっそ英才教育みたいなものだからねぇ」

 優も晃も、「マッドガッサー一味」なのだ。
 そうじゃなくとも、父親がせんみつの弟子こと広瀬 辰也。母親が朝日奈 秀雄の子供で「スーパーハカー」の契約者である恵。
 情報戦のやり方はきちんとわかっているはずだ。
 晃が多少、わざとらしくあからさまに動くことでカモフラージュも平気でやってくるし、カモフラー?ジュと見せかけて本気で情報集めることもある。
 あの双子のどちらかに携帯端末触らせた時点で勝負がつく可能性も高い。

「……大丈夫。今回は、お前の知り合いからの提供。よって、悪さには使いにくい」
「それ本当に安心していい案件????」
「とりあえず、お前は情報漏洩してきたあの女きっちり〆といたほうがいいんじゃないのか」
「ウッス」

 すでに、晃が東に手に入った情報を送っている気がするぁらそれが安心に入っていいかどうかによるだろう。
 安心じゃない気がする。
 こちらは生暖かく見守る事しかできない。
 さっきまで寝ていたポチがいつの間にか目を覚まして、早渡に前足でぱっふんぱっふん触れているのは、慰めているのかそれとも小ばかにしているのか。

 ちゃり、と。ポチの首輪についている「Ⅺ」の形のチャームが揺れている。

(……どっかで見おぼえある気がするんだがな、あれ)

 「組織」絡みの資料で見おぼえある気がするのだが、どうしても思い出せず。
 ちぎれんばかりに尻尾を振り続けているその姿は、ただの仔犬にしか見えなかった。



to be … ?
636 :これからおでん煮込んでくる花子さんとかの人  ◆7JHcQOyXBMim [sage saga]:2022/02/22(火) 18:06:03.26 ID:9aanNNLJ0
多分、出すべき情報大体出した、と思う。多分
なんか足りなかったらここなり避難所なりで言ってくだせぇ
637 : ◆John//PW6. [sage]:2022/02/23(水) 07:30:56.79 ID:0klIfyz+o
 

 投下お疲れ様でした
 親交を温めることができて良かったね、早渡!
 ところで晃君がいよっち先輩に情報を横流ししてるらしいので
 早渡の恥ずかしい情報はまるっとありすや千十にも流れますね
 良かったね早渡、結構な規模で情報流出が発生するよ! やったね!!

 2017年3月から実に長きに渡るエピソードであった
 本当にお疲れ様でした……

 早渡側も渡すべき情報は渡したので、これでお開きですかねー
 あとはこちらがが診療所から帰途に着く話を書けば、「次世代ーズ」として一旦締めになるかと
 早渡は絶望を通り越して慈悲あふれる微笑みを浮かべて帰っていくことでしょう

 しかし最大の問題は「次世代ーズ」が向こう一週間ロクに物を書けないところですかね
 つまり、間に合わなかった
 本来なら2022年2月22日の2時22分、最悪22時22分までに投下したかったがこれはもう仕方ないね
 次は200年後のチャンスを待ちます

 
638 :気圧を許さない花子さんとかの人  ◆7JHcQOyXBMim [sage saga]:2022/03/01(火) 17:13:06.23 ID:1DgMKsLW0
>>637
リレーっぽくやってたのに途中で全く投下できないどころかこっちに顔出せなくなってて申し訳ねぇ
大体情報だしたような気がしつつ、何かしら情報だし忘れてはいねぇかと不安な方です
こういう時はなんかかしら、出したつもりで出し忘れてるんだ知ってる

本当は早渡君とかに「先生」の娘目撃くらいはさせたかったんだけどうまくできませんでした
灰人のバレンタインネタでちらっと出すことで作者レベルでは出したのでそれでお茶を濁す

> 早渡は絶望を通り越して慈悲あふれる微笑みを浮かべて帰っていくことでしょう
早渡君、めちゃくちゃ情報流出させてごめんな
639 :お夕食の献立に悩む花子さんとかの人  ◆7JHcQOyXBMim [sage saga]:2022/03/01(火) 17:15:18.82 ID:1DgMKsLW0
■おおまかな時間軸
????????


                 ハ_ハ  
               ('(゚∀゚∩ いつくらいの会話だったんだろうね?
                ヽ  〈 
                 ヽヽ_)
640 :土川 咲李と×× ××  ◆7JHcQOyXBMim [sage saga]:2022/03/01(火) 17:16:38.82 ID:1DgMKsLW0
 優しさは毒にも刃にもなりえることを、きっと彼女は気づいてすらいなかった。
 彼女の優しさは、そんな悪いものではなかったのだろう。
 ただ、同情や慰めと言うものが傲慢と紙一重である事に彼女は気づいていなかった。

 気づいていなかった癖に、こちらを傷つけたという判断はしたらしい。
 ただ、何が原因だったのかがわからない。
 いや、もしかしたらわかっていたのかもしれないけど、それと向き合うことができなかったんだろう。

 だから、こちらは傷ついていないようにしてみせた。
 なんでもないように、普段通りにして見せた。
 そもそも、自分でも自分が傷ついたかどうか、きちんとわかってはいなかったが。

 ……まぁ、多分、傷ついていたんだろう、俺は。
 彼女が悪気鳴く、こちらを心配して言った、その言葉は。
 俺が悩んでいた事を、気を付けていた事を、何もかも全て否定してきたに等しかったのだから。
641 :土川 咲李と×× ××  ◆7JHcQOyXBMim [sage saga]:2022/03/01(火) 17:18:10.63 ID:1DgMKsLW0



 私が、彼が普通のようでいて誰よりも普通でなかった事に気付いたのはただの偶然。
 彼が、それを知られたがっていたのか、知られたくないと思っていたのか。それがどちらなのかわからなかった。
 ただ、知ってしまったからには理解しようと思った。
 私は、彼らの「日常」として、それを支えてあげたくて……彼もまた、支えるべき存在なのだと、そう感じたから。

 だから、辛くないかと聞いたのだ。
 辛くないのか、怖くないのか。
 心配で、心配で、たまらなかったから。
 彼は、その力を使う事を普通の事で、当たり前のことだと言っていて。
 ……それでも。
 本当にそうなのか、と。
 不安で、心配で…………。

「咲李さんは、怖い?」
「……え?」

 じっと、彼は私を見つめて問いかけてきた。
 いつもと、変わらない。にこにこと笑ったまま。

「……周りと違う俺が、怖い?」

 そう、いつもと変わらない。いつもと同じ笑顔のまま、問いかけてきていた。

 怖い?
 怖いはずがない。
 だって、彼は、いつもと変わらないんだから……。

「周りと違う事が当たり前で、辛くない俺の事が、怖い?」


 一瞬、ぞくりとした。
 眼をそらしていたものを、真正面に突き付けられたような感覚だった。


「俺にとっては、これが当たり前で普通の事なんだ。それが普通じゃないのもわかってるよ。わかっていて、当たり前で普通だっていう俺の事が、咲李さんは怖いかな?」

 違うよ、と。
 怖くないはずなんてないよ、と。
 即答してあげられなかった。答えるまでに、間が開いてしまった。

 そう、と彼はいつも通りの笑顔を見せてきた。
 本当に、いつもと変わらない、いつも通りの…………装っている、笑顔の仮面。
 その下にどんな表情が隠れているのか、決して見せてくれない。

「周りと違うのが怖いなら、無理しなくていいんだよ」

 無理なんてしていない。
 そんな、無理なんて、一度も……。

「自分を押し殺して、無理して周りに優しくしたとしても……咲李さんの為にも、周りの為にもならないよ」

 違う、私は無理なんてしていない。
 無理なんて、一度も……一度も………………。

642 :土川 咲李と×× ××  ◆7JHcQOyXBMim [sage saga]:2022/03/01(火) 17:19:29.81 ID:1DgMKsLW0
「自分の事、大事にしないとダメだよ。咲李さんは無理するし無茶もするから」
「そんな事、ないよ」
「今だって、無理してるだろ?自分の辛い事を見ないふりしていても、覆る事はないよ」

 違う、辛い事なんて、私は、何も。

「……少なくとも。俺達は気づいてるよ。だから、無理しないで。俺達に優しくする前に、俺達に相談してよ」


 ――心臓にナイフを突き立てられたような気分だった。
 みんなには、私の事情を知られないようにしているつもりだった。
 だって、知られたら、心配されてしまう。
 私はみんなを心配させたくない。
 だって、私は、みんなの「日常」なんだから。
 だから、だから、だから、だから、だから、お母さんがいない事も、お父さんが私を見ない事も、知られては、いけないのに……


「俺達は、逃げ場になるくらいはできるよ。だから、変に隠さないでよ。一方的に優しくされるだけだなんて、性に合わない」
「ありがとう。でも……私は、なんともないよ。大丈夫なの。だから、みんなは、私の事なんて気にしないで」

 彼みたいに、いつも通り笑ったつもりだったけど。
 ちゃんと、私は笑えていただろうか?

「あなたこそ。辛くなったら無理しないでね」
「何度でもいうけど。俺にとっては当たり前なんだから辛くはないよ」
「でも…………」

 傷つけるつもりはなかった。
 彼のプライドを踏みにじるつもりもなかった。

「その力のおかげで、あなたは安全かもしれないけど。それでも、怖い事に変わりはないだろうから……」

 私は、この時。
 傷つけるつもりはなくて。
 彼の努力を否定するつもりも、なくて。
 ただ、彼を、心配して。


「――そうか。咲李さんはそう思っているんだね」


 いつも通りの笑顔が、酷く恐ろしく感じた。
 私の心の醜さが、むき出しにされているような気がした。

 失言だったと、気づくのに時間はかからなかった。
 あの言い方じゃあ、まるで、彼が彼自身が持つ普通ではない力に胡坐をかいているかのようだ。
 その力がなければ、みんなの一員でいられないかのような、そんな言い方になってしまった。
 違う、そうじゃ、ない。
 彼が、その力に頼り切らずに、考えて、努力している事はわかっていた。
 わかっていたはずだったのに、どうして、あんな。

「みんなに同じこと言わなければ、それでいいよ。ただ、本当に無理はしないようにね」


 みんなを支えているつもりだった。
 みんなの「日常」として、みんなを支えているつもりだった。

 けれど、本当は。
 支えられているのは、私の方だった。
 目を背けていた現実を、私は気づかされたのだ。

 気づかされて、そして。
 ……それでも、私は、ただ優しくある事しかできない。
 私にはそれしかできない。
 私が見えている範囲のみんなに優しくする事しかできない。
 だって、私は、私には…………優しくする事でしか、そこにいる価値が、ないから。



643 :土川 咲李と×× ××  ◆7JHcQOyXBMim [sage saga]:2022/03/01(火) 17:22:46.07 ID:1DgMKsLW0


 彼女の優しさは麻薬と紙一重で。
 彼女と言う麻薬が消えた事から未だに脱出できていない連中がいる事に。
 死ぬ前に彼女は結局、気づくことができず。
 そういう意味では、無責任だった。


 彼女は優しい。それは間違いない。
 ただ、その優しさは当人が自分自身を守るためのものでもあって……彼女はそれに気づいていなかった。
 辛い現実から目をそらすためのものになってしまっている事に気づけていなかった。
 気づいていないから、余計に周りに優しくし続けていたんだろう。
 それがどれだけ残酷な事なのか、きっとあの会話の後も気づけていなかった。
 気づけていなかったからこそ。

「あなたが飛び降りて取り込まれて、内側からあなたの父親の都市伝説を制御すれば父親を止めることができる」

 だなんて、絶対的な強い意思がなければ成功しない事を提案されて、むざむざ乗ってしまったんだろう。
 誰にも相談せず、自分だけで背負い込んで、無理だということにすら気づけず実行した。

 できるはずがないだろう。
 自分の弱さから目をそらし続けていた彼女には。


 彼女の弱さに、俺達以外がどれだけ気づけていたんだろうか。
 ただ、きっと、俺達以外気づいていないままでもいいのかもしれない。

 自分自身の不幸せから逃れるために優しくされていた、だなんて。
 きっと、誰も思いたくないだろうから。


 その幸せで、綺麗な綺麗な幻想は。
 きっと、そのままの方がいいに違いない。




to be … ?
644 : ◆John//PW6. [sage]:2022/03/03(木) 04:19:37.90 ID:Jt/IFR4oo
 

投下お疲れ様でした
名前が伏せられてますがこれは彼ですよね
というかこれまでの話でも徹底して伏せられてましたが全部彼ですよね
ある意味この時点で咲李さんは詰んでたかもしれんな……かなわんねこれは
あと

> 「あなたが飛び降りて取り込まれて、内側からあなたの父親の都市伝説を制御すれば父親を止めることができる」

これ言った「組織」強硬派(?)の人、あまりにも無茶振りじゃないの
状況をまるっと理解してたうえで告げたとしたら、これはもう故意と見なされても文句言えないね

 
645 : ◆John//PW6. [sage]:2022/03/23(水) 17:35:52.63 ID:nc7nwv6ko
 

一個上で

> これ言った「組織」強硬派(?)の人、あまりにも無茶振りじゃないの

などと申しましたが、これって角田や門条氏の発言から見るに愛百合さんだよなあ……
彼女がどういう思惑で三年前から【11月】まで活動してたのか、今となっては知る由もないが
過去編や回想で明らかになるときは来るんだろうか

(あるいは本人が話してた以上の考えはない、という可能性も勿論ある)

 
646 :次世代ーズ ◆John//PW6. [sage saga]:2022/03/23(水) 18:07:15.94 ID:nc7nwv6ko
 

○全体時系列


■現世代

 ・秋祭り、同一時期に「夢の国」、「鮫島事件」発生




 -------- 上記からおよそ20年後 --------




■次世代

●【9月】
 ・早渡、「組織」所属契約者と戦闘

 ・「怪奇同盟」に挨拶へ     (アクマの人とクロス)

 ・東中で花房直斗、栗井戸聖夜から三年前の事件を聞く
  その際にいよっち先輩と出会う
  その後、診療所で「先生」から「狐」について聞く     (花子さんとかの人とクロス)

 ・東中を再訪、いよっち先輩が“取り込まれ”から脱する
  「モスマン」の襲撃から脱出

 ・ソレイユ(日向)、変態クマ(変質者)に捕まる
 ・「ピエロ」、学校町を目指す

 ・日向、早渡を変態クマ(変質者)と見なし襲撃
 ・ドーナツ屋の前で一旦落ち着く          ☜ 次世代ーズ 35 「憩う、ひととき」 はこの後の出来事

 ・∂ナンバーの会合
 ・∂ナンバー、「肉屋」侵入を予知


●【10月】
 ・「肉屋」戦 (9月終盤か、10月初頭?)
 ・「ピエロ」、学校町への潜入を開始

 ・学校町内の各中学、高校にて生徒の失踪が相次ぐ


●【11月】
 ・「組織」主催の戦技披露会実施
 ・診療所で「人狼イベント」       (上下2点は順序が逆の可能性あり)          ☜ 今回の 「診療所からの帰路」 はここ

 -------------------- 一日目(仮) --------------------
 ・「バビロンの大淫婦」、消滅
 ・角田ら、「狐」配下と交戦
  新宮ひかり、上記交戦へ介入












 
647 :次世代ーズ ◆John//PW6. [sage]:2022/03/23(水) 18:07:58.23 ID:nc7nwv6ko
 

 ○前回の話

  >>634-635
  「平和噛み締め」へのクロス



 ●イベントの時系列

  前スレ  811-814 「みんなで遊ぼう」   花子さんとかの人
   ↓
  前スレ  849-853 「みんなで遊ぼう「人狼遊戯」」   花子さんとかの人
   ↓
  前スレ  933-936 「いよっち先輩、来る」   次世代ーズ
   ↓
  本スレ >>510-513 「人狼遊戯のその後に」   花子さんとかの人
  本スレ >>519-520 「一方大人の情報交換とか」   花子さんとかの人
   ↓
  本スレ >>533-542 「いよっち先輩からの質問」   次世代ーズ
   ↓
  本スレ >>548-550 「簡単なご返答」   花子さんとかの人
   ↓
  本スレ >>565-569 「早渡、返答を受けて」   次世代ーズ
  本スレ >>579-581 「早渡、返答を受けて」のおまけ   次世代ーズ
   ↓
  本スレ >>584-585 「備えは大事」   花子さんとかの人
   ↓
  本スレ >>589-591 「厚意、返答、触診、そして」   次世代ーズ
   ↓
  本スレ >>598-600 「保険仕込みと時間つぶしの雑談」   花子さんとかの人
   ↓
  本スレ >>611-613 「様子見の間に」   次世代ーズ
   ↓
  本スレ >>634-635 「平和噛み締め」   花子さんとかの人



 ●ここまでのあらすじ

   【11月】のとある放課後、早渡と一葉とともに三年前の事件について中央高校組から話を聞く
   暫しの交流を経て、早渡は「先生」から“保険”として「賢者の石」を経口で取り込むことになった
   同時進行で早渡の携帯の情報が中央高校組へ流出することになる

   空七と「ピエロ」関連のデータを渡すために合意済みとはいえ、これは大丈夫なのか?













 
648 :次世代ーズ ◆John//PW6. [sage]:2022/03/23(水) 18:08:42.74 ID:nc7nwv6ko
 


 これは【11月】の話です
 【9月】の状況から人間関係や各人物の知っていることが変化しています


 
649 :次世代ーズ 「診療所からの帰路」 1/10 ◆John//PW6. [sage]:2022/03/23(水) 18:10:00.98 ID:nc7nwv6ko
 

 終わった
 いや、まだ終わりじゃない

 場の空気的に、超えちゃダメな一線超えちゃった みたいな雰囲気が嫌でも伝わってくるが、一応尋ねてみる


「最悪の状況はギリギリ回避できた……で、いいんだろうか?」

「回避できてないと思う」
「アウトだと思う」
「恵おばさんとこの『スーパーハカー』が一瞬見えた時点でアウトだな」

「何もかも間に合ってなかった!!」


 完全に終わった
 元々空七と「ピエロ」に関するデータを渡す予定だった
 だが! この様子だと! それ以上のモノが! 中央高校グループの手に渡った!

 こうなることは薄々感じていたし、というかこうなることは想定してただろうが! 俺!!
 でもだ! 一応言わせてほしい!!


「くっ、まさか最終的に誰一人止めてくれてなかったとは」
「鬼灯さんが面白がってた時点で龍哉は気にしないし、灰人がツッコミ放棄した時点で憐も諦め入ったしな」
「この場で一番の大人ァァァァァっっ!!」


 思わず絶叫する、絶叫せずにはいられないだろ!!
 煙管を持ったままけらけら笑ってる鬼灯さんに一瞬だけ視線を向けて、直ぐに逸らした
 そういや鬼灯さん、こう見てて意外と悪戯好きだって話だったな


「うーん無情無情、ちなみに私にブレーキ役を期待したとしてもこの面子止めるのは諦め入るからね」
「早渡。お前は知らないかもしれないが、この白衣憐にくそ甘いし、最近は直斗にもそこそこ甘いぞ」


 「先生」はこの状況でも相変わらず朗らかに笑ってるし
 角田の人は半ば呆れ顔だし、紅ちゃんは若干オロオロしてるし
 いよっち先輩の方を見るとこっちを見て明らかにニヨニヨしている
 これはアレですね、実行犯は完全に毬亜ですね?

 というかさっきから中央高校グループの視線が痛い
 頼むからそんな目で俺を見るな
 特に広瀬(優)ちゃん、どこか蔑むような眼差しを向けてくるのは気の所為じゃないよな
 でも! でも一応言わせて!! さっき叫んでたの多分俺に遠回しの合図を出したとか何かだろ!?


「もはや味方が広瀬ちゃんしかいない」

「多分それ晃じゃなくて私のこと言ってるんでしょうけど
 人の弱み握るなら当人にその気配すら察知させずに掴んだ方がいいから止めようとしただけよ」

「待って? 別方面の最悪が聞こえた気がするよ?」

「だってこっちがその情報掴んでることを当人に知られる可能性は低い方がいいでしょ、いざと言うとき使うなら」


 そっち!? そっちの意味かよ!? 俺の想定よりだいぶ前提がズレてたな!!
 ていうか俺のこと利用する気だったの!? てか俺のどこに利用価値を見出したんだよ!?


「大人組、一言どうぞ」
「優の言う通り、人の弱みは当人に知られず握っていざって時交渉材料にするやり方もあるな」
「優の周りの大人見てりゃ、その答えに辿り着くだろうなとは思う」
「いっそ英才教育みたいなものだからねぇ」


 俺が広瀬ちゃんズの周辺人物を知ってること前提で話進めるのやめろ!!
 いやまあうん、広瀬ちゃんズも所詮は花房のお仲間だった、そういう話なんだろう


「大丈夫。今回は、お前の知り合いからの提供。よって、悪さには使いにくい」
「とりあえずお前は情報漏洩してきたあの女きっちり〆といたほうがいいんじゃないのか」


 ポチはポチで俺に対し、前脚でバスバスとやたら攻撃的なタッチをかましてくる
 確か犬が前脚タッチしてくるときって、気を引きたかったり訴えたいことがあったりするらしいが
 このケルベロスの表情を見るに、完全に俺のことをバカにしてると見た!
 とんでもねえワンちゃんだよ、お前さんは!


 
650 :次世代ーズ 「診療所からの帰路」 2/10 ◆John//PW6. [sage]:2022/03/23(水) 18:11:33.24 ID:nc7nwv6ko
 



「じゃーねー、みんな! 花房君、また呼んでね!」


 日も暮れかけた頃合いで俺と先輩は診療所を後にすることにした
 いよっち先輩はさっき質問してたときより元気そうだ、今のところ心配は不要だな


「早渡お前、全然大丈夫じゃねえな」
「あっったりまえだろ、そりゃさっきアレがアレになったのはアレだぞ、アレがかなり俺のアレに」


 角田の人が相変わらず呆れた顔色で声掛けてきたが、心配というより別の理由だろう
 俺は今、自分の顔面が微笑みのような感じで歪んでるのを自覚している
 いやもう笑うしかない、俺のあれやこれやがよりによって花房とその愉快な仲間たちに流出したとなっては


「銃器のことで色々聞きたいことはあるが、後だ。なんかあったら連絡する」
「おーけー分かった、メッセージでくれ」


 押し殺した声でそう伝えてくる角田の人に俺も囁き声で応じる
 この間、中央高校グループの方はなるべく見ないようにした
 あちらの視線が今は痛い、頼むからそんな目で俺を見ないで

 ていうか花房君がこっちを眺めてる気がするが華麗にスルーだ
 彼は十中八九、例の笑顔を浮かべたままだろう

 紅ちゃんにはあの後色々謝ったものの、かなりよそよそしい感じだった
 そりゃ俺のあれやこれやを見られたのなら……待て、紅ちゃんにも渡ったのか!?
 いやまあ渡ったんだろうな、俺のセンシティブなモノが色々

 いい、もういい
 そういうことにしておく


「じゃあな」


 それだけ言い捨てて、俺はいよっち先輩と診療所を後にした
 憐ちゃんに二、三確認しておきたいことはあったけど、最早必要ないだろ
 ところで先輩、なんで俺の方見てニヨニヨしてるんですか、止めてくれます?

 まったく
































 
651 :次世代ーズ 「診療所からの帰路」 3/10 ◆John//PW6. [sage]:2022/03/23(水) 18:12:40.08 ID:nc7nwv6ko
 



 診療所を出た後、俺達は東区の住宅街を抜けるように歩いていた
 赫い赫い夕日が全ての景色を昏い赫に染めている
 もう11月だ、時折吹き抜ける風も随分と冷たくなってきた

 俺の先を行くいよっち先輩を、漫然と見遣る
 鼻歌混じりで上機嫌らしい
 先ほどのことは割り切ったのか
 あるいは俺の前だからわざとそんな態度を取っているのか


 携帯を引っ張り出した


「おい、毬亜。いるんだろ? さっきからだんまりじゃねえか」
『むーっ!』


 勝手にアプリが立ち上がり、毬亜が姿を現した
 祷毬亜(いのり まりあ)。「七尾」からの同期であり、幼馴染だ
 そして、ある意味「七尾」の最大の犠牲者でもある

 毬亜は元々男だが、本人は乙女の心の持ち主らしく
 ずっと可愛い女子になりたがっていたらしい
 そういう意味では現在の状況をそれなりに楽しんでいるんだろうが


『ボクはちょっとご機嫌斜めだよーっ!!』


 水色のエプロンドレスで装った毬亜は、腰に両手を当てて全身で不機嫌ですとアピールしてくる
 黙ってれば銀髪碧眼の美少女で通るんだが、その辺りはメガネさんと似たり寄ったりだ


「なんでだよ、広瀬ちゃんズと仲良くやってたんだろ?」
『聞いてよ脩寿ー! フレ申したのにさー、ボクがデータ共有し終わった途端に解除されたっぽいんだよー! そんな警戒されるくらい怪しかったかな、ボク』
「いやそりゃ警戒するだろ、サプライズ狙いでいきなり登場したんだから」


 本日の毬亜いきなり参加は本人の強い希望によるものだ
 俺は一応事前に話を通しといた方がいいんじゃないか、怪しまれるぞ、と応じたが即時却下された


『にしてもだよ! 脩寿は付き合う相手をもうちょっと選んだ方がいいと思うな! アイツら脩寿のこと利用し甲斐のある手駒みたいに見てたじゃん!』
「そういう言い方やめろよ。……それ言い出したら誘いに乗ったのは俺の方だ」
『はーっ! ボクは心配だよ、もーっ! 大体今日だってボクがいないとかなりヤバヤバだったじゃんかーっ!!』
「……そうなの?」
『そうだよっ!! もーっ!』


 プンプンしている毬亜を眺めながら、別のことを考える
 確かに花房君は俺に色々情報を提供してくれたし、それ自体かなり大きな一歩だった

 同時に、彼にどんどん誘い込まれている気もする
 思えば最初に出会ったときも俺は彼に招かれたのだから

 一体花房君は俺に何を見せたいのか、俺に何をさせたいのか
 あるいは特に何も考えてないのか、こちらは知りようもない

 昔の俺なら警戒して関わろうとすらしなかっただろう。だが
 ここらで自分から動かないと、いつまで経っても埒が明かないからな


『大体脩寿に何を交渉するつもりなんだろ』
「さあ? あちらが俺を上手く利用する気があるかどうかだな。あいつら次第だろ」
『それで死んだらボクは助けてあげられないよー?』
「いや流石に死ぬようなことに巻き込まれるわけ……いや断言できないわ、ちょっと、怖いんだけど」




 
652 :次世代ーズ 「診療所からの帰路」 4/10 ◆John//PW6. [sage]:2022/03/23(水) 18:13:40.34 ID:nc7nwv6ko
 

 話しながら、広瀬(優)ちゃんの言葉を思い返した

     『人の弱み握るなら当人にその気配すら察知させずに掴んだ方がいいから止めようとしただけよ』
     『だってこっちがその情報掴んでることを当人に知られる可能性は低い方がいいでしょ、いざと言うとき使うなら』

 いや、耳に痛いな。一々その通りだ
 ああしてわざわざ教えてくれたのは彼女なりの優しさか、さらに俺を騙すための布石か、多分後者だな
 あるいは敢えてああいった物言いしたのは、以降は警告なしで俺を利用するというある種の宣告かもしれない
 そう受け取っておこう


『にしても双子ちゃん、思ってた以上にノリ良かったねー』
「広瀬ちゃんズな。そういや毬亜って広瀬優ちゃんみたいなのがタイプだったか?」
『冗談はやめてよ? あの子ほんと怖いよ? ボクのこと冷めきった目で見てたよ? 怖いよ?』
「あ、そうなの?」
「ねえねえ何の話してるのー?」


 いつの間にかいよっち先輩が俺の横に並んで携帯を覗き込んでいた
 俺も見えやすいように携帯の画面を先輩の方へ傾ける


『ボクの好きな子のタイプの話かなー? ボクが好きなのは、どっちかっていうと、いよっちみたいな女の子かなー?』
「えっ」
「毬亜、先輩からかうの止めろ」
『あははっ! いよっち冗談だよー! ボクは男子の方が好きかな、いまは』
「へ、へー、ふーん。それって、早渡後輩みたいなのが好みってこと?」
「先輩、俺をからかうの止めろ」
『んふふー❤ ないしょー❤』


 そ・れ・よ・り!! 毬亜は大声を上げて口を真一文字に結ぶと、片手の人差し指を立てるジェスチャーをした
 本人的には話題を切り替えて真剣に切り出すつもりらしい


『いよっちー! 広瀬ちゃんズからシェアされた脩寿のデータのなかにさー
 金髪巨乳な長身女性のアッハーン❤ でウッフーン❤ なお宝画像が混じってなかったー!?』

「えっ? そういうのは無かったけど……え、なに? 早渡後輩が持ってたエッチな画像!? そういうのが好きなの!?」

「いよっち先輩? なんでそこで食いつくの? やめて? 俺のセンシティブなところに踏み込まないで? お願いだから」

『いよっちー、大事な話するからよーく聞いてね?
 もしそういう感じのお宝画像が回ってきても脩寿のために見ないであげてほしいなー❤
 脩寿ってば人のプライバシーを土足で踏み込むクソ野郎は[ピーーー]っていう危険思想の持ち主だから
 お宝画像のなかに変なの混じってる可能性が大なんだよねー』

「変なのってなになに?」

『ノーコメントー❤ というわけで、見ないであげてほしいなー❤』

「んー、分かったー」

「おい待て毬亜、ちょっと! ちょっと二人だけで大事な話しよう!?」


 いよっち先輩は色々察したのか、俺から距離を置いて自分の携帯を弄り始めた
 なんだか不穏な感じがする、それもかなりよくない感じの


「毬亜。その、例の画像の話が出てきたってことは」

『うん、「スーパーハカ―」がデータを根こそぎ持ってったんだけど
 アイツ、ストレージから削除したデータも全部リストアしたうえで持ってったんだよねー』

「マジ、かよ……」


 絶句した、あんな短時間に削除データを全部復元したってのかよ!?
 いや、マジで!?


『ねー? 脩寿ー❤ ボクの想定が合ってたでしょー? 良かったねー、ボクのプランを実行しといて❤』

「……」


 
653 :次世代ーズ 「診療所からの帰路」 5/10 ◆John//PW6. [sage]:2022/03/23(水) 18:17:36.42 ID:nc7nwv6ko
 

 呆けてる場合じゃない
 いやでも削除したデータも復元してくるとか予想外だろ!?
 と言いたいところだけど、今回ばかりは毬亜のお陰で助かった、ってところだろうか

 まず俺が今持ってるこの携帯は、俺がこれまで使ってた携帯じゃない
 同じ機種だけど中身は最近セットアップされたばかりの別物だ
 これは毬亜の提案だった


 (まずさー、相手の方に「スーパーハカー」かそれに匹敵する電子系のANが居ると思うんだよねー)
 (なんでそう思うんだ?)
 (ボクの勘だねー、それに脩寿が学校町のこと教えてくれないから、ボクなりに学校町の情報とか過去の事件とか色々調べてたんだよー?)


 空七ちゃんや「ピエロ」に関する証拠をデータで渡す、これ自体に反対はしないんだけどさー
 多分脩寿の大切なデータ、全部持っていかれちゃうよ?

 それが毬亜の忠告だった
 いやでもまさかそこまではしないだろ、当初の俺はそう楽観視していたのだ


 (じゃあさ、じゃあさー! こうしよう! 脩寿は必要なデータだけ持ち出される方に賭ける。でー、ボクはデータまるっと持っていかれる方に賭けるねー)
 (おういいぜ!! 流石に花房君とその愉快な仲間たちが胡散臭いとはいえ、そんな性悪だって見なす理由は無いからな!!)
 (でも万が一に備えて、脩寿のためにダミーの携帯を用意してあげるねー❤)


 ダミーの携帯。それが今、俺が持っているものだ
 先に言っておくと、このなかには今日花房君たちや角田の人に共有した空七や「ピエロ」に関する証拠データが入っている
 このデータ自体は本物だ

 そして、毬亜はデータを全て吸い出されるだけではなく
 削除されたデータも全部復元されたうえで持っていかれると主張した


 (そんなに言うならこうしよう、俺がE1の頃から集めに集めたお宝画像を全部上乗せする!)
 (うわっ! 本当にいいのー? 後悔するよー?)
 (花房君たちがそこまでするわけないだろ!? 賭けは俺が勝つかんな!!)



 ここらで一旦整理する
 俺が用意したデータ類は三種類あった

 一番目が、まず本来渡すべき証拠データ
 空七関連やら「ピエロ」関連のデータはこれを指しているし、本来俺が渡したかったのはこれだけだ

 続いて二番目が、サブの画像と動画データだ
 これは一番目のデータを補足する感じで、俺の生い立ちやら「七尾」時代や「七つ星」時代の説明のために最低限の情報を小出しして提供する予定だった
 いざってときには提供してもいい、と毬亜に伝えたうえで実際にどうするかは毬亜の裁量に任せた
 俺としてはそれほど共有される想定じゃなかった。のだが! 毬亜は今日! これを全部渡しちゃったらしい!

 そして最後の三番目、これがお宝画像のデータ類
 これは毬亜との賭けに乗った俺が用意したもので、中央高校グループに共有する想定は全く無かった



 そのうえで具体的にやったのはこういうことだ
 このダミー携帯のストレージに俺のお宝画像を一旦置いた
 俺が小さい頃から収集しまくった長身ブロンド美女の画像や動画なのでサイズはかなりのものになる

 そのうえでストレージ上のお宝画像を全部削除した
 最後に本来あいつらに渡すべき予定の証拠データをストレージに置いた

 やたら手間が掛かってるが、煩雑な作業は毬亜がやってくれた
 もし毬亜の予想通り、全データが復元までされて持ち出されるなら、俺のお宝画像が流出することになる
 さすがにそこまではしないだろ、と思っていた
 別に花房君たちの良心を全面的に信じてたわけじゃないが、そこまではしないだろうと
 なので俺がこれまでの人生で地道に集めたお宝画像を全賭けすることにした

 結果がこのザマだ
 ああとも、笑えよ。笑えばいいだろ!!






 
654 :次世代ーズ 「診療所からの帰路」 6/10 ◆John//PW6. [sage]:2022/03/23(水) 18:18:51.38 ID:nc7nwv6ko
 

『脩寿ー、さっきから顔面が気持ち悪いくらい慈悲あふれる微笑みになってるぞー❤』

「言うな毬亜! 俺の心は泣いてるんだ!!」

『んふふー❤ 脩寿、今回ので懲りた? 懲りたでしょ?』

「……そうだな、お前の忠告通りだったわ」

『これに懲りたんなら携帯は気軽に人に渡しちゃダメ
 たとえ善意で貸したとしても相手がそれを善意でお返しするとは限らないんだから』

「……」

『携帯に詰まった脩寿の情報は命の次に大切なものでしょ?
 それに、脩寿だけじゃない、他人の生命に関わる情報が携帯には詰まってるんだから
 「広商連」の機密とかボクらの命とかを握ったうえで脅迫してくることも、アイツらはやろうと思えばできるんだよ?
 だから大事に扱わないとダメ。ボクは脩寿の命を守ってあげられないけど、脩寿の情報は守ってあげられるからね』

「……そうだな、悪かった」


 ニコニコされながらこう言われちゃ、返す言葉もない
 診療所では終始ふざけてたようだけど、コイツなりに考えあってのことかもしれない


「ありがとう、毬亜」
『どういたしましてー❤ でさ、賭けに勝ったんだから見返りは期待してるね!』
「……具体的には?」
『例のやつに半年分上乗せで手を打とーう!』
「半年分かー……」


 毬亜は俺に、未成年男子が買っちゃいけないようないかがわしい雑誌やら何やらを毎月ねだってくる
 まあ俺も毬亜にそういうのを送っているわけなんだが……、しかし半年分か

 いや! これくらいは安い出費だ!!
 俺のお宝画像が流出したのは取り返しのつかない事態だとしても、だ!!


「毬亜、『スーパーハカー』さんに侵入されたときの話、詳しく聞かせて」
『そ・の・ま・え・に』


 毬亜は声を潜めるようにして、再び人差し指を立てるジェスチャーを繰り出した
 どことなく不安そうな表情に見えるが、どうした?


『いざとなったら出していいって言われたデータは全部渡しちゃったよ?
 前も確認したけど、「七つ星」でバウンサーしてた頃のやつも思いっきり混じってるけど、本当に大丈夫?』

「サブのデータの方だよな? 俺はあれを全部渡す想定じゃなかったんだけど
 まあ……巫女ちゃん姉妹の方は思いっ切りSNSに載せてたから今更感あるし
 穂乃花さんの方も笑えないレベルの情報流出やらかして、俺の面割れに貢献してるしな
 大体穂張の一件は鬼灯さんも知ってんだろ」

『本当に大丈夫?
 リストアされた方のお宝画像にも変なの混ぜてあるでしょ?』

「毬亜さっき言ったよな?
 俺がプライバシーを土足で踏み込むクソ野郎は[ピーーー]って思ってるってのは
 なんだ毬亜? あいつらのことが心配になってきたのか?」

『そうじゃないよ、ただボクは本筋と関係ないところで拗れるのが怖いって話をしたくて』

「安心しろ、命に別状が発生するような危険なもんじゃないさ
 本当にヤバいって『スーパーハカー』さんも判断したんなら全消しせざるをえない
 それにアイツらも俺にああ言ってたわけだし、そこはお互い様だよ
 持っていっても良いとは言ってないお宝画像を持ち出したのは向こうなんだし
 その所為で向こうが大変なことになったとしたら、そりゃ向こうの落ち度だ」


 お宝画像に混じってる毒、もとい罠は、元々死ぬようなレベルではない程度の害性表象だった
 だが、今回「スーパーハカー」さんに持っていかれたお宝画像には、新しい害性表象と入れ替えておいた
 といってもそんな大したもんじゃない、30分から48時間は夢遊病のようにフワフワしては欲情に苛まれるような代物だ



 
655 :次世代ーズ 「診療所からの帰路」 7/10 ◆John//PW6. [sage]:2022/03/23(水) 18:20:01.72 ID:nc7nwv6ko
 

 お宝画像のどれかに紛れ込むように存在するし、画像や動画の形式だから
 油断してアクセスしたら即座に感染することになる
 それにお宝画像はすべて害性表象に汚染されてるから、特定して削除したとしても
 他の無害なお宝画像が害性表象に変異するようにやたら手の込んだ細工を加えてある
 さながら、実しやかに語られる「怠けアリの法則」のように

 で、だ
 これをふざけて拡散したんなら、それは「スーパーハカー」さんの所為だし
 あの程度の害性表象に影響されるようなら、それは見た奴の危機感欠如ってやつだし
 むしろ俺はお宝画像を持っていかれた被害者、といった一応の言い訳は立つ。うん、何の問題もない


『……ボクは脩寿が考えなしのお人好しなんじゃないかって思ってたけど、そうでもなかったんだね。ちょっと安心した
 でも、「スーパーハカー」にさん付けなのはなんで? ちょっと気持ち悪いよ?』

「そりゃまあ、敵じゃないからな
 そうは言っても、俺は未練たらたらだぞ
 なんてったって、小っちゃい頃から集めに集めたお宝画像だからな
 それが何の苦労もなくあいつらの手に渡ったわけだからな、賭けに乗った! 俺の責任とはいえ!
 おかげで今の俺はかなり情緒不安定だ、今から河川敷に行って大声で絶叫したい。夕陽に向かって叫びたい」

『やめなよー、不審者だと思われちゃうよ?』


 これには毬亜も苦笑した
 どことなく安心したような雰囲気が見て取れる
 俺もどうにか気持ちを切り替えないとだな


「話を戻すぞ
 『スーパーハカー』さんに侵入されたときの状況、詳しく教えて」

『いいよー。まずね、いきなり来た。基底現実的には一瞬だったけど、“こっち”ではお互いに対峙して見つめ合う時間あったよー
 相手は外見をマスキングしてたのもあって、全体的に得体の知れない雰囲気だった
 ボクが何もしないのをいいことにストレージ内のデータはほぼ一瞬でコピーされて、リストアも早業だったよ。ここまでは想定内
 でさー、アイツ、ボクのミックスポッドと「七つ星」側のファイアウォールの方をじっと見てて、そっちのが薄気味悪かったなー』


 毬亜はニコニコと
 まるで何事もなかったと言いたげな口調でそんなことを告げてきた


「ッッ!! まさか、侵入されたのか!?」

『まさか! アイツも流石にそれはヤバいと判断したと思うよ? 死んじゃうだけで済むんならまだマシだからねー
 でも。アイツ、今度は NANAO の方に興味湧いたっぽくて PRLY-GTS に入ろうとしたんだよね』

「おい、それは」

『ボクもそれはヤバいなって思って攻撃ロジックを隠し持ってたらさー、まるで挑発するみたいに今度は GT-1 にお触りしようとして』

「……『七尾』のインフラにアクセスしようとしたってことか? 明確な意志があったのか?」

『んー。GT-1 に触ろうとした時点で、流石のボクもそこまで許してないぞって
 アイツにわざと Class.0 の情報毒素をタッチさせようとしたの。そしたら寸前で回避されちゃって
 んで、そのまま引き下がっちゃった。多分アイツ、データをリストアしても動じないボクを見て揶揄うためにやったんじゃないかなー』

「……毬亜」

『なにー?』

「お前!! そういうときは!! 早く言えよ!!」

『それは無理
 だって脩寿がアイツら相手に交渉とか説明とか頑張ってるんだし、“こっち”ではボクが頑張る番でしょ?』

「おまっ、そういう問題じゃ」

『あのね、脩寿』


 会話を区切るように、改まったような声色で
 画面内の毬亜が目を伏せる


『正直さ、空七ちゃんの状況がボクにはまだ信じられないし
 そもそも、ボクの知ってる空七ちゃんはまだ小っちゃい頃のままなんだ
 今でも実は全部佳川先生のドッキリで、空七ちゃんが脩寿をからかうためにやってるんじゃないかって。そう願ってるとこ、あるよ』




 
656 :次世代ーズ 「診療所からの帰路」 8/10 ◆John//PW6. [sage]:2022/03/23(水) 18:21:07.02 ID:nc7nwv6ko
 

 でもさ

 毬亜は顔を上げてこちらに真っ直ぐ目を向けてきた
 もう笑っちゃいない、真剣な面持ちだ


『でも、もう楽観視してられる状況じゃないのも理解してるんだ
 空七ちゃんと佳川先生の残した痕跡が不穏過ぎるし、一体何があったのかなんて正直考えたくない
 でもさ。そんななのに、実際に体張ってるのは脩寿だったり、真琴とか、睦衣さんでさ。ボクはずっと“こっち”だし』


 言いたいことはある、でも抑える
 毬亜の言葉を、黙って聞いた


『10月だって、「肉屋」のときだって、脩寿が頑張ったんでしょ?
 それで――ボクは気が気じゃなかったよ。ボクの知らない内に脩寿が学校町で死んだらどうしようって
 さっきも言ったよね? もし脩寿に何かあったらボクは脩寿の命を守れないんだよ?
 死んでからじゃ遅いんだよ? わかるでしょ? だから』


 毬亜が、言葉を区切って、深呼吸するのを、黙って聞いた


『ボクも巻き込め。ボクも戦わせろ。隠し事するな。危ない橋を一人で渡るな
 ボクも一緒でしょ? 脩寿は一人で背負い込み過ぎなんだよ。ボクにも手伝わせろよ、今まで以上に。分かったか』

「……おう」


 正直なところ、毬亜を危険なことには巻き込みたくない
 だがそれを素直に話したら、間違いなくコイツは怒る
 そういう、優しい奴だ。昔から変わらない

 でも、もうコイツには後がない。だから、巻き込みたくはない


『まったくー。脩寿ってば、やっぱりボクが付いてないと危なっかしいよ、ホント
 アイツらのこと悪く言うつもりないけどさー、脩寿もボクも駆け引きには弱いんだから、ホント気をつけないと』

「……そうだな」


 むふすー
 空気を和ませようしてるのか、そんな鼻息とともに
 おどけたような動きで両手を腰に当てて俺を睨み付けてきた


『それで、脩寿。どうなの? アイツらのこと、脩寿は本音で言うとどう思ってるの?』


 そうだな
 あいつらは――花房君たちは、俺のことどう思ってるかは知らないけど


「花房君たちは、俺のことどう思ってるかは知らないけど。俺はあいつらのことを、友達だと思ってるから」


 少なくとも、今のところは

 だから、俺は俺のできることをやっておく


『お人好しめー。やっぱりボクが付いてないと脩寿は危ないねー!
 脩寿ってば何時まで経っても手が掛かるんだからーっ! もーっ!』

「……言うほどか? いや、今日のことは反省して気をつけるけどさ」

『それより、今回渡した情報が「組織」に流出するなんてことあるかなー?』

「無いだろ……。いや、どうかな
 毬亜お前、なんか『組織』にも情報が流出することを期待してるみたいに聞こえるんだけど」

『そりゃあまあねー、だって今のところ怪しいのは「組織」でしょー?
 脩寿のこと知ったら、空七ちゃん関連とか「七尾」とか、その辺のこと知ってる連中が動きそうだもんねー』

「いざとなったら角田の人にわざと流出してもらうって手もあるけど
 確実に巻き込むことになるしな、今は様子見。『狐』の件も『ピエロ』の件もあるし、向こうもそれどころじゃないだろ」




 
657 :次世代ーズ 「診療所からの帰路」 9/10 ◆John//PW6. [sage]:2022/03/23(水) 18:21:52.29 ID:nc7nwv6ko
 

 いや、こんなことを話してはいるが
 もう既に俺は何度も「組織」関係者と接触している
 正直、いつ襲撃されてもおかしくない状況なんだ


「……診療所、『組織』関係者もやって来る場所なんかな」

『角田とかなえちゃんは「組織」関係者だし、そうなんじゃないの?』

「……」

『どしたの急に、まーた考え事? いい加減話しなよ、この秘密主義者!!』




 俺は「先生」に多大な恩を受けている
 これまでもそうだったし、今日もそうだった
 それは疑いようもない


     『君は、君が「先生」と呼ぶ人物が、果たして「組織」と無関係であると、そう断言できるのかね?』
     『アハルディア・アーキナイト。「死毒」と呼ばれた男。彼が何者なのか、君は知っているのかね?』
     『君自身で確かめてみるといい。君はあの男を前にすると、心を許し過ぎるようだからね』


 俺はこれまで「先生」を、ただ「先生」として、そういう人として受け入れていた
 決して妄信するだとか、そういうことではないけど、人として嫌いにはなれなかった

 今日、診療所で感覚を開いたとき、「先生」から一切のニオイを感じなかった
 “波”自体を断っているようでもない、隠蔽しているようでもない
 ただ、まるで樹木のように。ただ、其処に在るだけだった

 これは俺の問題かもしれない
 俺の鼻は万能じゃない。感知できない“波”もあれば、認識できないニオイもある
 これはあくまで感覚的なものだが、「先生」は俺より遥かに高みに居る。これは間違いない




「……『組織』が来ようが何が来ようが、やるときはやる。それだけだ」

『カッコつけちゃってさー
 ゆくゆくは「組織」とバチバチってこともあるだろうけど
 そんときはアイツらも敵に回るかもしれないんだよ? 今の脩寿で大丈夫か、ちょっと心配だよー』

「そんときはそんときだ。あんまり考えたくないけど
 それに有事にはお前もコキ使うからな、覚悟しとけよ」

『ちぇー、こういうときだけ調子いいんだからー!』

「なんか二人きりの世界に入ってるとこ悪いんだけどね、ねっ!」


 横合いからいよっち先輩に話し掛けられてビックリした
 いつの間にか傍に居たらしい


「はいっ! 早渡後輩! 電話!」

「えっ? お、俺?」

「あとね、晃君が送ってくれた画像のなかに
 ブロンド美女のお宝画像? は無かったみたいだから、安心してね
 それはそれとして、はいっ! 電話! 相手は千十ちゃんだよ!」

「は??」





 
658 :次世代ーズ 「診療所からの帰路」 10/10 ◆John//PW6. [sage]:2022/03/23(水) 18:23:14.13 ID:nc7nwv6ko
 

 何だ? なんで千十ちゃんなんだ?
 言われるままに先輩の携帯を受け取り、耳に近づける


「はい早渡ですが!? 千十ちゃん!? どうしたの!?」

『あっ、あのっ、脩寿くんっ……』


 何だ!?
 受話器の向こうから日向ちゃんがきゃあきゃあ言ってる声が聞こえるが
 ……まさか


『あのっ、あのっ、一葉さんから、脩寿くんの、「七尾」の頃の
 かわいい脩寿くんの写真が送られてきてっ、あのっ』

「はおっっ!?!?!?」


 おい、おいおいおい! まさかだろ!?
 いよっち先輩の方を見ると、ニヨニヨしながら両手でダブルピースをこっちに向けてきた!!

 受話器の向こうから「何これ、早渡君チョコチョコ動いて可愛いんだけど」と仰る日向ちゃんの声が聞こえるのは!
 決して!! 幻覚ではない!!


『正直……、もっと、見たいなって!!』

「せせせ千十ちゃん、おおお、俺の話を、聞いてっっ!!」


 なんということでしょう!!
 いよっち先輩は相変わらずニヨニヨしてやがる!!
 なんということをしてくれやがったのでしょう!! 更なる情報流出じゃねえか!!






















□□■
659 :次世代ーズ ◆John//PW6. [sage]:2022/03/23(水) 18:26:39.52 ID:nc7nwv6ko
 

Q.情報流出を想定していたのなら、何故早渡はそんなにショックを受けているんですか?

A.
 早渡「いちいち説明しないとダメか!? 説明しなきゃ理解できないか!?」
 早渡「想定するのと! 実際に流出するのとじゃ! 話が違い過ぎるだろうがっ!!」







 改めまして花子さんの人に土下座でございます orz
 早渡が自分からやらかしたのもあって、今回の一件を反省して次回に繋げる……はず
 おかしなところあれば是非とも指摘もらえるとありがたい

 
660 :次世代ーズ ◆John//PW6. [sage]:2022/03/23(水) 18:44:10.44 ID:nc7nwv6ko
 


















 ○前回の話
  >>474-484
  次世代ーズ 34 「帰る場所」



 これは【9月】の話です
 【11月】の前の状況となります


 
661 :次世代ーズ 35 「憩う、ひととき」 1/11 ◆John//PW6. [sage]:2022/03/23(水) 18:44:57.54 ID:nc7nwv6ko
 




「夜の背中って、白くて綺麗だよね」
「そう、かしら? そんなこと言われた、のは。初めてよ」


 夕食後
 後片付けを終わってしばらく経ってから、わたしは夜とお風呂に入っていた

 夜には両親がいない
 小さい頃に二人とも亡くしたらしくて、“お師匠様”に育てられたらしい
 その“お師匠様”も長いこと遠出してて、夜は仕事でお金を稼ぎながら暮らしてる

 それだけじゃなくて、“お師匠様”の知り合い伝手で預かることになった「コロポックル」の子供たちの面倒も見てる
 小さいくて幼い3人の子の面倒を見ながら、服を作って、それを販売して、学校にも通って

 すごい、と思った
 わたしと同い年なのに、わたしよりしっかりしてる


「慣れれば、楽勝よ」


 夜の身の上を聞いてビックリしたとき、彼女は静かにそう言ったけど
 でもやっぱり、すごいと思った
 親と離れ離れになっただけで落ち込んでるわたしなんかと全然違う
 本音を言うと夜に負けたくないし、それ以上に、自分自身に負けたくない
 わたしも頑張らなくちゃ


 でも、夜がすごいのはそれだけじゃない


「あのさ、夜。その……夜の胸って何時から大きくなったの?」
「え?」


 夜はスタイルもいい
 身長も高いし、胸も大きいし、和風美人って感じだし
 お値段高めのドレスとか似合うんじゃなかってのが初対面時の印象だった


「たぶん、小学、四年生の頃。だったと、思うけれど」
「うう……」


 わたしも自分のスタイルに自信がないわけじゃなかった
 そりゃ、咲李とかに比べたらお子様体型かもれないけど
 でもでも、同じクラスの女子と比べたら、平均よりちょっとは良い方じゃないかと思ってたけど

 夜の体つきを前にすると、何だか打ちのめされたような気分になる
 もっと言うと、わたしの体つきは、わたしが死んだ中二のときのままだ
 もしこのまま時間が停止したようにわたしの姿がこのままだったとしたら


 そう考えると、ちょっと怖くなった





 
662 :次世代ーズ 35 「憩う、ひととき」 2/11 ◆John//PW6. [sage]:2022/03/23(水) 18:45:35.87 ID:nc7nwv6ko
 



「わたし、都市伝説になっちゃったじゃん……。それでも体って成長するかな……?」
「大丈夫、よ。成長するわ。気になるなら。知り合いに、そういうことに、詳しい人がいるのだけど。相談して、みる?」
「あっ、うん! 相談するする! 実はずっと成長止まったままなんじゃないかって不安になってたんだよね!」



 そもそも、だ。わたしが「繰り返す飛び降り」なんて都市伝説だかになっちゃったのは
 わたしに飛び降り自殺させた契約者だか何だかの仕業だ。今になってすっごい腹立ってきた
 この前屋上で事件当時の“映像”を見たときは気分が悪くなって、目の前がぐちゃぐちゃになってその場から逃げ出した、気がする
 実は“映像”の後半からはっきりと覚えてない。わたし自身が飛び降りるのを見たときは割かし平気だった、気がする
 その後は……いやだ、あんまり考えたくない。咲李があの後どうなったのかなんて、思い出したくない
 わたしは犯人のこと知ってる気がする。思い出さなきゃいけない気がする。とても大事なことなのに。でも、思い出したくない
 花房君にもう一度聞いたら教えてくれるかもしれない。でも、怖い。聞きたくない。思い出したくない。気持ち悪い



「一葉、さん? どうしたの、大丈夫?」
「えっ、あっ、ううん、ごめんちょっと。色々考えちゃって。それより、あのさ。夜の胸、触ってもいい?」
「え? 私の、胸を?」
「あっ!? えと、あっ、あのさ、ほら。アレだよ! スタイルいい人にあやかって胸揉ませてもらったら、こっちもスタイルよくなるって言うじゃん! なんかで読んだ!」
「そう、なの? ……ふふ、ふ。そういう、ことなら。……優しく、触って。くださいね」
「あっ、あっ、あっあっ……」


 夜が後ろ手に、彼女の背中を洗ってた私の手首を掴むと
 ゆっくり、前に引いていって
 私の手を、夜の手が包んで
 そのまま、夜の胸に


「あっ、あっあっ」
「一葉さん、す、少し。くすぐっ、たいわ」
「おお、おおお……! あわあわで、すべすべ……!」


 柔らかい
 すっごい、夜のおっぱい、柔らかい
 ちょっとだけ、少しだけ強めに夜のおっぱいに指を埋めると
 確かな弾力と、やっぱりおっぱいの柔らかさが、よく分かる

 ヤバい、ずっと触ってたい
 何だかすごい安心する!
 ざわついた心が一気に落ち着いた、気がする!


「ふかふかで、やわやわで……、もちもちだ……!」
「い、一葉さん。くす、くすっぐたい」
「もうちょっと! もうちょっとだけ!」


 ずるい
 ずるいずるい!
 夜だけこんなの持ってるなんてインチキだ!
 わたしのなんか、触っても柔らかいんだかハリがあるんだかなんとも言えない中途半端な感じなのに!

 これでわたしと同い年だってのは、ちょっと納得いかない
 なんで神様はこうも不公平なんだろう
 わたしも順当に成長してれば、夜みたいになれたんだろうか


「すっごぉ……。ずっと触ってたい。気持ちいい……!」
「ふ、ふふっ、い、一葉さん……」
「ぬるぬるすると、何だかもっとやわやわが味わえる気がするー……!」
「一葉、さん……! も、もう少し、ふふっ、や、やさしく……んうっ
「ふあっ?」


 い、今の声なに? なになになにっ!?
 夜の声、だよね? 何だか聞いたことない声だった


 どうしよう
 何だかやっちゃいけないことしてる気がして、すごいドキドキしてきた……







 
663 :次世代ーズ 35 「憩う、ひととき」 3/11 ◆John//PW6. [sage]:2022/03/23(水) 18:46:13.30 ID:nc7nwv6ko
 







 私は自室のベッドの上で体育座りしたまま顔を覆っていた

 今日の私がやったことは、失態だった


「あーりーすーちゃーん」


 横合いから声をぶつけられ、思わず飛び上がりそうになる
 見れば、机の上にメリーが仁王立ちになってこちらを睨んでいた

 見慣れた羊のぬいぐるみ
 彼女は「メリーさんの電話」そのもの
 そして――私の指南役であり、頼れる相棒だ


「ありすちゃんを! 強く止めなかった! わたしにも! 悪いとこあるのー!!」
「メリーは、悪くないわよ……私が」
「でも! 中学校のことは、疑いが解けたのに! あんな言い方したの! ひどいと思うのー!!」
「……」


 “あんな言い方”。ドーナツ屋の前であの男子に言ったこと
 言うにしても、もう少し冷静であるべきだった。あのときもまだ感情的になっていた


「そんなにあの男子ーのこと、嫌いなのー?」
「それは……、まあ。見た目も雰囲気も、チャラそうだったし……」


 正直好きになれない、というかはっきり言って嫌いなタイプの男子だ。アイツは
 見た目があんなだし、商業生だし。アイツに必要以上に突っかかった理由は、多分そこだ
 思えば最初からそうだったのかもしれない。嫌悪が先行した。アイツを犯人だと決めてかかって
 それからアイツが犯人なことを前提に証拠集めを進めてきた

 いくらか冷静になった頭で考えれば、自分が思い込みで突っ走ってきたことくらい、わかる
 せめて。アイツを犯人と決めつける前にそれに気づけていれば。もう少し冷静に振舞えたはずなのに


「ありすちゃん、今回の反省点は、ほかにも二つあるなのー」


 メリーは机からベッドに向かって飛び込んで
 表面の凹凸に脚を取られながらも、よちよちこちらに近寄ってくる

 メリーを抱き上げ、膝の上に乗せた





 
664 :次世代ーズ 35 「憩う、ひととき」 4/11 ◆John//PW6. [sage]:2022/03/23(水) 18:46:45.98 ID:nc7nwv6ko
 

「一つは、まだ犯人と決まったわけじゃないのに、思い込みで襲撃しちゃったことなのー
 捕まえて話を聞くんだったら、まだいいのー。でも、今日のありすちゃんはー、襲い掛かってたのー」

「そうね」

「そして、もう一つはー。先に攻撃しちゃったうえに、途中でもっと攻撃的になっちゃったことなのー
 あのとき、ありすちゃんは怒りに呑まれてたんじゃなぁい?」

「そうね……、あのとき完全に呑まれてたわ」

「いけないことなのー。怒りは炎とおんなじなのー。自分が炎に呑まれちゃったら、全部燃えちゃうのー
 炎はコントロールするものなの。ありすちゃんは、そのことをよーく理解してるから、分かってくれると思うの」

「うん。もう少しでアイツを火だるまにするとこだった」


 あのときの私は完全に我を失っていた
 自分の能力で、アイツを拷問すればいいとすら考えていた



 あのときの自分が怖い



「ありすちゃん。ありすちゃんがあの男子ーのこと、好きになれなくて、まだ変質者だって疑ってることは、メリーも分かってるの
 だから、約束してほしいの。もし、捜査を再開して、あの男子ーが犯人じゃないって分かったら、あの男子ーに謝ってほしいの」

「……わかった」

「もちろんメリーも一緒に謝るのー。大丈夫なの! 二人で謝れば怖くないの!
 ――じゃあ、約束なの」

「ん」


 メリーの差し出した前脚に、自分の小指をあてがう

 もしアイツが本当に犯人じゃなかったとしたら、非礼を謝る。それでケジメをつけよう
 好きになれないタイプの男子だけど、それくらいはしないと


「気を取り直して、明日からまた捜査再開なのー! 反省会終わりなのー!」

「そうね、いつまでも落ち込んだままじゃいられないし」


 今日は色々散々だったけど未だ変質者が捕まったわけじゃないんだし
 自分の落ち度にいつまでも落ち込んでるわけにもいかない

 心機一転、明日からもう一度仕切り直しね!











 
665 :次世代ーズ 35 「憩う、ひととき」 5/11 ◆John//PW6. [sage]:2022/03/23(水) 18:47:24.81 ID:nc7nwv6ko
 







「はおっ!?」


 風呂から上がり、頭髪を拭きながら何気なしに携帯を見て
 思わず変な声が出た

 千十ちゃんからメッセージが来ていた



 【さっきのことで、電話したいんだけど】
 【いま時間大丈夫かな?】

 【忙しかったら無視していいからね】



 いっいつ!? 何時来てたんだ!? 全く気付かなかった!!
 慌ててメッセージの時刻を確認する

 最初の二件は今からほぼ一時間も前
 最後のメッセージは二十分ほど前のものだった

 うそぉ? なんで俺気づかなかったのぉ??
 最後の一件はともかく、最初の二件は気づいてるべきだろ!?
 長風呂ってわけでもない、完全に見落としてたことになる

 今から返事して間に合うだろうか
 とか考えてる場合じゃない、早く返信しないと



           【ごめん風呂入ってあ】
           【いま時間だいじょぶたけと、さすがに遅いやね?】



 ……誤字った
 一旦削除して返信し直そうか躊躇してるうちに


 既読がついた
 割と直ぐだった



 【私は大丈夫だよ!!】
 【今から電話してもいい?】



 何やら見たことないキャラクターの「OK!」なスタンプと一緒に返信がきた

 速い

 思わず息を呑む



           【OK!】



 返信する指が、震えた
 どうして俺こんなに緊張してるんだ!?
 千十ちゃんと今からお話するからだろうが! 静まれ俺の心臓!!

 数秒固まってるうちに携帯が震えた
 千十ちゃんからの着信だ、ほぼ反射的に電話に出た


 
666 :次世代ーズ 35 「憩う、ひととき」 6/11 ◆John//PW6. [sage]:2022/03/23(水) 18:48:01.70 ID:nc7nwv6ko
 



『もしもし、遠倉です』

「こんばんは千十ちゃん、レスが遅れてごめん。先輩送った後に帰って直ぐ風呂入ってて、気づくの遅れたんだ」

『あっ、こっちこそごめんね、急かすみたいになっちゃって』

「ううん大丈夫。それで、あの」


 言葉が続かない、何から話すべきだ
 眼鏡の子、日向さんのこと、いよっち先輩のこと、変質者のこと、他には


『脩寿くん、その……一葉さんのことなんだけど
 一葉さんと初めて会ったときのこと、もうちょっと教えてほしいんだけど、いい?』

「えっ、あ、うん。先輩と初めて会ったときね」

『できれば、その。脩寿くんがどうやって一葉さんと出会ったのか、知りたくて』


 経緯は数時間前にいよっち先輩自身が話しているけど
 俺から順を追って話した方がいいかもしれない


「四月に引っ越してきて後、『七尾』で世話になった研究者を探してたんだ
 チャイルドスクールが解体になった後、学校町に来てるって聞いて」


 なるべく、抑える


「千十ちゃんも聞いたことないかな、佳川有佳(よしかわ ありか)って言うんだけど」

『……ANクラスの、偉い研究員の人だっけ』

「うん、まあ偉いっていうか主席ってだけの奴なんだけど」

『……ごめんね、私もこっちに引っ越してから、「七尾」の人には出会ったことなくて』

「そっか。一応そっちは見つかればラッキー程度でのんびり捜して回ってたんだ
 何しろ学校町の何処にいるのかなんて細かい情報は知らない状況だったから
 それで、放課後とか夜とか、あちこち回りながら学校町を冒険してたんだ
 ほら、学校町広いでしょ? 実は最近まで東区を南区と勘違いしてたってことがわかって」

『あっ、わかるよ! 私もよく間違えるから! 東区広いよね!』


 「ヒーローズカフェ」で瑞希さんにも似たようなフォローを頂いたことがある
 思い出して何だか恥ずかしくなってきた! 顔が熱くなってきた気もする!


「そ、それで、あの。そんな感じで学校町を冒険がてら散歩してたんだけど
 一週間くらい前に東区の中学眺めながら歩いてたら、同じ年の奴に声掛けられて
 なりゆきで中学の敷地内まで付いていくことになったんだけど。そいつらも、あの、都市伝説とか契約者とかそういうの知っててさ」


 一度、言葉を切った
 このまま話し続ければ、三年前の事件に触れることになる


「このまま続けるけど、いい? 三年前の……事件のことになるんだけど」

『あっ、うん。私は大丈夫。……ドーナツ屋さんの前で泣いちゃったりして、ごめんね
 ちょっとビックリしちゃって。今は落ち着いたから、大丈夫だよ』

「あ、いや……わかった。それで、そのときいよっち先輩に出会ったんだ
 そいつらが三年前の事件について知りたいかなんて聞いてきて、そのとき先輩もやって来て、自分も話聞きたいって言い出して
 それが――いよっち先輩と初めて出会ったときの状況だよ。それで先輩も加わって一緒に事件の話を聞いて。そのときは先輩、話が大体終わると居なくなっちゃったんだけど」


 なるべく簡潔に、そしてぼかすべきところはぼかした
 栗井戸君の「再現」についても、その内容についても、ここでは触れるべきじゃないだろう


 
667 :次世代ーズ 35 「憩う、ひととき」 7/11 ◆John//PW6. [sage]:2022/03/23(水) 18:48:28.59 ID:nc7nwv6ko
 

『そう、だったんだ』

「それで、いなくなる直前の先輩の様子がどうしても気になって
 そいつらに色々教えてもらった次の日から、先輩に会うために東中に行って
 そのときは全然会えなかったんだけど、週をまたいでもう一度行ったらようやく先輩見つけて
 で、まあ色々話をして、いよっち先輩を東中から連れ出したって感じ。……中学は寒いし暗いしさ、先輩も嫌がってたから」

『……一葉さん、ずっと中学校に居たんだね』

「あ、あー……。本人が言うには『ずっと悪夢のなかに居た感じ』だったって
 いつも中学に居たのかはちょっと分からない。“中学に縛られた”状態だったのは確かかも
 でも、よく笑うし、明るいし。今日も元気そうだったし、俺はほっとした」


 嘘を、吐いた
 先輩は今日、家族の不在と向き合うことになった

 不安じゃない筈がない、しかもこういうのはじわじわ後にも効いていくものだから
 ――それでも、先輩の言葉は伝えないと


「それに、いよっち先輩、千十ちゃんに感謝してた。また会って話したいって」

『……本当に? よ、良かった! さっき連絡先聞くの忘れちゃって』

「俺が知ってるから、先輩からOK貰えたら教えるね」

『いいの!? ありがとう……!!』

「あ、あとさ。その三年前の事件について教えてくれた奴ってのが、東中の出身らしくて
 花房直斗って奴なんだけど、千十ちゃん知ってる?」

『……っ!!』


 電話の向こうから思いっきり息を呑む音が聞こえた
 ふとついでに何か知ってるんじゃないかと考えなしに訊いてみたが、どうやらこの反応はビンゴみたいだ


『花房君、だよね? ……知ってるよ、花房君達は有名人だったから』

「有名人」

『うん、花房君達は幼馴染のグループといつも一緒で
 日景君が一番有名人だったから、それで有名だったかもしれないんだけど』

「日景」

『あっ、うん。日景遥君。女の子たちにすごく人気の男の子だったの。それで』


 名前は聞いたことがある、商業でも何度も名前を聞いた。女子がよく話題にするのを耳にした
 いや、それ以上に。直感的に日景遥が何者なのかを理解した




 あいつだ




 栗井戸君の「再現」に現れた、あの竜だ



















 
668 :次世代ーズ 35 「憩う、ひととき」 8/11 ◆John//PW6. [sage]:2022/03/23(水) 18:49:01.78 ID:nc7nwv6ko
 






『脩寿くん……?』

「あっ、ごめん! ちょっと聞いたことある名前だなって!
 学校町内の高校という高校にファンクラブがあるって定評の、あのイケメンね!」

『そ、そうなの?』

「色んな噂は商業でも聞くよ、女子が不良に絡まれてるところを颯爽と登場して殴り飛ばしたとか
 助けられた女子が一目惚れしたとか、女子がそういう話してるのを週一単位で耳にしてる」

『多分それ、話に相当尾ひれがついてると思うな……』

「しかし、なるほどね。花房君は日景って奴と幼馴染ってわけなんだ
 ……実は千十ちゃんも、その日景って奴が好きなタイプだったりする?」

『へっ!? えっあっ、な、何訊いてるの!?』

「ん、いや、ちょっと気になっただけ! 嫌な質問だったら流していいから!」

『あっ、あのっ……』


 待て、待て待て待て
 俺は何を尋ねてんだ!? いくらなんでも不躾すぎるよな!?


「千十ちゃんごめん!! 今のは無視していいから!! 余計なこと訊いちまった!!」

『あのっ、違うの。実は、あの、日景君のことは……ちょっと苦手で』

「苦手」

『ううん、ちょっとどころじゃなかった。中学で初めて会ったときから、ずっと日景君のことが怖かったの
 日景君だけじゃなくて、花房君たち幼馴染のグループがすごく怖くて。あっ、別に何かされたわけじゃないの
 ただ、怖いことされたり言われたりしたわけじゃないのに、……同じクラスにいるだけで、体の震えが止まらなくなっちゃって』

「そんなことが」

『でも、これじゃいけないって思って。それだとみんなに失礼だなって思ったから、早く慣れるように頑張ったの
 グループのなかで一番怖く感じたのは日景君だから、日景君に慣れたら他のみんなもきっと大丈夫って思って
 日景君になるべく毎日挨拶したりとか、チャンスがあったら話し掛けたり、そういうことをしてたんだけど
 ……結局慣れないまま、高校は別々になっちゃって』


 そんなことが
 なんで花房君たちのことが怖かったんだろう
 だなんて、怖かった理由を訊くのは、これは失礼だろうか


『日景君には、迷惑かけちゃったかも
 いつもクラスの女の子たちが話し掛けようとしてて、日景君はそういうのあまり気にするタイプじゃなさそうだったから
 私も単にそういう女の子たちの一人として見られてたかも。あ、でも。時々うんざりしてたみたいだから、やっぱり迷惑だったかも』

「大丈夫だよ、気にし過ぎだって。モテるイケメンはそういうの気にしない奴多いって言うし
 日景の噂を聞いてる限りじゃ狭量って感じでも無さそうだしな」

『あっ! あのっ、ごめんね! 話が逸れちゃって』

「んん、全然。というか千十ちゃんの中学時代の話、もっと聞きたい
 機会があったら、もし千十ちゃんが良かったら、また聞かせてほしい」


 今のは不躾だっただろうか
 いや、これくらいはいいだろ


「……ん、わかった。今度話すね」


 ほら! 千十ちゃんもOKしてくれた!


 真面目な話、中学ってとこに行ってない身としては
 千十ちゃんが学校町でどんな中学生活を送っていたのか、正直気になる

 でもそれを聞くのは今じゃない

 
669 :次世代ーズ 35 「憩う、ひととき」 9/11 ◆John//PW6. [sage]:2022/03/23(水) 18:49:43.70 ID:nc7nwv6ko
 



『あの、本当は今日のことで話したいことがあって。それで電話したんだけど』

「日向さんのことだよね」

『うん、ありすちゃんのことで』


 日向ありす、あの眼鏡女子のことだ
 千十ちゃんにとっても本題はそこだったらしい

 あの女子についてと、変質者の話も聞いとかないと
 変質者容疑の件は完全に誤解だ、今日のドーナツ屋で千十ちゃんにそれが伝わったのは正直嬉しかった


「あの後大丈夫だった? 日向さん、俺にキレてたとは思うけど」

『えっと、ありすちゃんに送ってもらいながら私からもう一度誤解だよって話してたんだけど
 ありすちゃんも、脩寿くんがまだ犯人と決まったわけじゃないって言ってて
 でも、犯人じゃないって決まったわけでもないって言ってて。困った感じだったの』


 つまり容疑者候補からは外れたが、完全にシロでもないってところか
 依然として「疑わしいヤツ」なのには変わりないのだろう


『あのね、本当なら私、脩寿くんのことをありすちゃんに私の友達って紹介するつもりだったの』

「ほ? えっ、本当に? あの――日向さんに?」

『うん。脩寿くんもありすちゃんも、私にとって大切な人だから
 それなのに、こんなことになっちゃって。本当は私がありすちゃんにちゃんと説明しないといけないのに
 こんな風になっちゃって。どうしよう、どうしてなんだろうって困ってて』

「いや! 千十ちゃん悪くないよ! 抱え込まなくていいよ!」


 千十ちゃんが悄気返ってるのが声だけでも分かる
 疑いを晴らすのは俺の仕事だ、やると決めたらやる


「俺がなんとか誤解だってことをあの子に理解してもらえるように頑張る
 そのために、その変質者って奴を押さえたいんだ」

「へっ……!? 真犯人を、捕まえるってこと!? あっ、危ないよ……!」

「あっ、違うんだ! その、危険なことするわけじゃなくて!
 変質者が別にいるって分かってもらえればいいんだ、後は……警察の仕事だから」


 嘘を吐いた
 でも、正直に犯人を捕まえるなんて話したら
 今の様子だと確実に千十ちゃんを心配させることになる

 それに犯人を捕まえるってのはあくまで可能ならばって条件つきだ
 そういう意味では、俺の言ったことは嘘ってわけでもない、その筈だ。きっと





 
670 :次世代ーズ 35 「憩う、ひととき」 10/11 ◆John//PW6. [sage]:2022/03/23(水) 18:50:30.16 ID:nc7nwv6ko
 



「今はその変質者の情報が欲しいんだ
 それにほら、本当に変質者だってんなら、俺も警戒するに越したことはないし
 だからその、千十ちゃんが変質者について知ってることあったら教えてくれない?」

『……わかった
 私も直接見たりしたわけじゃないんだけど
 ありすちゃんから聞いた話で良かったら』



 千十ちゃんからその“変質者”の情報を教えてもらった
 その特徴というのが
 
 
   ・可愛らしい、大き目なサイズのテディベアを操る
   ・テディベアから無数の触手を生やして、日向さんに痴漢行為を働いた
   ・恐らくテディベアを操作する本体が別にいる
   ・最近東区や南区に出没するらしい露出魔が、恐らくその本体である
   ・恐らく本体は契約者である
 
 
 ……俺の予想を遥かに上回るロクでもない野郎らしい
 OK、こんなのを野放しにしてちゃ駄目だろ、学校町



「なんかごめんね、こんな気持ち悪い話させて」

『私は大丈夫。気にしないで』

「でも、そんなのに襲われたんなら日向さんがキレるのも無理ない話だわ」

『そうだよね、怖いよね』

「個人的にはそんなのと勘違いされたってのがちょっとショックだけど
 どうにかして身の潔白は証明しないとだな」

『脩寿くん? 危ないことは、しないよね……?』

「あっ、しない! 大丈夫! しないと思う!」


 なんというか、こう
 千十ちゃんの不安そうな声色で心配されると、こう答えざるをえない
 なんだこれは、すごい後ろめたいぞ


『絶対に無理はしないでね?
 それに私ももう少し情報がないか調べてみようと思う
 クマのぬいぐるみを使う変質者なんて、誰かが見たりしてたら話題になる筈だし』

「言われてみれば。それもそうだな、俺もちょっと周りの奴らに確認してみる」


 俺も明日商業の連中に聞いて回ろう
 それに今のうち敷島に連絡取っておいた方がいいかもだ
 花房君にも尋ねてみることにしよう、何か情報がもらえるかもしれない



 
671 :次世代ーズ 35 「憩う、ひととき」 11/11 ◆John//PW6. [sage]:2022/03/23(水) 18:51:09.02 ID:nc7nwv6ko
 



『あの、脩寿くん
 ありすちゃんと仲直りできたら、そのときは三人で一緒に「ラルム」に行こうよ』

「そうだね、そのときは……約束する」

『それと……。こんなときに、なんだけど……前の約束、覚えてる?』

「覚えてるよ、千十ちゃん家へ夕食しに行く約束だよね。来週の金曜」

『……うんっ。あの、それまでに
 ありすちゃんに誤解だって分かってもらえたらいいなあって』

「そうだね、俺もなるべく早くに勝負つけられるように情報収集を頑張ってみる」

『うんっ! 私も力になれるように頑張るから。じゃあ、あの
 長くなっちゃったけど――おやすみなさい、脩寿くん』

「千十ちゃんも。おやすみなさい」





 通話を終え、深呼吸する
 安堵感と使命感が同居して胸の内で静かに燃え上がってるような気がする

 まずは“変質者”に関する情報収集
 そして“変質者”を押さえる、あとはその場の流れでなんとか

 でもあの眼鏡女子、割と俺のこと嫌ってる雰囲気だったよな?
 仮に“変質者”のことを抜きにしても、仲良くなれるタイプなんだろうか



          『勘違いしないで』
          『東中のことは私の誤解、それは認める。でも、だから何?』
          『あなたが変質者じゃないって証明にはならないから』



 不意に眼鏡女子に言われたことが脳裏でリフレインした
 ……そうだな、やっぱり“変質者”を捕まえてあの女子の前に引きずり出そう


 うん、それが一番だ


 人のこと、見た目で判断しやがって!
 アレか!? 俺が商業生だからか!?
 覚悟しとけよ、あンンのコスプレ女ぁぁぁ!!






























□■□
672 :どったんばったんしつつ今夜は卓もある花子さんとかの人  ◆7JHcQOyXBMim [sage saga]:2022/03/24(木) 22:26:27.12 ID:SEhat4xt0
乙ですのー
すまねぇな早渡君
そして安心してくれ。優は君相手に利用価値を見出しているというより親しい相手以外は大体その気が多少はある(父親とか育ってる環境を眺めながら)
っつか、この幼馴染組、自分達の情報について早渡君が一定ラインより知ってる前提で動いてる可能性が非常に高いという事実に今思い当たりました
早渡君頑張って
むしろ、変に巻き込みすぎないために情報渡したりしてる節あるから(余計なところで余計な知識で首突っ込まれると邪魔理論)
多分、「スーパーハカー」、毬亜君ちゃんがどのくらいできるか試すっつか遊んでたんだろうな……(どれくらいできるかで、いざって時の脅威度を測るのもある)(手に入れたデータは危ないのと危なくないの仕分けした後、危ないのだけ返すね(返すな))
「先生」はある種中立。まぁその辺は「薔薇十字団」としての立場的に当たり前なんだよな。「薔薇十字団」は基本的にはどこに対しても中立なので。だから「組織」の人間出入りしてんのも「当たり前」なんだよなぁ……
もしかして:早渡君達、その辺(「薔薇十字団」は基本中立スタンス)がわかってない
もしわかってなかったとしても……あいつら……多分「学校町がどういう場所かおおまかわかっててきたんならそれくらい(それぞれの組織の基本スタンスくらい)わかってるだろ」って認識だな……

えっちなことしてる(えっちなことしてる)
有名人(どういう意味でかは置いておくこととする)



>名前が伏せられてますがこれは彼ですよね
>というかこれまでの話でも徹底して伏せられてましたが全部彼ですよね
(そっぽ向いて口笛吹く)


つーか、このところ忙しかったり死んでたりで投下できてなくて申し訳ねぇ
今月中には何かしら投げたいね
673 : ◆John//PW6. [sage]:2022/03/30(水) 04:10:27.59 ID:AT5Z7Twuo
 

>>672
 乙ありです
 早渡はこれから滅茶苦茶動くことになりますが……果たして
 広瀬さんズからすれば(花房君の紹介があったであろうとはいえ)現状、いきなりやって来て「幼馴染が!」「七尾が!」とか言い出した胡散臭い野郎ですからね、早渡
 むしろ話を聞いてもらえただけ感謝だな

> むしろ、変に巻き込みすぎないために情報渡したりしてる節あるから(余計なところで余計な知識で首突っ込まれると邪魔翌理論)
 ここはそのまま栗井戸君の
 「中途半端にわかってる状態で『狐』やら別の事やらに巻き込まれて敵になられても、鬱陶しいし邪魔なだけ」
 に係ってる部分だと理解してるので

 早渡もいよっち先輩も、診療所で話を聞いたこのイベント以降で、「狐」戦に突っ込んでくることは無い、です
 ここらへんはチラ裏でも何度か触れた通りですね
 ただし「狐」以外の「別のこと」は、事前に警告もらってないとうっかり関わってしまう可能性ありそうなので怖いのはそこだな……



 そして!
 これから投下する話は!
 まず冒頭で! 花子さんの人に! 土下座します!! orz

> 日景君大好き派閥

 これをほんのちょっと出します

 
674 :あなたがたべたもの ◆John//PW6. :2022/03/30(水) 04:12:49.51 ID:AT5Z7Twuo
 



 昼休みも終わり掛け、そろそろ次の授業が始まる時間
 クラスの外で過ごしてた同級生達もだらだらと教室に戻って来た

 私は私で死ぬほど暇だったので、アレをやろうかどうか考えていたところだった


「うーっ、なんか飲んじゃったかも」
「気にし過ぎじゃない?」


 あっ、仲良しの女子二人組が帰ってきた。あの子らにしようっと


「でもなんかまだ喉に違和感あるんだよね……、虫とかだったらどうしよ」     【大き目のホコリ】
「そんなに気になるなら保健室行こっか?」     【実家直送のイナゴの佃煮】
「どうしよっかな……。次数学だし……、一応保健室行こっかな」
「お? これはサボる宣言かー?」


 わお、飲み込んだのは虫じゃなくて良かったね。それでもちょっと気色悪いけど
 てかもう片方の子が意外性強いわ、イナゴの佃煮って。食べモノでも私は勘弁

 とか思ってるうちに、“女王”こと島添星冠(しまぞえ てぃあら)も戻って来た
 彼女は中学時代からイケメン男子、日景遥大好きガールで、ここ中央高校内でも日景遥ファンクラブ二大勢力の一角だ

 何だか凄く上機嫌っぽいけど、廊下で日景遥に会ったとかだろうか
 当然のように彼女のことも覗いてみる


 「〜♪ 〜〜♪」     【お母さん手作りのミニキッシュ】


 わお、キッシュってたしかフランス料理だったっけ。いいモン食ってんなー
 “女王”は私に覗かれてることを気にする素振りも見せず、鼻歌を奏でながら自分の席に着いた





 私がこの能力に目覚めた、というか気づいたのは中学卒業間際の頃だ

 親指と人差し指で作った(丁度OKサインみたいな)輪っかから相手の姿を覗くと
 相手が直前に食べたものが分かる、というか相手の頭上にまるで文字みたいに書いてある

 当時の私は勿論ビックリして直ぐにお母さんに話したけど、「何言ってんのアンタ」みたいな胡散臭げな眼差しを向けられた
 もうちょっとカッコいい能力なら友達にも自慢できたんだけど、残念ながら直前に食べたものが分かるだけの地味な能力みたいだ

 でも自分が超能力か何かに目覚めたんじゃないかって秘かに興奮した
 興奮した。そう、過去形だ

 実はこの能力に気づいた辺りから、妙なものを見たり聞いたりするようになった
 輪っかを覗けば、亡霊やクリーチャーっぽい何かが見えたりすることが時折あった
 輪っかを作っているとき、不気味な鳴き声や唸り声、サイレン音のようなものが聞こえることがあった

 だから、夜とか独りのときはなるべくこの能力を使わないようにしている
 やるとしたら、今みたくお昼時で、なおかつ人がたくさん居るような場所限定だ。だって怖いじゃん



 そういえば似たような能力とかがこの世に存在しないのかって気になって、ネットで調べてみたことがある
 超能力とかオカルトとかそういう系の情報は見つからなかったけど、変な記事が引っ掛かった
 昔、アングラな匿名巨大掲示板に投稿されたネタが元らしいんだけど
 ニューヨークの地下鉄のホームレスが「目撃した人が直前に食べたものが分かる能力」を持っているというものだった

 ちなみにその話、目撃した人のなかに人肉を食ってる人が混じってた、っていう怖いオチがついてるんだけど
 実際にもし、私が似たような感じで人肉食ってる人を見つけたとしたら、って思ったことがある


 怖い。だからそれ以上は考えないことにしてる


 一応このネタ、創作だと思うけど
 でもあまりにも私の能力と似てるから、二度と見てないけどブクマしてある。二度と見てないけど

 まさか、実在する超能力なのかな? まさかね
 あーあ、どうせならもっとカッコいい能力が良かったな




□□■
675 : ◆John//PW6. :2022/03/30(水) 04:15:12.97 ID:AT5Z7Twuo
 



 「NY地下鉄ホームレスの超能力」の契約者

   中央高校の一年生で東中出身者、生まれも育ちも学校町
   自分をモブだと思ってるモブ女子で、自分は主役になれないという諦念を抱いている
   しかし、このまま地味に大学に行って、地味に就職して、地味に老いて、地味に死ぬような人生はちょっと嫌だとも思っている

   別に日景遥のことが好きとかそういうわけではないが
   周囲の女子が日景君を追っかけてるから、とかそういう理由で日景フォロワーズに地味に混じっている
   そんな調子なので周囲の女子とは浅く付き合ってるものの、自分には友達と呼べる存在が居ないとも感じている、そんなモブ女子

   コピペネタ「NY地下鉄ホームレスの超能力」の契約者
   観測対象が直前に摂取した飲食物を知覚できる能力、それだけ





 島添 星冠(しまぞえ てぃあら)

   ギャグ枠
   中央高校の一年生女子
   東区中学出身で、当時は日景遥関連の女子ヒエラルキー(婉曲表現)のトップに君臨していた
   外野からは専ら「女王」という仇名で呼ばれており、独特の温かい視線(婉曲表現)を向けられていた

   中学時代から現在に至るまで日景遥に一目惚れしており、対外的には「遥君」と呼ぶが、胸中では「愛しの遙様」などと呼んでいる
   中央高校へ進学した理由も無論、日景遥が進学したためである
   なのだが、本性がヘタレのため遥君にはまともに声を掛けることができない状況である

   遥君以外の人物には割と温度差が激しい
   特に例の幼馴染グループ以外の男子に対しては露骨な塩対応になる
   高校進学後は遥君および幼馴染グループと比較的仲の良さそうな、学校町外から進学してきた女子(サクヤ嬢)をジト目で睨む日々を送っている
   本来であれば後述の通り、取り巻きを利用して排除したいところだが、よりによって遥君と仲良くなっているため迂闊に手を出せなくなっている

   キツめの容貌の持ち主でスタイルは良い。ブレザーの上からでもそれがよく分かるほど
   野郎共の目をよく引くものの、当の本人は遥君以外眼中に無く、当然ながら遥君も彼女のことなど眼中に無い

   中学時代から独特の得体の知れないカリスマにより派閥を形成し、日景遥ファンクラブを結成
   遥君に近づく空気の読めない女子共を、主に取り巻きを利用して牽制ならびに威嚇していた
   しかし高校進学後に心境の変化からか、自分を客観的に見れるようになって以降は
   自分のこの攻撃的かつ陰湿な性格をいい加減改善した方がいいのではないか? と気にし始めている
   ついでに彼女の母親はアパレルのオーナーという程度で至って平凡な庶民の家庭にもかかわらず
   中学時代になにゆえ「女王」派閥を形成し得たのか理解できず、派閥形成の経緯について自分のなかで半ば黒歴史扱いしている

   自分の名前が好きではない
   小学校の頃はお気に入りだったが、中学後半期にこの手の名前が所謂キラキラネームと揶揄されていた事実を知り、複雑な心境に至る
   高校進学後はなるべく姓で呼んでほしいらしく、星冠自身も相手を姓で呼ぶ(※日景遥君を除く)

   ※ギャグ枠なのでどんな目に遭わせても良い



 以上2名は中央高校在籍
 さすがに死亡/殺害はかわいそうなので、それ以外でしたらどんな風に登場、クロス、利用しても問題ないぞ!












 
676 :ちうがくせいのころのおはなし  ◆7JHcQOyXBMim [sage saga]:2022/03/30(水) 23:47:05.51 ID:gZ3EnZbO0
 日景 遥は、基本的に他人への興味が薄い。
 どういう形であれ、一度興味さえ抱いてしまえばその人物を個として見るのだが、そうでなければそもそも人間として認識しているかどうかも怪しい。間違っても対等には見ていない。
 少なくとも、自分の見た目なり、成績なり、生まれなり。そうしたものに惹かれて寄ってくるような群れに関しては鬱陶しさすら感じているくらいだ。
 遥のそんな性格に関して、龍哉は「さすが日景の家にお生まれになった方です」と感服してしまっており、優と晃は従弟として「身内とそれ以外の区別はっきりしていていんじゃないか」と咎める気ほぼなし。同じく従弟の神子は「治るようならとうの昔に治してる」と遠い目。直斗は緩やかにフォローこそするがそれだけだ。「視点が違うんだからそんなものだろ」とある種、遥らしさとしてそのままにしているとでもいうべきか。
 結果として、幼馴染グループの中で遥に苦言を呈するのは自然と灰人と憐の二人だけになる。神子の言う通りと言うか何というか。苦言を呈して改められるなら苦労等なく、遥の認識が改められたことは今のところ、ない。
 それでも、遥は主に憐の言葉には多少は配慮を見せたり従ったりする為。彼らの事を一定ライン知っている者は憐を遥の外付けブレーキと認識している事もあった。

 幼馴染グループが進級し、灰人が三年に、他が二年になった年。新入生の中に栗井戸 星夜の姿があった。
 醜悪な顔立ちと言う訳ではないのだが、鋭い三白眼の凶相と間違っていると思えば先輩だろうが教師だろうが食ってかかる性格とであっと言う間に人を遠ざけてしまった。
 唯一、幼馴染らしいクラスメイトの眼鏡の少女は彼に普通に接していたが、それ以外は一定の距離を置いて遠巻きに見ているような状態だった。
 星夜自身、その状況を悲しむ様子もなく、むしろ「鬱陶しいのが寄らないならいい」とでもいうような態度、どころかむしろ平気でそう口にした。改善する気はないようだし、眼鏡の少女も咎める様子はないというか諦めていた。

 ゴーイングマイウェイ二人。
 その二人が顔を合わせれば、事故るだろうと大半が予想した。
 まぁ、実際その通りであり、どうやら星夜が中学に入学してくる前から二人は知り合いだったようで顔を合わせるなり険悪に睨み合った。
 体格的には遥の方が圧倒的に優れているのだが、星夜がその程度で怯むような性格だったら周囲も苦労はしないだろう。
 かすかに獣の唸り声のような音すら聞こえるような錯覚を感じる空気の中、このまま一触即発か、と周囲が思ったその直後。

「はぁい、はるっち、せいっち、廊下の真ん中で喧嘩しないー。皆さんに迷惑っすー」

 するりと、憐が二人の間に入った。めっ、と軽く二人を嗜める。
 ……土川 咲李が死んで以降、以前の人見知りで臆病な様子から人が変わったように明るく振舞うようになった憐だが。その性格の根底が大きく変わった訳ではない。以前よりかは人に対する優しさはそのままに、前より積極的に動くようになっただけだ。
 とはいえ、今回嗜めた相手は遥だけではなく星夜も。呼び方からして以前から知り合いの可能性もあったが、そもそも今の憐はそこまで親しくない相手でも軽く呼ぶようになっていて判断は難しい。
 遥はしぶしぶだろうと引き下がるだろうが、星夜の方はどうか。それこそ、今度は憐相手に食って掛かるのではとも懸念されたが。

「はい、憐さん」

 従った。しかも秒で。
 他の者には一度向けた事のないような笑顔で、従順に、忠実に。
 そんな星夜の様子を見て、憐は「いい子」、と微笑んで……憐のその様子に、遥がギリィッ、となっていたが周囲は静かに見なかった事にした。現場に突っ込める勇気ある勇者はいなかった。
 この日以来、憐は一部から「猛獣使い」の称号を得る事になる。
677 :ちうがくせいのころのおはなし  ◆7JHcQOyXBMim [sage saga]:2022/03/30(水) 23:49:54.24 ID:gZ3EnZbO0



「いや、心から納得いかねぇんすけど」
「残当」
「解せねーっす」

 診療所の空き部屋でお茶を飲みつつ、憐は少しばかり不貞腐れた表情になった。
 何故、幼馴染と後輩の喧嘩を止めた程度で猛獣使いと呼ばれるようになってしまうのか。
 件の後輩は、今、「先生」の診察を受けている最中だ。星夜を保護した事件の時から思っていたが、あの都市伝説は彼には負担が大きすぎる。

 不貞腐れた表情のままの従弟の様子に、灰人は別に不名誉な呼び名でもなし、いいだろうにと考えていた。
 憐が遥の外付けブレーキ扱いなのはわりと以前からなのだ。そこに、星夜についてもそうなのだ、と加わっただけの事
 ……どちらも、憐に対する感情が重たいように見えるので誤解と誤解と誤解と腐界隈への餌がすごい気もするが一旦は放置する。憐が受け入れない限りは問題ない。星夜の方に関しては、糞重たい忠誠のようなものだし。

「もう、かい兄、他人事みたいに……」
「ひとまず、お前に害はない事だからな」

 害がないのなら、ひとまずはいい。
 遥や星夜のようなタイプの人間が憐と親しくしていれば、憐に妙なちょっかいを出す連中が減るのもまた事実だ。
 厄介な事、面倒な事は御免被る。

「…………もう。猛獣使いは、どっちかってとかい兄でしょ」
「ん?……俺は猛獣の類を飼いならした覚えはないが」
「現在進行形で、てなづけてる最中でしょ」

 何の事だ、と言おうとして、診療所に新たな患者が来たのか扉が開いた音。
 応対してくる、と部屋を出れば。

「…………………何してんですか、つくねさん」
「空から飛び掛かってきたから軽く殴ったら動かなくなったから、とりあえず持ち帰った。これ鳥っぽいけど食える?」
「食べようとするんじゃない」

 星夜が保護された事件と同じ事件で、同じく保護された見た目「だけ」は年上の、今年から東区の高校に通うようになったその人は。褐色がかった灰色の体毛をした梟人間のような生き物の首根っこを掴んで引きずってきていた。
 見た目からして「オウルマン」か。強い個体でもないのだろう。そりゃあ、この人の「軽く殴った」なら、動かなくもなる。
 きちんと見れば、辛うじて痙攣しているようだった。ぎりぎり生きている。

「つくねさん、怪我は?」
「ん、ねぇよ。ちゃんと避けてから腹に一撃やったし」
「そうですか。では、それはひとまず「先生」に引き渡しておきましょう。意図的につくねさんを狙ったかどうかで、対応変わりますので」
「んー……わかった…………鶏肉」
「後で唐揚げ買ってやるから、食欲を発揮してんじゃねぇ」

 つくねから「オウルマン」を分捕って、診察室に居る「先生」に声をかけに向かう事にした。いい加減、星夜の診察は終わっている頃だろう。


「……やっぱり、てなづけてる最中、ってか。「常識」を躾中じゃない」

 自覚ないんだから、と。
 会話を聞いていた憐は、少し呆れたようにそう、独り言ちていた。





おしまい?
678 :お茶を濁す花子さんとかの人  ◆7JHcQOyXBMim [sage saga]:2022/03/30(水) 23:57:50.85 ID:gZ3EnZbO0
中学生の頃の様子書こうとしたらなんかこんな感じになった
遥のファンな女の子たちはこんな様子も見てたんだなぁ。しみじみ
あ、時間軸は幼馴染グループ中学二年生(灰人のみ三年生)の頃なので、ようは二年前っすね

そして、乙でーす
ふふふふふ、「NY地下鉄ホームレスの超能力」の契約者の子が見れるのが直前食ったものだけで良かったぜ!(遡って見られるとアウトな奴に心当たりがある/まぁ学校違うし関わらないだろうけど)
変な事に巻き込まれないよう生き延びるんですよ



> ただし「狐」以外の「別のこと」は、事前に警告もらってないとうっかり関わってしまう可能性ありそうなので怖いのはそこだな……
幼馴染グループにとって、今、首突っ込まれたくない一番の事は「狐」絡みだからねぇ
それ以外は「がんばれ」な気持ちの奴がいる可能性あるな……
679 : ◆John//PW6. [sage]:2022/04/01(金) 04:01:09.74 ID:GfiqYR6Do
 

花子さんの人、投下お疲れ様です
憐君と星夜君、割と初期から仲良かった(?)んか? と思ったら
そういえば前日譚があるってそういう話でしたね……
こうして見ると憐君は単に優しいだけではない絶妙な味わいを感じるが



>>678
乙ありでございます
「NY地下鉄ホームレスの超能力」の契約者、今後出るとしたら「次世代ーズ」ではなく
単発か短期集中連載になりそうだなー、と
いや分からん、とか言いつつ「次世代ーズ」に登場するとかありそうだから何とも言えなくなった



本日はエイプリルフールだそうですが
「次世代ーズ」は毎度毎度「○○までに投下します!」 → ブッチ を繰り返しているうえに
「次世代ーズ」関連で与太話を投下する余裕が色々無さそうなので、今回のエイプリルフールネタは見送る!

今年(度)の目標は
   「二週間後に投下します! → 二年後に投下 とかそういうことはしない」
   「できれば毎月コンスタントに投下する」
可能であれば
   「今年中に『ピエロ』戦を決着する……(あっあっあっ)」
……で行こうと思います

 
680 :次世代ーズ ◆John//PW6. [sage]:2022/04/01(金) 04:40:49.65 ID:GfiqYR6Do
 

 ○前回の話
  >>661-671
  次世代ーズ 35 「憩う、ひととき」

 これは【9月】の話です

 
681 :次世代ーズ 36 「聞き込み side.A」 1/6 ◆John//PW6. [sage]:2022/04/01(金) 04:41:43.29 ID:GfiqYR6Do
 



「いいんちょ、ちょっと訊きたいことが」
「どうした早渡」
「最近クマのぬいぐるみが特徴的な変質者の話とか聞いたことない?」
「は?」


 商業高校、昼休み開始直後
 
 早速クラスの連中に聞き込みを始める
 勿論、昨日千十ちゃんから確認した“変質者”に関する情報を集めるためだ
 
 そうは言っても委員長もクラスの他の連中も契約者じゃ無さそうだし
 尋ねるなら、こう、いい感じでオブラートに包まないと


「そんな話は聞いたことがない。何だそのクマのぬいぐるみって」
「そっかー、聞いたことないかー」


 俺の前で訝し気な表情を見せるのが、クラスの委員長こと波越だ
 なかなか個性的なクラスの連中をまとめる苦労人、学業も優秀で優等生とは委員長のためにあるような言葉だ
 ちなみに女子レスリング部所属の体育会系でもあるので、クラスの女子達からは「霊長類系女子」だの「穏やかなる筋肉ゴリラ」だの呼ばれている


「なんだ早渡、また探偵業でも請け負ってるのか?」
「違えよ、てかその探偵呼びはマジでやめてくれ」
「いやでも気になるだろ、クマのぬいぐるみの変質者って。話題性バッチリじゃないか」


 席の横からにやけながら話し掛けてきたのは眼鏡男子の戸塚
 三度の飯より映画が好きなマニアというかオタクというか、まあそういう感じのタイプだ
 そして俺をB級映画の沼へと引き摺りこんだ張本人でもある


「本当にぬいぐるみか? 着ぐるみの間違いじゃないか?」
「あーいや、聞いた話じゃクマのぬいぐるみを犯罪の小道具に使うようなタイプ、らしい、んだけど」
「そういう系ならもっと話題になってそうだけど、俺もそういう話は聞かないな」
「おーいおい、優等生同士で何の話してんだよ」


 わらわら集まり出したのは藤巻、吉岡、水谷の連中だ
 丁度いいや、こいつらにも訊いてみよう


「クマのぬいぐるみ?」
「の変質者?」
「聞いたことねーよ」
「まあ学校町は元から変なの多いからな、愉快犯が出たとしてもおかしくないし」


 三人とも知らない様子で、戸塚がいい感じにまとめた
 ただ戸塚の発言に露骨に表情を歪めたのが委員長だ


「ただでさえ最近は変質者や不審者が出没しているんだ、妙なことには関わるなよ?」
「「「はーい」」」
「委員長は真面目だねえ」



 
682 :次世代ーズ 36 「聞き込み side.A」 2/6 ◆John//PW6. [sage]:2022/04/01(金) 04:42:13.37 ID:GfiqYR6Do
 



「揶揄うんじゃない、連中は性犯罪者だぞ? 見つけたら通報しろ。戸塚聞いてるか?」
「俺を好奇心旺盛坊やみたいに言うのやめろよなー」
「事実だろう。それに早渡、そんな話をどこから聞いたんだ?」
「ねーねー、いいんちょー何やってんのー?」


 さらに女子が数名集まり出した
 一応そちらにも確認してみるが案の定知らなさそうな様子だ


「そういや早渡、お前先週東区の中学に居た? なんか中央高のヤツと一緒じゃなかった?」
「あー、うん。色々あってちょっと話してた」


 水谷に別の話題を向けられた
 そういやコイツと藤巻は確か東中出身だったっけ
 このタイミングで花房君のこともついでに訊いてみようか?


「いま中央高校の話してたよな? れんはるの話してたよな?」
「してねーって! なんでお前そんな直ぐ出てくんだよ!?」


 突如現れていきなり話し掛けてきたのは秋山だ
 即ツッコんだ水谷が明らかにビビっているし、藤巻も露骨に面倒な野郎が来たと言わんばかりの顔をしている
 いや秋山は別に悪いヤツじゃないんだけど、話が長くなって自分の世界に入る傾向にあるのでちょっと敬遠されてるだけだ
 委員長に話し掛けてた女子達は真顔で委員長の腕を掴むと早々に教室から出て行ってしまった


「早渡、ぬいぐるみだの変質者だのの話はいつでもできる。今はそれより大切な話がある」
「はい? えっ、いや。うん?」
「早渡、お前は中央高校を舞台にした幼馴染同士の男と男の友情以上の物語に興味はないか?」
「えっ、いや、あの。ごめん、何の話?」
「早渡早渡、コイツはほっといて俺達も逃げよう。絶対長くなる」


 気づけば吉岡と戸塚は席を立って、こちらに向かって無言で手招きをしている
 秋山は秋山で俺の前の席(浅田さんという女子の席だが)に座ると勝手に話を始めた
 目を閉じて半ば恍惚とした表情と化している。これは確実に話が長くなるやつだ


「お前も聞いたことがあるだろう早渡、中央高校の日景遥に恋い焦がれる女子は多いが、それは女子の専売特許ではない。お前なら理解できるだろう」
「えっ、いやあの。秋山?」
「そもそも! 男が男に友情以上の感情を抱くのは男女間の恋愛よりも遥かに純粋だというのが俺が常々考えていることだ。遥だけに!」
「行こうぜ早渡、コイツはほっといても壁と話してられるやつだから」


 水谷に半ば引っ立てられるようにして席を立った
 秋山は俺達が席を立ったことなど一切気にすることなく話を続けていた


「早渡、さっき赤星がまたお前のこと捜してたぞ」
「はい? マジ?」
「今日という今日は逃がさんとか言ってたけど、また何かやったのか?」
「何もしてねえよ。どうせまた訳分からん理由で俺を拘束する腹に決まっとる」


 藤巻からそんな話を聞いて思わず頭を掻いた
 赤星嘉主馬、商業高校の生徒指導教員。独身。担当教科は女子体育
 生徒指導とは是即ちサルもとい生徒を暴力と恐怖で統治すること也、的な思想をマジで抱いているフシがある我らが商業の名物教師である
 どうも俺のことが気に食わないらしく、適当な理由をでっち上げては放課後の数時間、俺を指導室に監禁しようとしてくるまあまあ関わりたくないヤツでもある
 四月の頃から割とそんな感じだったし、「七つ星」から出て学校町に来たばかりの俺も生徒指導とは何なのかを理解してなかったので律儀に説教っぽい何かを我慢して聞いていたが
 さすがの俺も真相を悟って以降はなるべく赤星先生と顔を合わせないようにしていた


「どうすんの早渡、また生徒指導総動員で正門も裏門も塞いでくるよ?」
「大丈夫だよ学校から出る方法は色々あるからな」
「さすがは主席、言うことが違うぜ」
「ついでに俺にもその方法教えて」
「また今度な」


 適当に話を流しつつ、昼飯を取るために解散した
 さっきの様子じゃクラスの連中は件の“変質者”について知らないようだ






 
683 :次世代ーズ 36 「聞き込み side.A」 3/6 ◆John//PW6. [sage]:2022/04/01(金) 04:42:55.51 ID:GfiqYR6Do
 








 午後の授業とホームルームを終え、俺は早々に商業を後にした
 校長先生直伝の古びた旧通用口は生徒指導部もさすがにマークしていなかったらしい

 ありがとう校長先生、ありがとう通用口

 心のなかで改めて礼を言いつつ目的地へと急ぐ

 向かう先は商業からそんなに離れていない公園だ
 商業を出る前に念のため敷嶋のクラスを覗いたがヤツは既にいなかった
 その後遅れて「先に行ってる」とメッセージが入ったので、その時点でもう高校を出てたんだろう

 公園に向かいながら携帯を引っ張り出す
 花房君から返信が来ていたので、その確認だ
 昨晩のうちに花房君にも“変質者”について何か知ってないか尋ねておいたんだ
 とは言ってもダメ元だ、何か有力な情報が得られたら御の字程度で考えていた



 【クマのぬいぐるみを操る変質者で契約者か】
 【そんなのが現れてるなら、もっと有名になってる筈だな】



 そりゃあそうだろう、花房君も千十ちゃんと同意見っぽいな
 まず花房君自身も件の“変質者”について知っているわけではない
 そう前置きされて色々情報を共有してくれていた

 学校町は元から東区から南区にかけて変質者や愉快犯の類が多く出没するらしく
 その大半はまあ何というか、まあそうだろうなというか、契約者か都市伝説のようだ
 そもそも学校町にはそうした類の変人がよく現れるのだそうだ

 なので、仮にその手の契約者が変態行為に精を出していたとしても特段異常なことではない
 最近じゃ「赤マント」がよく出没して人を襲っているらしいし、それに関連してか誘拐事件も相次いでいるようだ
 これらの話は俺も最近耳にしているものばかりだった

 そして
 これも最近だが、南区を露出魔の契約者が徘徊しているらしい。もっともその容姿までは不明とのこと
 この話は千十ちゃんから聞いた話と被る。とすると南区が“変質者”の出没箇所か?

 ここまでが花房君からの返答だ

 そのうえで
 花房君の話では東区の高校に在籍する幼馴染が居るらしく
 気が向いたら彼にも確認してみる、ということになった



 【で、そんな話どこから聞いたんだ?】



 最後に質問された
 東区高校の女子にその“変質者”と誤解されてる、と正直に話せば、なんかネタにされそうな予感しかしない
 ついでに言うと、千十ちゃんの話をここで出しちゃうと、やっぱりなんか状況を把握されそうな予感しかしない
 以前のやり取りから察するに、花房君は洞察力が高いと見た! 明け透けに白状するのはちょっとリスキーかもだ



           【なんかそういう噂を耳にしたんだよ】
           【南区でそんな変態がうろついてるって嫌でしょ?】
           【自分ちに近いんじゃないかってちょっと警戒してるだけだから】
           【情報シェアしてくれてありがとう。色々不安だったから助かったわ。引き続き警戒しとく】



 よし! 嘘は吐いてないぞ!!
 我ながら無難な返答なんじゃないでしょうか
 花房君からのメッセージはお昼過ぎ頃に返されてたんで
 多分俺からの返信に直ぐに気づくということはないだろう

 よし、じゃあ公園に急ぐか




 
684 :次世代ーズ 36 「聞き込み side.A」 4/6 ◆John//PW6. [sage]:2022/04/01(金) 04:43:30.75 ID:GfiqYR6Do
 









「ごめん待った?」
「いや、そんなには」


 公園には既に敷嶋が待っていた

 敷嶋敏己(しきじま としき)、俺と同じく商業の一年
 別クラスなので本来ならそんなに接点は無かったんだが、一学期の事件というかそういうのを機に関わるようになった


「……もしかして多崎ちゃんも」
「もう来てるよ」
「やあやあ早渡君、お久しぶりー」


 朗らかな口調で現れたのは多崎京(たさき きょう)ちゃん
 東区高校の一年で、敷嶋の幼馴染であり、彼女である


「あのさあのさ早渡君。とっしーって最近、学校でどう?」
「どうって。相変わらずだよ、野郎同士で仲良くやってるし」
「ほんと? 女子から言い寄られたりしてない? 大丈夫?」
「ないない、それはマジでない。敷嶋はモテない男扱いされてるから」
「ていうか京、ほんと俺は何でもないって言ってるだろ」
「だってとっしー、人が訊いても高校のこと全然教えてくれないじゃん」


 二人とも相変わらずっぽいな
 多崎ちゃんは明るい雰囲気の陽キャ女子って感じなんだが
 そう、丁度今のように敷嶋が絡むと謎の凄味としっとりした感情を放ってくる

 というか俺がこの二人と積極的に関わるようになった切っ掛けというのが
 敷嶋から彼女について相談されたのが発端なわけで
 いや、今はこのことを思い出さないほうがいい。ちょっとゾっとする話だ
 今は考えないようにしよう。過去は過去だ、かるーく流すべきことだ。うん


「それで早渡、変質者についてなんだけど」
「心当たりあるのか?」
「それっぽいのを京が見たらしいんだが」
「……マジで?」
「あっ、でも見間違いかもだよ? 夜だったしちゃんと見えたわけでもなくて」


 昨夜、事前に敷嶋へ“変質者”について知ってないか確認を入れたところ
 東区のことは多崎ちゃんが詳しいかもしれない、ということで今日の待ち合わせをセッティングしてくれた
 こちらもダメ元で情報が得られたら御の字くらいで考えてたから、これは意外過ぎる


「学校遅くなって、日も暮れてしばらく経った時間だったし。はっきり見えたわけじゃないんだけど」
「それでもいいよ、どんなヤツだったか教えてくれない?」
「えーとね、まずクマのぬいぐるみが、うん、大き目のテディベアみたいなの? そんなのが二足歩行しててさ」
「二足歩行」
「で、私もビックリしたんだけど、よく見たら後ろから人が操作して歩かせてたみたいなんだよね」
「……それ、どんなヤツだったか分かる?」
「んー、それがコート着てたし中折れハットっていうのかな、帽子も被ってたから顔までは良く見えなかったんだよね」
「そっか……」
「でも多分男の人なんじゃないかなあって感じだったよ」
「京、ソイツを何処で見掛けたんだ?」
「んー、東区の……二丁目かな。大通りあるでしょ? あの近く。先週の……木曜だったと思う」


 東区、二丁目か。具体的な情報が出たな
 南区からさほど離れてもいない


「多崎ちゃん、ソイツに近づいたりとかは」
「さすがにしないよ、だって怖いもん」
「とりあえず何も無かったようで良かった……」
「確かに怪しそうだったけど、でも手品かハロウィンか何かの練習っぽくも見えたからそんな不審って感じでも無かったんだけど」
「ソイツ、悪質な変質者らしくてちょっとソイツのことを調べてたんだ。薄気味悪いからさ」
「早渡。まさかまた厄介事か?」
「……うん、まあ」

 
685 :次世代ーズ 36 「聞き込み side.A」 5/6 ◆John//PW6. [sage]:2022/04/01(金) 04:44:00.28 ID:GfiqYR6Do
 

 敷嶋も多崎ちゃんも契約者ではない
 なので全てを正直に話すわけにはいかないが、多崎ちゃんは件の“変質者”を目撃している状況だ
 二人とも一学期の頃から危ない目に遭っているし、特にAN関連の事件には絶対に巻き込みたくない


「敷嶋、なるべく多崎ちゃんと一緒に帰った方がいい。人目の少ない場所は避けて」
「心配しすぎ……でもないか、最近また物騒っぽいからな」
「そうだよ、女子一人じゃ怖いんだから。とっしー、一緒に帰って」
「それがいいよ。敷嶋、そうして」


 敷嶋の肩を軽く叩いて溜息を吐いた
 敷嶋は敷嶋でぬうと唸ったままわざと多崎ちゃんから目を逸らしている
 コイツ、照れてんのか


「もしまたクマのぬいぐるみの変質者を見掛けたら、近寄らずに敷嶋経由で教えてほしい」
「ていうか早渡君、私と連絡先交換しない? その方が色々捗りそうだし」
「あいやあの、俺のは、ええと。ちょっと都合が悪いから、敷嶋経由で教えてもらって。お願い!」
「? なんでぇ?」


 どうしても花房君との連絡先を交換したときのことが頭にちらついてしまう
 いや! アレは完全に俺の所為だけども!
 多崎ちゃんの前であんな醜態は晒したくない、マジで


「あー、あとさ、多崎ちゃん。あの……、東高校の同期で、せっ……日向さんと遠倉さんって子、知らない?」
「え? 日向さんとせっちゃん? んー、せっちゃんは同じ中学出身だから知ってるけど、日向さんは別中だし、そもそも二人とは別クラスなんだけど」
「知ってる範囲でいいから、どんな子達なのか教えてもらってもいい?」


 多崎ちゃんの話では
 千十ちゃんは中学の頃から男性恐怖症っぽい女子で、今は若干克服してるけど、急に背後から男子に話し掛けるとビックリしてしまうらしい
 で、日向さんは成績が上位の女子のようで、委員長タイプというより公認会計士とか将来銀行に勤めそうだとか、そういう感じの女子らしい
 なるほど? 初めて聞くような話で新鮮だ


「でもなんで二人の名前が出てくるの?」
「ん、いや、最近知り合いと一緒に出会うことになってさ。多崎ちゃんと同じ高校の制服だったから。どんな子達なのかなって気になっただけ」
「ふーん」


 一応嘘は吐いていない
 知り合い、いよっち先輩と一緒にドーナツ屋で会ったわけだし
 特に嘘を吐いて誤魔化したってわけでもないし

 ていうか千十ちゃん、男性恐怖症だったの?
 もしかして俺は千十ちゃんに無理させてるんじゃないか?
 ちょっと不安だ。機を見て確認した方がいいかもしれない


「もしかして二人とお近づきになりたいとか? でも私そういうヘルプは得意じゃないよ?」
「違う違う、ほんとそういうんじゃないから」
「ほんとー? でもまあそうだね、日向さんはちょっと気難しそうなとこあるし、早渡君みたいな男子が苦手っぽそうなとこあるしね」
「あー、確かになんかそんな感じだったな」
「せっちゃんも昔は男性恐怖症克服するために日景君の追っかけやってたし。あ、知ってる? 日景君ってあの中央高の有名なイケメンだけど」
「知ってる。ウチのクラスにもファンというかフォロワーが多いわ」



 
686 :次世代ーズ 36 「聞き込み side.A」 6/6 ◆John//PW6. [sage]:2022/04/01(金) 04:44:28.73 ID:GfiqYR6Do
 



「でもせっちゃん、昔よりはマシになったっぽいけど、今でも男子が苦手っぽいし、早渡君みたいなタイプだと怖がるんじゃないかなー」
「そうなの?」
「だと思うよー? あれ、もしかして早渡君。せっちゃんみたいな女の子が好きなの? それとも日向さん?」
「……違う違う、ほんとそういうんじゃないから」
「ほーん? 照れなくてもいいよ? いやでも分かるなー、せっちゃん小っちゃくて可愛いからね。日向さんもクールそうな見た目で頭いいし」
「なんだ早渡、お前の好みのタイプって年上の長身ブロンドじゃなかったのか?」


 お、なんだなんだ
 多崎ちゃんも敷嶋もめっちゃ食いついてくるんだが?
 これは余計なことまで訊いてしまっただろうか、いやでもいいか

 東区二丁目、そして南区にかけての範囲
 多崎ちゃんの目撃情報と花房君からの情報提供で、“変質者”の出没範囲を大分絞れるかもしれない
 これは大きな収穫だ


「というわけで! マジで“変質者”には気をつけて! 俺も気をつけるから!」
「だってさ、とっしー 今日はちゃんと手を繋いで帰ろうよ!」
「いや、だから、その」
「早渡君、後でせっちゃんと日向さん、どっちが好きなのか教えてね」
「違う違う! ほんとそういうんじゃないから!」


 多崎ちゃんの前で、俺と千十ちゃんが幼馴染だなんて話したら
 更に誤解を加速させそうなので当然口には出さない!


 お礼を言って、俺は二人と別れた
 帰り際に多崎ちゃんは敷嶋の腕に抱き付いてたし
 別れた後に再度お二人の方を見返すと、しっかり手を繋いでいるようだった



 良い良い、実に良いぞ
 ていうか俺のことなんか気にせずにもっとイチャつけ!



 まあなんだ、想定外のやり取りも発生したが
 どんどん“変質者”に近づいている手応えが得られたぜ
 待ってろよ“変質者”、覚悟しとけよ“変質者”……!

































□■□
687 :次世代ーズ 36 「聞き込み side.A」 余話 1/2 ◆John//PW6. [sage]:2022/04/01(金) 04:45:52.58 ID:GfiqYR6Do
 


 南区商業高校、放課後


「赤星先生の一存で生徒指導を総動員できるって、ちょっとそれってどうなんです?」
「うーん、痛いところを突いてくるね」
「赤星先生が早渡への追及を本格化したのは、一学期に中央高の不良と揉めたあの件からでしょう」
「……そうだな」
「あの事件も元はと言えば、中央高の不良が先に手を出したからで。早渡の方は正当防衛だったのでは?」
「いやあそれがね、いくら正当防衛とはいえ相手を返り討ちにして伸してしまったわけだし、暴力振るった時点で我々も出ざるをえなくてね」
「商業からも中央高へ申し入れをしたとも聞きましたが」
「うん、校長が直接ね。でもなんていうかなあ、例の中央高の子達は悧巧というか狡猾というか」
「そいつら、後から“狂犬”に〆められたって聞いたし。なんというか因果応報というか自業自得というか」
「……まさか、また“狂犬伝説”を耳にすることになるとは私も思ってもなかったよ」


 戸塚銀士(とつか ぎんし)と波越沙也花(なみこし さやか)に挟まれるようにして会話しているのは
 出っ歯気味の生徒指導教員、兒玉金治(おだま きんじ)だ
 通称オダキンと呼ばれており、見た目で誤解されるが商業の不良生徒達にも慕われる良教師である
 なのでタマキンなどと同教員をふざけて呼べば、商業の不良達から吊し上げを食らうというのが専らの噂だ


「で、まああの件以降、赤星先生も強く出るようになってね。早渡は目を付けられてしまったというわけだ」
「他の生徒指導の先生、誰も止めないんです?」
「赤星先生に乗ってしまっている、というか何というか」
「早渡が逃げ回らずにしっかり赤星先生に抗議すれば解消するでしょうか?」
「いや、それなら一学期の時点で落ち着く筈なんだ。まあ抗議したところで反抗的な生徒と見做されるのがオチだからねえ」
「現状、早渡を悪とする証拠が上がらないから嫌がらせのように付け回している、というところですか」
「でも校長が早渡の味方だからね。それがあるから私は現状に甘んじているんだ」
「それもそれでどうかと思いますけど」


 西日を受けながら彼ら三人は正門から校庭へと向かって歩を進めていた
 戸塚はルート上裏門から下校した方が都合が良いらしく、波越はこれから部活へ向かうところだ
 ちなみに兒玉はといえば、早渡捕獲の水際作戦が幸か不幸か失敗したので正門から校舎へ戻る途中だ

 彼は同僚の赤星に動員され、早渡を捕まえるために正門へ配置されていた
 とは言っても、兒玉自身は仮に早渡を見つけたとしても見逃すつもりだった
 今回特に問題を働いたわけでもない早渡を捕まえる気は無かったというわけだ
 無論同僚には秘密なのだが


「来たな、三羽烏」
「いや、今日は二人だけですよ」


 前方で植木鉢に水やりをしている初老の教員がこちらに気づいたらしく
 顔を上げて声を掛けてきた

 初老の教員は古文担当の多民沢丞(たみざわ たすく)だ
 何処を見ているのか見当がつかない顔が特徴の男で、教員歴は長い
 彼が此処、商業高校に赴任するのは今回で三度目らしい。今回と言ってももう五年ほどになるが


「そうは言っても、君達は早渡の話をしていたのだろう」
「それはそうですけど」
「それで。兒玉先生、早渡は捕まりましたかな?」
「いいえ、赤星先生も監視を解かざるを得ませんでしたね。アイツは逃げ果せたでしょう」
「さもありなん、というのが率直な感想ですな」


 相変わらず何処を見ているのか分からない顔つきで二度相槌を打った
 彼は早渡、波越、戸塚の三人をまとめて「南区商業の秀才三羽烏」と呼ぶ
 彼ら三人が成績上位三名であるから、というのが理由だそうだが、同教員にとってはそれ以上の意味があるらしい



 
688 :次世代ーズ 36 「聞き込み side.A」 余話 2/2 ◆John//PW6. [sage]:2022/04/01(金) 04:46:56.25 ID:GfiqYR6Do
 




「では先生方、私はこの辺で。部活に遅れるとまずいですので」
「おう、励んできなさい」
「じゃ俺も帰ります。あっ、兒玉先生、今月はちょっと出るのが早いみたいです」
「ん、分かった。会長にもよろしく伝えといてくれ」


 如雨露を持ったまま大きくズレた眼鏡を押し上げ、多民沢は二人の生徒の背中を見送る
 横に並んだ兒玉もまた、何処か誇らし気に去り行く二人を見遣っていた


「波越は着実に成績を残していますし、戸塚の評論も鋭さを増していますね。こりゃあ将来大物になりますよ。連中は」
「戸塚は確か、校外の映画評論サークルでしたか」
「ええ、辺湖のね。このご時世にミニコミ誌ですよ。私も愛読しとりまして」
「彼らを見ていると、どうしても二十年ほど前の奇跡を思い出してしまいましてな」
「例の……、此処から名門大へ進学を果たした、あの生徒のことですか?」
「ええ」


 多民沢は未だ去り行く二人に目を向けて、しかし、其処ではない何処か遠くを見ていた


「当時は確か、二度目の赴任のときでしたか」

「彼女とは昔、放課後にしばしば古典を題に採った議論で盛り上がりました
 『古今和歌集』に収められた和歌が呪文として転用された歴史について質問され、答えに窮したものです」

「ほう、それはまた興味深い。ということは文化史寄りですか?」

「そうですね、彼女は精神文化や史学に興味があるものだと見ておりましたが
 果たして、大学でもそうした道に進んだものと聞いています。まあ、もっとも――私もその年に此処を離任することになりましたが」

「今は、何をしているのでしょうね」

「便りが無いというのは元気な証拠でしょう。あれで世界中を飛び回っているやもしれませんな」


 ズリ落ちた眼鏡を再度押し上げ、多民沢は西日の方へと顔を向け、兒玉もそれに連れられた
 二人して大きく傾き、沈み始めている陽光へ目を向けている


「秀才三羽烏。彼らを見ていると、どうしてもあの女生徒と重なって見えてしまいまして」

「……連中三人も、将来飛躍を遂げるでしょうね」

「ええ。どうにも、あの三人を見ていると浮き立つような気持ちを押さえられませんでして
 あるいは青春というのは、こういうものでは無かったのかと。若い頃を思い出すかのような錯覚すら覚えます」

「確かに。連中からは溌剌とした刺激を受けます」

「どうか、今あるこのときを、謳歌してほしいものです」

「『若人の貴重な青春を、大人が取り上げてはならない』――でしたか」


 多民沢は兒玉へと顔を向けた
 相変わらず、何処を見ているのか分からない目つきであるが


「ええ、校長の格言ですね。佳い言葉だと思います
 今を、楽しんでもらいたいものですよ。生徒達には」


 多民沢のその目は、西日を受け
 まるで青春を取り戻した青年のように煌めいていた















□□■
689 :次世代ーズ ◆John//PW6. [sage]:2022/04/01(金) 04:56:42.19 ID:GfiqYR6Do
 

「次世代ーズ」は当然ながら、これまで学校町を舞台として投稿された連載や単発、そのなかで語られた表現や考察に多くを負っています
改めて、になりますが、この場を借りて今一度感謝申し上げます。ありがとうございます









「次世代ーズ」、冗長に語りすぎる部分と
明らかに言葉(と理解)が足らずに誤解を招く部分が多いので
これからはこうした課題と、向き合っていきたい……

学校町週末トレンディドラマみたいな展開が続いた「次世代ーズ」ですが
37、38以降はようやくドンパチ始まることになりそうです

 
690 : ◆John//PW6. [sage]:2022/04/01(金) 16:03:55.98 ID:GfiqYR6Do
 

今回も花子さんとかの人に土下座申し上げます orz
次世代ーズの日常(学校)回となると、日景君への言及が出てきます
次回の「聞き込み side.B」も日景君、そして幼馴染グループへの言及予定です……

いっそのこと流れで島添星冠についても登場させた方がいいのかどうか考えていますが
迷いと焦りが高まっている、気がします

次世代ーズは【9月】分をそろそろ終えて、【10月】へ移行する頃合い
あとは【11月】に追いつくのだわさ

 
691 :案の定別件で忙しい花子さんとかの人  ◆7JHcQOyXBMim [sage saga]:2022/04/23(土) 21:04:27.19 ID:pb6sOp5L0
乙でしたのー
遥やら幼馴染グループへの言及書く上で情報足りないとか気になる事ございましたら、こちらなり避難所なりで聞いてくだされば答えるとです






さて
ものすごくお待たせしたブツ、投下させていただきます
時間軸的には「ピエロの夜」とかと同時間軸か直後辺り
「甘い頭痛と先への備え」よりは前の時間軸のお話になります
では、GO
692 :「宴」の夜  ◆7JHcQOyXBMim [sage saga]:2022/04/23(土) 21:06:40.29 ID:pb6sOp5L0

 何かおかしい、と。
 感じた時にはもう遅い。






「……うん?」

 部屋の外から何か聞こえた気がして。「凍り付いた碧」が一人、藍は部屋の扉へと視線を向けた。
 聞き逃してもおかしくないような。小さな、小さな音。
 小さな違和感ではある。大したことではないかもしれない……しかし、同時に。放っておいていてはいけない事だ、と感じた。
 立ち上がり、扉を開こうと手を伸ばしたのと。

 集めていた子供達の叫び声が耳に届いたのは、ほぼ、同時だった。

693 :「宴」の夜  ◆7JHcQOyXBMim [sage saga]:2022/04/23(土) 21:08:53.92 ID:pb6sOp5L0



 時刻は、ほんの少しだけ遡る。
 廃工場の中でも広い空間。この工場が現役で稼働していた頃には、大きな作業機械がいくつも置かれていたであろう場所。
 今でも、かつて使われていた機械の一部やら、何かよくわからない金属片やらがあちこちに散らばっている。
 そこに、子供達は集まっていた。特別に理由があったという訳ではないのだろう。
 「凍り付いた碧」に集められた、保護された子供達。それが集まって遊べるような広い空間としてちょうどよかった。
 ただ、それだけの事だろう。
 何人かの子供達が鬼ごっこしている。大人から解放されて、もう怖いものなんて何もないとでもいうように、無邪気に、恐怖もなく。

「つーかまえた!」

 鬼役の子供が、一人の子供の背中に軽く触れる。捕まっちゃった、と、背中に触れられた子供は振り返って。

「え?」

 振り返ったその先、自分の背中に触れた鬼役の子供には。首が、なかった。それはそのままとさりと倒れこむ。
 壁から、手が。大きな、鬼のような手が、伸びていて。その手の中に、鬼役の子供の頭がある。
 壁から、ずる、と大きな、大きな、鬼が現れる。肩に人形らしきものが乗っていたが、子供の視線はただただ、鬼へと注がれる。
 その現場にいた子供達の視線が、鬼に集中する。
 鬼は、視線が自分に集まっている事を気にしていない様子で。

「いただきます」

 ぱくり、と。手の内に合った子供の頭を口の中に放り込み、ぱきりと噛み砕く。
 広がる血の臭いと、明らかなる捕食者。
 敵だ。間違いなく。
 子供達は、「ネクロマンシー」によって与えられた力で持って迎え撃とうとする。

 子供達にとっての誤算は、鬼にだけ注目してしまった事。
 かすかに聞こえ始めた音に気づけなかった事。

 鬼が、鬼の肩に乗った人形が暴れ出すのと、ほぼ同時。
 工場中の金属製品が。ふわりと浮かび上がり、暴れ出し。
 それらは容赦なく子供達へと襲い掛かり、傷つけ殺し、鬼と人形を傷つけられぬよう守り始めた。

694 :「宴」の夜  ◆7JHcQOyXBMim [sage saga]:2022/04/23(土) 21:10:53.49 ID:pb6sOp5L0
 聞こえた叫びに、すぐさま扉を開こうとして……開かない。何か、外側からがっちりと固定されてしまっているかのようだ。

「これは一体…………っ!?」

 何か、金属の塊のような物が背後から飛んできて。藍が咄嗟に避けた事でそれは扉へと激突して大きな音を立てた。一歩間違えば、藍の頭部は金属塊の直撃を受け。下手をすればそのまま即死だったかもしれない。
 …………何が起きている?
 思考しようにも、部屋の中に運ばれていた数々の金属塊が、鉄材が。
 いくつものいくつもの金属が、まるでポルターガイストでも発生したかのように荒れ狂う。

「「そうぶんぜ」」

 その言葉を唱え、自身が契約している都市伝説の能力を発動させる。視界の範囲内だけではあるが、荒れ狂っていた金属はぼとぼとと床に落ちる。

「っく!?」

 が、あくまでも「視界に入る範囲」だけだ。
 背後から、視界に入らぬ視覚から。金属は次から次へと藍へと遅いかかってくる。

 落ち着け、落ち着け、落ち着け。
 「そうぶんせ」で無効化できたならば、これは都市伝説による能力。で、あれば、自分なら対処できる。

 壁に背をつける事で背後からの攻撃を受けぬようにしながら、藍は事態へと対処すべく、思考を回転させた。




「…………程々食べたら、戻って来いよ」

 男はそう独り言ちる。
 携帯端末で、仕掛けさせた隠しカメラの映像を確認しながらも己の契約都市伝説の力を使い続ける。
 ひとまず、厄介な奴……都市伝説能力を無効化してくる相手は、扉を外側から太い鉄線で固定し、さらに重たい金属塊をいくつも積み重ねて置くことで封鎖しある程度は足止めできるはず。
 それまでの間に、どれだけ食事させられるかが勝負だろう。

「………………ん」

 と、ふと。
 いくつかの映像の中、見覚えのある少女たちの姿を見つけて。
 さてどう動くかと。九十九屋九十九はかすかに口元を得実の形に歪ませた。





to be … ?
695 :はい(はい)な花子さんとかの人  ◆7JHcQOyXBMim [sage saga]:2022/04/23(土) 21:14:49.47 ID:pb6sOp5L0
大変長らくお待たせいたしました
鳥居の人様への全力土下座なブツでありました
696 : ◆John//PW6. [sage]:2022/05/04(水) 04:08:38.34 ID:G/oZu+keo
花子さんの人投下お疲れ様でした
「凍り付いた碧」側の被害が一方的かつ深刻になりそうだが
状況的に九十九屋九十九との真っ向勝負になりそうな……
避難所ではこの襲撃で九十九屋さんの都市伝説の開示くるかも、という予告もあったが
これはいろんな意味で今後の展開が恐い

>>691
乙ありです、確認すべき情報は恐らく現状で問題なしです!
697 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2022/05/06(金) 18:37:19.62 ID:ihDcxAkHO
SS避難所
https://jbbs.shitaraba.net/internet/20196/
698 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage saga]:2022/05/09(月) 18:50:58.16 ID:oDm0bztK0
澪とキラには無事でいてほしい
でも2人とも真白の操り人形にもなってほしい
優と唯には女のドロドロした地獄のような戦いをしてほしい
咲夜は最終的に女として立ち直れないレベルで辱められてほしい
千十とありすも魅了に憑りつかれて性的に服従してほしい
そんな光景を見たかなえのメンタルはばきばきに壊れてほしい
そんな光景を見た藍には心折れて泣きじゃくりながら逃亡してほしい
でもみんな無事生き延びてほしいしバッドエンドを迎えてほしい気持ちもある
心がいっぱいある〜
699 : ◆John//PW6. [sage]:2022/06/15(水) 20:45:17.57 ID:goAEdk+/o
1ヶ月以上振りです
>>698
「凍り付いた碧」戦と「狐」本戦がどうなるか、私もドキドキですが
しかし! 藍さんに関してはどうでしょうね!? 彼女は聡明かつ冷静な印象なので
万が一そういった事態になっても落ち着いて打開策を見出しそうなイメージがあります
あと千十ちゃんと日向ちゃんへの言及もありがとうございます
しかし!! ここで言われる魅了が「狐」を想定しているなら、残念ながら二人とも「狐」関連のイベントには一切関与しない(断言)ので
……隣町のサキュバスお姉さん達との絡みがあれば良いですね……期待しないで待ってておくれ
700 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2022/08/02(火) 21:37:33.49 ID:WHqcEnLzo
・スレが進んでいて嬉しいのです。
 一気見ですよ。引きこもる夏ですからね!

・ピーターパン、永遠の子供。
 子供の状態で固定されちゃったから異常にも気付かないとかそんな感じで妖精が黒幕じゃないですかこれ

・体が固くなっているので腕のいいマッサージ師のお世話になりたいもんです

・加速系都市伝説のレースのビジュアルがカオス
 物理攻撃仕掛けてくるのでレギュレーション的にレースに参加しなかったおばあちゃんたちといい、じいちゃんばあちゃん

が高速移動する都市伝説が多いのはなんなんだろうね
 ドナルド、ちょっと聞かなくなってしまった。今の子、知ってるんだろうか。

・単純に命のストックになる臓器の記憶が欲しいぜ
 臓器に記憶消去できるような話があれば
 といったところでお風呂坊主の少女の残り湯が効くんじゃないかとひらめいたわけですよ私しゃ

・ぺろぺろ君がこの行為に自覚的になってヤバい性癖に目覚めたらペロペロハーレムできあがりじゃないか!
 そもそも性格が通常の高校生男子と違いすぎてそうなる流れが見えないけど


・【犬面人】、【犬面人】じゃないか! 不埒な悪行三昧だな!
 だがTさんのエロを書かせた功績で全ては不問だ!(だったよね? たしか……あれ、シャドーマンの人だっけ?)
 俺はな!

・バロメッツは植物なのか動物なのか
 極まったヴィーガンに意見を聞きたいものだ

・UFO好きだ。
 無生物っぽいのが情を見せると弱いのよ

・FOXGIRLS いいぞ! 狐ダンス踊ってちょうだい!
 ざしき様もメンバーに加えようぜ!

 魔法少女お狐仮面の痴女スタイルが推しです
 推し活のために都市伝説契約者になって毎週女児向けアニメでちょっとご近所に迷惑かけることやっては撃退される悪役ポ

ジになります!

・招き猫のアイトワラスちゃんみたいにちょこんといるマスコットが大物なのも性癖です

・かごめかごめちゃんは社会性を得る前に化け物になってしまわれたか。
 悲しい

・無限廊下の先生といい、学校街の先生はやっぱりちょくちょく何かしら強いというか、特殊な先生が居ますな
 もちろん性癖も。
 ともあれ、狂犬伝説はどの世代の狂犬か、とか、名門大に進学した奇跡の人はあの子かとか、ちょっと歴史が見えますねえ


・脩寿くん、ちょっと巫女姉妹の件については詳しく話をしてくれないとダメだと思うのよ
 おん? ちょっとヒロイン多いっすね? 三枚目っぽい役回り多めだけどちゃっかりクレバーだししっかり二枚目決めてらっしゃるよね?
 しっかりセキニンとらないと、ね?

 いやもう、彼ったらケリをつけなくちゃいけない相手多すぎて刺されちゃいそう★


・ジャイアントカンガルー、というかカンガルーと言えばボクシングっていうのはどこ由来のミームなんだろう

・さて、アイドルとは別の「狐」様はそろそろ……といったところでしょうか。
 内部でもドロドロっとしてるあたり傾国ですわ
 時間軸的には前後するけどいろんな組織の坩堝になってる診療所こええよ……
 誰の思惑が一番結果を残すのだろうと思いを馳せつつ、今晩はおやすみなさい。



・エッチな事をしないと出られない部屋の契約者は手厚く保護されなければならないと脳内閣議決定されましたのでその旨よ

ろしくお願いいたします
 サッパン・スックーンとか柿男とかサキュバスの営む女の子の下着屋さんを併設したりとか、その辺りとか集めてなにか、こう、新しい組織を……あ、ショッピングセンターレイプ

みたいなのはちょっと毛色が違うと言いますか……いや、この話はやめようIQに悪い
701 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2022/12/05(月) 00:00:05.75 ID:dwh4TGCy0
信じようと、信じまいと―

「都市伝説と戦う為に、都市伝説と契約した能力者達……」スレには創作の為のガイドラインが幾つか存在するが
明文化されていない最初期のルールとして、「架空の都市伝説を新規創作しない、登場させない」というものがあった
表向きは「現実に存在しないオリジナル都市伝説の登場がOKなら何でもありになってしまう」という創作上の理由によるものだが
本来実在しない都市伝説の出現を防ぐ呪術的意味が含まれていることはあまり知られていない

信じようと、信じまいと―
702 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2022/12/25(日) 01:23:44.13 ID:TRVU1ftko
>>700

感想ありがとうございます、嬉しいです
ようやく続きがいけそうなペースに戻ってきたので地味に進めます
色々面白い……興味深い話題が出たので拾っていきたいです

ちょっと普段とは別のところに居ますが今夜はこれを投げます
703 :単発「Deck the Halls」 [sage]:2022/12/25(日) 01:24:45.10 ID:TRVU1ftko
 



 商店街の洋菓子屋さんが例年通りクリスマスケーキを山ほど販売するらしい
 そのバイトを募集しているって話をお母さんから聞いた
 なんならお母さんはボクがバイトをやるもんだという前提で既に応募したらしい

 というわけでボクはクリスマスイブ、夕方の商店街でサンタの格好をしてバイトしていた

 商品の陳列(?)とかもあるけどメインは接客(?)と呼び込み(?)だ
 正直こういう仕事どころかバイト自体これが初めてなんだけど、いいんだろか
 ていうかこんな沢山のケーキなんて本当に売れるんだろか
 大体こういうのって完全予約販売とかで売れ残りが出ないようにするものなんじゃないだろか

 なにも分からない
 でもお店の店長も奥さんもめちゃくちゃ元気だしお客さんはめっちゃ来るし
 結構なペースで色々売れていくし補充のケーキが追加されるしで序盤からかなり忙しい


「今年もクリスマスケーキ販売しておりまーす! 是非お立ち寄りくださーい!」


 そしてボクの横で同じくバイトとして呼び込みしてるのは、同じ部活の先輩だった
 1コ上でボクよりちょっとだけ背が高くて若干押しがウザい先輩だ

 ボクはあんまり先輩の方を見ないようにしていた
 先輩はどっちかというと陽の者で普段はあんまり気にならないのに
 今日はサンタ服だし、スカート短いし、黒ストッキング履いてるし、大人っぽく見えるしで

 ドキドキする、あんまり見ない方がいいかもしれない

 でもそれだけじゃない
 別の意味でドキドキするものが今日はやたら目に付く


 「いらっしゃいませー、クリスマスケーキどうですかー」


 先輩に負けないように呼び込みのために声を張り上げていると
 物陰から放たれる剣呑な雰囲気を嫌でも感じてしまう
 ヤだな、今日でもう3人目だ

 夕方の商店街だから人の往来は多いけど
 ボクの背後の建物と建物の隙間の殺気に気づく人はさすがに居ないかもしれない

 周囲を見回して誰もこっちを見ていないことを確認した後、ゆっくり振り返って隙間の闇を見た
 途端に陰から伸びた手に捕まって、引きずり込まれた

 黒いサンタ服、獲物を品定めするような眼、獣のような顔つき
 ボクもよくは知らない、けどこの人は正確には人じゃなくて「ブラックサンタ」とか呼ばれる――


「おい小僧、サンタクロースにでもなったつもりか? ふざけやがって
 今宵この商店街は俺たち『サタンクロース』の支はいかに   「えいっ」   ドスッ   「ギャッッッ!!」   ばちゅん


 「サタンクロース」と名乗った「ブラックサンタ」は間抜けな音と共に一瞬で消滅した

 うう、何度やっても慣れないよこういうの
 「ブラックサンタ」、「サタンクロース」、「ルベルグンジ」――怪異とか都市伝説とか呼ばれるらしいけど
 そういう「人ではないモノ」がこの季節は特に跋扈しやすいらしい

 そしてボクはこの手の「人ではないモノ」を消すことができる力を一族単位で引き継いでいる
 って言うとなんかラノベっぽいけど要するにボクは「柊鰯」の契約者だ
 本当は節分のときに飾る、柊の小枝に鰯の頭を刺した魔除けなんだけど
 ボクのひいひいじいちゃんの代にこの魔除けと契約したらしくて、ボクの代に至るまでこの力が受け継がれてる
 契約の内容は「柊鰯の力を子々孫々まで伝えよ、語りを絶やすべからず」、「その代わりに柊鰯の『魔除け』の力を一族に授けよう」って感じらしい
 そのお陰か、ボクも兄貴もお父さんも、結婚して籍を入れたお母さんも「柊鰯」の能力を使うことができる

 「ブラックサンタ」に突き刺した柊鰯をサンタ服の内ポケットに隠した
 ボクが持ってるやつは葉を落とした枝だけの柊に鰯の煮干しを突き刺した簡略版だけど、これでも十分にヤバい力を発揮する
 でも「柊鰯」は魔除けであってそれ以上でもそれ以下でもないんだ。どこかのヒーローみたくなれるわけじゃない
 自分で怪異に向かって直接刺さないといけないしね、こんな怖いことはあまりやりたくない


「それにしても多いな……」

 
704 :単発「Deck the Halls」 [sage]:2022/12/25(日) 01:25:17.95 ID:TRVU1ftko
 

 バイト開始から「ブラックサンタ」もしくは「サタンクロース」とかち合ったのはこれで3人目
 普段はこんな頻度で遭遇するような相手じゃない
 危ないな、気を引き締めないと

 隙間の物陰から出てバイトに戻ろうとすると、先輩が変なのに絡まれてた


「キミかわいいね、その格好でデートしない?」

「あの、困ります。わたしバイト中で」

「じゃあさ道案内してよ、××医院って古いビル探してるんだけど。この辺でしょ? どこにあるか分かんなくてさ」

「あー、ナンパは止めてくださーい。道案内ならボクやりますよ」

「あ? なにお前?」


 なんかサイバーパンクだかスマホゲーに出てくるキャラだかが羽織ってそうな感じのコートを着た軽薄そうな人に先輩がナンパされてた
 なので割って入った
 ヤだな、こういうの得意でも好きでもないんだけど
 両手でその人を制しながらどうにか先輩から引き剥がして「道案内」をすることにした
 いやまあ目の前にいるこの人は人じゃないんだけど、「注射男」とかいうのなんだけど




 案の定、舌打ちしながら「注射男」はボクの後を付いてきたし
 何度か角を曲がってわざと人気のない所へ進んだら、急に物陰に引っ張り込まれた
 やっぱりなー


「お前マジふざけんなよ、急に割り込んできやがって」

「お、落ち着いてください。バイト中のナンパは迷惑なんで止めただけです。それより××医院に用があるんでしょ?」

「なワケねーだろバーカ! ったくンざけんなって……あオレやっぱ頭いいわ
 お前使ってあの子誘い出せばいいだけか、後はシャブ漬けにして……
 つーわけで今からお前の脳みそブッ壊すヤクを注しゃして   「せんてひっしょー、えいっ」   ドスッ   「ギャッッッッ!!!」   ぼちゅん


 危なかった、今のはほんと危なかった……!
 「注射男」はコートの内側からめっちゃ長い注射器を取り出してたし、こんな注射器どこで売ってんだろ
 でもボクの方が速かった。「注射男」はさっきの「ブラックサンタ」と同じく破裂するようにして一瞬で消滅した
 柊鰯を握る手が震える。きっとボクにはこういう怪異退治は向いてないんだ、うん

 あでも柊鰯を何度か使い回したからさっきより刺しが悪くなってる気がする
 そろそろスペアに切り替えなくちゃ。それに早くバイトに戻らないとだし
 震えてる場合じゃないな。今日はボクが先輩とお店を守らないと



























 
705 :単発「Deck the Halls」 [sage]:2022/12/25(日) 01:26:31.22 ID:TRVU1ftko
 

 そんなこんなでバイトが終わった
 最初考えたのと違った、もっとこうこじんまりとしたアットホームな感じのバイトかと思ってた
 まさしく戦場だった、いきなりお客さんが増えるしお会計で追われるしで大変だった
 それにあの後も魑魅魍魎の類は湧くし、用意した柊鰯も大分使ったし、普段から声出してないから喉はガラガラだし、とても大変だった


「やー、今日は大変だったな! もう足がパンパンだぞ!」


 帰り道、先輩と話しながら歩いて駅に向かっていた
 ボクは徒歩で帰れるけど、先輩は電車に乗らないといけない
 今夜はクリスマスイブ。バイト中のこともあるし何が起こるか分からないから、先輩を駅まで送ることにした

 先輩はバイトモードからいつもの部活のテンションに戻っている
 でも先輩はサンタ服のままだった。記念に衣装を貰えたようで、このままコートだけ羽織って帰ることにしたみたい
 ボクはさすがに恥ずかしいから制服に着替えた


「先輩、今日はカッコ良かったです。バイトが様になってました」

「だろ〜? もっと褒めてもいいんだぞ?」

「いえ、あんまり褒めると先輩調子に乗るから」

「なんだとこの〜」   グリグリ

「んっ、やめてください」


 いつもの部活のノリで脇腹をグリグリされたので変な声が出てしまった
 先輩はいつもこんな感じだ、大体はボクをこうやって突ついてくる
 先輩が大人びて見えてドキドキした、なんて素直に言えるわけない
 それで先輩が調子乗ったら、なんか悔しいし

 ボクはどっちかと言うとチビで童顔って言われることが多いけど
 ボクより背が少し高いだけでボクよりちょっと早く生まれただけで先輩面してくるこの人には
 実質ボクと同じチビなわけで、なぜだか分からないけど初対面のときから妙な対抗意識があった。今でもある


「それより先輩いいんですか、来年受験ですよね。バイトしてて大丈夫なんですか」

「あ〜! 何かお前は! アレか! 受験ハラスメントか! 先輩ハラスメントか! いけないんだぞそういうの!」

「ボクは純粋に先輩のこと心配してるんです」

「心配は無用だぞ! このまま成績を維持できれば推薦枠で志望校に挑むからな!
 今は保険で勉強してるけど! てゆーか勉強漬けで脳みそ茹で上がりそうだったから気分転換がてらにバイト応募したんだよ! 分かったか!」   グリグリ

「んんっ、ぼ、暴力はやめて」

「てゆーかお前寒くないのか? 制服だけって絶対寒いだろ? 震えてるぞ!? わたしのコート貸そうか?」

「ボクは平気ですよ、先輩が着てください。風邪引いちゃダメです」

「いやお前震えてるかな!? 手がガタガタ震えてるからな!? やっぱ寒いだろ、ほら! 手もこんな冷たいし!」   サワサワ

「いえ、あの、大丈夫ですから。あんまり触らないで」


 先輩にいきなり手を握られて、急に気恥ずかしくなってきた
 なんかしっかりばっちり指を絡めてきた。どうしよう、ドキドキしてるのバレちゃう




 不意に静かになった
 人ももうあんまり居ない時間だし、今通ってるここは住宅街だし、遠くでイルミネーションが点滅してる以外は、ほんと静かだった


「先輩?」


 いきなり黙りこくった先輩に声を掛けてみると、急に立ち止まった
 手を握られてるので、ボクもつられて立ち止まる


 
706 :単発「Deck the Halls」 [sage]:2022/12/25(日) 01:27:08.87 ID:TRVU1ftko
 

「やっぱお前、寒そうだぞ……。そ、そうだ。あの、あのさ。わたしが――ギュッってしてやろう! 今日のお礼も兼ねて! なっ!」

「えっ? いや、あの。な、何言ってるんですか」

「に……逃げるなって! 恥ずかしがりか! ほっ、ほらっ!! ――ギュッ」   グイッ

「ぎゃっ」   フニュ


 いきなり先輩に抱きしめられて、持ってたお土産のホールケーキの袋を落としそうになった
 先輩はコートを羽織ってるけど、文字通り羽織ってるだけだから前は開いてるわけで
 それでギュッてされたら、先輩と密着してしまうわけで

 先輩の匂いがする、甘い花のようなシャンプーの匂いが
 どうしても意識が肌に行ってしまう。先輩、こんな柔らかいんだ
 ダメだこんなの、もっとドキドキしちゃうよ


「今日、ありがとな」

「えっ? あの、いいえ。そんな」

「呼び込みしてるときさ、わたしナンパされそうになっただろ? あんなこと初めてでさ、怖かったんだ」

「あっ、あっ」

「でもお前が間に入って、助けてくれて、……カッコよかったよ」

「はひっ」


 せ、先輩に耳元で囁かれるなんて初めてだよ
 ていうか女の子にこんなことされるの自体が初めてだよ
 心臓がスゴいバクバクしてきた
 ボクと先輩は体の前面がほぼほぼ密着してるから、これじゃ絶対バレてる。心臓の音が絶対バレてる
 あっ前で密着してるってことは、つまり、つまり……!


「せっ、先輩!」


 先輩の肩を掴んで、一応なんとか優しく、ゆっくり身を引き剥がした
 多分今のボクはすごく顔が赤くなってるに違いない。だって顔面がめっちゃ熱いから


「その、……ゴメン」

「いえあの、先輩悪くないです。ただボクあの、こういうの初めてで。ドキドキしちゃって」

「……わたしだって初めてだぞ」

「ひえっ?」


 思わず変な声が出た
 あっでもそれより
 チビで童顔呼ばわりされて周囲から勝手に草食系扱いされてるボクだって男子なわけで
 だから、いくら部活の悪友じみた先輩だからって、抱きしめられて耳元で囁かれたりしたら
 股間の、その――   かたくなる


「んうっ」   モジモジ

「えっ、お、お前。えっと、大丈夫か……?」

「だっ、だいじょぶです……!」


 制服のパンツは割と余裕ある方なんだけど、変な当たり方してる所為で変な声が出てしまった
 どうしよう……! どこ見ればいいのか目のやり場に困って、先輩の顔を見た
 なんでだろ! 先輩の目がいつもよりウルウルしてる! しかも先輩も顔が赤くないかな!?
 思わず目を逸らした。具体的に言うとちょっと下を見てしまった。前が開いたコートの、先輩のサンタ服
 先輩って、意外と胸がおっきいんだな……じゃなくて!! 違う、違うったら!!
 ど、どうしよう……!! 変なとこ見ちゃった所為で! ぱおんが!!


 
707 :単発「Deck the Halls」 [sage]:2022/12/25(日) 01:27:44.02 ID:TRVU1ftko
 

「お前だいじょぶか……!? 腰が引けてるみたいだけど、お腹痛いのか……!?」

「だ、だいじょぶです。深呼吸すればなんとか」


 このままだと危ない。ボクの心臓はもうバクバクどころかバンバンだし、そのままだと股間もバンバンだし
 もう、こうなったらアレをやるしかない

 お父さんから伝授された、「柊鰯」の取説

 『いいか、俺たちは「柊鰯」と契約して魔性のものに対する強い抵抗力を獲得した。これはもう一般人とは比較にならないレベルでだ
  でも、それでも俺たちの中に魔性が入り込むことがある。いわゆる魔が差した状態ってやつだな
  もしもお前に魔が差して、抵抗できないほどの悪意に呑み込まれそうになったとき。その魔性を祓う方法を教える』


「先輩。立ったままだと寒いから、行きましょう」

「あっ……うん」


 先輩の手を取ってボクが先に進み始める
 もう躊躇なんかしてらんない。このまま股間が破裂しちゃうよりも先に、ケリをつける!

 ボクはパンツのポケットに手を入れ、スペアの柊鰯を探ると
 それとしっかり握って、先輩にバレないように――自分の胸に突き刺した


「うっ――ふうっ、ふうっ」

「な、なあ! ほんとにだいじょぶか……!?」

「――はい、大分ラクになりました。ありがとうございます」


 心臓のバクバクが嘘のように引いていった。それだけじゃなくて股間のバンバンも収まった
 よ、良かった。柊鰯を自分に刺すなんて普段は怖くてできっこないけど
 さっきよりもすごく落ち着いた気分だ、ようやく冷静なボクが戻ってきたような感じがする
 凄いな「柊鰯」、こんな使い方もできるんだ


「なあ、お前…… っっっ!! ちょっ、ちょっっっっっと待て!!」

「えっ、どうかし  「お前!! 胸!! 血!! 血が出てるぞ!!」


あっ先輩にバレちゃったみたいだ


「おいお前!! なんか胸に突き刺さってるぞ!? 大丈夫じゃないだろこれ!!」

「あっ、あの、痛くはないんですよ。へいちゃらです」

「平気なわけあるか!! はっ、早く病院に行かないと!!」

「だいじょぶ、だいじょぶなんですほんとに、気にしないでください」










 その後
 ボクはパニックになってる先輩をどうにか落ち着かせて
 いきなり抜いたら逆に危ないし、ちゃんと手当するからと説明した後に、なんとかして駅に押し込んだ

 パニックになってたけどいつもの先輩のテンションに戻ったようでちょっと安心した

 いやでもほんとは「来年は先輩も受験ですね、もう部活に来れなくなっちゃいますね」「そうだな……」みたいな
 先輩をしんみりさせるような話をして、寂しそうな先輩の横顔を眺めながらにんまりする予定だったんだけど
 どうしてこうなっちゃったんだろう…… まあいいか


 
708 :単発「Deck the Halls」 [sage]:2022/12/25(日) 01:28:57.02 ID:TRVU1ftko
 



 そしてそのまま家に帰ると、まずお母さんにビックリされた
 帰りが遅くなったことじゃなくて、柊鰯を胸に刺したまま血だらけで帰ったことだ

 素直に事情を説明したらお母さんにも呆れられたけど、なぜかお父さんにも呆れられた
 お父さんが「お前……そこまで行ってその娘をラブホに連れ込まないのはおかしいだろう! 押し倒せ!」
 「そもそもクリスマスイブってのはだな、そういういい感じになったところで素直に男女の欲望に忠実に」と話した辺りで
 お母さんはお父さんの後頭部をしこたま殴りながらガミガミ説教を始めたのでそれ以上は聞けなかった
 兄貴は「なんというか、お前らしいよ」と呆れながらも笑ってくれた










 でもこの先何があろうと先輩のあの表情と柔らかさは絶対忘れないと思う

 あ、クリスマスケーキ美味しかったです





















































 
709 :単発「Deck the Halls」 [sage]:2022/12/25(日) 01:29:37.99 ID:TRVU1ftko
ここまで
710 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2023/04/27(木) 21:55:25.35 ID:cpCWscUG0
投下乙でした
先輩も後輩君も可愛い。柊鰯、その手があったか……
711 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2023/07/15(土) 20:14:18.07 ID:sAc/qBvL0
君たちはどう生きるか。
季節はもう夏である。一夏の出来事で少女が女へと変貌する時期である。
若き契約者諸君、ビキニを着用して海に出よ。ナイトプールでも良い。
スケベだ、スケベせよ。スケベを繰り広げよ。この際男同士でもいいし女同士でもいい。
君たちはエロスに生きよ。現場からは以上だ。
712 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2023/07/15(土) 23:22:07.99 ID:sAc/qBvL0
飲みながらネット見るもんじゃないな…
713 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします :2023/09/10(日) 21:55:52.34 ID:x6GvhMes0
すっかり何もないままおっさんになってしまったぜ
714 :次世代ーズ ◆John//PW6. [sage]:2023/11/03(金) 22:01:08.42 ID:sOQ3PWjdo
 

職場で「(確かホラー映画の話題で)テディベアなんてかわいいもんだろ、今やこの国は各地でリアルクマが出没してんだからよ! ガハハ!」みたいな会話を聞き、ハヒッ、ハヒィッ となりました
18ヶ月振りの投下となる、「次世代ーズ」でございます


>>700
感想ありがとうございます……!

> 脩寿くん、ちょっと巫女姉妹の件については詳しく話をしてくれないとダメだと思うのよ

どっちだ……!? 飛騨の方か!? 穂張の方か!? となりましたが、恐らくこれは飛騨の方ですね
飛騨高山(岐阜)の小学生巫女ちゃん姉妹に早渡相手にわちゃわちゃする……お察しの通り未発表のエピソードになります
飛騨の話も穂張の話も機を見て投下したいのですが、次世代ーズはまさかこの箇所にご意見を頂くとは一切予想していなかった!!
ありがとうございます


> ジャイアントカンガルー、というかカンガルーと言えばボクシングっていうのはどこ由来のミームなんだろう

これについては気になって調べました
19世紀後半から20世紀にかけて、カンガルーを人間と戦わせる見世物の開催が一般的だったようですが
そんななか1891年に風刺漫画雑誌「メルボルン・パンチ」に掲載された「ファイティング・カンガルーのジャック VS (人間の)レンダーマン教授」というイラストでは
カンガルーがボクシンググローブを装備して人間と打ち合っている姿が!!

https://trove.nla.gov.au/newspaper/page/20441476

これ以降、映画等で「ボクシングするカンガルー」が人気を博し、そのイメージが定着していった……ようです
今ではオーストラリアの国民的イメージとして馴染んでいるんですね、いやあ勉強になった


【参考】
 ボクシング・カンガルー
 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9C%E3%82%AF%E3%82%B7%E3%83%B3%E3%82%B0%E3%83%BB%E3%82%AB%E3%83%B3%E3%82%AC%E3%83%AB%E3%83%BC

 Boxing kangaroo
 https://en.wikipedia.org/wiki/Boxing_kangaroo

 Fighting Jack: Melbourne’s first boxing kangaroo
 https://blogs.slv.vic.gov.au/such-was-life/fighting-jack-melbournes-first-boxing-kangaroo/



単発の話ですが、以前避難所で「エッチな事をしないと出られない部屋」の話は書きたいと申告しました
あれはエイプリルフールまでに書いて、エイプリルフール当日に投下すべきだったと後悔しています……が

ともかく長引いた「次世代ーズ」の「聞き込み side.B」をやります



 
715 :次世代ーズ ◆John//PW6. [sage]:2023/11/03(金) 22:02:17.46 ID:sOQ3PWjdo
 

○前回の話
 >>681-686
 次世代ーズ 36 「聞き込み side.A」


 これは作中の【9月】の話です


○三行あらすじ
 早渡脩寿が自らに掛けられた変質者の容疑を晴らすため、真犯人を探す
 彼の幼馴染、遠倉千十も真犯人特定のため情報収集を始める
 具体的には高校の友人はじめ、人脈を活用して聞き込みだ



 
716 :次世代ーズ 36 「聞き込み side.B」 1/13 ◆John//PW6. [sage]:2023/11/03(金) 22:02:54.08 ID:sOQ3PWjdo
 



 まずはありすちゃんから聞いた情報を整理しよう


 今日はいつもより早めに起きて、早めに準備を済ませた
 自分とお姉ちゃんの分のお弁当も用意したし、後は登校するだけ

 でもその前に

 携帯のメモアプリを開く
 前もってありすちゃんから聞いた変質者の情報を、昨日のうちに一通り書き出しておいた
 大き目のサイズのクマのぬいぐるみの姿をしていて、二足歩行しながら、黒い触手を生やしてくる
 ぬいぐるみとは別にそれを操作する契約者がいて、その変質者は最近現れるようになった露出魔かもしれない
 そして、露出魔がよく現れるのは東区から南区にかけて

 一度深呼吸した

 昨日脩寿くんと電話で話したとき、何気なしに言ったけど
 確かにクマのぬいぐるみを使う変質者だなんて、すぐ話題になる気がする
 だけどクラスでもそんな話を耳にしたことがない

 それに、露出魔が現れるようになった、って話も直接誰かが見たって話じゃなくて
 HRのときに先生が話してた内容が基になってるかもしれない
 ちゃんと確認をとらなきゃダメだ


「……確認しなくちゃいけないこと、結構多いかも」


 私自身、歩き回るクマのぬいぐるみや露出魔に遭遇したことは、まだない
 どの辺りに出没しているのか、もう少しその情報がほしい。東区、南区といっても場所が広いし
 変質者なんて絶対に遭いたくないし考えるのも怖いけど、でも少しでも脩寿くんの役に立てるように頑張らないと

 今は不思議とあまり怖い感じはしなかった
 普段なら変質者とか契約者とかのことはあまり考えないようにしてるし
 もし自分が遭遇しちゃったら、なんてことは怖くて考えたくない

 あまり怖く感じないのは脩寿くんとありすちゃんのお陰かもしれない

 二人とも
 仲直り、できるといいけどな


「千十ぉぉぉ!! 私の携帯見なかった!? どこ探しても無いのぉぉぉ!!」

「うひゃあっ!?」


 お姉ちゃんの突然の大声にビックリした
 あ、朝からそんな大声出したら、お隣さんに迷惑だよ!!


「千十ぉ! 私の携帯鳴らしてぇぇ!!」

「お姉ちゃん帰ってきて携帯ほったからしにしてたの!?
 鞄の中に入れっぱなしなんじゃないの!? ちゃんと探したの!? もう!
 仕方ないなあ、鳴らすよ?」

「あっあっ! 鞄からだぁ! 昨日充電切れかけたのに! 置きっぱだったぁぁ!!」

「もー、お姉ちゃんちょっと静かにしてよ……」


 家から出るギリギリまで充電しようとしてるお姉ちゃんを見て、思わず溜息が出る
 学校町に引っ越してきたばかりのときはしっかりしてたのに
 年を追うごとにだんだんダメなお姉ちゃんになってる気がする

 はあ、私がしっかりしなくちゃ


「お姉ちゃん、今度は携帯置き忘れないように気をつけてね」

「大丈夫! お姉ちゃんの脳内ToDoの一番は携帯回収だから!」


 ……やっぱり不安だ、私がしっかりしなくちゃ





 
717 :次世代ーズ 36 「聞き込み side.B」 2/13 ◆John//PW6. [sage]:2023/11/03(金) 22:03:40.52 ID:sOQ3PWjdo
 








「せっちゃん、おつかれなの?」

「うん。ちょっと」


 二時間目の授業が終わってアヤちゃんに心配された
 そんなに顔に出てたのかな

 結局あの後、お姉ちゃんは予想通りというか携帯を置き忘れたままお家を飛び出して
 慌てて追い掛けて携帯と充電器を押し付けたけど、そのお陰で登校が結局いつもと同じ時間になってしまった

 本当はいつもと同じ時間どころか、ちょっと遅刻しそうになったんだけど

 ……お姉ちゃんには、もうちょっとしっかりしてほしい
 できれば学校町に来たばかりの頃の緊張感、ちょっとだけでも思い出してほしい



 ほんの少しだけ、ありすちゃんの方を見た
 ありすちゃんは携帯と睨めっこしてるけど、どこかぼんやりした感じだった

 HRが終わった後で細かい話を聞こうとしたんだけど
 何度話し掛けても上の空みたいだったし、心配で肩を叩いてみたらすごくビックリされた

 昨日のこと、引き摺ってるのかな
 でも帰りに付き添ってもらったときはそんな感じでも無かったのに

 一応ありすちゃんのことはそっとしておくことにした
 でもやっぱりお昼休みにもう一度声を掛けてみよう



「あの、アヤちゃん。知ってたら教えてほしいんだけど」

「うん? どしたの?」

「最近学校町を徘徊してる変質者のことなんだけど
 ……クマのぬいぐるみを、持ってるらしいんだけど、聞いたことない?」

「えーなにそれ」

「千十、かやべえ。何? 変質者の話?」

「千十ちゃん、なんの話をしてるの?」


 アヤちゃんに変質者のことを尋ねてみると、宇女(うめ)ちゃんと栞(しおり)ちゃんも加わってきた
 私は思い切って三人に訊いてみることにした
 でも三人とも都市伝説や契約者については知らない。だから少し誤魔化さなきゃ


「テディベア、ねえ。聞いたことないな」

「そのテディベア、一体何に使うんだろうね……」

「多分ファンシーなテディベアの内側に淫具でも仕込んでるんじゃね?」

「い、淫具って……」

「ちょっ! ヒル山、男子にも聞こえてるんだからアンタ、自重しなさいって」

「でも千十、どっからそんな話聞いたん? 変質者の話題って苦手じゃなかったっけ」


 宇女ちゃんがそんなことを訊いてきて、一瞬固まった
 どうしよう、いきなりそれを訊かれるのは考えてなかった


「え、ええと。別のクラスの子が、そんな話してるの、耳にして。本当だったら怖いなって思って」

「変質者で思い出したけど、確かかやべえと栞は夏休み前にもヤバ目の変態と遭遇したって話してなかったっけ? 千十も居たんだっけ?」

「そういやあったねそんなこと……、せっちゃんととシオりんと、かやべえの三人で目撃しちゃったんだけど」


 
718 :次世代ーズ 36 「聞き込み side.B」 3/13 ◆John//PW6. [sage]:2023/11/03(金) 22:04:13.40 ID:sOQ3PWjdo
 

 あう、話が脱線しちゃった
 夏休み前にも変質者を見たんだけど、そっちは勿論テディベアの変質者とは別人、だと思う
 ……あのときの出来事はあんまり思い出したくない。夏休み前に遭った変質者も都市伝説みたいだったし


「栞、どういう変質者だったか説明してもらえる? LINEでかやべえに訊いても教えてくれなかったし。私だけ仲間外れ感ひどくない?」

「私の口からはとても言えません……!」

「ヒル山変なこと聞くな! あれは正直トラウマ級なんだから!!」


 とにかく、三人はテディベアの変質者について知らないみたい
 新しい情報があったわけじゃないけど、テディベアには遭遇してないわけだから少し安心できた


「せっちゃん、もしかしなくても不安だよね……?」

「う、うん。ちょっと」


 私のことを心配したのか、アヤちゃんが私の肩に手を回してくっついてきた


「だーいじょうぶっ! 心配しないで。せっちゃんのことは、かやべえが守ったげるからね」

「んっ、ありがと……」


 そのままアヤちゃんにされるまま、ゆったりとした横揺れに付き合うことになる
 アヤちゃん、いつもはちゃらんぽらんに見えるけど、いつだって優しい。中学のときから、ずっと



 でも、だから、都市伝説とか契約者とかの怖い世界には関わってほしくない

 でも、そのせいで、一葉さんのことをアヤちゃんには話せない



 絶対に混乱させてしまうから



 あんなに仲良しだったのに





「せっちゃんそんなに不審者のこと怖かったんだね、だいじょうぶだよ!」

「でも……でも、もし本当にテディベアを持った変質者がいるのなら、ちょっと見てみたいかも」

「へっ? あっ、栞ちゃんダメだよ!? 変質者は危ないから見かけたら逃げてね!!」

「そうだよシオりん、せっちゃんの言う通りだよぉー」

「ん? 栞? 今なんかエロい妄想でもしてたん? ん? 正直に言ってみ?」

「えっ!? ち、違うの三人とも! 聞いて! 今のは単に、もしもの話なわけで、そう! これは仮定の話であって――!!」
















 
719 :次世代ーズ 36 「聞き込み side.B」 4/13 ◆John//PW6. [sage]:2023/11/03(金) 22:05:02.77 ID:sOQ3PWjdo
 



「千十、悪い。それはそっちでいいから。あっ、ごめっ、こっち……持ってくれる!?」

「あっ、はいっ、今行きますっ」


 昼休み、担任のみゆ先生に捕まった
 先生の担当は二年生の古文、だから普段は授業で関わることが無い、んだけど
 今日は図書室から借りっぱなしの教材を返すためにお手伝いを頼まれた
 教材といっても紙の古語辞典、それもクラス分運ぶことになるから、……お、重い


「はーっ、千十ありがとう! 二年に頼もうとしたら皆逃げちゃってさー」

「それはそうですよ、大体辞書を借用したまま返却しないのは教師としてあるまじき、です」

「なにおー、雪子コイツコイツー」

「く、くすぐったいです! 暴力反対!」


 みゆ先生に引き寄せられて脇腹を揉まれてるのは、二年生で図書委員の小野木雪子(おのぎ ゆきこ)さん
 図書室でいつもお世話になってる。年齢は一つしか違わないのにすごく年上のお姉さんっぽくて、中学の頃から憧れてる


「お昼時間、うわっ。もう20分経ってる。千十ごめん、お昼何か奢ろうか?」

「あっいえ! お弁当持ってきてますから!」

「うー、悪いね本当。いつかお礼するから」

「御小柴(みこしば)先生? 生徒を食べ物で丸め込もうとしてはいけませんよ?」

「ちーがうって、雪子もう! 意地悪言うのやめて!」


 バツが悪そうな顔して口を尖らせるみゆ先生を見ながら、雪子さんはクスクス笑っている

 みゆ先生は先生に成り立てらしくて、四月には「皆と同じひよっこ」と自己紹介してた
 親しみやすい人ではあるんだけど、仕事終わりにお姉ちゃんと居酒屋で飲んだりしたこともあって
 公務員がそんなことしていいのか、ちょっと不安になることもある

 こんな良い雰囲気のときに変質者の話は出さない方がいいかも
 ……って思ってたら


「千十さん、今日は何か浮かない顔してるけど、何かあったの?」

「あっいえ、そういう訳じゃ」

「何か話したいことあったら、話していいのよ? 御小柴先生も居るしね」

「へ? 千十なんか悩みあるの? 担任としてほっとけないな、言ってごらん?」


 どうしよう、雪子さんに見透かされたような気がする。それにみゆ先生まで乗ってきた
 雪子さんには中学の頃から、丁度今みたいに私の考えてることを覗かれてるような気がする
 そんなに表情に出てたのかな? でも、促してもらったのなら


「あの、実は。ちょっと気になることがあって。HRのときに先生が話してた変質者のことで
 東区から南区にかけて露出魔が出没してるって話なんですけど、目撃情報とか、あるんでしょうか?」

「んー、いや? あれはね、警察署から回ってきた話をそのまま皆に通知しただけなんだけど」

「実は、その。変質者がクマのぬいぐるみを連れてるって話を聞いて。ちょっと怖いなって思って、話題になってないかなって。気になっちゃって」


 とりあえず当たり障りのない範囲で伝えて様子をうかがった
 みゆ先生と雪子さんは顔を見合わせている





 
720 :次世代ーズ 36 「聞き込み side.B」 5/13 ◆John//PW6. [sage]:2023/11/03(金) 22:05:46.96 ID:sOQ3PWjdo
 

「んー、職員会議でも特にうちの生徒が変質者を目撃したって話は上がってないし、実は変質者の注意情報も、噂かそこらのレベルだと思ってたんだけど」

「先生、それはそれで危機意識低すぎじゃないですか? 千十さん怖がってますよ?」

「あ、いや。襲われたって話が無いならそれに越したことは無いって。ただそれだけの話だから!」

「そう、ですよね」


 先生も雪子さんもそんな話は聞いたことがない、といった様子だ
 ダメかあ……。少しでも情報があったら、と思ったんだけど、これは調べるに時間掛かるかもしれない


「ふむ、千十さんはその話をどこから聞いたのかな?」


 雪子さんに質問された
 この質問に「友達が襲われました」なんて正直に答えるわけにはいかない。ちょっと誤魔化さなきゃ


「それは……、別のクラスの子がそんな話してるのを耳にしたんです。それで、気になっちゃって」

「一番良いのはその話をしていた人を見つけて直接話を聞くことね
 あくまで仮定の話だけど、その変質者が出没しているとして、現段階では目撃情報がまだ少ない、とも考えられるわね
 もしくはあくまで噂、あるいは誰かが面白半分で話を大げさに盛っただけかもしれない
 まあ悪い想像は幾らでも膨らむものだから、あまり気にしない方がいいと思うな
 千十さん、こういう類の話は苦手だったでしょう?
 大丈夫。人通りの少ない道は避ける、回り道になっても安全な道を使う。それだけでも危険を回避できるから」


 うう……、雪子さんの言葉はとても正しい
 話を誤魔化してまで情報を集めようとしてる私が間違ってるかもしれない
 でも正直に話すわけにはいかない。みゆ先生はともかく雪子さんは一般人だから


「そうですよね、すいません。こんな話をしちゃって」

「いいのよ、不安になるのは仕方ないことだもの。ねっ、御小柴先生!」

「おっ、ああ。そうそう。何かあったら遠慮なく相談しなよ?」

「はい……」


 先生に促されて図書室から出る
 退室間際に雪子さんに頭を下げた。雪子さんを心配させちゃったかもしれない


「千十、お昼大丈夫? カロリーメイトか何か渡そうか?」

「あっいえ! 私は大丈夫ですから! 先生こそちゃんと食べてくださいね!」


 みゆ先生と途中まで一緒に歩いていく
 私は教室に戻らなくちゃ


 先生は契約者だけど、ありすちゃんが問題のテディベアに襲われたことは、まだ話さない方がいいかもしれない
 一学期の頃も都市伝説が出没したとき、先生は気負って倒れる寸前まで見回りを続けたりしてたから
 話すとしたら、ありすちゃんに前もって相談してからにした方がいいかもしれない












 
721 :次世代ーズ 36 「聞き込み side.B」 6/13 ◆John//PW6. [sage]:2023/11/03(金) 22:06:41.68 ID:sOQ3PWjdo
 



 そして、放課後
 私はオカ研の部室にお邪魔していた

 お昼休みの間、ありすちゃんは教室に居なかった
 五時間目の開始直前で戻って来たけど、やっぱりどこかぼんやりしていた

 心配になって話し掛けようとしたけど、HRが終わるといつの間にか居なくなっていた
 大丈夫かな? 大丈夫じゃないかもしれない。後でメッセージを送ろうかな


「テディベアを操作する変質者、で、契約者、ね……」


 対面に座っているのは、中学からの友達の泉花(いずか)ちゃん
 私も泉花ちゃんも元々は自分が契約者だったことを知らなかった同士だ
 色々あって仲良くなって、他の人に話せない都市伝説や契約者のことも、泉花ちゃん達になら話せる


「使うのがテディベアってところがなんか生々しいよね。あ、千十ちゃん、豆大福食べる?」

「うん、ありがとう」


 すずなちゃんから貰った豆大福を、淹れてもらったお茶と一緒に食べた
 私はオカ研のメンバーじゃないんだけど、この場所は不思議と落ち着くな


「そんな変質者の話は聞かないし、私達も目撃したことないな。部長が知ったら飛びつきそうだけど」

「だよねー、エロ触手とか絶対ウタちゃん好きそうだもんねー」

「……泉花ちゃん、そういえば唄さんは?」

「ああ、部長は御小柴先生に捕まってる」


 どうせまた変なことして先生からかったんでしょ、うんざり顔で泉花ちゃんはそう言った
 みゆ先生は私達の担任で、オカ研の顧問でもある。もっと言うとオカ研のOGらしい
 オカ研は全員、契約者か、都市伝説や契約者について知っている
 だから話そうと思えば全部の経緯を話せるんだけど


「ねえねえ千十ちゃん、この話ってウタちゃんにどれくらい話しても大丈夫なやつ?」

「……私が話したってことは、今は伏せてほしいな」

「千十、大丈夫。察した」

「うふふ、察しましたよー。ありすちゃん絡みかな」

「……今はノーコメントでお願い」

「わかった。一応オカ研でも何か情報掴んだら共有するね」

「期待しないで待っててー。でもウタちゃんが知ったら自分が捕獲するって勇んじゃうかも」

「二人とも、ありがとう」


 オカ研の部長――足助唄さんは勘が鋭い
 そのうえありすちゃんとは、あまり仲が良くない
 険悪ってわけではないけど、決して仲がいいってわけでもない
 だから、ありすちゃんが変質者に襲われたって話を知ったら、確実に唄さんはありすちゃんに突撃して根掘り葉掘り聞こうとする

 ありすちゃんの今の状態で、唄さんに突撃されたら、色々と良くない気がする

 それに、正直に脩寿くんのことまで話したら、多分唄さんだけじゃなくて、すずなちゃんにまで色々勘づかれちゃう、気がする

 うん、黙っていよう





 
722 :次世代ーズ 36 「聞き込み side.B」 7/13 ◆John//PW6. [sage]:2023/11/03(金) 22:07:23.12 ID:sOQ3PWjdo
 



「でもそうなると相手の契約能力の詳細が知りたくなるね。千十は何か心当たりある?」

「ううん。黒い触手を操るっていうから、何かしらの生き物みたいなのと契約してるのかなって、思ったんだけど」

「まあ触手に見せかけた別の何かって線もありそうだからねー」

「とりあえず登下校は普段より気をつけた方が良さそうね」



 ふと時計を見る
 約束の時間まではまだまだ余裕があるけど、もうそろそろ高校を出た方がいいかな


「あっ、そういえば千十。久しぶりにかなえから連絡があったんだけど
 皆でお茶でもしないかって。ついでだし、かなえにも聞いてみようか?」

「えっ? かなえちゃんから?」


 紅かなえちゃん。私達と同じ東中出身で高校は別々になった女の子だ
 彼女は今、中央高校に進学している。日景君達と同じ高校だ

 ちょっと、考えてしまう
 かなえちゃん、こういう話は苦手だったはず


「泉花ちゃん、ありがとう。でもかなえちゃんには訊かないことにする
 次に会うときは明るい話題にしたいって決めてて。だから、ごめんね」

「ん、わかった。それまでに変質者の問題、解決してるといいね」




















「せーとにゃーんっ!!」

「ひゃあっ」


 オカ研を後にして高校から出ようしたら、後ろからいきなり抱き付かれた
 び、ビックリした……。相手は誰なのかわかる。一個上の莉子(りず)さんだ


「お、お久しぶりです、莉子さん」

「千十にゃんほんとおひさだにゃ! 元気だったかにゃ?」

「な、なんとか」





 
723 :次世代ーズ 36 「聞き込み side.B」 8/13 ◆John//PW6. [sage]:2023/11/03(金) 22:08:08.23 ID:sOQ3PWjdo
 

 独特な語尾の人だけど、普段はあくまで普通で「猫を被ってる」状態らしい
 親しい相手の前だけ素の口調で、語尾に「にゃ」を付けて話す、そんな変わった人だ

 そして莉子さんも契約者だ
 特に中学時代は私も泉花ちゃんも、何度も莉子さんに助けてもらったことがある
 「こーはいを守るのは、あたしのミッションなのにゃ!」というのが莉子さんに言われたことだった


「実は千十にゃんが図書室でクマのぬいぐるみの変質者について、雪にゃんとみゆにゃんせんせーに質問してるのを聞き耳立ててたのにゃ!」

「えっ? あっ! い、居たんですか? 図書室に?」

「うにゃ、上の階から聞いてたにゃ。にゃーの耳は地獄耳なのにゃー」


 切り揃えた前髪を揺らして、内緒話をするように顔を近づけてくる
 ふわっと何か果物のような香りがした


「実は一週間くらい前、クマのぬいぐるみが東区の二丁目あたりを南区に向かって歩いてるのを見たにゃ」

「っ!? ほ、本当ですか!?」

「うん。でもそのときは、あたしもただぼんやり眺めてただけだったし、特に変態的なことしてるわけでも無かったから、単に見送っただけだったにゃ」

「東区の、二丁目ですね!? ありがとうございます、情報が全然なくて」

「でもにゃー。千十にゃん、そのときは単にそこに居ただけで、いつも出没する場所ってわけじゃ無さそうだにゃ
 それに、どうしてその変態ぬいぐるみのことを調べてるのかにゃ? なんか理由ありそうな気がしてにゃー。あたしで良かったら話聞くよ?」


 そう尋ねながら、私の耳元でふんふんと鼻を鳴らした。何だかくすぐったい
 莉子さんになら話しても大丈夫かな?


「それは……、実は私の友達がその変質者だって疑われてしまって。友達同士で険悪な感じになってるんです」

「にゃんと?」

「それで、その。友達の疑いを晴らしたくて情報を集めてたんですけど、あまり上手くいかなくて」

「そういうことならお任せにゃ! あたしが学校町のネコちゃんに訊いて回ってみるにゃ!」

「えっ、でも。そんな」

「いいのいいの、ここんとこずっと生活費のためにバイトに明け暮れてたのにゃ。心は砂漠にゃ
 ここらへんでちょっと猫になりきって心と体のお洗濯をしてくるにゃー、そのついでと思ってくれればいいにゃ!」

「あのっ、ありがとうございます……!」

「いいのにゃ! 千十にゃんのためなら頑張るにゃ!」

「あっ、でも、あまり無理はしないでくださいね……!?」

「にゃふふ……千十にゃんは優しいにゃー。バイト先も優しさ溢れる職場なら良かったのににゃー、あははー」


 ど、どうしよう
 見るからに莉子さんが落ち込んでるように見える
 目がすごいどんよりしてる……


「あたしの心配なら無用だにゃ! 千十にゃん、帰るときは安全な道を使って帰るのにゃ! じゃーねー!」

「あっ、り、莉子さん……!」


 莉子さんの体が私から離れた、その途端に
 莉子さんの姿が消えるようにいなくなってしまった。は、速い……!













 
724 :次世代ーズ 36 「聞き込み side.B」 9/13 ◆John//PW6. [sage]:2023/11/03(金) 22:09:36.51 ID:sOQ3PWjdo
 



 高校を後にして向かったのは、中央高校の近くにある落ち着いた雰囲気の喫茶店
 きっと忙しいと思ってダメ元で連絡を取ってみたら、「絶対に時間作る!」ってすぐに返事がきた

 少し申し訳ない、という気持ちと一緒に嬉しさも込み上げてきた
 一学期の頃も色々助けてもらったのに、その後ちゃんとお礼も言えてなかったから



「千十ぉ! こっちこっち!!」



 喫茶店に入るなり大声で私を呼ぶ声に、ビックリしてしまった
 相手は既に席を取っていた。約束してた待ち合わせの時間より30分も早いのに



「お久しぶりです、久慈さん」

「やあやあ、六月振りだったかぁ!? ちゃんとメシ食ってたか? 痩せてないかよ?」



 佐川久慈(さがわ くじ)さん、「組織」の黒服さんだ
 一人称が「俺」で、最初の印象は怖い人だったけど、すごく気さくで優しいお姉さん


 私は「組織」に所属している契約者
 といっても、自分が契約者だということが未だによくわかっていないんだけど


 最初の頃は「組織」がどういう組織なのか、とか
 他にはどんな人達がいるのか、とか
 私みたいな人もいるのか、とか、そういったこともわからなかった

 今では「組織」が人間社会で害のある都市伝説を退治する人達、というのは何となく理解してるけど
 例えば私と同い年の人達も所属してるのか、とか、そういうことは今でもよくわからない

 久慈さんに「組織」のことを色々聞いたら教えてくれそうだけど
 今日の大事な用事はそっちじゃない。しっかりしなくちゃ



「あの後から体に違和感残ったりとかしなかったか?」

「あっ、いえ。お陰様で、大丈夫です。はい」

「それなら良いんだけど、あのときは状況が状況だったろ? キルトさんは問題ないって言うけどさ、俺も一応心配してて
 あっ、そうだ! 七月にも変態とカチ遭ったって聞いたぜ!? そういうときは迷わず黒服を呼べよ!? 絶対遠慮すんじゃねーぞ!?」

「あのときはすぐ連絡しました、はい。あの後からそういうことには遭ってないから、多分大丈夫です」



 最初、「組織」の人達に声を掛けられたのは中学一年の頃だった
 お姉ちゃんはまさか芸能事務所のスカウト!? ってかなり警戒してたし
 説明を受けた後も、当時は「組織」が何をしている組織なのか全く理解できなかった
 お姉ちゃんは後から、「『七尾』のANクラスみたいに超能力かなんかの研究してる人達なんじゃない?」って言ってたけど

 結局、「学校町内で目撃した『都市伝説』と呼ばれる存在について、報告してくれるだけでいい」という内容で
 「組織」に所属することになったんだけど、所属してる実感なんて全くなかった

 お姉ちゃんが最初の職場でセクハラされてから、そこを辞めて新しいお仕事を探してる最中だったし
 報告すれば実績に応じて報酬金がもらえると聞いて、私も覚悟を決めて頑張った

 最初にお金が振り込まれたとき、お姉ちゃんと一緒にその額にビックリしたけど
 本当にこんなことでお金をもらってもいいのか、すごく不安だった
 それでも私が頑張らないと、そう自分に言い聞かせて、危険だと感じる場所に自分から足を運ばないといけなかった

 最初に声を掛けてきた人達――「黒服」さんは、こっちの質問には一切答えてくれなかった
 ただ一方的に不定期のメッセージ連絡を送ってくるだけで
 それも専門用語が多くて、その意味を何となく理解できるようになったのは大分後になってからだった



 
725 :次世代ーズ 36 「聞き込み side.B」 10/13 ◆John//PW6. [sage]:2023/11/03(金) 22:10:22.50 ID:sOQ3PWjdo
 

「店員さん、この子にホットケーキセットを! 俺は……エビピラフセットで! 悪い、昼食ってくる余裕なくって」

「わ、私は大丈夫ですから!!」

「遠慮すんなし! こういうときに他人の財布で一番高いもん頼むもんだぜ?」

「ああうう……」



 「都市伝説」
 黒服さんからその話を聞いたとき、多分アレかもしれないという感覚はあった
 アレ――「七尾」にいた頃は見なかったのに、学校町に引っ越してきてから急に見えるようになった、怖い影
 最初は影のような黒い塊だと思っていたけど、よく見るとまるで漫画や映画に出てくるモンスターのような存在だった

 私は最初、それがストレスの所為なんだと思ってた
 「七尾」の学校が急に閉鎖することになって、中学から学校町に引っ越すことになって
 環境が急に変わったからその所為で変なものが見えるようになったんだって、自分にそう言い聞かせてた
 お姉ちゃんには相談できなかった。お姉ちゃんもいっぱいいっぱいなのに、私のことで心配させたくなかったから



「俺はてっきりさぁ、千十に嫌われてるんじゃないかと思ってたんだぜ? 夏の間も連絡無かったしさぁ」

「あの、いえ、そういうわけじゃ……」

「冗談だよ! そういや『ラルム』のバイトは忙しいか? あんま無理すんなよ? 前も過労気味だって医者に言われてたしな」

「きっ、気をつけてますっ!」



 「組織」のお仕事もあって、「都市伝説」を目撃する機会はそれなりに増えていったけど
 最初の頃は自分から危ない場所に行かなければ、そういう怖い存在に遭遇することは無いって、そう思っていた

 危ないと感じる場所に行かなければ、危ない存在に出遭うことはない
 危険な場所や相手には、自分から近づかなければ、危ない目に遭うことは無いんだって、そう信じていた

 でも、違った
 この学校町に、安全な場所なんか無かった
 この学校町にいる限り、危険はすぐ隣にあるんだって、何度も思い知らされることになった



「『ラルム』の方にも顔出したかったんだけどなー、ちょっっっと、『ラルム』のメニューは高くってさ」

「あ、あはは……」

「だけど今日は俺が奢るからな! そう決めて来たんだ! あっそうだ、なんか追加で注文しときたいものってある?」

「へっ? あっ、あの、そんな。悪いです」



 学校町、そのなかを徘徊する「都市伝説」、そして学校町内に存在する「契約者」
 私は最初、自分が直感的に危険だと感じる場所にだけ、そういう存在がいるんだって、ずっとそう思っていた
 でもそれは間違いだった。私の通う中学にも「契約者」はいた。それも、何人も

 日景君、荒神君、獄門寺君、花房君、双子の広瀬さん、大門さん
 あのグループのことが、わけもわからず怖かった
 何より日景君、同じクラスにいるだけで震えが止まらなかった

 私はてっきり、自分の頭がおかしくなったんだと思った
 「七尾」から出て、学校町に来て、心が参っちゃったんだ、そう思って

 でもそうじゃなかった
 私は「都市伝説」や「契約者」のことが怖いんだって、後になって気づくことができた



「本当なら俺も今頃現場でバリバリ働いてたのかもしんないけどよ……」

「え? 何か、あったんですか?」

「別にそんな大したことじゃねーよ? えっと、実は俺、まだ新人研修中でさ、若葉マークが外れてねーんだよな……」

「あっ、もしかして、忙しいときに呼び出しちゃいましたか!? す、すいませ」

「ああ違う違う! 千十には感謝してる! 研修って息苦しいからこうやって外の空気に当たらねーと、ちょっとキツくて」



 
726 :次世代ーズ 36 「聞き込み side.B」 11/13 ◆John//PW6. [sage]:2023/11/03(金) 22:10:57.01 ID:sOQ3PWjdo
 



 お姉ちゃんと二人で「人肉ハンバーガー」の契約者に襲われたとき
 私達を守ってくれたのが「組織」の久慈さんと、キルトさんだった

 私が「組織」所属だと知った二人は色々と話を聞いてくれて、教えてくれた
 そのお陰で「都市伝説」が何なのかを、そして「契約者」や「組織」についてようやく理解できた

 「都市伝説」は人が今までに噂したりネットで一人歩きしてるような怪しい話が具体的な姿をとって現れたもので
 元の噂や話に由来するような不思議な力を持っていることがある存在

 そして「契約者」はそんな「都市伝説」と「契約」という関係で結ばれた人で
 「契約」による「拡大解釈」のおかげでより強力な不思議な力、「契約能力」を使うことができる

 「都市伝説」や「契約者」は普通の人間のように、良い人や悪い人もいて、なかには人間を襲うような危険な存在もいる
 「組織」はそんな危険な「都市伝説」や「契約者」を取り締まって、人間社会を混乱させないようにその存在を隠す仕事をしている

 私の理解が間違ってなかったら、キルトさんの説明はこんな感じだったと思う
 このお陰で、私が怖いのは「都市伝説」と「契約者」だったんだって、ようやく気づけた



 学校町に来てからは「都市伝説」や「契約者」に怯えてばかりだったけど
 慣れない学校町での中学生活で、私に声を掛けてくれたのがアヤちゃんや、一葉さんと咲李さんで

 確かに中学のなかにも「契約者」はいたし、私は怖がってばかりだったけど
 「都市伝説」に追いかけられてたとき、一緒に逃げてくれた泉花ちゃんや、私達を守ってくれた莉子さんのことは怖くなくて

 普段の生活のなかで、「組織」のお仕事のなかで、恐ろしい「都市伝説」や「契約者」に遭遇することもあったけど
 そんなとき私やお姉ちゃんを助けてくれたのが、「組織」の久慈さんとキルトさん、そして隣町の下着屋さんの店長さんやクロワさんで



 思い返せば、学校町に来てからもずっと、誰かに助けてもらいっぱなしだったな



 勿論、怖がってばかりじゃいられないって、勇気を振り絞ることもできて
 日景君達のことを怖がってばかりじゃ、相手に対しても失礼だなって思って
 少しでも慣れることができるように挨拶から始めて、声を掛けるのを頑張ろうって目標を立てたり
 それが原因で女の子達から勘違いされたり、アヤちゃんから「アイツらのことは気にしない方がいいって!」って言われたりしたけど

 それに、「都市伝説」や「契約者」のことを知って、他にも気づけたことがあった
 「七尾」にいたとき、私を助けてくれた男の子、脩寿くんも「契約者」だったんだ、ってことにそのとき気づいた
 そのことに気づけたとき、私は少しだけ――ほんの少しだけ、だけど、怖さが和らいだ気がした





「おっ来たぞホットケーキ!」



 店員さんが持ってきたのは、「ラルム」でお出しするような小さいふわふわしたパンケーキではなくて
 フライパンで焼き上げたような、大きくて何枚も重ねられた、そんなホットケーキだった



「おう遠慮すんな食え食え、千十はもうちょっと食った方がいいぞ? あっ、俺のも来たな」

「うう……、すいません。頂きます」



 久慈さんに満面の笑顔で勧められると、断れない
 うう、こんなに食べたら、もう夕飯は要らないかもしれない





 
727 :次世代ーズ 36 「聞き込み side.B」 12/13 ◆John//PW6. [sage]:2023/11/03(金) 22:11:41.75 ID:sOQ3PWjdo
 



「んうむ、そういや千十。キルトさんにも言われて確認しておきたいことがあってよ」


 サラダを食べ終えた久慈さんに質問された


「千十の担当黒服って――あの、携帯でしか連絡してこない奴な。最近は何か連絡してきたか?」

「いえ、それが……。四月以降はずっと何の連絡もなくて」

「そっか、やっぱり」


 担当の黒服さん、多分最初に私をスカウトしてきた人達だと思う
 あの人達は最初に会ったきりで、それ以降は携帯の一方的な連絡以外にやり取りがない
 私はこういうものなのかなって、ずっと思ってたけど、キルトさんが言うには「ありえないレベルで不審すぎる」らしい

 久慈さんも難しい顔してるし、どうしよう


「本当は口止めされてるんだけどさ、千十の状況はちょっと良くないらしくて
 あっ! 良くないってのは担当黒服の方な! 千十自体に問題があるわけじゃねーからな?
 で、まあ、とにかく状況が良くなるように、裏でキルトさんとか上司が動いてるみたいで、もう少しの辛抱だからな」


 状況が良くないってどういうことなんだろう
 漠然とした不安はあるけど、正直今の担当の黒服さんはこっちが聞きたいことにも答えてくれないから
 今の状況が良くなるんなら、その方がいいのかもしれない

 って、自分のことばかり考えてたけど!
 今日の用事はそっちじゃない! 久慈さんにも変質者のことを確認しなくちゃ!

 思わず周囲を見回す
 けど、今の時間帯は私達しかいないみたいで店内が空いてる
 このお店は「組織」関係の人がよく利用するお店で、ちょっとした会議とかにも使われるらしい
 だから、都市伝説関連の話をしても――無関係のお客さんとかに聞かれない限りは――大丈夫らしい


「あの、久慈さん。実は今日は、私からも確認しておきたいことがあって
 最近学校町に出没してる変質者のことなんですけど
 クマのぬいぐるみを操作する契約者みたいで、なにか目撃情報とか不審者情報とかって『組織』で把握してませんか?」

「えっ? 何だって? クマの、ぬいぐるみ?」


 私は問題の変質者の特徴を久慈さんに説明した
 変質者が契約者なら、「組織」で何か情報を掴んでるかもしれない
 そんな感じで当たりをつけてみたんだけど



「ちょっ、っとそういう話を聞いてねえや」


 久慈さんは知らなかったみたいだ
 ……ど、どうしよう


「キルトさんとか――外回りの黒服なら何か知ってるかもしれないから、後で確認しておくな」

「すいません、お願いします!
 実は友達がその変質者に襲われたみたいで、それで別の友達が変質者じゃないのかって疑われてて
 友達同士で険悪な状況になっちゃってて……、それを早く解決したくて、早く真犯人が捕まってほしくて」

「はぁっ!? 今そんなことになってんの!? オーケー! 事情はわかった! 俺に任せろ!
 夜になるかもしんねーけど、必ず連絡するからな! ……ところでその友達って、二人とも契約者?」

「えあっ!? あっ、それは、その」

「ああいや! 答えづらいなら無理して答えなくていいから! 千十には『組織』のこと嫌いな友達も居んだろ?
 俺も『組織』のことは正直嫌いだから気持ちはわかるし、その子のことかちょっと気になっただけだから!
 でもこのクマのぬいぐるみの変質者って奴ぁ相当ヤバそうな感じするな、とっとと捕まえねーと」


 
728 :次世代ーズ 36 「聞き込み side.B」 13/13 ◆John//PW6. [sage]:2023/11/03(金) 22:12:28.13 ID:sOQ3PWjdo
 

 ちょっと待ってろ、久慈さんはそう言うと自分の携帯を引っ張り出して物凄い勢いで操作し始めた
 久慈さんに負担を掛けることになるかもしれない、けど私も退けない

 脩寿くんとありすちゃんがあんな風にぶつかっちゃうなんて思ってなかったから、早く問題が解決してほしい
 せめて、脩寿くんが犯人じゃないってはっきりすれば、ありすちゃんも納得してくれると思うから

 ありすちゃんには前々から「『組織』に自分のことは秘密にしてほしい」って言われてたから
 今までも久慈さんにはありすちゃんのことを伏せているし
 久慈さんも気を遣ってくれたのか、ありすちゃんのことを「匿名希望の『組織』嫌いな契約者」として理解してくれた

 脩寿くんはどうなんだろう
 「組織」に脩寿くんのこと、伝えても大丈夫なのかはまだわからない
 脩寿くんに前もって相談しておけば良かったかな。ちゃんと確認できるまでは伏せておこう

 今夜にでもメッセージか電話で私のことを話しておいた方がいいかな
 ……ううん、やっぱりまた会えた時に直接話そう
 携帯越しだと上手く説明できる自信ないし

 今までずっと、脩寿くんのことを片想いしてきたけど
 私、脩寿くんのことを何も知らないや
 私のことも、何も伝えられてないや



「うっし、キルトさんにメッセ打っといた! あでも今ちょっと会議中だから返事は遅くなるかも」

「すいませんありがとうございます!」

「しっかしそうなってくると、俺もそろそろ外回りに入れるように手を打たねえとなー
 ……いっそのことミッペのグループに混じって警邏した方がいいかな? いやとなると教官の目を誤魔化さねーと」

「あっ、あのっ、無理はしないでくださいね……!?」

「千十は心配すんなって! こういうときこそ『組織』が動くときだからな!
 それに俺が捕まえた方が却って長引いた研修が終わりそうな気がしてきたぜ!!」



 そう言いながら大きく伸びをする久慈さんを見ながら
 退けない思いと、やっぱり申し訳ない思いがぐるぐる渦巻いた


 ごめんなさい、私に戦う力があったらもっと協力できたのに


 もう少しで喉から飛び出しそうになったその言葉を
 すんでのところで飲み込んだ

 だって
 もうそれはずっと前に、零してしまった言葉だから


(そんなこと言うんじゃねーよぉ! 千十は感知担当! 実力担当は俺ら黒服! 適材適所ってやつだよ!! 気にすんなって!!)


 そして、そのとき
 久慈さんには、そう返されたから


 だから、結局久慈さんには甘えてしまう形になったけど
 私は、私のできることをやっておきたい

 私はいつも助けられてばっかりだから
 せめて、こういうときだけでも誰かの力になりたい
 そしてきっと、これが「組織」所属である私にできることだから

 だって
 都市伝説を前にして、怖がったり怯えたりするだけの自分は、もう嫌だから

 それに
 ううん、それ以上に

 小さい頃からずっと好きだった男の子の前では、少しだけでも胸を張って話せる自分でいたいから









□□■
729 :次世代ーズ おまけ 1/2 ◆John//PW6. [sage]:2023/11/03(金) 22:13:58.19 ID:sOQ3PWjdo
 



@猫ちゃん聞き込み💓 ニャンニャニャン💓


りず「よっし! それじゃーさっそく聞き込みをやってくにゃー!」
りず「頑張るにゃ!」 ニュニュニュ.... ☜ 頭頂から発現するふわふわの三毛耳と、スカートを際どく持ち上げながらスルッと現れる三毛模様な猫しっぽ

りず「あっっ! あそこにいるのは中学校辺りを縄張りをしてるボスにゃんじゃないかにゃ」
りず「これは幸先よさそうにゃ💓 さっそくとつげきにゃー!!」



Aボス猫突撃💓 ニャニャニャニャン💓


ボス「久しいな、ヒト混ざりのメス猫よ……」 ☜ 超低音ボイス
りず「ボスにゃん! おひさだにゃ! 今日はちょっと訊きたいことがあって来たのにゃ!」

りず「かくかくにゃんじかでー、二足歩行するクマのぬいぐるみを見なかったかにゃー?」
ボス「ヒト混ざりのメス猫よ……、俺に何かを要求するならば……!」

ボス「対価を! 支払うのだ!!」 バァァァァン!! ☜ 超低音イケメンボイス

りず「もちろんそれなりの見返りはあるにゃー! ちょっと待って……」 ゴソゴソ


りず「なんと! 高級グレードのちゅーるだにゃ!!」 ジャーン!!

ボス「ほう……、話がわかるようだな……」


ボス「最初に言っておくが、俺はそのクマのぬいぐるみを見ていない」 ハフハフッッ ペロペロッッ
りず「えぇー!? 見てないのぉー!?」 ☜ ちゅーる絞り出し係
ボス「だが……ウマイ、他の猫が、東区で、ウマイ、奇妙な契約者を見た、と……アアウマイ!!」 ペロッペロペロッッ
りず「奇妙な契約者?」
ボス「うむウマ、黒い触手のようなものを、ウマッ、操る不審者だったそうだ、オオウマイ……」 レルレルレルッッ
りず「黒い触手……」
ボス「脇に、テディベアを抱えていたそうだ……ウッウマイ!!」 ハァッハァッッ

りず「!? ほんとかにゃ!? そっ、それはどこで!?」
ボス「東区の、二丁目あたりだウマイ、奴はおそらくアアウマイ……東区から、南区にかけてをウマ、縄張りとしているウマイッッ!!」 ニャァァァァ ガジガジガジッ
りず「やっぱり東区二丁目……あの辺りかぁ」
ボス「ふう、堪能したぞ……」

ボス「俺はもう往かねばならん。さらばだヒト混ざりのメス猫よ、縁があればまた会おう」

りず「ボスにゃんありがとにゃー! ……となると、前にあたしが見たところからほとんど移動してないってことかにゃー……?」



B道行く猫にも💓 フニャフニャン💓


 於 学校町 東区 二丁目


りず「というわけで二丁目に来たにゃ! ここはお日さまのあるうちから静かな住宅街にゃ」
りず「静かといっても住宅街だから、人の目はあるのににゃー……」
りず「こんなところで不審行為をしてたとしたら、かなり大胆な変質者だにゃ」


りず「あっ! ネコちゃん発見にゃ! 見ない顔だにゃー、でもとつげきしてみるにゃ!」


りず「あのー、ネコちゃーん。今ちょっといいかにゃー?」
ネコ「フオッ? ニャアアア??」

りず「聞きたいことがあるにゃ。二足歩行するクマのぬいぐるみを探してるんだけど、この辺りで見なかったかにゃ?」
ネコ「ニャァァァアアアオゥゥゥゥッッ!?!?」 フシャァァァァァァッッ!!

ネコ「噂には聞いていたが……っ! ヒト混ざりのメス猫が本当にいようとはな……っ!!」 ☜ 全身の毛を逆立てて警戒

りず「ええっ? あたしのこと噂になってるのかにゃ?」

ネコ「即刻消え去るがいい!! この混ざりモノめがっ!! あまりの気持ち悪さに反吐が出そうだわっっ!!」 ギシャァァァァァァッッ!!
りず「きっ!? 気持ち悪くなんかないよ!?」

ネコ「呪いあれ!! ヒト混ざりのメス猫に呪いあれぇーっっ!!」 ダッッッ ☜ 全速力で脱走
りず「あっ!! 待つにゃ!! あたしの話を聞いてにゃー!! 待ってよー……!!」


 
730 :次世代ーズ おまけ 2/2 ◆John//PW6. [sage]:2023/11/03(金) 22:14:47.90 ID:sOQ3PWjdo
 



C猫じゃ猫じゃ💓 と仰いますが


 於 学校町 南区


りず「二丁目辺りで粘ってみたけど……、散々だったにゃー」
りず「あの後もなぜかネコちゃんたちに警戒されたにゃー」
りず「なんでにゃー……、今までこんなことなかったのにー……」 ションボリ...

茶猫「東区のあたりはー昔っからプライド高いというかー、こっちとは違う気質のネコが多いからねー」 ムニャ...
茶猫「最近は 『狐』 の影響なのかー、他所からも学校町に入ってきてるネコも増えてるみたいだしー」 ゴロゴロ...

りず(『狐』……、アレの行方も気になるにゃ。また戻ってきてるって話は耳にしたけど……)

妻猫「りずちゃん元気出して。それで誰を探していたのかしら?」
りず「んあっ!? ああ……、二足歩行するクマのぬいぐるみだにゃ。ちょっとした変質者っぽくて、色々あってマークしてるのにゃ」

妻猫「それって……」 ☜ 旦那さんの猫ちゃんの方を見る
夫猫「多分アイツだな」 ☜ 奥さんの猫ちゃんの方を見る

りず「!? 見たことあるにゃ!?」
夫猫「最近になって東区から南区にかけてを徘徊してるコートの不審者だよ」
妻猫「契約者なんでしょう……? 雰囲気が普通の人間じゃなかったわ」
夫猫「クマのぬいぐるみを持っているようだが、周囲の人間は不思議と気にしていなかったな……。恐らく『角隠し』か何かの結界を使っているかもしれない」
りず「ほんとかにゃ!? これは大収穫だにゃ! ありがとにゃ!! やっぱり持つべきものはネコともだにゃー!!」

夫猫「でも注意した方がいい。ヤツは並の契約者とは異なる、異様な雰囲気を纏っていた」
りず「異様な雰囲気……」
夫猫「恐らくまだこの近辺に潜伏しているかもしれない。日没前後にしか姿を見せないんだが」
妻猫「誰か人を探している様子だったわね」
夫猫「りず、戦う気か? お前が強いのは知っているが、悪いことは言わない。ヤツに限っては避けた方が良い」
りず「そんなにヤバいヤツなのかにゃ……!?」

りず「オッケーにゃ! こーはいにも注意するように言っておくにゃ」
茶猫「それがいいよー、『賢き猫、危うきを冒さず』って昔っから言うからねー」 ムニャー...

妻猫「そういえばりずちゃん、今日もお仕事なんでしょう? 時間は大丈夫かしら?」
りず「そうだったにゃ……、もうすぐ人間砂漠のバイトが始まるにゃー……」
妻猫「うふふ、りずちゃん頑張って」
りず「みんな、ありがとにゃー!!」



りず(クマのぬいぐるみの行動範囲は東区二丁目から南区にかけてでほぼ確定だにゃ)
りず(バイトで心も体も潰れる前に、せとにゃんに連絡入れるにゃー……!)
りず(もうひと頑張りだにゃー) ☜ 使い古しの携帯を取り出す


















□□■
731 :次世代ーズ ◆John//PW6. [sage]:2023/11/03(金) 22:20:10.04 ID:sOQ3PWjdo
 

●南区商業高校の登場人物

 波越 沙也花(なみこし さやか)
   商業一年、早渡クラスの委員長
   女子レスリング部所属

 戸塚 銀士(とつか ぎんし)
   商業一年、早渡と同じクラスで部活はしていない
   映画マニアで、校外の映画評論サークルに属している

 藤巻(ふじまき) / 吉岡(よしおか) / 水谷(みずのや) / 秋山(あきやま)
   早渡と同クラス、このうち藤巻と水谷は東中出身
   秋山は東中出身ではないにも関わらず、中央高校の荒神憐と日景遥に並々ならぬ関心を抱いている

 敷嶋 敏己(しきじま としき)
   早渡とは別クラス、東中出身
   高校進学後に幼馴染の多崎京と付き合い始めた

 兒玉 金治(おだま きんじ)
   商業高校の生徒指導担当、教科は世界史

 赤星 嘉主馬(あかぼし かずま)
   商業高校の生徒指導担当、教科は女子体育
   ギャグ枠、商業の男子生徒から危険人物扱いされている

 多民沢 丞(たみざわ たすく)
   商業高校の教諭、教科担当は古文・漢文
   どこを見てるのか分からない顔つきが特徴
   「組織」Tナンバー関係者ではない



●東区高校の登場人物

 茅部 綾子(かやべ あやこ)
   千十、ありすと同じクラスで東中出身
   名前で呼ばれるのを嫌がり「かやべえ」と呼んでもらいたがる

 蒜山 宇女(ひるぜん うめ)
   千十、ありすと同じクラス
   ありす、かやべえからは「ヒル山(ひるやま)」と呼ばれる

 真庭 栞(まにわ しおり)
   千十、ありすと同じクラスで出身中学は学校町外
   かやべえ、ヒル山、栞は大抵一緒にいる

 小野木 雪子(おのぎ ゆきこ)
   東高の二年で東中出身の眼鏡さん
   図書委員で、誰が呼んだか「図書室の番人」

 御小柴 みゆ(みこしば みゆ)
   東区高校の教諭、担当教科は古文
   同校のOGで、元オカ研所属の現オカ研顧問
   「組織」Mナンバー関係者ではない

 泉花(いずか) / すずな
   千十、ありすとは別クラスの一年
   二人ともオカ研部員、泉花は東中出身で契約者

 足助唄(あすけ うた)
   千十、ありすとは別クラスの一年
   オカ研部長で契約者

 莉子(りず)
   東高二年で東中出身、契約者
   苗字で呼ばれるのを嫌がり名前で呼んでもらいたがる
   クラスメイトの前では普通に話すが、親しい相手には「〜にゃ」の語尾が出る

 多崎京(たさき きょう)
   千十、ありすとは別クラスの一年で、東中出身
   幼馴染の敷嶋敏己のことがずっと好きだったが
   進学する高校が別と知ったときはショックを受けた



●「組織」

 佐川 久慈(さがわ くじ)
   「組織」Pナンバー所属の黒服
   ちょうど千十が中学一年の頃に「組織」に加わったのだが
   未だに研修期間中の新人扱いをされている

 
732 :次世代ーズ ◆John//PW6. [sage]:2023/11/03(金) 22:20:59.41 ID:sOQ3PWjdo
 

花子さんの人、そしてはないちもんめの人に謝意を表します orz

そして、マジカル☆ソレイユのリスペクト元は単発「魔法少女マジカルホーリー」と以前告白しましたが
今回初出となるオカ研部長の「足助唄」は、次世代ーズが「都市伝説」スレにはじめて来た頃に投稿されていた
西区工業高校を舞台とした作品「噂をすれば」に登場する、「足助透」氏から姓を拝借しました
この場を借りて謝意を表します…… orz

世間的には三連休ですが、次世代ーズは土日お仕事です
せめて37の「組織」サイドの掌編までは投下したかった

 
733 :次世代ーズ 37 「事前準備」 1/5 ◆John//PW6. [sage]:2023/11/15(水) 21:43:03.34 ID:/8cLRL+Ao
 



 淹れたばかりのコーヒーを啜り、カップを脇に置く
 嘆息が漏れるのはこれで何度目だ、まったく


 「組織」Pナンバー所属、“メイプル”は今、自分のデスクで頭を抱えていた


 悩みの種は現在手元にある二通の書類だ
 一通は「組織」所属の契約者に関するもので、もう一通はPナンバー所属の、自分の部下でもある黒服に関するものだった

 暫く目頭を指で押さえていたメイプルは、観念したように書類の一通へ再び視線を向けた

 不安そうな表情が如何にも気の弱そうな印象を与える、そんな少女の顔写真の横には「遠倉千十」と印字されている
 メイプルはこの契約者の処遇について、直属の上司から判断を委ねられていた
 無茶振りにも程がある、そのうえあと数時間で答えを出さなければならない





 Pナンバーが彼女の存在を把握したのはおよそ三年ほど前の話だ
 遠倉千十、そして彼女と同居する義姉が、悪意ある契約者数名に襲われかけていたところを保護したことが切っ掛けだった
 当時彼女らを保護したのはPナンバーの“キルト”と、「組織」に加わって間もない新人研修中の佐川久慈だ
 そして遠倉千十が都市伝説契約者であったため、Pナンバーで事情聴取を実施することになった

 その際、遠倉千十自身の申告により彼女が「組織」所属であることが発覚する、のだが
 彼女は自分自身が契約者である自覚もなく、そして何と契約しているのかも不明だという状況だった
 自分が契約者であるという申告も、その実、遠倉千十を勧誘した「組織」の黒服からの受け売りに過ぎないという
 基本的に契約者にとって初契約時のエピソードは比較的重要なものとして記憶に銘記されるはずだが、遠倉千十にはそういった記憶がなかったのだ

 加えて、遠倉千十は自身が「組織」所属と申告したものの、所属部署や担当黒服については「わからない」と回答した
 その代わりに彼女は携帯に登録されていた担当黒服の連絡先やアカウント情報を提供した
 そこから「少なくとも『組織』で使用されているであろうアカウントである」ことは確認できた
 しかし、当時はそれ以上の情報がまったく出てこなかった

 この時点で聴取を担当したキルトと、情報の裏付けをおこなったPナンバースタッフの疑念は、「一旦様子見で済ませる」というレベルを軽く超えていた
 彼女の申告した情報から一応「組織」所属と思われるが、どの部署に属しているのか、そもそも本当に「組織」所属なのかはっきりしなかったからだ
 当然、遠倉千十という存在と彼女の置かれた状況についてはPナンバー管理者らにも報告が上がり調査の対象となった



 調査のうえで明確にすべきは二点あった
 「組織のどの部署所属なのか」、そして「何の都市伝説と契約しているか」である



 まず「遠倉千十が『組織』のどの部署に所属しているのか」について
 繰り返しになるが、先の事情聴取から彼女の申告、そしてそこから推察できる状況を見るに、非常に不明瞭な点が多すぎた
 キルトが初期の段階で提示した疑念、つまり「遠倉千十は『組織』暗部で利用されているのではないか」という点を早急に払拭する必要がある
 仮に暗部で利用されているとすれば、「組織」としては迅速に暗部の活動を捕捉し、同時に遠倉千十の身柄保護に動かなければならない

 最初期の調査で彼女がPナンバー所属ではないことは明確になった
 続いて実施されたのは「組織」所属契約者データベースでの照会だ

 「組織」内で穏健派が優位に立ったことで
 これまで、特に過激派・強硬派のなかで常態化していた、所属契約者を巻き込んでの不正や規定違反行為ができないように穏健派は次々と手を打った
 「組織」所属契約者データベースの整備もその一環だ
 これは「組織」所属のすべての契約者を一元的に管理することを企図したものだ
 情報の閲覧にはセキュリティクリアランス、権限がなければアクセスできない規制は存在するものの
 「組織」への所属自体を隠蔽したり欺瞞工作を施したりすることが実質不可となったのだ

 では遠倉千十の情報はというと、データベース上でヒットしなかった
 といってもここまではさほどおかしい話ではない
 彼女の所属情報にプロテクトが掛けられている可能性はあるし、そもそもこのデータベースは未だ整備中のものだ
 「組織」内には様々な事情でデータベースへの反映が遅れている部署もあれば、データベースへの登録を渋る部署も存在する

 というわけで、ここからはやや強引な手段に出ることになった
 具体的には、別のナンバーへ秘密裡に協力を取り付け「組織」内全データベースへの全文検索を実施することになった
 しかし当時は「狐」の捜査――学校町の東区中学で生徒連続自殺を引き起こした、あの悪夢のような事件の後の話だ――や
 その後の余波と思われる事件の処理等で、どのナンバーもその対応に追われていたため、調査のための根回しに存外な時間を要した




 
734 :次世代ーズ 37 「事前準備」 2/5 ◆John//PW6. [sage]:2023/11/15(水) 21:44:36.23 ID:/8cLRL+Ao
 

 紆余曲折ありながらも、全データベースへの検索調査をおこなったところ
 件の所属契約者データベース上に、未公開設定の、下書きのまま放置されたと思しき遠倉千十のプロファイルが発見される
 といっても、顔写真画像と氏名、連絡先情報、身体情報、口座情報のみが記載されたあまりにも簡易なもので、意図的とも思われる情報未登録も目立った
 なお、プロファイルのフォーマットは強硬派で利用されているそれと一致していたため
 上位管理者経由で強硬派に照会を掛けたが、強硬派担当からは「こちらには遠倉千十なる契約者は所属していない」という回答が寄越された


 ここまでの調査経緯を踏まえ、遠倉千十の置かれた状況についてPナンバー管理者らが推測したのは次の2パターンだ
 まず、@穏健派の秘密部隊で遠倉千十が運用されているパターンである
 しかしこれはありえない話で、間もなく候補から除外された
 何故なら、仮に穏健派所属ならば件のデータベースに登録自体はされているであろうし
 それ以上に、Pナンバーが独自調査を始めた時点で、より上位の立場から直接的なストップが掛かるはずだ
 そして今回そういった横槍は発生していない

 続いて考えられたのは、A「組織」暗部関連で遠倉千十が運用されているパターンで、管理者らはこちらの可能性が高いと判断した
 そうであるならば、彼女の境遇を放置することはあまりにも危険すぎる
 加えて仮に暗部所属であった場合、問題なのは彼女を勧誘した動機が不明であることだ
 現在進行中のなんからの実験に巻き込まれている、という線も否定できない
 これらの潜在的リスクを踏まえ、管理者らは遠倉千十の身柄を一時的にPナンバーで預かることとした

 無論、遠倉千十の所属部署の特定と並行して、担当黒服特定の調査も進められていた、が
 通信ログや通話記録から情報を洗い出したものの、「組織」の規定とは異なる暗号化が施されていたり
 担当黒服に関するアクセス情報が空白と化していたりと、担当黒服ならびに所属部署の特定は困難を極めた
 意図的な情報隠蔽がおこなわれたのではないか、という声も上がったが、真相は未だに闇の中だ
 いずれにしてもこの不可解な状況が明らかになったことで、遠倉千十の勧誘に暗部の関与があったことが疑われる事態となった

 ひとまず遠倉千十はPナンバーで保護しつつ、問題の担当黒服から彼女に送付される連絡はすべてモニタリングされることになった
 その解析を進めることで担当黒服と部署の特定を試みているが、現在に至るまで目立った成果は上がっていない
 これ以上の決定的証拠がないため、現状「彼女を勧誘した担当黒服と部署は不明だが、暗部が関与している可能性が高い」とみなされている



 続いて「遠倉千十が契約している都市伝説は何か」についてだ
 最初期の事情聴取の後、この点についても簡易的な調査が実施された、が
 彼女は待機出力が低すぎる――要は契約者としての気配があまりにも薄すぎるのだ
 当時、自分は契約者だと自信なさげに申告する遠倉千十を観察したキルトは申告そのものを疑っていたし
 現に調査を担当したPナンバースタッフ内にも、果たして彼女は本当に契約者なのか、という疑念の声を上げた者もいた

 この時点では、契約都市伝説の特定には至らなかったし、特定する必要性も薄かった
 初期の頃は彼女がどの部署に所属しているのか不明であり
 こちらで勝手に検査を進めると、彼女が所属している部署から干渉と捉えられる恐れがあったためだ
 加えて、彼女は契約者としての気配が薄すぎるため、特定には精密な検査と長時間の拘束が必要になる
 一応、簡易検査によって少なくとも彼女は都市伝説ないし契約者による精神干渉や洗脳施術を受けていないことは確認できた
 また、彼女は「組織」への不安感、もしくは不信感を抱いている印象があったため、遠倉千十への負担も考慮し一旦保留扱いとなった

 再調査の必要性が高まったのは遠倉千十の所属、つまり彼女を勧誘してきた担当黒服の所属が「組織」暗部ではないか、という疑念が生じて以後だ
 「暗部」による勧誘の動機が彼女の契約都市伝説にあるのならば、Pナンバーとしてもその詳細を正確に把握しておく必要があった

 だが、この段階で待ったを掛けたのがキルトだ
 曰く、遠倉千十は未だに「組織」に警戒感や不安感を抱いており、無理に調査を強硬すればこれまで築いてきた関係が壊れる可能性もある
 精密な調査は一定以上の信頼を構築してからの話で現段階では時期尚早だ、とこのように主張してきたのだ
 確かに報告によると、遠倉千十は「組織」に――というより、厳密には都市伝説や契約者、そして黒服という存在に――恐怖感を抱いているようだった
 そうであれば、彼女を安心させたうえで協力を取り付けるのが筋だろう、ということでPナンバーの幹部らも一応それに合意した


 以上の経緯があり、遠倉千十に対する精密調査は延期となり、信頼関係の構築はキルトら現場の黒服に一任されることになる
 これ以上の調査は当分先の話になると思われたが、事態が大きく動いたのは今年の六月に差し掛かった頃だ
 遠倉千十のバイト先が呪詛汚染の被害に遭う事件が発生し、特に彼女が強い影響を受ける事態となった
 この事件そのものについては割愛するが、呪詛汚染は人為的なもので未だに犯人は捕まっていない
 ともかく、遠倉千十は「組織」の管轄する病院に搬送され除染治療を受けることになったが
 これこそ彼女の精密検査を実施するのにまたとない機会であると判断したPナンバー管理者により、彼女の治療と検査は同時に進められることになった

 集中的な専門検査に掛けた結果、遠倉千十は高い確率で現象型「トイレの花子さん」と契約していることが判明する
 それと同時に、彼女は非常に稀な「先天性能力発現不良」であることも発覚した
 先天性能力発現不良――非常に低い確率で「契約自体はできるが」「能力が発動できない」という先天的欠陥が発生することがあり、彼女はそれに該当する
 検査担当者は「欠陥というよりも、これはもはや才能の領域」とコメントしたが、決して肯定的に評価できるものではない
 要するに遠倉千十は契約者であるため都市伝説的な影響を知覚可能な状態だが、能力を扱えないため都市伝説や契約者に対抗する術がない
 おまけに契約による身体能力の向上も見られず、唯一彼女が得られたのは都市伝説的存在の感知が並の契約者に比して鋭敏という点のみだ

 先に触れた遠倉千十を勧誘した担当黒服に関する疑念も踏まえて総合的に検討すると
 「組織」暗部が稀少な彼女の体質を利用して何らかの実験を進めているのではないか、という疑念を抱いたPナンバー管理者は
 改めて遠倉千十の身柄をPナンバーで一時保護することにしたのだ




 
735 :次世代ーズ 37 「事前準備」 3/5 ◆John//PW6. [sage]:2023/11/15(水) 21:45:32.47 ID:/8cLRL+Ao
 



 そして話は現在に戻るのだが、上司から“メイプル”に振られたのは
 このまま遠倉千十を正式にPナンバー所属として本決定しデータベースへ登録するか判断せよ、というものだった

 頭痛の種はそれだけではない
 上司はこの話と同時に、Pナンバー内に蠢く不穏な影についても話を振ってきたのだ



 Pナンバーは歴史的経緯から「瑕疵ある穏健派」と呼ばれていた
 かつて過激派・強硬派が優位だった時代「ダークエイジ」の頃に、Pナンバー内の一部が独走した挙句
 過激派・強硬派の一部と結託して、「組織」に対する背任を働くという暴挙に及んでいたのだ

 当然、背任が発覚した当時の管理者とその関係者は厳重に処罰され
 穏健派が形勢を逆転しつつあった頃に、Pナンバー内一桁ナンバーを一新して新体制へ移行
 そのうえで信頼回復に向けて全力を傾けることになるのだが、現在に至るまで完全な回復には至っていない状況だ
 要するに「組織」上層部において、Pナンバーの地位と発言権は低くはないものの、決して高くもないのだ

 これがPナンバーが現在においても「瑕疵ある穏健派」と呼ばれている所以なのだが
 その現在においてもなお、Pナンバーの黒服のなかに未だ暗部と繋がりのある者が存在すること、そして
 近頃になってそうした黒服が不穏な動きを見せていることが、内部調査により明らかになったのだ

 穏健派が「組織」内で優位になっていくのと同時に、「組織」暗部はより地下へと潜伏していった
 この所為で暗部の凶行が過去に比して一段と陰湿化、隠匿化していると言われている
 尻尾が掴みにくくなった暗部を捕捉するため、現段階では暗部との繋がりが疑われる黒服を敢えて泳がせているようだが


(遠倉千十をPナンバー所属としたとすれば、暗部とパイプのある黒服が接触してくる恐れは十分にあるぞ)


 上司から告げられたその言葉は、もはや脅迫にしか聞こえなかった
 遠倉千十をPナンバー所属にしたとしても、そうした黒服により彼女が暗部へ引き込まれるリスクは払拭できない、というのだ


「じゃあどうしろってんだよ……」


 Pナンバー以外の部署に所属させる、という手もあったが
 そうするとどの部署が安全なのかという話になるし、穏健派内であっても暗部と繋がりのある黒服が接触してくるリスクは依然として存在する


 この時点で、メイプルの頭は既に茹で上がっていた
 回答の期限は刻一刻と迫っているものの、具体的な案がまとまらない


 しばらくの間メイプルは両手で顔を覆っていたが、焦りを振り切るように顔を上げるともう一つの書類を睨みつけた
 不貞腐れたような仏頂面にダブルピースを添えた、そんな女の顔写真の脇には「佐川久慈」と印字されている
 そう、コイツが頭痛の種その二、部下であり問題児でもある未だ新人の黒服だ





 佐川久慈、裏社会では名の知れた長野の「飯綱使い」、名家佐川家の令嬢
 ……令嬢と呼べば多少聞こえはいいが、この佐川久慈に関してはとんだ問題児だった
 いや個人的には自爆バカと呼びたい。正面から突っ込むのが大好きな戦闘スタイル、単純バカな性格、そして独断で独走する傾向
 未成年だった頃のメイプル自身に非常によく似ている、という点はもう棚に上げる

 佐川久慈が「組織」に加入したのはおよそ三年前
 件の遠倉千十が中学一年生として東区の中学に入学した――奇しくも「狐」が学校町で凶事を引き起こした、あの――年だ
 久慈自身も「飯綱使い」、つまり「管狐」と契約した能力者だったのだが、無謀にも高位霊格の「管狐」と追加契約を試みたことで黒服へと変貌したらしい
 現役の「飯綱使い」であり佐川家の当主である彼女の高祖母から「力に溺れるなどとは末代までの恥」、そして
 「己の自業自得で黒服と成り果てたのであれば、せめて『組織』で修行を積んで心身を戒めるべし」と言い渡され、佐川家から勘当されたのだ
 不幸中の幸いというべきか、本人の地力が高いためか悪運が強い故か、黒服に変貌する以外のペナルティは免れたようだ

 こうして「組織」へとやってきた久慈はPナンバー所属が決定した後、多くの新人黒服と同様に教育部門で新人研修を受講することになる
 根が単純っぽいのでまあまあ御しやすい、新人研修担当の黒服は当初そのように見ていた、のだが
 先輩黒服と組んで実施される現場研修の段階で、久慈の問題行動が次々に露呈することとなった

 元々久慈の「管狐」は占術や読心、呪詛、呪詛返しといった、どちらかというと支援向きの能力だ
 強いて戦闘に活用するとなると「管狐」を“飛ばす”遠距離戦向けの戦い方になるのだが
 あろうことか久慈は突撃することを好み、真正面からの殴り合いに持ち込もうとする傾向にあった

 それだけではない、久慈も現場で暴れに暴れたと思えば必ず重傷を負っては医療チーム行きとなった
 力こそパワーと言わんばかりの肉弾戦に終始するものの、別に久慈は体格に恵まれるわけでも殴り合いに優れるわけでもない
 「管狐」を使役する呪力を自身の体術向上に利用しているようだが、現場で害性の都市伝説や契約者と殴り合っては必ず自身も自爆負傷して帰って来たのだ
 しかもなんというべきか負傷の回復だけはやたら速く、医療チームにブチ込まれた翌日には何ともない顔で新人研修に混ざっている、というのはザラだった



 
736 :次世代ーズ 37 「事前準備」 4/5 ◆John//PW6. [sage]:2023/11/15(水) 21:46:34.87 ID:/8cLRL+Ao
 

 さらには、初期の頃は「高木から降りれなくなった猫ちゃんを救助するために樹木を縦に断裂する」程度で済んでいたのだが
 「害性の都市伝説を討伐しようとアスファルトを深々と抉り取る」、「しかも人払いの結界を破るレベルの能力を市街地でぶっ放す」
 「制止させようとした研修担当者に『こっちの方がはるかに効率的でしょォ!? 人命が懸かってるんスよ!?』と盾突く言動ばかり取る」
 「修繕や隠蔽に駆り出される『組織』スタッフのことを軽視したような被害を起こす」……といった形で問題行動がエスカレートしていったのだ

 当然ながら現場で起こしたトラブルは大問題として取り沙汰された
 メイプル自身も研修担当者から「一体どうなってるんだこの新人は!?」「上司であるお前はこの責任、どう感じてるんだ!?」と盛大にキレ散らかされた
 正直、上司とはいえ自分が研修に直接関与しているわけではないので自分に怒りが向くのは理不尽そのものだが、研修担当には反論しなかった。だって怖いし
 そして久慈の問題行動は、Pナンバー管理者でもある一桁ナンバーの耳にも入ることになった
 P-No.1は「とってもいいと思うわぁ♥ 花丸をあげちゃいます♥ 久慈ちゃんは次世代を担う新星になるわぁ♥♥」と評していたようだが
 「現場に迷惑かけまくりの問題児を飼うことになって今どんな気持ち? ねえ今どんな気持ち?」とP-No.6から直接絡まれた日には胃に穴が開くかと思った
 てかあの人、ことあるごとにアタシにパワハラじみた発言してないか? あれ出るとこ出たらアタシ勝てるか? 勝てるんじゃないか?

 ……話が逸れた
 とにかく、佐川久慈のトラブルメーカーじみた一連の問題行動が解消されない限り新人研修修了程度とは認めない、という決定が下った
 この決定の裏では件の新人研修担当者がかなり張り切っていたらしく、再教育の徹底が必要ということで新人研修期間が延長されてしまった
 そこから現在に至るまで、つまり久慈は三年経った現在も「新人」のままである

 そのうえ「こちらでやれることはもう無い」、「あとは君の裁量で何とかしろ」と、久慈は教育部門からも弾き出されメイプルに押し付けられる羽目になった
 一応この四月からは久慈と比較的相性のいいキルトのチーム「応援部隊」に(仮)配属する形で無期限の現場研修に組み込みつつ
 様子を見ながら現在研修中の新人黒服と混ざる形で新人研修の“補習”を掛けている状況なのだが

 正直なところ現場の負担が増えている、メイプルはそう判断している。たとえキルトや応援部隊の面倒見が良いとしても、だ
 そしてこちらが気を揉んでいるのを知ってか知らずか、とうとう久慈も未だ自分が新人扱いされる処遇について不満を表し始めたのだ
 なにが「俺、いつまで新人扱いなんスか? もうこれで四年目っスよ?」だ、お前の自爆特攻する傾向を改めない限り若葉マークが外れるわけないだろうが
 飲みの席で説教を飛ばしたりもしたが、響いているのかそうでないのか非常に微妙なところだ


(久慈を∂ナンバーへ一時的に移籍させるというのはどうだ?)


 このタイミングで上司からの助言を思い出した


(キルトのいる応援部隊だって同じPナンバーなわけだから、良くも悪くも久慈は慣れてしまっている
 奴の視野を広げて実力を養成するために、問題行動を改善するためにも、一度Pナンバーとは異なる環境に置くのがいいんじゃないか?)


 ∂ナンバー、比較的歴史の浅い新設の部署だ
 成立の経緯からして穏健派だけではなく、過激派や強硬派の出身者も混在している
 とはいえPナンバーを始めとした古株の穏健派からモニタリングを受けており、仮に暗部の者が潜伏していたとしても表立った行動は取りにくいだろう
 加えて、ボスである∂-No.0は元Pナンバーでもある羽金夏李(はがね なつり)さんだ。メイプル自身も新人の頃は羽金さんに面倒を見てもらった頃がある
 佐川久慈を新たな環境に投入するとすれば、これほどお誂え向きな部署もそうないだろう……なのだが
 これで久慈が∂ナンバーに多大な迷惑を掛けて、∂ナンバーとPナンバーの良好な関係が悪化してしまったとしたら

 いや、それ以前に
 あの優しい羽金さんから「Pナンバーの問題児をこちらに押し付けてどんな気持ちですか? さぞかし清々したでしょうね」などと冷えた眼差しで言われてしまったら
 ……耐えられない!! 羽金さんにそんなこと言われたら立ち直れない!! まだP-No.6の陰湿パワハラの方が百倍マシだ!!

 いかん落ち着けアタシ、今は目の前にある案件に集中しろ
 ……その案件の所為でこうも掻き乱されてるんだ、どうすればいいんだ


「どうすればいいんだ……!!」


 何か、何か自分を助けてくれるものはないか
 縋るように視線を彷徨わせた先に、業務用のタブレット端末

 数秒間凝視した後、メイプルはそれに手を伸ばした






 
737 :次世代ーズ 37 「事前準備」 5/5 ◆John//PW6. [sage]:2023/11/15(水) 21:50:06.17 ID:/8cLRL+Ao
 



『クジっちと千十は仲良いですよ、多分千十は自分よりクジっちに懐いてんじゃないかと思いますね』
「マジか」
『最初は千十が怖がってるんじゃないかって不安だったんですが、相性的には抜群だと思います』
「マジか」
『それにクジっちも千十の前だと、なんというかお姉さんっぽくなるんですよね。普段より落ち着いた雰囲気になるというか』
「マジか……!!」


 部下であるキルトに相談してみたところ、意外な反応が返ってきた
 遠倉千十と久慈は相性が良いらしい
 これを聞いたとき、メイプルは安堵感で泣きそうになっていた
 もうこれは答え出たようなもんじゃないかまったく! あれこれ悩まずキルトに確認するべきだった!


「妙案を思いついた。遠倉千十の担当黒服を久慈にしよう」
『えっ!? 新人研修が修了してないスタッフって、確か契約者を担当できないんじゃ?』
「そこは管理者権限でなんとかするつもり。そもそも新人“四年目”ってのが前代未聞なわけだしな」
『でもそれが可能なら、多分今のところ一番理想的じゃないかなと思いますよ』
「キルトもそう思うか!」


 現場の意見には耳を傾けるに限る
 メイプル自身も上司から「現場の黒服や所属契約者とは会話したり直接様子を見たりした方が良い」と言われていたが
 普段の業務の多忙さにかまけて、なかなか現場の様子を直接見に行くことをやっていなかった
 その結果として数時間もこの案件で悩む羽目になったわけだから、次回以降は必ず現場の視察に行こう。ついでに遠倉千十とも直接会話しよう
 メイプルはそう反省しつつ、キルトとの会話で自身の判断を整理していった


『それで、千十は引き続きPナンバーで面倒見ることになりますか? それなら是非久慈を自分らの応援部隊に正式配属してほしいんですけど』
「いや、実は∂ナンバーに移籍させようと思ってる。部長からも久慈をPナンバーに置きっぱにするのは良くないって言われたからな」
『あー……、そうなっちゃうんですか?』
「そうなっちゃうな、個人的には∂ナンバーに迷惑掛けないかとても不安だが」
『実は先日羽金さんと会話する機会があって、何となく「クジっちが∂ナンバーに移籍したいって申告したらどうするか?」みたいな話になったんですよ』
「……羽金さんの反応はどんな感じだった?」
『「できることなら是非ともうちに来てほしい」って話してました。思った以上にクジっちの面倒を見たい様子で。なのでそういう心配は不要じゃないかと』
「これはいいぞ!!」


 これはいいことを聞いた。やはり現場の声には耳を傾けるに限る!

 決まりだ、久慈には∂ナンバーで修行してもらうとしよう
 それにキルトの話によると、久慈も遠倉千十の前では多少落ち着くようだ。彼女も守る者ができればやたら自爆を繰り返す悪癖が矯正されるかもしれない
 それに不安要素のあるPナンバー内より、立ち上げ間もないとはいえ比較的安全な∂ナンバーの方が、遠倉千十の安全も確保できるだろう
 いざとなったら久慈に体を張って守ってもらおう! それに応援部隊はじめPナンバーが∂ナンバーと関わる機会を増やせばさらに安心だ!
 我ながらいい案じゃないか! これで決まりだな!


『それで、クジっちの∂ナンバー移籍ってすぐ実施されるんですか?』
「ん? ああ、いや。こっちも色々別件で忙しいし、それが落ち着いてからになると思う。多分11月か12月くらいになるんじゃないかな」
『ということはそれまでの間は引き続き、応援部隊に籍を置きつつ新人研修修了を目指す……って感じですかね』
「まあそうなるな……、現場の負担はもう少し続くだろうけど、悪いが辛抱してほしい」
『いえ! 負担なんて全然! それにクジっちも自分のクセをようやく自覚してきたのか、突撃グセを改善できそうな感じですよ』
「そりゃいいな、できれば∂ナンバー在籍までに若葉マークが取れると最高だよ」
『話は変わるんですが、実はぷーたんが千十と会ってみたい様子なんですよ。友達になりたいって言ってて。会わせても問題ないですかね?』
「ん? 全然問題ないよ。それに久慈が∂ナンバーに移籍したら応援部隊も∂ナンバーと合同で動いたりする機会を増やそうと考えてるし」
『本当ですか!? やったぜ!! ∂ナンバーの子たちと交流する機会が増えればアクアの仏頂面も多少はマシになると思うんですよ!!』


 意外とキルトも嬉しそうだな、アタシもようやくこの案件から解放される
 そんなことを思いつつ、部下のはしゃぐ様子をタブレット越しに眺めながらメイプルはコーヒーを啜る
 回答提出までまだ時間的余裕はあるな、よし


「後はそうだな……、久慈の現場で暴走する悪癖を抑える、とどめの一手があれば良いんだけど」
『実は秘策があるんですよね、クジっちは嫌がりそうだけど。興味あります?』
「ほう?」


 キルトには久慈を抑える手があるという
 その詳細を聞き出したメイプルの表情は、やがて薄気味悪いほど満面の笑みへと変貌した

 方針は決定した。あとは実行あるのみだ!








□□■
738 :次世代ーズ ◆John//PW6. [sage]:2023/11/15(水) 21:50:55.55 ID:/8cLRL+Ao
 

メイプル
  「組織」Pナンバー所属の黒服、キルトや佐川久慈の上司にあたる
  現世代編(20年前)より後になって「組織」に加わったので、そこまで古株な人員ではない
  個性豊かな上司と個性豊かな部下に挟まれストレスにまみれながらも日々戦う下位管理職


遠倉千十(とおくら せと)
  「組織」所属契約者、東区の高校に在籍する高校一年生
  学校の怪談「トイレの花子さん」(現象型)と契約しているようだが、本人は最近までその自覚がなかった
  「先天性能力発現不良」により都市伝説の気配や契約者の力を知覚できても彼女自身は能力を発動できない難儀な状況にある


佐川久慈(さがわ くじ)
  「組織」Pナンバー所属の黒服、元「飯綱使い」(「管狐」の契約者)
  「組織」加入は大体四年くらい前だが、未だに新人研修を修了していない若葉マークの女子
  いろいろあって一応この年の春にキルトら「応援部隊」の配属になった(正式なメンバーではない)


キルト
  Pナンバー所属の黒服、「応援部隊」のリーダー
  褐色肌にエルフ耳という明らかに日本人離れした容姿で、仕事がデキる雰囲気のお姉さん
  新人研修の頃から後輩である久慈の面倒を見つつ可愛がっている




 
739 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage saga]:2024/08/07(水) 22:28:38.13 ID:oI3GiWJm0
狐イベントが解決したら契約を剥奪されて記憶も消されそうな恐れがあるが
狐側所属の唯ちゃん…もっと活躍してるところが見てぇかった…
賭けに負けて先生の診療所できわどい衣装で嫌々コスプレさされてるとこを見てぇかった…
変態野郎を本気で罵倒しながら直接切り捨てるとこを見てぇかった…
下級生女子組の前で何がとは言わないが「大きくて肩こるだけだし邪魔」と発言して様々な感情を呼ぶとこを見てぇかった…

まあやましい目で見ているのは空井雀君、君もなんだけどな…
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