過去ログ - 木場真奈美「木場サンタ?」
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1:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]
2012/12/25(火) 00:15:09.87 ID:ciVG5wjy0
12月24日。時刻は午後九時を少し回ったところ。
昼間大降りだった雪も今はほぼ止んでおり、吹雪じみていた風もしんと凪いでいる。
街灯に照らされて踊る雪の粒に都会の情緒を感じつつ、事務所へと帰ってきた私は、傘にまぶさるように乗っていた雪を払い落とし、まだいくらか明かりの点いている事務所ビルの中へと歩を進めた。

しんとした廊下に、濡れた靴音が擦れるようにして響く。
こんな時間だ。普段は動物園のごとく騒がしいこのプロダクションも今は静まり返っていた。
クリスマスイヴというのも影響しているだろうか……
ぽつぽつと考えを巡らせながら、まだ明かりの漏れる事務室へと向かい、扉を開ける。
手に感じる冷たい感触と裏腹な暖気がふわりと体を包む――帰ってきた、という感じがしてどこか心地良い。

「ただいま、今帰ったよ」
「お帰りなさい真奈美さん、お疲れさまです。スタミナドリンクは…… 今はさすがに要りませんね」
「フフッ、流石の私もこれから仕事というのは勘弁だな。歌の仕事ならやらないでもないがね?」

迎えてくれたちひろさんと軽い冗談を交わしつつ、荷物を置きに上の階のロッカールームへと向かおうとする。
……するのだが、今日は珍しいことに、ちひろさんが私を引き留めた。

「あ、すいません真奈美さん。ちょっとお願いしてもいいですか?」


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2:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]
2012/12/25(火) 00:20:37.76 ID:ciVG5wjy0
振り向いてちひろさんを見ると、なにやら机の引き出しを開けて小さな鍵束を取り出しているようだった。
この時点でだいたい先が予想できたが、一応黙って続きを聞くことにする。

「悪いんですけど、誰か残っている人がいるか軽く見てきてくれますか?」
「ん? そうか、クリスマスイヴといえどそろそろ店じまいだものな。よし、ちょっと見てくるよ」
以下略



3:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]
2012/12/25(火) 00:25:00.72 ID:ciVG5wjy0
別に戸締まりだの見回りだのは苦でも何でもないからいいのだが…… 事務員がアイドルに戸締まりなんて任せてしまって良いのだろうか。
色々つっこみたいところではあったけれども、このプロダクションはある意味、社員からアイドルまですべての人の適当さ――もとい、信頼関係で成り立ってるところもあるので、細かいことは頭の隅に追いやっておくことにする。

「――とまぁ、そんな感じでよろしくお願いします」
「了解だ。私も荷物をまとめて帰り支度をするから少し時間がかかるが、構わないね」
以下略



4:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]
2012/12/25(火) 00:30:11.57 ID:ciVG5wjy0
          ※         ※         ※


「じゃあ見てくるかな。まだちひろさんは帰らないんだね?」
「ええ、しばらくいますからゆっくりで大丈夫ですよ」
以下略



5:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]
2012/12/25(火) 00:35:35.15 ID:ciVG5wjy0
1階のロッカールームに荷物や脱いだ防寒着を一通り置いたのち、廊下、いくつかの事務室や給湯室、各設備などを見て回る。
2階3階と上がってきて、人の姿は見当たらず、各設備・部屋の鍵もしっかりとかかっていた――が、4階のレッスンルームの鍵が開いていた。

「む…… 誰かいるのか?」

以下略



6:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]
2012/12/25(火) 00:40:32.91 ID:ciVG5wjy0
さっきまで瞳子さんがいたというカフェテラスはレッスンルームのすぐ向かい側にある、張り出たベランダのようなスペースだ。普段はイスやテーブルがざっと並んでおり、アイドルたちの憩いの場となっている。
ただし今は、屋根の下に避難しきれなかったイスがきれいに雪化粧されるかたわら、大小様々の雪だるまがぽつぽつと並ぶ奇妙な空間になっていた。

「大きいのは昼間きらりちゃんやちびっこたちが作ったもので、小さいのはさっき私が作ったの。楓さんも一つ作っていったわね」
「……きらりたちはともかく、なんでこんな時間にそのメンバーで雪だるまなんか……」
以下略



7:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]
2012/12/25(火) 00:45:23.03 ID:ciVG5wjy0
「それにしても、クリスマスの夜にこうして女ばかり集まってるのも何だかおかしな感じよね。賑やかだけど、どこかさみしいような……」
「ふむ……そうかな? アイドルをやってるっていう実感も沸くし、私は悪い気はしないがね」

なんて事はない雑談が続いた後、ふいに瞳子さんがため息混じりに言った。
確かに、クリスマスだというのに恋愛は御法度、夜遅くまで仕事やレッスン漬けというのは世間的に見れば寂しい部類の人種だろう。
以下略



8:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]
2012/12/25(火) 00:51:34.37 ID:ciVG5wjy0
「……いいえ、大したことじゃないわ。ただちょっと、アイドルって聞いて夢みたいに思えて」

すぐに顔を上げて苦笑してみせる瞳子さんだが、どことなく不安げな雰囲気は拭えない。
夢。瞳子さんがよく口にする言葉だったが……
以前アイドルをやっていて一度は挫折したという彼女の過去を知っているだけに、彼女の言う“夢”の重みが、私にもいくらかは理解できた。
以下略



9:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]
2012/12/25(火) 00:55:32.74 ID:ciVG5wjy0
テラスを離れ、そろそろ帰ると言う瞳子さんから鍵を受け取った。

「えっと、レッスンルームの鍵は預けちゃっていいのね?」
「あぁ大丈夫だ。この鍵束に返せばいいんだろう?」
「ちひろさんから借りた時にそこから出してたから、間違いないと思うわ」
以下略



10:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]
2012/12/25(火) 01:00:42.81 ID:ciVG5wjy0
一応、私の感じたこっ恥ずかしさは無駄では無かったようで、頭に重くのしかかる考えごともひとまずは吹き飛ばせたようだ。
からかったりからかわれたりしつつ、別れの挨拶をして瞳子さんの背中を見送る。
と、階段を下りていく間際に、瞳子さんがふいと振り返った。

「……楓さん、今日の昼間はライブがあったんだって。ホワイトクリスマスをステージに大勢のファンに囲まれて、夢みたいだって、喜んでた」
以下略



11:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]
2012/12/25(火) 01:06:10.04 ID:ciVG5wjy0
「私、まだまだ頑張る。頑張れるわ。プロデューサー君とも、二度と夢を無くしたりしないって誓ったもの」
「あぁ、その笑顔があれば、まだ見ぬファンもきっと君に振り向いてくれるよ」

私の言葉に笑顔でうなずくと、瞳子さんはばいばいと手を振り、はっきりとした足取りで階段を下りていく。
瞳子さんの足音が遠ざかりあたりが静まり返るまで、私はその場を動かなかった。
以下略



12:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]
2012/12/25(火) 01:10:12.48 ID:ciVG5wjy0
腕時計を見ればもう十時だ。
特に何も言ってはこないが、ちひろさんも待ちくたびれているに違いない。
あとは確認すべき部屋もほぼないので、急いで済ませて戻るべく、数部屋を見回り廊下を進み――

「次で最後……屋上か。滅多に人が入ることも無いところだが一応は見ておかないと…… ――ん?」
以下略



13:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]
2012/12/25(火) 01:17:26.94 ID:ciVG5wjy0
音を立てないよう慎重に階段を上って踊り場を折り返すと、予想通り開け放たれた両開きの大扉。さらにちらちら舞う雪が目に入った。
なおも上っていくと、次第に屋上の全容が明らかになり……私はひとまず安堵の息をつくことができた。
誰にも踏まれていないまっさらな雪の絨毯に、一人分の足跡と…… なにやら予想外のひづめのような跡。
足跡の主はこちらに背を向け、携帯電話を持ったその手を気合いの抜けた様子で垂れ下げていた。

以下略



14:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]
2012/12/25(火) 01:20:22.18 ID:ciVG5wjy0
「いてて…… どうしたイヴ、本当に何があった?」
「ごめんなさい〜!でも私、もうどうしたらいいか〜!」

全身に浴びた雪も気にせず、倒れ込んだまま私の胸元にぐりぐりと頭を押しつけ泣きわめくイヴ。
私の方も背中を打ったり薄着で雪まみれになったりと結構な惨状ではあったが、彼女の様子と比べれば自分のことなど心配している場合ではない。
以下略



15:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]
2012/12/25(火) 01:22:27.32 ID:ciVG5wjy0
まさか瞳子さんもこの展開を見越してサンタ云々を言ったわけではないだろうが……いやはや。

「起こるものだな、偶然というのも……」
「? 今、何か〜?」
「いや、何でもないよ」
以下略



16:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]
2012/12/25(火) 01:23:54.95 ID:ciVG5wjy0
「しかし、驚いたな。毎年これだけの仕事を真夜中にこなしていたのか?」

聞けば聞くほどサンタの仕事量は凄まじく、素直に感心した。
しかしイヴのほうは話すにも妙に覇気がなく、私の言葉の端々に何か思うことでもあるのか、時折困ったような苦笑を浮かべていた。
そんな中、特に言葉に詰まり、むむむと考え込むように話し出すイヴ。
以下略



17:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]
2012/12/25(火) 01:25:24.48 ID:ciVG5wjy0
「プレゼントを盗まれて、プロデューサー君に拾われて、アイドルをやりながらプレゼントを用意していた、と。聞けば聞くほど凄まじいな……」
「これでもすっごく持ち直したんですよ〜?」
「いや、何というか…… まぁ、あんまり辛いことがあるなら、頼ってくれていいからな? 私に出来ることなら手伝うから」

話を聞くにつれ、今まで聞いたこともなかったイヴの悲惨な境遇が怒濤の勢いで明らかになっていくのだが、なにぶん本人がぽわぽわとした口調で何の気なしに語るものだから、激しく反応に困る。
以下略



18:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]
2012/12/25(火) 01:27:15.94 ID:ciVG5wjy0
「これ以外にも、まだたくさんプレゼントはあるんですよ〜。でも、必要な分にはぜんぜん足りないっていう、そういうことなんです〜」
「しかし、去年はまったく配りに行けなかったんだろう? 君の言うとおり大きく持ち直しているし、配れる分だけでも配ればいいじゃないか」

こう率直に言うのも何だが、イヴは相当に売れている。
未成年という事もあり、今のような深夜は仕事がないのかもしれないが……
以下略



19:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]
2012/12/25(火) 01:29:03.37 ID:ciVG5wjy0
「もちろん、今あるぶんだけでも、お仕事させてほしいって言いました! けど……」

高ぶる思いを叫ぶように口にし、また辛そうに俯く。
嗚咽を漏らしかねない様子でなお言葉を紡ごうとするのがいたたまれなくなって、また私はイヴを抱きしめた。

以下略



20:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]
2012/12/25(火) 01:32:53.86 ID:ciVG5wjy0
「そのままの意味だよ。ただ、行くか帰るかと聞いたんだ」
「私、行くといっても……」
「もう、どこも行くところがないってことはないだろう?」

きょとんとするイヴの言葉を遮って私は続ける。
以下略



21:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]
2012/12/25(火) 01:34:36.61 ID:ciVG5wjy0
「アイドルもサンタも同じだ。悩んで自ら夢をすり減らしているうちは、人に夢を配る仕事なんてできっこない」
「……!」
「だから、こうして私に出来る形で、君が進める道を照らして示させてもらった。しがない一アイドルからのクリスマスプレゼントだ」

言いたいことを全て吐き出し、私は出口に向かった。イヴの表情が何を表しているのかはわからないが、もう私に出来ることはない。
以下略



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